第115話:NINJAじゃないよ、忍者だよ

1.


「へー……こういうダンジョンも珍しいわね」


 スノウは周りを見渡して好奇の声を出した。


 日本で一番最初に攻略された愛知県にあるダンジョンは通称、<お城ダンジョン>と呼ばれている。

 その通称通り、一言で言えばダンジョン内部は城下町……のような造りになっているのだ。

 城下町っぽいのに、何故か城はないのだが。

 時代背景としては江戸時代だったり戦国時代だったり色んな時代のものが入り乱れている不思議なものとなっているようなのであまり考えても意味はないそうだ。


 ちなみに、豊橋には戦国時代だかに造られたさほど有名でない城があるのだがそれとの因果関係は謎である。


 このダンジョンは新階層を含めないと5層まで確認されている。既にボスも倒され、中のモンスターも全て掃討済みなので城下町っぽい造りが物珍しいのか、観光客で溢れかえっているのだ。

 簡単に言ってしまえば、昭和村とかのダンジョンバージョンみたいなものだ。


 もちろん今も入口周りは人でごった返している。

 ぱっと見で外国人観光客が多いのは気のせいではないだろう。


 しかし新階層へと続く5層への立ち入りは現在禁止されているそうだ。

 その新階層だが、実は他の探索者が既に立ち入ってどんなモンスターが出るのか、の一部は判明している。


 このダンジョンで元々確認されていた武具を身に着けたオークやゴブリンから始まり、ろくろ首や一反木綿と言った新宿ダンジョンとやや被っている妖怪モンスター、それにのっぺらぼうみたいな奴も出るらしい。


 ちなみにダンジョン内では様々な店が出店していて、昔ならではの物が売っていたり、既存のチェーン店が風景に合うように改装して出てきたりと多種多様な商業展開がなされている。

 一番売れているお土産が何かなのは知らないが、多分木刀とか売ってるんだろうな。


 とりあえずここらには用がないので、入口で配られた地図を見ながらとりあえず5層まで行こうとすると、くいっと袖が引かれる。

 振り向くと、ちょっともじもじしているフレアがこちらを上目遣いで見つめていた。

 むぅ。

 あざとい。


「お、お兄さま、その、帰りにちょっとお土産を見ていきたいのですがよろしいでしょうか」

「え? 別に構わないけど……こういうの好きなのか?」

「はい。だって、美しいと思いませんか?」

「あー……なるほど」


 そういえばアメリカでフレアを召喚した時も和服だったな。

 最近は普通に洋服を着ているが、元々そういうのが好きだったというのなら頷ける話だ。


「伝統工芸品なんかも売ってたりするから、そういうのを探してもいいかも」

「まあ! 伝統工芸品!」

「この地に縁のあるものではないけど、日本全国から集まってるから大抵なんでも揃う。そういうのが多いのは特に2層」


 知佳がパンフレットを見もしないですらすらと言う。

 

「詳しいな」

「私、ここ地元だから」


 さらっと重大なカミングアウトを受ける。


「……は?」

 

 知佳が?

 俺と同じ出身だってことか?

 そんなこと今まで一度も言わなかったよな。

 俺がここ出身だってことは何度か知佳に言ったことはあるような気はするが……


「そんなことより、今は早く5層まで行こ。人混み、嫌いだから」

「あ、ああ……」


 いやまあ、豊橋はダンジョンができてから一気に栄えた町ではあるが、元々田舎というわけでもない。

 出身地が一致することが特別珍しいかと言うと、そうでもない……のかもしれない。

 いやでも、なんで知佳は今まで黙ってたんだ?

 言う機会なんて幾らでもあっただろうに……


 ……まあ、帰ったら詳しく話を聞くとして、今はダンジョン攻略に集中しよう。

 新階層なんて何があってもおかしくないからな。



2.



 4層から5層へ続く階段にいた職員に俺の特級ライセンスを見せて通して貰い(知佳の一級ライセンスはまだ発行されていない。今わかっているのは合格しているという事実のみだ)、ひと気の全くない5層を難なく突破して新階層1層目へと続く階段を発見する。

 

 そしてその階段を降りると――


「……とりあえず変わった様子はないな」


 1層から5層までの城下町っぽい雰囲気は変わらない。

 そしてこれまた1層から5層までと同じく、城下町っぽくはあってもやはり城自体は見つからない。


 だが――


「そこと、そこと、そこ」


 ピ、ピ、ピ、と知佳が指差した、昔ながらの日本家屋って感じの建物の脇からからしゅるしゅると影が伸びてきて、俺の手元へ魔石が届いた。


「モンスターがいたから倒しといた」

「……サンキュー」


 俺が感知するのとほぼ同時に倒しているのはどういうことだろう。

 もうほとんど精霊とやってること変わらないじゃん。

 まあ相手が影に潜んでいる時点で知佳にとっては既に手中に収めているようなものだ。


 完全に影が出ないような暗闇や、逆に明るすぎるところだとパフォーマンスは落ちるらしいが普通の市街地みたいなところならほとんど弊害はない。

 かなり繊細なコントロールを平然とするウェンディはともかく、スノウやフレア、そしてシトリーの魔法は周囲に影響を及ぼしやすい。


 もちろん、俺が<拡散魔弾>を適当に散らすよりはかなりマシではあるだろうが。


 そういう意味ではこういう、後でそのまま商業施設として運用できそうなダンジョン内でモンスターを隠密に倒すことができるのはかなりの強みなのかもしれない。


 そのまま持っていては目立つのででかい布袋に入れて持ってきていたアスカロンを取り出し、背中に吊るす。

 これ、剣自体が150cmくらいあるから知佳が同じことやると身長が足りないせいで地面に引きずっちゃうんだよな。

 

