第112話:一級探索者認定試験

1.


 自室の天井をぼんやりと眺める。

 あの後、俺たちは一度家へ戻ることにした。

 特に消耗しているつもりはなかったが、戻ることになったのはシトリーとウェンディの提案だ。

 

 エルフの男――アスカロンが光の粒となって消えた後も次の層へと続く階段が現れることはなかった。

 つまり彼が守護者ガーディアンという訳ではなかったのだろう。

 ただの特殊なモンスター。

 それに魂が囚われていたというだけのこと。


 ……彼は最愛の人に会えたのだろうか。

 いや、きっと会えたのだろう。

 今はそう信じること以外できない。


 ダンジョンで死ぬと魂が囚われる。

 アスカロンが言うことを鵜呑みにするならば、恐らく俺もそうなるのだろう。

 精霊たちが四人もいて、俺自身も相当戦えるようになったという自負がある。


 何より――本領を発揮できていなかったとは言え、異世界の英雄にも勝ったのだ。

 未だに自分が弱いと謙遜するのは、俺を認めて剣を託してくれた彼に失礼な話だろう。


 壁に立て掛けた剣――アスカロンを見る。

 持ち手と刀身を合わせて1メートル半程度だろうか。

 柄の部分には何かわからないが宝石のようなものが嵌め込まれている。

 

 試作型E.W.も、その前に使っていたシュラークという武器も刃のついていないものだった。

 下手に刃のついた武器を振るうと相手に食い込んで抜けなくなったり、自分を傷つける可能性もあったりしたからだ。


 だが、託されたからには刃のついた剣を使う戦い方も学ぶ必要があるだろう。

 ダンジョン産の素材を使った武器が簡単にへし折られたことからも武器としての性能はかなり優れているのだろう。

 そしてその持ち手の実力に関してはもはや疑う余地もない。


「……けど、死んだんだよな」


 ダンジョンで敗れた結果、ダンジョンに囚われることになった。

 そして――きっと何十年、何百年……あるいはそれ以上解放されなかった。


「強くなんなきゃなあ……」


 脳裏に過ぎるのは――


「…………」


 何十年も何百年も会えなくなるのは、ご免だからな。



2.



「マスター、そろそろではないでしょうか」

「ん……だな」


 刃のついた剣を用いた戦闘の仕方を教えてもらっている最中、ウェンディがふとスマホを確認した。

 恐らく時計を見たのだろう。

 

 アスカロンを鞘にしまう。

 この剣、軽くもなく重くもなくちょうどいい塩梅で使えるのだが、驚くべきことに俺以外の誰が持ってもそうなるようにできているのだ。

 知佳と綾乃、そして精霊たちに試して貰ったので間違いない。

 つまり剣自体に備わった性能だということだろう。

 

 それに切れ味も付与魔法をかけていない状態で鉄を切れてしまうほど良いのだが、自分の体に当てても傷一つつかないのだ。

 これに関してはありがたいと言う他ない。

 少なくとも、自分に刃が当たって傷つくということはないのだから。


 とは言え、そこをクリアしても刃つきの剣を俺が使い慣れていないのもまた事実。

 ということでウェンディに稽古を付けてもらっているのだ。

 

 それはそうとして。

 そろそろ何の時間なのかと言うと……


 俺とウェンディはあらかじめ目星をつけておいたビルへ入り、階段を登って屋上から下を覗き見る。

 下にはそれぞれ思い思いの装備を身に着けた探索者たちがたむろしていた。

 数は……50人くらいか。

 意外と少ないな。

 いや、一級ともなれば一番深くまで潜ることを許可されるレベルなんだから、むしろ多い方なのか?

 判断が難しいな。


 今日は一級探索者認定試験の日。

 そして、この時間は実技試験の時間なのだ。


 それで、結局何をしているのかって?

