第107話:新技のきっかけ

1.



「ふぅ……意外と上手くいかないもんだな」


 穴ぼこになった空き地を見渡す。

 しばらくするとその穴ぼこが自動的に修復されていくのだから、ダンジョンというものは実に不思議だ。

 

 新宿ダンジョン、9層。

 新階層が出てくるまでは最終層だったところで、まだ他の探索者でも入ってこれないような難易度の場所である。


 要するに新階層ほど危険でもなく、そして浅層よりも圧倒的に人に見られるリスクが低い、にうってつけの場所というわけだ。

 そのまま運用するには危険すぎる<魔弾>をなんとか改造しようという試みをしているのだが、なかなか上手いこといかない。


 デコピンみたいな形で弾き飛ばすのも一見かなり良いようには見えたのだが、威力や速度、そして純粋にコントロールに難があるのだ。

 練習すればなんとかなるかもしれないが、イメージでどうとでもなる魔法なのに最初からこれだとそもそもあまりよろしくないような気もする。


「悪いなフレア、長々と付き合わせちゃって」

「いいえ、フレアはお兄さまといられるのならたとえ火の中海の中、宇宙空間に至るまでどこででもどこまでもご一緒しますから」


 少し離れたところで(多分土の魔法か何かで作った)ベンチに座っているフレアは目の中にハートマークを浮かべながら答えた。


 海の中と宇宙空間は知らんが、火の中なら本当についてきてしかも涼しい顔のフレアが容易に思い浮かぶ。

 

 もう6時間くらいこうして色々試しているがどうにも上手くいかない。


「どうやって魔法を狙ったところに飛ばしてるんだ?」


 そんな様子をずっと――つまり6時間くらいにこにこと眺めていたフレアに聞いてみた。

 

「えっと……」


 フレアは立ち上がりながら、自分から少し離れた位置に火の玉を浮かべた。

 野球ボールくらいの小さなものだ。


「確か、小さい時はこうしてました」

 

 そのまま真っ直ぐ右腕を前に伸ばす。

 その先では人差し指が伸ばされ、まるで何かを指差しているような状態だ。

 そして――


「後は、発射するだけです」


 ひゅん、と火の玉が飛んでいって空き地の隅で爆発する。

 どんっ、とくぐもった音と共に大穴が空いた。

 しばらくするとそれも塞がっていってしまったが――


「……そうか、そんな単純な方法で良かったのか!」

「へっ?」


 冷静に考えれば、別に投げる必要もデコピンで弾いて飛ばす必要もなかったのだ。

 必殺技は手から撃つもの、なんていう先入観があったせいで中途半端になってしまっていたのかもしれない。

 安定性を求めるなら投げたり弾いたりするよりも、フレアがやったようにした方が良いに決まっている。

  

 まずは先程フレアがやっていたように、空中に小型の<魔弾>を作り出す。

 大きさはビー玉くらい。

 ……もしかしてこのやり方だったらたくさん飛ばせたりするのか?


 更にイメージを続けると、俺の周りにざっと30個程のビー玉大の魔弾がふよふよと浮かんでいる状態になった。


「これを――」


 フレアは指一本で方向を指示していたが、俺は彼女ほど上手くはできないだろう。

 だから二本でやる。

 人差し指と中指だ。

 二本にすることで何が変わるのかって?


 イメージの問題だよ、イメージの。

 

発射ファイア!」


 浮かんでいる魔弾の中から一つだけが高速で飛んでいく――というのをイメージすると、考えた通りに、考えた軌跡で魔弾が飛んでいってドンッ、と音を立てて大穴を開けた。


 これ、速度、精度共に問題ない……んじゃないか?

 それに、こっちの方が威力の調整も簡単にできそうだ。


 投げたり弾いたりするとやはり飛んでいくスピードが安定しないで、『速ければ強い』という俺のイメージ通りの結果を招いてしまう。

 だがこれなら速度も意のままだ。


 もちろん、二発目、三発目と浮かんでいるままの魔弾を飛ばすこともできた。

 今までのやり方では一発ずつしかできなかったので隙も大きかったが、これなら何発でも同時にやれる。


 画期的だ。

 画期的過ぎるぞ、このやり方!

