第114話:プライベートジェット

1.



『昨日は恥ずかしいところを見せてしまったな。君のところからも一人預かっている身でありながらトラブルを招いてしまい、申し訳なかった』

「いやいや、そんな謝らないでくださいって! 結局何事もなかったんですし」


 一級探索者認定試験の翌日。

 本来、結果はまだ後で出るのだが、ちょっとだけコネを使わせてもらって知佳の合格通知を柳枝さんから聞いた。

 まあ、俺が見ていた分にも落ちる理由は一切なかったし、妥当だろう。


 ちなみに昨日俺が試験を見ていたことは未菜さんだけでなく、柳枝さんも気付いていたようだった。

 そしてあの二人ならともかく、何故か知佳も気付いていた。

 魔力は隠しているわけなので、それでバレるとは思えないのだが……


「……柳枝さんって、もう現役復帰することはないんですか?」

『ひと時も考えないと言ったら嘘にはなるが、復帰はしないだろうな』

「でも一級探索者認定試験を受けれるくらいの人を相手にしてあそこまで動ける人、そうはいないですよ」

『伊敷や君がいるだろう? それに、魔力があってももう体力がついてこない。やはり昔のようにとは行かないのだ』


 もちろん魔力でも体力は強化される。

 俺がいい例だ。

 しかし、恐らく柳枝さんが言いたいのはそういうことではないのだろう。

 ダンジョンに潜るのって、肉体的な疲労はもちろんだが精神的なそれも結構大きいからな……


『それより、君の言っていた<ユニークモンスター>の目撃例が幾つか上がっているのを確認したぞ』

「えっ、本当ですか!?」


 ユニークモンスター。

 俺が適当に名付けた、アスカロンたちのような囚われた探索者たちの魂入りのモンスターのことだ。

 もちろん、これと言った特徴がある訳ではないので「新階層で他のモンスターには見られない奇妙な動きをする奴がいないか」、というのをダンジョン管理局へ問い合わせておいたのだ。


『全てがかどうかはわからないがな。こちらで確認できたそれっぽいモンスターがいるダンジョンと、その情報を後で送っておこう』

「ありがとうございます」


 しかし、現状日本にあるダンジョンの中で新階層の二層目以降が解放されているのは新宿ダンジョンだけだ。

 つまり他のダンジョンでは新階層一層目でユニークモンスターが確認されているということになる。


 場合にもよるとは思うが下手すれば通常のボス、より強いガーディアン、より強いユニークモンスターという構図になる訳で、新階層の危険度はより増したのではないだろうか。


『……君たちがこれから向かうという例のダンジョンについても、もしユニークモンスター関連で何かあったら知らせてくれないか』

「……はい」


 柳枝さんは神妙な様子で頼み込んできた。

 未菜さんと柳枝さんのチームが日本で初めて攻略したダンジョン。

 あそこでは、彼らの仲間からも犠牲が出ている。

 だからもしかしたらユニークモンスターとして囚われているかもしれない、ということだろう。

 

 アスカロンの言葉を信じるなら、可能性としては低いとは思うが……

 それを除いても、俺としてもあのダンジョンでもしユニークモンスターが現れるのだとしたら確かめたいことがある。

 どのみちダンジョン管理局には報告することになるだろう。



2.



「ここがお兄さまの故郷なのですね!」

「まあな」


 愛知県豊橋市。

 俺が昔住んでいた町だ。

 そして日本で一番最初にダンジョンが攻略された町でもある。


 ここへ来るのは……高校はこっちで通っていたので、単純計算で4年弱ぶりということか。

 父親も母親も既にいない俺にとって、ここは故郷ではあるが帰ってくる理由もない町だったのだ。

 もちろん友人はいるにはいるが、他所の市や県に出ている奴も多いだろうし、特に連絡を取って久しぶりに会おうという気も起きない。


 住んでいた時は特に意識していなかったが、東京からここまで新幹線に乗って来れるのは便利でいいな。


 駅前にはダンジョンができるまでは結構大きめの百貨店とかあったらしいけど覚えてないんだよな。


 いや、ダンジョンができた後もしばらくはあったんだったか?

