第116話:尊敬する人
1.
「……またか」
シトリーが防いだものと合わせ、10個目にもなる音もなく飛んでくる手裏剣。
誰を狙ってくるのかは完全ランダムで、今の所は魔力によるカウンターを応用した技術で特に問題もなく止められている。
だが、毎度手裏剣が飛んでくる角度がランダムなのが不可解だ。
複数いるとしてもそれら全てが精霊の探知を潜り抜けているとなれば厄介極まりないし、単一個体だとすると高速移動しながらそれを気取られない厄介な相手であることになる。
「面倒ね。辺り一帯凍らせてやろうかしら。幾つか駄目になっちゃうものもあるでしょうけど、このままやられ続けるよりはずっとマシでしょ」
「かもなぁ」
スノウの氷は彼女自身の意思で自在に消すこともできるが、一度凍ったものがそれで完全に元通りとなるわけではない。
通常の冷凍とスノウの氷が科学的にどう一緒でどう違うのかとかまでは知らないが……
一応、飛んでくる度に逐一その飛んできた方向に向けてウェンディが風を送っているのだが、それでも何かに当たっている気配はないそうだ。
ここまで来るとNINJAじゃなくて忍者だと思っていたのが、やっぱり忍者じゃなくてNINJAなんじゃないかと思ってくるな。
何を言ってるのかって?
俺もよくわからん。
一つ言えるのは、少なくとも現状、これを穏便に打破する術は俺たちには無いということだ。
ウェンディが索敵に専念して見つけられない時点で結構詰んでいる状態のような気もする。
ウェンディが全部吹き飛ばすか、フレアが全部燃やし尽くすか、シトリーが広範囲に電撃を放ってビリビリさせるか、スノウが凍らせるか。
最悪の手段として俺が全力で魔弾を放って一撃で全部終わらせるという手もあるが。
まあ、確実に大規模な破壊になるウェンディやフレアは別として、シトリーの電撃も引火して燃える可能性があるのでとりあえずパス、そうなると一番安牌なのはスノウに凍らせて貰うことか。
もちろんこの状態でも他モンスターの処理は怠っていない。
新階層でしか見ないモンスターとは今の所遭遇していないそうなので全てウェンディとフレア、そして知佳が俺の見えないところで対処しているそうだが、如何せん忍者の隠密狙撃が鬱陶しすぎる。
「あ」
フレアが何かを思いついたかのように声をあげる。
「どうした?」
「お兄さま、一つだけこの敵の居場所を特定する手段があるかもしれません」
フレアは頭の横に両手でアンテナのように指を立ててピコピコと動かした。
なんだその仕草は、かわいいな。
「<気配感知>のスキルを持つティナさんをお呼びするんです。あの方のスキルならば、フレアたちに見えない敵も見つけることができるかもしれません」
2.
俺たちはホテルへ戻ってきていた。
新階層で得られた収穫はほとんどなし、ちまちまとした魔石は集まったがそれだけだ。
原因は正体不明の手裏剣をポンポン投げてくる<忍者>にある。
俺とのNINJA勘違いコントが持ちネタとなりつつあるティナの<気配感知>が本物(?)の忍者相手にも有効かもしれないというのは出来すぎな話のような気もするが、実際問題、確かにティナのスキルならばなんとかなるのかもしれないというのは事実だった。
だが……
「まだ連絡してないの?」
スマホ片手に悩む俺の膝に知佳が座った。
こいつ特有のバニラみたいな甘い香りがする。
最近、半ば俺の膝の上が知佳の定位置みたいな感じになっている。
今も周りに全員の目があるのだが、特に気にしている様子もないしな。
気持ち、スノウとフレアがそわそわしているような気もするが。
それにしてもこいつ、軽いな。
多分体重とか俺の半分くらいしかないだろうし。
流石にそれを聞くほど俺もノンデリではないつもりだが。
「まあな」
「なんで?」
「そりゃ……なあ」
「かっこつけてアメリカを敵に回してまで無理やりダンジョンに連れていかれる環境から助け出したのに、自分の都合でまたダンジョンに引っ張り出すのが申し訳ないって思ってる?」
「俺が濁した言葉をわかりやすく解説してくれてありがとよ」
まあ、知佳の言った通りである。
あまりにも正確に俺の悩みを把握されていてちょっとビビるが。
ティナならこの状況を打破することができるかもしれない。
そもそも、ティナの察知している<気配>というものが何なのかはよくわかっていない。
