第108話:世紀の大発見?

1.


「三河のダンジョンへ行く?」

「はい」


 愛知県のダンジョンへ行くと決めてから一週間後。

 未菜さんと会う機会があったので、そのタイミングで俺はその旨を伝えていた。

 場所はダンジョン管理局社長室である。


「……新階層へ挑もうというわけか。あのダンジョンの」

「そういうことですね」


 未菜さんは少し考えるような素振りを見せた。

 自分が一番最初に攻略したダンジョンのことだ。

 思い出深い……というのも変な話かもしれないが、思うところはあるのだろう。


「一応、ダンジョン管理局の探索者が新階層へ一層だけ潜っている。まだその時のデータは公開されていなかったが、後で送信するように伝えておこう」

「え、もう探索してたんですか?」

「モンスターが強すぎたのですぐに撤退しているがな。本当は私が行きたかったくらいだが……」


 未菜さんはアンニュイな表情を浮かべた。

 何をしていてもサマになるズルイ人だ。


「モンスターが強すぎる、ですか」

「君や――或いは今の私ならさほど問題はないかもしれないがな」


 そう言って不敵に笑った。

 『今の私』、というのは10年前と比較して、ということだろう。

 そもそもちょっと前までと比べてもかなり強くなっているはずだしな。

 あって、現在の未菜さんのWSRは4位まで上がっているのだ。


 それに俺だってここ最近で強くなっている。

 新技も覚えたし、色々とやっていることもある。

 魔力も……まあ増えているはずだしな。


「私もついていきたい……だが……忙しいんだよな……」


 くるくると前髪の毛先を弄ぶ。

 時折こうして子供っぽい仕草を見せるのがこの人の一番ズルイところだと俺は思っている。


「土産買ってきますよ。いい店知ってるんで。まだやってたらですけど」

「うん? もしかして君は愛知出身なのか?」

「ええ、実は」

「そうなのか、私も愛知出身だ」

「それは知ってます」


 まあ未菜さんは名古屋――尾張の方で、俺は三河の方なので同じ県だと言うだけで別に距離的に近くはないのだが。


「となると、君の実家にでも泊まるのかい?」

「あー、俺、実家はないんですよね。親父は死んでて、お袋は蒸発してるんで」

「え……あ、すまない……」


 しまった、という表情を浮かべる未菜さん。


「いや、いいんですよ。もう気にしてないですから。10年以上前のことですし、吹っ切れてます」


 まあ、結構最近まで引きずってはいたが。

 今では本当に気にしていない。


「今は今で楽しくやってますから――親父の墓前にハーレムを築いたってこと報告してきます」

「ふ……ハーレムか。まあ、確かに今の君を取り巻く関係はハーレムそのものだな」

「しかもその中には日本を救った英雄までもが!」

「まったく……」


 未菜さんは苦笑いを浮かべなら俺の脳天にチョップをかましてきた。

 軽いものなので痛くはないが。


「いつ出発するんだ? すぐか?」

「いえ、知佳の探索者認定試験が終わり次第、ですかね。新宿ダンジョンで実技試験があるとか言ってたんで」

「となると、あと一週間くらいはあるのか。彼女はまあ……問題なく合格するだろうな」

「ここだけの話、試験の難易度ってどれくらいなんですか?」

「まあ、三級や二級はそこまで落ちる者はいないだろうな。7割から8割は合格すると見ている。一級は……多くても2、3割と言ったところか。そもそも受験者もかなり少ないが」


 選りすぐりのエリートしか受験しないような試験で合格率2、3割って……

 どんな高難易度だよ。

 良かった俺、特級で。

 一級試験を普通に受けても合格する気しないもんな。


 知佳はまあ未菜さんも言っていた通り心配いらないだろう。

 仮に合格率1%の試験だとしても片手間に合格してくる事ができるくらいの頭脳の持ち主だ。

 正直何故あいつが俺と同じ大学へ来ているのか理解できない。


 だって同じくらいの出来の良い天鳥さんは実際カナダの大学へ飛び級で入ってるわけだし。

 

 ちなみに、未菜さんは一級探索者扱いで試験がパスされている。

 まあこの人が試験を受けたところで落ちるわけがないのでそこは当然と言ったところか。

 

「私も仕事辞めて君のところに居候しようかなあ」

「滅多なこと言わないでください。柳枝さんが本気でキレますよ」

「奴も君となら別に文句は言わないと思うが……もしかしたら俺を倒してから~とか言い出すかもしれないが、まあ君なら手加減した上で勝てるだろう」

「柳枝さんと戦うとか絶対嫌ですよ。俺あの人に憧れてるんですから」


 実際、戦えば十中八九勝てるだろう。

 ましてや柳枝さんはもう現役の最前線から退いているのだから。

 だけどそういうんじゃないんだよ。

 

「……実は社内の女性社員の中で、君と柳枝にあらぬ噂が立っているのだが知っているか?」

「え゛っ」

「柳枝はあれでも結構モテる。人気が高いんだ。そこへ君という若い男が現れ、しょっちゅう部屋で何やら話をしている。その内容はほとんど極秘扱いとなっている……ともなれば、な」

「そもそも俺が来ているのって受付の人くらいしか知らないんじゃ?」

「まあな。社内と言ったのはちょっと盛った話で、実は総務部の中でちょっとそっち方面が好きな人が嬉しげに話している程度だ」


 俺の知らないところで俺と柳枝さんの貞操が大変なことになっていた。

 表立って社内で動けない未菜さんに言ってどうこうなる問題かは知らないが、一応あまりそういう話は広まらないようにしてくださいねと釘を差して、俺は家へと戻るのだった。



2.



