第113話:監視役

1.


「やっぱり一級ともなると相当強いんだな……」


 どうやら実技試験は一人ずつ行われるようで、知佳ではない他の受験者がモンスターを難なく倒しているのを俺はビルの上から眺めていた。

 使用している武器は大きめのサバイバルナイフのようなもので、スピードで翻弄するタイプのようだ。

 相手は赤鬼だが、何もできずに魔石になっていた。


 どれだけパワーがあっても当たらなければ意味はないからなあ。

 彼女は一級探索者試験に合格するだろう。


 そして続いて長槍のようなものを使う二人目、素手で戦う三人目も遭遇したモンスターと戦った。

 二人目は赤鬼と。三人目は天狗との戦闘だった。

 それぞれ若干時間はかかったものの、危なげなく倒している。


 知佳は四体目に遭遇した――


「……なんだあいつ?」


 赤いドレスを着た、長い黒髪の女……のモンスターだ。

 明らかにモンスターだとわかったのは顔があまりにも怖いから。

 あんなのどう考えても普通じゃない。


 だが、感じる魔力は天狗とそう大差ない。

 恐らくそこまで強くはないだろうが……


 ぐにゃん、と赤いドレスの女は体を折り曲げ――そのまま体操選手もかくやという動きで、飛び跳ね、四人の受験者と一人の試験官、計五人のグループへ突撃していった。


 そこへ知佳がすっと前に歩み出て、何の躊躇いもなくドレス女の長い脚をむんずと掴んで引き止める。

 ひやひやする戦い方するなあ、あいつ。

 そのまま――他の四人には見えない角度で影も併用しつつ、地面に思い切り叩きつけていた。

 痛そうだなあ……


 その一撃でどうやら勝負はついていたらしく、ドレス女は魔石を残して消える。


「今のはアクロバティックサラサラという都市伝説の怪異ですね」


 ウェンディが冷静な口調でさっきのドレス女について解説する。


「アクロバティックサラサラ……? 都市伝説って……信じるか信じないかはってやつ?」

「そういうことです。アクロバティックな動きをして、髪がサラサラだからアクロバティックサラサラだとか」

「めちゃくちゃそのまんまだな……」


 でも口裂け女とかもよく考えてみたらそのままだし、元々怪異の名付けなんてそんなものなのかもしれない。

 

「……しっかし今の知佳ってモンスターを正面から捕まえて倒せるんだな。ちょっと前まで一般人だったはずなのに」

「それはマスターにも言えることだとは思いますが、魔力量だけで見ればあの五人の中でも一番ですから。それに加え知佳様には<影法師>もあります」

「……これ、見に来る必要なかったかな?」

「あるかないかで言えばなかったでしょうね。そもそもこんなこそこそしなくとも、管理局に事前に話を通しておけばどうとでもなったと思いますが」

「知佳にバレたら恥ずかしいだろ。あいつ絶対からかってくるからな」

「そういうところをからかわれているのでは……?」

「言うな」

 

 自覚はあるから。

 なんだかんだあいつにからかわれるのは楽しいのだが、そういうのもバレたくはないのだ。

 いや別に俺にマゾっけがあるとかそういう話ではないのだが。


 ちなみに、流石に別々のモンスターを一巡して倒すだけでは合否が決まるわけではないらしく、再び最初に赤鬼と戦っていた女性が今度は天狗と戦っていた。

 

 そしてその天狗にはかなり苦戦していた。

 スピードで翻弄できるタイプにはめっぽう強いが、天狗の風のように搦め手を使ってくるタイプともなるとああなるのだろう。

 多分、さっきのアクロバティックサラサラとかいう奴との相性もあまり良くないんだろうな。

 純粋に自分より速い相手への対処は彼女の戦闘スタイルでは難しそうだ。

 

