第111話:異世界の勇者

1.


「……エルフ?」


 俺の言葉とほとんど同時に、意識を失っていた様子の武者――もといエルフがぱっちりと目を覚ました。

 紺碧の輝きを持つ瞳に金髪。

 まるでファンタジーなおとぎ話から出てきたような存在だ。


 エルフの男はじっと俺を見て――周りを見渡した。

 そして、呟く。

 

「……そうか。最後にほんのひと時、会話を交わすことが出来るのか」

 

 歳は俺とそう変わらないように見える。

 しかし本当に彼がエルフならば長生きだったりもするのだろうか。

  

 色々と問いかけたいことがある。

 俺が口を開く前に――


 精霊たちが、俺の前に立っていた。

 スノウが俺の身を庇うようにすぐ目の前に立ち、フレアとシトリーが男の横で魔法を構えている。

 そしてその正面ではウェンディが風で作った刃を男に突きつけている。


「貴方は、何者ですか?」


 緊迫した声音でウェンディが問いかける。

 スノウとウェンディは俺に背を向けているのでわかりにくいが、フレアは緊張した表情を浮かべているし、シトリーも真剣な表情だ。


 何が彼女たちをそこまで駆り立てて……


 と。

 そこで俺もようやく気付いた。


 膨大な魔力が、すぐそこにあることに。

 この魔力は精霊たちと匹敵する程か――それ以上に……

 

 精霊四人から殺気を向けられている中、その中心にあぐらをかいて座っていたエルフの青年は後ろに手を組んだ。


「敵意はないよ。むしろそこの彼には感謝しているんだ。ここで終わらせてくれた事に、ね」


 


2.



 俺は彼を信じることにした。

 スノウたちを下がらせ(警戒は続けているようだが)、俺はエルフの青年と向き合う。


「で……あんた一体何者なんだ」

「俺は……そうだな、色んな呼ばれ方をしてきた男だよ。英雄と呼ばれることもあったし、精霊王と呼ばれることもあった。一番最後は勇者、だったかな」


 嘘をついているようには見えない。

 少なくとも、俺には。


「……シトリーたちは彼を知らないんだよな?」

「……全く知らないわねぇ」

 

 たち、とは言ったが一番記憶に関して当てにしているのはシトリーだ。

 精霊たちが――彼女たちが住んでいた世界のことをほぼ全てを覚えているのは唯一、シトリーだけだから。

 そしてその彼女が知らないと言うのなら本当に知らないのだろう。


 精霊王とやらは何なのか知らないが、勇者だの英雄だのと呼ばれていた人物を知らないとは思えない。

 もちろん、俺も知らない。


「そりゃ、知らないだろうさ。俺は彼女たちの出身とは別の世界に住んでいたんだから」

「……その証拠は?」

「彼女たちに聞けばわかるんじゃないかな。自分たちと俺との魔力の質が若干異なっていることに」


 そうなのか? とウェンディに視線を向けると、無言で頷いた。

 俺には魔力の質とやらの違いはわからないが、どうやらこれもまた嘘をついている訳ではないようだ。


「で、異世界の英雄だか勇者だかがなんで日本の鎧を着てダンジョンを彷徨いてるんだ」

「あの鎧、珍しい感じで結構俺は好きだったけど……でもまあ、自分の意思で着たわけじゃない。ああなっていたのさ」


 やはり嘘を言っているようには思えない。

 だが、いまいち要領を得ない。


「名前は?」

「……悠真だ」

「そうか、じゃあユウマ。お前はダンジョンについてどれくらい知っている?」

「どれくらいって……」


 10年前に突然現れて。

 モンスターが湧いて。

 中に入ると人間の魔力が覚醒して、新階層では不思議な素材がドロップする。

 他にも知っていることは幾つもあるが――


 知らないことの方が多い。


「その様子じゃ、ダンジョンを作った奴らの本来の目的も知らないようだな。ダンジョンは――ぐっ……!」


 エルフの男が途中で言葉を止めた。

 そして苦悶の表情を浮かべて喉を抑えている。


「なっ……おい、大丈夫か!?」


 俺が駆け寄ろうとすると、エルフの男はそれを手で制した。

 

「かっ……はっ……! 大丈夫……だ。なるほど、重要なことは一切話せないようになってるのか。中々の念の入れ用だな……これも所詮は一時の奇跡……呪縛から逃れられた訳ではなさそうだ」


 まだ喉に違和感があるのかさすってはいるが、痛みはもう収まっているようだ。 


「……何があったんだ?」

「どうあっても逆らえないということさ……俺は亡霊のようなものだからな」


 亡霊……?