 未菜さんと三河のダンジョンへ向かうということを話したその翌日。

 天鳥さんから連絡があったので、俺と知佳は彼女の研究所へ赴いていた。


 東京郊外に元々あった建物を改築して作られた研究所である。

 現在では天鳥さん含め10人程がここで働いている。


「やあ、よく来たねキミたち。待ちかねたよ」


 俺と知佳が所長室へ入ると明らかに机に突っ伏して寝ていた痕がほっぺに残る天鳥さんが出迎えて(?)くれた。

 ちゃんと家に帰って寝て欲しい。

 今日は強制的にうちへ連れて帰ってやろうかな。

 合法ロリ巨乳お持ち帰りである。

 なんというワクワクワードなのだろう。


「この間持ってきたスライムボールについて色々わかったとのことでしたけど、何がわかったんですか?」

「ふっふっふー。とりあえずついてきたまえ」


 知佳と顔を見合わせ、何故か得意気な天鳥さんの後ろをついていく。

 ふらふらしているが大丈夫だろうか。

 あ、コケた。

 知佳が影で転ぶ寸前に助けている。

 ……大丈夫だろうか。


 ともかく、しばらく歩いて辿り着いたのはガラス張りになっている研究室だった。

 部屋にはなにやら仰々しい機械たちとその真ん中に鎮座する青いスライムボールが。


「悠真くん、知佳、まずこれを二人で持ってみてくれ」


 そう言って天鳥さんはスライムボールを無造作に投げてきた。


「うわっ、ちょっ、落としたらどうするんですか!」

「落とす程度じゃどうにもならないさ。約5000トンの圧力をかけても平気だったんだから」

「5000トンて……」


 もはや想像もつかない。


「東京タワーが4000トンくらいだったはず」

「なんでお前はそんなことまで知ってるんだ」


 さらっと謎知識を披露する知佳。

 一度見たことをほとんど忘れることなく記憶できるような奴なので何かのテレビとか本とかでちらっと見たとかだろうけど……

 つまりこのボール、東京タワーで押しつぶしても平気なのか。

 ……要するに俺が本気で叩いても平気なんじゃないか?


「それに、驚くほど伸びる。ほら、知佳とキミとで引っ張り合ってみればいい」


 言われて、俺と知佳はスライムボールを掴んで両側に引っ張る。

 ――と。

 容易に伸びた。


 しかも、離せば普通に元のサイズ、元の形に戻る。


「これ、どれくらい伸びるんですか?」

「試した範囲では10kmくらい伸びたな」

「マジかよ……」


 どんな素材でできてるんだよ。

 質量保存の法則とかどうなってるんだ?

 どう見てもそんな伸びるようには見えないんだが。


「更に……」


 俺たちからスライムボールを受け取った天鳥さんは何やら電極のようなものがむき出しになった機械の上にそれを置いて、その装置の電源を入れる――と。


 まるで水の中に入れた増えるワカメのように巨大化していった。

 一回り、二回りと大きくなったところで天鳥さんがその装置のスイッチを落とす。


「持ってみてくれ、悠真クン」

「……重くなってる」


 見た目相応に。

 大きくなっているだけではなく、重くなっているのだ。


「今のは何をしたんですか?」

「電気を流したのさ。それ以外は何もしていない。色々調べてみた結果、何かと化学反応を起こしてそうなったというよりも、単に『電気を流すと大きく・重くなるもの』として考える以外になかった」

「意味わかんねえ……」


 しかもびよんと伸ばしてみれば伸びるし、ぶにっと押しつぶしてみても元の形にちゃんと戻る。

 つまり性質としてはなんら変わっていないということだ。


「……これ、何かに使えますか?」

「緩衝材としては最強だな」


 まあ、それはそうだろう。

 いずれこれがエアバッグとして車などに搭載されたりするのだろうか。

 電気を流せば巨大化して、しかも質量保存の法則なんて無視できるともなれば極端な話、ほんの小さな欠片を仕込んでおくだけで、何か衝撃が加わった際に電気を流すような仕組みを作っておけばそれだけでエアバッグになるわけだ。


「切断とかはできるんですか?」

「できるんだな、これが。あれだけ耐衝撃吸収性に優れていて、尋常ではない程の伸縮性まで見せるのに、市販のはさみですら切ろうとしたら簡単に切れてしまう。これはキミが以前言っていたダンジョンのモンスターからドロップした金属と同じく、『加工しようと思えば容易に加工できる』という特性と同じだろう」

「……つまり、これ一個から無限に同じスライムボールのようなものが作れる、と」

「実際、既に100個ほど量産している」


 ……やばくないか?

 いやこれ、マジでやばくないか?

 世界中がひっくり返るような内容だぞ。

 

「確かに不思議ではあるけど、魔法があるような世界になっている今、質量保存の法則を無視する程度でそこまで驚くようなことでもなくない? だって魔法だってそんなのとっくに無視してるようなものだし」


 知佳は事も無げにそんなことを言う。

 天鳥さんも同じような意見らしく、


「まあ不思議ではあるが、これからこの手の不思議な素材はもっと増えていくと思うよ。なにせまだこういう変な素材が出るようになってから100日も経っていないのだから」


 要するに――

 ダンジョンのお陰で……あるいはダンジョンのせいで、これから更に人類の常識は大きく変わっていくかもしれない、という話だった。

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