 長槍を使っていた女性は今度は山姥と戦わされている。

 ボロい包丁を持って、ボロい布を纏ったやたらとすばしこい老婆姿のモンスターだ。

 しかしこちらは難なく倒していた。

 槍って武器としての汎用性が高いのだろうか。


 昔の戦争とかでも剣より槍の方が重宝されたみたいな話聞いたことあるしなあ。


 三人目の素手の人は赤鬼と戦い、難なく殴り倒していた。

 むしろ最初に戦った天狗との相性が悪いくらいで、赤鬼のようなタイプは得意分野なのだろう。


 そして知佳の次の相手は――天狗だ。


「俺さ、天狗と初めて戦ったとき、服を剥かれたんだよな」

「……はい?」

「あの風で服を吹き飛ばされたんだよ。体には一切傷がなかったけど」

「もしやそれを知佳様に期待していると?」


 体感2℃くらい温度の下がった声でウェンディが冷ややかに言う。


「いや違う違う。普通に脱いだんじゃなくて破れた服ってのも悪くないけど、そういうんじゃなくて。知佳ってああいう切れ味のある飛び道具に対してどうやって対処するんだろうなって。一体目を見てた感じ、影の能力は隠していく方針っぽいし」


 俺のように受けても無傷……というわけには恐らくいかないだろう。

 となれば避けるか動かれる前に倒すしかないが、モンスターを試験官が視認してからよーいどんで戦い始めるこの方式だと風を使われるより先に倒すのは難しいだろう。


「昨日、知佳様から魔法などの非物理的な飛び道具への対処法を聞かれました」

「え、そうなの? なんて答えたんだ?」

「相殺するか、いなすかのどちらかですと」

「相殺はともかく、いなすって……」


 天狗が動き出し、知佳もそれと同時に――

 後ろ斜めに跳んだ。


 扇が起こした風が地面を抉っていくが、それが知佳へと届くことはない。

 そして初撃をスカされた天狗はその隙をつかれ、一転して急接近した知佳がいつの間にか手に持っていたナイフで眉間を一突きされ、魔石と化すのだった。


 俺より戦い方スマートだな……



2.



 その後も色んな種類のモンスターと戦ったり、時には二人一組のバディとなってモンスターの群れに対処したりもしていたが知佳はどれも楽勝といえるほど簡単に切り抜けていた。

 

「知佳様は情報を処理する能力が高いのでしょうね」


 とは、知佳が戦闘する様子を見ていたウェンディの言葉だ。

 それはわかりきっていたことだが、魔力の向上によって頭脳に肉体が追いつくようになるとあれ程のものになるのか。

 

 もちろん、俺や精霊と比べるとなると数段落ちる。

 しかし新階層へ入っても問題のない……どころか活躍できるだけの実力はあるだろうというのもやはりウェンディの言葉である。


 試験の方は一段落ついたようで、これからまだ何かあるのかどうかはわからないが全員が再び集められて、何かしらの話をしていた。


「……てか、柳枝さんいるじゃん」


 先程は気付かなかったが、何やら説明をしている人の斜め後ろくらいの位置に柳枝さんが立っていた。

 あの人ダンジョン内でもスーツ姿なんだな。

 


「未菜様もいますよ」

「え、マジで?」

「あの辺りです。感覚を集中すれば見つけられるかと」

「ん……」

 

 ウェンディが指差す方向へ集中してみると……確かにいた。

 彼女もスーツ姿だ。

 <気配遮断>を使って隠れてはいるがちゃんと監督していたようだ。


 と。

 その未菜さんが、こちらに気付いた。

 確かにこちらを見上げ、目があったのだ。

 少し驚いた顔をしている事からも間違いない。


「……普通この距離で見られてることに気付くか?」

「勘の鋭い方ですね」


 それで済む話かなあ。

 しかし魔力とかが実在するわけだから、第六感みたいなものがあってもおかしくはないのだろうか。

 そもそも俺たちの魔力で気付いた可能性だってあるし。

 最近は俺もウェンディたち精霊と同じように表に出ている自分の魔力をほとんど無意識の内に制御できるようになってきたのだが。


「……ん?」


 未菜さんが再び試験者たちの方へと視線を向ける。

 眉をひそめているようだ。何かあったのだろうか。


 俺も集団の方へと視線を戻すと一人、ガタイのいい角刈りの男が前で説明している――恐らく役所の人間へと詰め寄っていた。

 何やら怒っているようだが……

 

 聴覚を強化して、会話の内容を聞き取る。


「こんなくだらねえ試験までやらせて、魔法はお預けだぁ!? んなことが許されると思ってんのか!?」


 お預け?