 

「直にこの体も消えてなくなるだろう。ユウマが俺を倒してくれたお陰でな」


 消えてなくなる……

 しかもそれを、俺のお陰とまで言った。

 嫌味というわけではなく――


「……本当に消えるのが怖くないのか、あんた」

「怖くない、と言ったら嘘になるが、俺は希望を見た。それを守る強い四つの光もな……凄いものだ、もしかしたら彼女たちは全盛期の俺よりも強いかもしれない」


 エルフの男はちらりと精霊たちの方を見る。


「……あんた一体どういう存在なんだ。モンスターじゃないのか?」

「モンスター……ではないつもりだよ。少なくとも、俺自身はな。一人で俺たち全員を相手してくれたお陰で、最後に残った俺だけはほんの少しだけ自我を取り戻すことができたんだろう。きっと彼らも感謝しているはずさ」

「彼ら……あの武者たちもあんたのようにがいたってことか?」

「ああ、互いのことは何も知らなかったがな。俺と同じような――ダンジョンで命を落とした亡霊であることには変わりない」

「ダンジョンで命を……」


 あれ程の強さを持つ者が死んだというのか。

 いや、今のこの男は先程まで戦っていた時よりも遥かに強いのが理解できる。

 だからこそあの鎧が消えた直後、精霊たちが俺を守る為に出てきたのだから。


 少なくとも、四人を警戒させるだけの力量はあるということだ。


「……先程、重要なことは話せないと言っていましたね」

 

 ウェンディが男へ話しかける。


「ああ……そういう呪いがかけられているようだ。俺でも解呪できないような強力なものがな」

「先程マスターへダンジョンについてどれ程知っているのかと聞いていましたが、逆に問います。貴方はどれ程ダンジョンについて知っているのですか」

「恐らく、全てだ」

 

 ダンジョンの全てを知る男。

 だが呪いとやらのせいで重要なことは話せない。


「……シトリー、なんとかしてその呪いとやらを解けないのか?」

「無理そうね……そもそも呪いはそう簡単に解けるものではないし……それに……」

 

 シトリーが言葉を濁す。

 いつの間にか、エルフの男の体からは光の粒が立ち上り始めていた。


「時間……か」


 エルフは己の掌を見て呟く。

 当然、その掌からも光の粒が溢れ出している。


「……消えるのか」

「ああ、さっきも言った通り、俺は亡霊だからな」


 そう言うエルフの表情は穏やかなものだった。


「ユウマ。二つ、俺からの願いがある。聞いてくれるか」

「……ああ」


 真剣な雰囲気を孕んだその言葉に、俺は頷くことしか出来なかった。


「まず一つ。これから先、先刻までの俺のような特殊なモンスターが現れるかもしれない。そいつらはこの俺と同じように呪縛に囚われ、ダンジョンを訪れた者たちを殺戮している。自分の意思に反して、だ。だからそいつらを解放してやってくれ」

「……わかった。ゴブリンやオークもそうなのか?」

「いや、低級なモンスターに人の魂を囚えることはできないだろう」


 そうなのか……

 確かに落ち武者の集団は明らかに普通ではなかった。

 一騎打ちを望んでいたのは、彼らの魂がそうさせていたのだろうか。


「……もう一つだけ聞かせてくれ。ダンジョンで死んだ魂というのは、全てがあんたのように囚われるのか?」

「いや、特に気に入られたものだけだろうな。それこそ俺や――お前くらいの実力者だけだと思っていい」

「……そうか」


 そういうことなら、俺の親父と戦わされるようなことはないと思っていいだろう。

 ……或いは俺の魔力の多さが親父からの遺伝なのだとしたらあり得る話かもしれないが。

 俺の危惧を他所に、エルフは話を続けた。


「……もう一つの願いだ。<キーダンジョン>を攻略してくれ。そうすればダンジョンの――ぐっ……」

「お、おい!」


 エルフの男が喉を抑える。

 呪いとやらが発動したのだろう。

 しばらく喉をかきむしるようにして痛みを堪えていた男だが、再び話し始める。


「……キー……ダンジョンを攻略……すれば……くっ……」

「お、おい、あまり無理は――」

「ダンジョンの……を変えられる……」

「在り方……?」


 それを言い切った後、まるで命そのものを振り絞った後かのようにエルフは地面に手をついてえずいていた。


 キーダンジョン。

 それは吸血鬼の姿を借りていた<奴>からも聞いた単語だ。

 しかし奴とは違って、この男は信用できる。

 直接戦った俺がそう感じている、ということしか根拠はないが。 

 少なくともキーダンジョンを探して攻略するということに何かしらの意義はあるのだろう。

 それも、この男が話せない程重要な何かが。

 在り方とは一体なんだ。


 エルフの男から立ち上る光の粒の量が増えていく。


「……くそ、無理をしたせいかもう時間はほとんど残されていないようだな……消えてしまう前にユウマにこれを託そう。俺たちの魂を救ってくれたお陰で、最後の最後に俺の手に戻ってきたものだ。言わば俺の……俺たちの魂さ」


 エルフの男が俺へ差し出してきたものは、試作型E.W.を簡単に砕いた剣だ。

 一目で明らかに業物だとわかった程の――いや、それ以上の何かを感じた剣。

 

「……アスカロン。それがその剣の銘であり、俺のでもある。きっとお前の役に立つ」


 俺がその剣を受け取る頃には、既にその体の大部分は消えかかっていた。

 

「……俺たちの無念を晴らしてくれ、ユウマ。この世界の――勇者よ」


 エルフは――アスカロンは空を見上げた。

 本当の空ではない、ダンジョンの中の空だ。

 そう見えているというだけの、仮初のもの。

 しかしその先に、その紺碧の瞳で。

 確かに彼は何かを見ていた。


「永かった……本当に……永かった……ようやく……俺もそちらへ行くことができる……君のところへ……最愛の……」


 ――音もなく。

 アスカロンは光の粒となり、中空へと姿を消した。

 

 最後は安らかな表情だった。

 誰かに会いに行ったのだろう。

 大切な誰かに。

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