つい最近にも、未菜さんや柳枝さんは俺が周囲に溶け込めるように魔力を隠してビルの上から眺めているのに気付いていたし、なんならそれに関しては知佳も気付いていた。
ウェンディはそれに対して『勘が鋭い』と表現していたが、結局それも俺や精霊たちが察知している<気配>……つまり魔力とは別の要素なのだ。
知佳はともかくとして、未菜さんや柳枝さんと言った一種の達人が察知するような気配、それをより高度に探知するのがティナの<気配感知>なのだろう……と俺は思っている。
少なくとも、魔力の薄い一般人をダンジョン内で探すのは俺には無理だし、精霊たちでも正確な人数や位置を把握するにはそれなりに集中する必要があるだろう。
つまりティナの力を借りるという選択肢は間違いなく正解だ。
だが……
……なんというか、俺なりの正義に反するんだよなあ。
ついこの間、同じ学校の友達と楽しそうにしているところを見ると尚更。
それと同時にあの日、別れ際にされた事も思い出してしまった。
まあ……あれに関しては流石の俺でもティナに好意を寄せられているということには気付いている。
だが、その好意の種類について……俺はちょっと思うところがあるのだ。
自分で言うのもなんだが、さっき知佳が言った通り俺はアメリカを敵に回し、ティナを劣悪な環境から救い出した。
これが物語なのだとすれば、ティナは悲劇のヒロインで俺はそこに手を差し伸べた王子様といったところか。
逆の立場で考えても、俺だって多分その王子様のことを好きになってしまう。
しかしそれは憧れも多分に含んだ好きなのではないだろうか、と思ってしまう訳だ。
何故俺がそう思うか。
それは単純な話で、自分もそうかもしれないと思っていた時期があったからだ。
俺が尊敬している人物は四人いる。
そのうちの一人が父親だ。
親父は消防士だった。
業火渦巻く建物の中へ誰かを助けに行く、俺にとってのヒーローだった。
そのヒーローは、一番最初に起きた大規模なダンジョン災害――世界中に大量のダンジョンが同時出現した際、豊橋の<お城ダンジョン>出現に巻き込まれた人たちを助けに行く有志へ自ら志願し……帰ってくることはなかった。
当時はそんな親父に対して色んな感情を抱いていた。
その時既に母親はいなかったし、俺は当時小学生だ。
そんな子供を置いて危険だとわかっているダンジョンへ、見ず知らずの人間を助けに行く。
――今の俺は、親父の気持ちが理解できる。
だが、当時は親父や……災害に巻き込まれた人を恨んだ。
有志を募って助けに行こうなんて言い出した無責任な人間やマスコミを死ぬほど憎んだ。
そして、そこからしばらくして未菜さんと柳枝さんがダンジョンを攻略した。
親父やそれを焚き付けた人たちを恨む気持ちに変わりはなかったが、それでも彼らには憧れた。
当時、未菜さんの存在は「そういう人がいる」程度にしか知らなかったが、それでも、だ。
その頃から俺は探索者を目指し始めた。
ダンジョンで死んだ親父。
そしてそれを攻略した未菜さんと、柳枝さん。
多分、いろんな感情が俺の中で渦巻いていたんだと思う。
当時の俺を自分で振り返ってみても相当荒んでいた。
探索者になって何かを――自分でもわからない何かをする為だけに命を削って努力を続け、それでも届かない場所に血反吐を吐きながら進み続けた。
そのために不要なものは全て削ぎ落として、あのままだったら――俺は今頃どうなっていたかわからない。
比喩ではなく、本当に、だ。
そんな俺を変えてくれた最後の尊敬する人が、知佳だ。
俺の何が気に入ったのか(今でこそどこかで事前に面識があったらしい、ということぐらいはわかっているが)、荒んでいた俺に付き纏っていたのがこいつなのだ。
詳しい経緯は俺が気恥ずかしいので省くが、まあ色々あって俺は改心した……と言ったら少し変かもしれないが、考えを改めた。
ただ、探索者になるという夢はそこからも捨てきれなかったが。
経緯はどうあれ、長年追い続けてきたものだからな。
だが、結局はそれも諦めた。
そこですっぱりと諦め、ダンジョンに落ちたあの日も真面目に面接活動ができていたのは間違いなく知佳のお陰だ。
まあそんなこんなで俺は知佳のことを尊敬している……というよりは知佳に感謝している。
だから、自分がこいつのことを好きだとかそうじゃないとかに気付くのが遅かった。
