第110話:死闘

1.


「ふー……」


 あれからかれこれ30分近くはずっと戦っているだろうか。

 その間、頑なに一騎打ちを挑んでくる落ち武者たちの相手をし続けている。


 相手の方が数は多いのだから、一斉にかかってくれば良いものを一対一に拘っているのだ。

 俺としても一人で相手するのが礼儀のようなものだろう。

 相手も交代しているので、こちらも別に交代するのはありかなとは思うが……


「疲れたんならいつでも代わるわよー」


 一対一の流れを組んでくれているのか、それとも俺が一人でやろうとしている意思を組んでいるのかはわからないが、精霊たちは手を出そうとはしないようだ。

 大きく息を吐いた俺にスノウが声をかけてくる。


「大丈夫、まだまだいける」


 相手は全員刀を使っている。

 太刀筋からして当たれば俺でもタダでは済まないかもしれないが、それでもこれを乗り越えれば俺は一つ成長できるような気もするのだ。


 だが……一つ気がかりなのは、戦えば戦うほど、落ち武者たちの動きが良くなっているように感じるのだ。

 この調子だといずれ……

 いや。

 ここは俺が最後までやり通そう。


 次で……多分20体目くらいか。

 残りもだいぶ少なくなってきた。

 相手の動きも良くなってきているように、俺もこの命のやり取りに徐々に慣れてきている。

 この調子で行けば最後まで戦い続けることができるだろう。


「……ん?」


 次に歩み出てきた鎧武者は、左手に日本刀を持っていたが――右手には明らかに刀ではない、剣を持っていた。

 両刃の……わかりやすく言えば、聖剣エクスカリバーみたいな見た目の剣だ。

 もちろんエクスカリバーではないだろうが、どう考えても日本の武士が使うものではないように思える。


 柄の部分には意匠も凝らされているが、それだって和っぽくはない。


 単に二刀流だというだけでも今までの奴らとは違うのに、それに加えて武者っぽくないものまで持っているともなれば明らかにこれまでとは違うのがわかる。


 音もなく右の両刃剣を前に、そして左手の日本刀を引き気味にした構えを取る武者。

 普通、二刀流って片方が短いものだと思っていたが関係ないのだろうか。


 ザッ、と地面を蹴った音が耳に届く頃には、左手の日本刀が俺に襲いかかってきていた。

 試作型E.W.でそれを受け止め――


「……っ、重っ……!」


 速度こそこれまでとそう大差はないものの、威力がまるで違う。

 まるで――これまでとは違ってかのような重さを感じる。


 そして、カウンター用に放出していた魔力が二振り目の存在を検知した。

 

「っ――!」


 咄嗟にしゃがむと、その上を両刃の剣が綺麗に通っていく。

 体勢を立て直す暇は与えられない。

 即座に左手の日本刀が、それをしのげば今度は右手の両刃剣が襲いかかってくる。

 

 しかも一撃一撃が冗談みたいに重い。

 正直、一撃で消し飛んだ新階層2層目のでかいだけの守護者ガーディアンや、避けるだけならある程度余裕を持てた9層目のボスよりも強く感じるほどだ。


 躱すだけならできる。

 だが、反撃する暇を見つけられない。

 二刀流がここまで厄介だとは。

 いや、二刀流が、というよりはこいつの――この武者の練度が凄まじいせいか?


「だったら――」


 後退し続けていた足を止める。

 試作型E.W.へ魔力を込める。

 

「これでどうだ!!」

 

 ガギン、と硬質な金属音が高速で3回に渡って響いた。

 そのうち2回は武者の持っていた刃物が折れた音。

 残りの1回は武者の鎧が破壊された音だ。


 武者の攻撃諸共、力ずくで叩き切ってやったのだ。

 これを最初からしなかった理由は二つある。


 一つは付与魔法エンチャントを使って倒すと、さっき俺が<拡散魔弾>で纏めて倒した時のように復活する可能性があったこと。

 もう一つは、相手が付与魔法を使っていないのにこちらだけが使うのは……どこか不公平なように感じていたことだ。


 相手はモンスターなんだからこんなことを考えなくてもいいのかもしれないが……


 そして武者は俺の危惧をよそに、復活することなく光の粒となって消えた。

 ……さっき復活した理由は魔法じゃなくて一対一じゃなかった事なのだろうか。


 なら出てきた武者たちを<魔弾>で倒すという手もあるにはあるが……

 なんだかその方法は気が進まない。

 本当にやばくなるまでは刀一本で俺も勝負しよう。

 


2.



「次で……ラストか……」

  

 試作型E.W.を地面に突き刺し、息を整える。

 もしかしたら、俺は魔力が覚醒してから初めて明確な疲労感を感じているかもしれない。

 