 そりゃあ試験ってどんなことをするのかなーなんて気になるじゃないか。

 それだけだ。


「しかしマスター、知佳様がこれを知れば怒るかもしれませんよ。いくら心配だからと言ってダンジョン内に潜んで見守るなんて。確かにダンジョン内では不測の事態が絶対に起きないとは言いませんが……」

「べ、別に心配して見に来てるわけじゃねえし!?」

「そうですか」


 やれやれ、うちのマスターはすぐ照れ隠しをするんだから、みたいな表情で肩をすくめるウェンディ。

 

 知佳の強さは知っているし、ここらのモンスターがどの程度なのかもわかっている。

 あいつなら仮に10体や20体程度に囲まれたところで難なく切り抜けることができるだろうし、そもそも試験中はダンジョン管理局の精鋭たちが護衛としてついているのだ。

 基本的には心配はない。

 だがまあ、あれだ。

 ウェンディの言う通りダンジョン内は何が起きても不思議じゃないし、恐らくアスカロンのような特殊な例は新階層でしか起きないようなことだろうということはわかっていたとしてもやはり100%そうだとは言い切れないのだ。


 だからまあ、何かあったらすぐに助けに入れるようにしていることは別に否定はしないさ。

 

「それを心配して見に来ていると言うと思うのですが……」

「うるせいやい」


 結構な高さのビルではあるが、今の俺の視力ならば問題なく見通すことができる。

 100メートル離れた位置にいるアリの眉間に書かれた言葉だって読むことができるかもしれないくらいだからな。

 ……流石にそこまでは無理かもしれないけど。


 ……見当たらんな。

 あいつちっこいから人がたくさんいると全然目立たないんだよな。


「いましたよ、マスター」

「へえ、別に探してないけどな!」

「……スノウに悪影響でも受けましたか?」


 スノウがこの場にいたら殴られてるな、俺。

 まあ……知佳が心配で来たってのはウェンディの指摘通りだ。

 心配いらないことも理解はしてるけどな。


 だが……この状況、まるで――


「ストーカーみたいですね、マスター」

「ぐっ……」


 タイミングを見透かしたかのようにウェンディがぴたりと俺の胸中を言い当てる。


「俺も一級認定試験を受けられれば手っ取り早かったんだけどな……」


 その一級を飛び越えて特級になった身で何を贅沢なという話でもある。

 それに、この程度のビルならば何かが起きた時にすぐに飛び降りても無傷で済むことは既に試してある。

 近くにいられなくとも問題はない。


 ……と。

 そんなことを言っている間に、恐らくだが四人一組に別れてモンスターを狩ることになったようだ。

 一組ごとに管理局の探索者が一人ついているが、基本的には手出しをしない方針だろう。


 ちなみにここは7層だ。

 8層や9層まで立ち入ることが許可される一級の認定試験なのでそれこそ9層でやるのかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないようだな。


 モンスターへの対処の仕方なんかでもある程度力は見れるだろうし、恐らくそういう事なのだろう。

 9層でやって事故が起きても面倒だしな……

 そもそも本当にそこまで潜れる人は一級になれる人材の中でも更に一握りだろうが。


 知佳のパーティは全員が女性のようだった。

 というか、全体で四人しか女性がいなかったのでそこで固まったというだけの話だろうが。

 魔力が大きく影響するので探索者の能力に男女差はそこまでないはずなのだが(事実、未菜さんは女性だが実力者だし精霊たちもそうだ)、そもそも探索者の絶対数が男の方が多い。

 こればっかりは気質の問題だったりするので仕方ないことではあるのだが。

 

 ちなみにお目付け役も女性だが……

 少なくとも魔力の量だけで見れば知佳の方が上だな。

 というより、あの50人の中に知佳よりも魔力が多い奴は数人しかいなかった。


 流石に魔力の数値が1万を超えるともなるとかなりの上澄みになるのか。

 知佳たちはモンスターの気配を察知したのか、結構な速度で移動を始める。

 あいつ走るのあんな速かったんだな。

 ……というかそれこそ魔力が多いんだから当たり前の話ではあるのか。


「このままじゃ見失うな、行こうウェンディ」

「はい、マスター」


 こうして俺のストーキング……じゃなくて知佳を遠くから見守り隊としての活動が始まるのだった。

 ……どっちにしろストーカーっぽいな?

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