 少なくとも高校生くらいまでは駅前に来ることはそんなに多くなかったのでそれ以前の様子についてはあまり記憶にない。


 ダンジョンが出来て、更に日本で一番最初に攻略されてからそこがこの町の主な観光施設となって他県からの観光客が急増した為に駅から出てすぐそこにでかいホテルが建てられた。


 今回俺たちはそこへ宿泊する事になる。

 

 最上階のインペリアルスイートはアホほど広い間取りになっていた。

 流石にロサンゼルスで泊まったもはや非常識とさえ言えるほど馬鹿みたいな高級ホテルよりは劣るが、それでも俺、知佳、綾乃、そして精霊四人の計7人が宿泊するには十分すぎる程の広さだ。


 ベッドは一つしかないが……どうやら7人で泊まると聞いてわざわざ用意してくれたようだ。

 まあこれに関しては今更気にすることもないだろう。

 7人が寝られるスペースがあればそれでいい。


 別に俺はソファで寝てもいいしな。


 ちなみに、今回に関してはダンジョン管理局はほとんど何も噛んでいない。はずだ。

 それでも何故こんなお高いホテルに泊まっているのかと言うと、綾乃いわくお金は使わなければ意味がないとのことである。

 そこに関しては俺も否定する気はないが、ちょっと前まで庶民だった俺からするとまだちょっとむず痒い部分がある。


「は~……新幹線ってなんか疲れるわねぇ」


 真っ先にソファにダイブしたスノウがぼやく。


「グリーン車を貸し切って来たんだからな。普通はもっと疲れる」


 ちなみに俺も新幹線は苦手だ。

 グリーン車に乗ったのは初めてだが。

 ちなみに貸し切った理由は目立つから。


 精霊たちは認識阻害の魔法をかけているので人間離れした美貌の四人組が四人組の美女に見える、くらいのマイルドさになっているらしいのだが、普通に考えて四人も五人も六人も美少女だの美女だのがいたら滅茶苦茶目立つ。


 そして一旦目立ってしまうと認識阻害魔法のかかりも甘くなるらしいのだ。

 というわけで貸し切りである。

 決してお金の無駄遣いではない。


 ……というか、稼いでる額が額なんだからぶっちゃけグリーン車だけじゃなくて新幹線そのものを貸し切ることだって出来るくらいなんだよな。

 ま、それは置いといて。


「これから新幹線での移動は増えると思うぞ。色んなところのダンジョン行くからな」

「いっそプライベートジェットとか買わない?」

「買わない」


 とんでもねえこと言い出すなこいつ。

 幾らかかると思ってんだ。

 俺だって知らねえよ。


「別にそこまで高いものでもない」


 持ってきた荷物――と言ってもノートPCと少しの衣類くらいだが――を整理しながら知佳が口を挟んでくる。


「そうなのか?」

「10人乗りのが50億ちょっとで買えたりする」

「高えよ」


 いや、そうでもないのか?

 今の所強さにバラつきのあるガーディアンはともかく、もう通常のボスくらいなら俺でも倒せる。

 もちろん相性によっては厳しいのもいるかもしれないが、スノウたちならばどんなボスが相手でも瞬殺できるだろう。


 そして魔石の買取価格は数百億という単位になることもあるくらいで、ガーディアンからドロップしたものもそれ以上の価値になることは間違いない。


 ……ということを考えるとプライベートジェット買うのありなのか?

 

「最悪、法律などの問題をどうにかできれば離着陸に必要な敷地は極端に少なくもなります。私の風がありますので」


 ウェンディまでどうやらプライベートジェットには乗り気なようだ。

 というか、みんなあまり新幹線とか好きじゃないのだろうか。

 綾乃や知佳も人混みは極力避けたいだろうし、俺としても人が大勢集まる場所で目立つことは避けたい。

 プライベートジェットもまあまあ……いやかなり目立つとは思うが、流石に各都市の駅の利用人数よりは少ないだろう。


 その辺りのことを考えるのは俺の役目ではないので知佳か綾乃に丸投げするとして(あるいはダンジョン管理局を頼るとして)、俺も段々移動手段としてプライベートジェットを持つのは有りかもしれないと思い始めてきたぞ。


「……綾乃、とりあえず必要そうなものが何かだけ調べといてもらえるか?」

「あはは、どんどん普通からかけ離れていきますね……」


 グリーン車の貸し切りや高級ホテルとは桁からして違う上に天鳥さんの研究につぎ込んだいわゆる投資とも違う、単に莫大な買い物をするということで流石に綾乃も頬を引きつらせていた。


 スノウやウェンディと言った精霊組はともかく、平然と乗っかって提案できる知佳の方が多分おかしいんだと思う。


「それじゃそういうことで、頼む」

「わかりました」


 ……親父の墓前で報告することが増えたな。

 自分の息子がプライベートジェット乗るような大金持ちになっていると知ったら天国でさぞ悔しがることだろう。

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