 今までに追い詰められたことは何度もある。

 だが、ここまで疲れたことはなかったんじゃないか。


「……マスター、流石にそろそろ限界でしょう。後は私たちにお任せいただいでも――」

「いや、俺にやらせてくれ。頼む」


 明らかに疲労を感じている俺にウェンディがこちらへ来ようとする。

 だが、それを俺は手と言葉で制した。

 ここまできたらもう意地だ……というのもあるが。


 最後に残った武者が、ような気がするのだ。

 ここまで33体の落ち武者を倒してきた。

 それで疲れてそんな幻を感じているのかもしれないが……


「……わかりました。ですが、危ないと感じたらすぐにでも止めに入ります」

「いや、危ないと感じても確実に俺が死ぬような状況じゃなければ止めないでくれ」

「え……?」


 まさかそんな言葉が帰ってくるとは思わなかったのだろう。

 ウェンディが絶句している。


「頼む。他の三人も、だ」


 俺たちが話している間――最後の武者は襲いかかってくる様子がない。

 ただじっと、こちらの準備が整うのを待っている。

 やはり、俺にはこいつらに意思があるように感じてならない。


 ただのモンスターなら今襲いかかってこない理由がない。

 そもそも、30体以上いるときに俺を袋叩きにしようとしないのだって意味がわからないのだから。

 ウェンディは他の姉妹たちと目をあわせる。

 どんな意思疎通が行われたのかはわからないが――


「……マスターが、そう仰るのであれば……」


 結局、ウェンディは大人しく大人しく引き下がった。

 他の三人も心配そうな表情こそ浮かべているが、シトリー含め、ウェンディの判断に異論を挟んでくる様子はない。


 だが……多分危なくなったら誰かしら飛び出してくるだろう。

 そうならないように、俺がしっかりしないとな。


 ……さて。


「待たせたな」


 俺が改めて武器を構えて武者の方へ向き合うと、そこでようやくそいつも鞘から刀を――いや、剣を抜き放った。


 刀の鞘から両刃の剣が出てくる摩訶不思議さは別にしても、あの剣は……なんかヤバイぞ。

 普通じゃない圧を感じる。

 それに、それを持つ武者自身もだ。


 明らかにこれまでとは格が違う。


 ……ここまで言うとちょっと大げさかもしれないが、ぶっちゃけ、あの吸血鬼よりも強そうだ。

 だが、嫌な感じはしない。


 どちらかと言えば、精霊たちと同じような力の強さを感じる。

 魔力というか、この手の雰囲気に善悪の要素があるのかは俺にはわからないが……


 何か喋ってくれるかとちょっと期待したが、やはり喋りはしないようだ。

 剣を構えた武者はゆっくり振りかぶった。


 いや、別に遅くはないのだ。

 ただ、あまりにも流麗で、自然に動かれたせいで、速さというものを認識できなかったというのが正しいのだろうか。


 気付けば、俺はほとんど本能のままに横に跳んでいた。

 状況が切羽詰まっていたということもあり、2ヶ月前、体力測定をした時の動きよりも更に速く動いたという確信がある。

 だが、彼の振り切った剣の先から放たれた衝撃波は当たり前のように俺の真横を通過していった。


 あと半歩、跳んだ距離が短かったらこの一撃で死んでいただろう。

 

「んなっ――」


 目の前に武者がいた。

 俺のスピードについてきたのか。

 それとも別に技術を使っているのかはわからない。

 試作型E.W.に膨大な魔力を込めて防御に回す。


「ぐっ――」


 彼の振るった剣の威力に負け、体が吹き飛ばされる。

 下手したら精霊を初めて召喚した時よりも大きな魔力を防御に回したが――衝撃は殺しきれなかった。

 

 だが、俺だって修羅場を潜ってきた人間だ。

 吹き飛ばされている最中も奴から視線を逸らすことはなかった。

 だからこそ、事前にを予測できた。


 武者は追撃をしてくるでもなくこちらの掌を向け――


「お――おぉぉ!!」


 次の瞬間、飛んできた火の玉を俺は試作型E.W.で叩き落とした。

 凄まじい速度だ。

 少なくとも俺が全力で<魔弾>を飛ばしてもこうはならない。

 強い。

 

 今まで出会ってきたどんなモンスターよりも遥かに。

 

 だが――


「喰ら――えええええ!!」


 相手が魔法を使ってくるのならこちらも出し惜しみする理由はないだろう。

 <拡散魔弾>を作れるだけ作って次々と撃ち出す。

 着弾と共に爆発が巻き起こる。

 

 だが、その直前にあの武者が魔弾を斬って落としたのが見えた。

 恐らく直撃はしていないだろう。


 ピリッ、と首の後ろに何かを感じた。

 シトリーから教わったカウンターの応用で放出していた魔力に反応したのだ。


 俺は振り向きざまに試作型E.W.を振るう。

 それは武者の振るった剣とかち合い――


 俺の武器の方が競り負け、砕け散った。

 付与魔法はもちろん施していた。


 だが、これはただの推測になるが恐らく相手も同じことをしていたのだろう。

 付与魔法エンチャント

 今の所、俺と未菜さんしか出来ない――精霊ですら出来ない高等技術をこの武者はやってのけたのだ。

 そして元々の武器の質で競り負けた。


 しかし俺はその事自体は予測していた。

 だからこそ、武器が砕けた一瞬の隙を利用して鎧の肩を左手で掴んで引き寄せ――


 ガァン!!


 とまるで鐘を勢いよく叩いたかのような音が響いて、落ち武者が後ろへ吹き飛んだ。

 思い切り殴りつけた右の拳からは血が滲んで地面へぽたぽたと垂れている。


「はぁ……はぁ……はぁ、っ……」


 落ち武者が立ち上がる様子はない。

 だが、光の粒となって消える様子もない――と思っていたら。


 徐々に武者の体から光の粒子が立ち上り始めた。


 そしてその光は強くなり……

 最後にひときわ輝いたかと思ったら、光の中から耳の尖った、端正な顔立ちの男が現れた。


 俺の知識から彼の容姿に最も近い者を例えるとするならば、そう――


「……エルフ?」

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