つい最近のことだ。
感謝とか尊敬とか抜きに単に知佳のことが好きなのだと気付いたのだ。
まあ、それに気づけたのも知佳のお陰なので本当に頭が上がらない思いではあるのだが。
で、何が言いたいのかと言うと。
ティナの中でもまだ整理はついていないんだと思う。
けど、もしここで俺がティナへ力になって欲しいと頼み込めばティナは多分……快く了承してくれる。
それはなんというか、弱みに漬け込んでいる……とはちょっと違うかもしれないが、俺としては良くないのではないかと思うのだ。
「……どうすっかなぁ」
正直、お城ダンジョンに関しては諦めてしまってもいいと思っている。
何かいい方法が思いつくまで別のところを攻略すればいいだけの話だ。
そもそもキーダンジョン探しだってしなければならないのだから。
今の所キーダンジョンに関する手がかりは一切ない。
ユニークモンスターを倒して、魂が解放された時にアスカロンのように少しでも話せる奴がいたりしたらそいつから聞けるかも、くらいか。
だから今の所の最優先事項は、ダンジョン攻略というよりはユニークモンスター探しにあるのかもしれない。
もちろんダンジョン攻略もやるが。
そのダンジョンが偶然キーダンジョンだったりするかもしれないわけだしな。
で、そのユニークモンスターについての情報はダンジョン管理局が集めてくれた。
そちらを優先するのも道理だ。
俺が敢えてここに来たのは……
もしかしたら、親父の魂がここに囚われているかもしれないと思ったから。
俺の魔力が遺伝だとして、親父にも俺と同じだけ魔力があったとしたらダンジョンに囚われている可能性があるのではということだ。
実際、精霊たちは姉妹で全員が優れた能力を持っている。
程度の差はもちろん存在するだろうが、遺伝という要素は関わってくるはずなのだ。
俺だけが突然変異で急に魔力が多かったと考えることもできるが、親父からの遺伝という可能性だってある。
もちろん、これに関しては皆にも既に説明済みだ。
ウェンディやシトリーも俺の魔力量が遺伝の可能性は否定しなかった。
……だが、まあ自分で言い出しておいてなんだとはなるが、ぶっちゃけ遺伝かどうかはともかくとして、俺の親父がダンジョンに囚われているなんて可能性は低いと思う。
理由はこれと言ってあるわけでもないが、俺の親父はそういうタイプじゃないからだ。
完全に勘である。
ただ、あの父親の息子としての勘だ。
全く当てにならないというわけでもないだろう。
だから別にお城ダンジョンに拘る必要はない。
うん、そう考えればもうすっきりしたもんだ。
「みんな、お城ダンジョンの攻略は諦め――」
「それは駄目」
知佳が俺の口を手で塞いできた。
「確かめるんでしょ」
「…………」
「そういうの、溜め込まないって約束した」
そう言って知佳は俺の口から手を離す。
「……だな」
こいつには敵わない。
本当に。
「悠真が踏ん切りつかないなら、あたしからティナに連絡するわよ」
スノウが腰に手を当てて呆れたような表情で、つまりいつものポーズでそんなことを言う。
連絡がつかないのは面倒なので、精霊たちにもスマホを持って貰っているのだ。
ちなみにダンジョン管理局に融通してもらった。
管理局さまさまである。
「いや、それは……」
「あんたがなんで躊躇ってるのかはわかってるわよ。べ、別に知佳じゃなくてもあんたのことなんてお見通しなんだから」
ちょっと顔を赤くしながらスノウは言った。
デレなのか?
今のはデレなのか?
「むぅ……」
膝の上で知佳が妙な唸り声を出す。
「そのあたしが言うけど、ティナのことを子供扱いしすぎよ。あんたよりずっと賢いんだから、あの子」
「別に子供扱いをしてるわけじゃ……」
「してるでしょ。子供だと侮ってるのがあの子にとって一番可哀想なの」
「…………」
「あんたなりに何かの経験があるのはわかってるわ。でもあんたとティナは別よ」
そう言いながらスノウはスマホを取り出して、俺に見えるようにティナの電話番号をタップした。
そしてしばらく呼び出し音が鳴り――
留守番サービスにつながった。
「……そういえば、あの子、今学校だったわ」
スノウはバツの悪そうな顔でスマホをしまうのだった。
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