 知佳は自称140cmだからな。

 俺は恐らく138か139あたりではないかと睨んでいるが。


「さて、ここからは俺も戦うからな。この剣での実戦も慣らしていきたいし」

 

 知佳が背負ったら地面を引きずるという話からもわかるように、まあこの剣は普通に扱うには結構長い。

 相手が並のモンスター程度ならそれで困ることはないのだが、それこそ相手がエルフの方のアスカロンくらい強い奴だったりするとちょっと使い方を改めなければならない。

 具体的には、この剣は牽制には使えなくなる。


 エルフのアスカロンは自分の手足のように扱っていたが、あのレベルに達するのには時間がかかる。

 そしてその練度の差は攻撃よりも防御に出るらしいのだ。


 だからこそ、相手が同格かそれ以上の場合はその一撃で確実に決まるという時しか使ってはいけないとのことである。

 これは未菜さんもウェンディも意見が一致してことなのでもう間違いないのだろう。


 とは言え。

 壊れてしまった試作型E.W.以上に付与魔法で込められる魔力の許容量が多いであろう武器を決着の瞬間までただ遊ばせておくのも勿体ない。

 やはり俺が早く自在に扱えるようになる事に越したことはないのだ。


 ……そういえばあれ試作型ってことは、そのうち完成版が出てくるのだろうか。

 でもアスカロンがもうあるし……二刀流にでもなろうかな。

 筋力という問題はクリアできるんだし、戦い方さえ工夫すれば出来なくもないような気がする。


 ――と。

 放出していた魔力が何かを感知し、俺は咄嗟に右手をあげてそのを掴んだ。


「……これは」

 

 手裏剣……か?

 詳しくはわからないが、金属製っぽい。

 しかもなんかちょっと濡れてるんだが。

 

「マスター、少しいいですか」

「ああ」


 何に対してかわからないが許可を求めてきたウェンディに手裏剣を渡そうとすると何故か、俺の手を捕まえて指をぺろっと舐められた。

 妙に艶かしく映るその姿にドギマギしていると、


「これ、毒ですね。それも普通の人間なら即死するレベルです」

「はあ!? そんなの舐めて大丈夫なのか!?」

「私は解毒魔法が使えますし、そもそも耐性も並の人間よりは遥かに強いので。マスターも食らったところで少し痺れるくらいだと思いますよ」

「そ、そうなのか……?」


 うーむ、魔力すごいな。

 毒も無効化するのか。

 強い肉体を手に入れても爆撃を受けたり毒殺されたりしたら意味ないじゃん、みたいな風に言う人がたまにいるが爆撃はおろか、毒でも死なないってもはや別の生物としてカウントされそうな勢いだ。


「でもあれだ、それはそれとして毒は舐めちゃ駄目だ。俺が無駄に心配する」

「は、はい」


 何故かちょっと頬を染めたウェンディが頷く。

 素直でよろしい。


「で、毒を塗られた手裏剣って……」

「思い当たるのは忍者、でしょうか」


 NINJAではなく忍者。

 これ、ティナも連れてきてやるべきだっただろうか。


 しかも――


「……少なくとも俺はその忍者なモンスターの気配は感じなかったぞ」

「……私もです」


 ウェンディはちらりと姉妹たちの方を見るが、スノウとフレアは首を横に振り、シトリーは困ったように首を傾げた。


「知佳はどうだ? 影と忍者って相性良さそうだけど」

「駄目。少なくとも感知できる範囲にはいない」


 うーむ、頼みの綱の知佳も駄目となると……


「手っ取り早いのはこのあたり一帯をぶっ飛ばしちゃうことね」


 なんでもないようにスノウが言う。


「いや、それは本当に最後の手段にしよう。歴史的価値は無いにしても、このダンジョンは攻略した後もそのまま使われるタイプだし」

「……それを言うんなら新宿のだってそうでしょ?」

「仰るとおりで」


 新宿ダンジョンの新階層2層目を吹き飛ばしちゃったからこそ今回はやめておこうという話である。

 どうしてもどうにもならないならそうする以外に方法はないが。


「ウェンディたちにも感知ができないってなると、防げるのは多分俺とシトリー……くらいか?」

「手裏剣そのものの速度にもよりますが、そう考えた方がいいでしょう。マスター、魔力の放出範囲を広げられますか?」

「ああ、できるぞ」

「ではここからはシトリー姉さんが先頭を、マスターは知佳さんとスノウと一緒に一番後ろを歩いてください」

「了解」

「わかったわ~」


 こりゃ新階層早々、大変そうだな。

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