 どういうことだろうともう少し話を聞いていると、お預けと言うより、単に魔法は大人数向けの講習を開くのでそれまで待ってくれというだけの話だった。

 

 職員は必死に男をなだめているが……

 危ないな、あれは。

 そもそも虫の居所が悪かったのか、それとも試験の結果そのものが芳しくなかったのか、気が立っているようだ。

 

 試験結果どうであれ彼も一級探索者としての試験を受けられるほどの実力者ではあるのだ。

 試験官も相当やるようではあるが、無傷で取り押さえることが出来るほどに差があるとは思えない。

 そもそもあの集まっている場所はどうやら安息地ではあるようだが、ダンジョン内だ。


 そんな場所で争って、万が一音を聞きつけたモンスターが集まってくるようなことがあれば大変なことになる。

 安息地の周りにモンスターがたむろして、出ることができずに餓死……あるいは無理やり出ようとして死んでしまうなんて事故も起きることがあるのだから。


 知佳が争いに巻き込まれてどうこうなるということはないだろう。

 あいつはそういう場でも要領よく動ける人間だし、万が一があれば俺が何がなんでも守る。


 問題は知佳以外のあの場にいる探索者たちだ。

 最悪、ウェンディに物質創造魔法で仮面でも作ってもらって謎仮面エックスとして降臨して場を収めてもいいが……


 試験官たちは既に男を取り囲んでいた。

 もうそれ自体も男は気に食わないようで、もはやトラブルは避けられないだろう。

 あと10秒もすれば手が出る。

 

 知佳が巻き込まれる可能性もある。

 これはもう止めに行くしかないだろう。


「……ウェンディ、物質創造魔法で――」

「いえ、大丈夫だと思いますよ。あの場であの程度の男が暴れるのは無理でしょう」

「え?」


 見ると、後ろで控えていた柳枝さんがゆっくりと男に向かって歩いていっていた。

 一触即発の空気の中、まるでそれを気にしていないと言わんばかりに悠然と、だ。


 それを見た未菜さんも特に止めたり焦ったりする様子はない。


 ……そうか。

 別に俺が動かなくても、あの場には柳枝さんがいるし――いざとなれば未菜さんもいる。

 知佳がこの手の争いを積極的に止めることはないので、あいつは戦力としてカウントはできないが。


「てめぇ……知ってるぞ、おっさん。柳枝利光としみつ

「それは光栄だな。では、この顔に免じてこの場は怒りを抑えてはくれないか」

「ふざけんなよ。この場であんた半殺しにして無理やり魔法の使い方聞き出してもいいんだぞ」


 ガシッと男は柳枝さんの胸ぐらを掴んだ。

 柳枝さんもどちらかと言えば体格はがっしりした方なのだが、男の方は更にでかい。

 だが、彼だって一級探索者になる試験を受けるほどの実力者ならば知っているはずなのだ。

 探索者としての格は体格などではなく、魔力で決まるということを。


「受験資格に人格の欄を加えるべきだったな。力を持っているからと言って驕っているようでは探索者としての資格を与えるわけにはいかない」

「――!!」


 逆上した男が殴りかかったほんの瞬きの後には、男は柳枝さんの手によって地面へ組み伏せられていた。

 

 しかもその一瞬で気を失わせているようで、もうぐったりとしている。

 人格面はともかく、少なくとも実力では一級にもなれる人材をこの一瞬で無力化してみせたのだ。

 

 ……やっぱ柳枝さん、前線に戻るべきでは?

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