 こんなことならもっと早くアドバイスを求めておくべきだった。

 必殺技って自分で編みだすものっていうを勝手に持っていたのも良くなかったんだろうな。


「あの、フレアはお役に立てましたか?」

「そりゃもう大助かりだ。なんでも一つ言うことを聞いてあげたいくらい」

「なんでもですか!?」


 適当に言ってみたら思った以上に食いつかれた。


「あ、あんまりアレな内容じゃなければな」


 アレとぼかすことによって色んなパターンを阻止する高等テクである。

 普段が普段のフレアなのでちょっと……いやかなり警戒したのだが、実際に提案されたものはかなりものだった。


「では、今度――」



2.



「ああ、まさかこんなに早く夢が叶うなんて!」

「別にこれにかんしては言ってくれればいつでもやっていいけどな……はい、あーん」

「あ~ん」


 ダンジョンから出てそのまま、俺たちはとあるレストランに来ていた。

 突発的だったので予約を取らなければいけないほどの高級店ではないが、まあドレスコードがギリギリ必要ないくらいのランクの店だと思って貰えればいい。


 お洒落な店特有のオシャンな盛り付け方をされた肉やら野菜やらをフォークに突き刺してフレアの口へあーんするという作業をかれこれ5回ほど繰り返したタイミングで、


「では今度はフレアの番です!」


 とうきうきの様子でフォークに刺した肉を今度は差し出された。

 これ……以前、フレアを召喚する際にやられた時も思ったが、あーんする側よりされる側の方が100倍恥ずかしいんだよな……


 あーんで受け取った後、ふとこのあーん合戦をお願いとして提案してきた理由について思い当たった。


「そういえば、召喚される前の様子も見てたって言ってたし、スノウやウェンディとやってたのを見てってことか?」


 俺がそう言うと、フレアはちょっと顔を赤くした。

 ……こういう反応は新鮮なので超カワイイと思ってしまう。

 単純な男である。


「実はそうなんです。家ではスノウやお姉さまたちもいますし、知佳さんや綾乃さんもいますから……」

「確かにこうして二人きりになる機会ってのはあまりないな」


 必殺技の修行についてくるとして真っ先に手を挙げたのもそういう理由からだろう。

 実際のところは別に俺一人で行っても転移召喚がある限り特に危険はないのだが。


 そもそも、周りへの被害を考えなくていいならボスより強い守護者ガーディアンだって倒せたんだし。

 今日編み出したあの新技がどれくらいボス級へ通用するのかも近々試してみたいものだ。


「そういえばお兄さま、体術の方はどうなのですか? 最近、ウェンディお姉さまと組み手しているところを見ますけれど……」

「あー」


 実はここ数週間、ウェンディに近接戦の稽古をつけてもらっているのだ。

 もちろん付け焼き刃なので役に立つようなシチュエーションが出てくるとは思っていない。

 だが、魔法は結局イメージの世界だ。

 俺自身が体術で戦うことができるように、というよりは、万が一体術を使うような敵が出てきた時に対処できるようにやってもらっている。


 最初はシトリーに稽古を付けてもらおうと思ったのだが、オートカウンター無しのシトリーの体術は並以下だった。

 多分、スノウやフレアの方がマシに動けるくらい。

 彼女は魔法のイメージ力で全てをカバーしているようなものなのでそれで問題はないのだろう。

 

 俺はその域に達していないので、それでは姉妹の中で徒手空拳に最も強いであろうウェンディを、ということである。

 ちなみにどちらも魔力の使用はなしのものだ。

 戦績は、多分もう300回くらいやってて全敗。


 実はこの二ヶ月間で何度か未菜さんとも魔力なしの組み手をしているのだが、そちらも全敗だ。

 多分、ウェンディと未菜さん両方が魔力なし武器なしでやりあったら……僅差で未菜さんの方が強いと思われる。


 この場合は未菜さんが凄いのはもちろん、そもそも魔法だけでも最強レベルなのに体術まで極めているウェンディが途轍もないという話なのだが…… 


 まあ、それは置いといて。

 近頃は俺も色々やっているという訳である。


「そろそろ新宿ダンジョン以外に行ってみてもいいかもな」

「新宿以外に、ですか? どんなところがあるんですか?」

「攻略されてて新階層があるってところだと……」


 幾つか考えて――

 ふと思い当たった。

 

 そういえば、も攻略済みなのだから新階層が出ているはずだよな。


「どこかいいところがありました?」


 俺の雰囲気が少し変わったのを察知したのか、フレアがもう一度訊ねてくる。

 

「……愛知県に、日本で一番最初に攻略されたダンジョンがある。そこに行ってみよう」


 言わば、始まりの地だ。

 日本での探索者の在り方と――


 俺が探索者を目指した切っ掛けでもある、あのダンジョンは。

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