第103話:他意はない
1.
結局、開発されて10秒で禁止された俺の必殺技(文字通り必ず殺す技と言ってもいいかもしれない)、<魔弾>で倒した……というか消し飛んだあのデカブツは
そして階段以外にも出現したものがある。
縦横にスマホくらいの大きさの魔石に、それと同じくらいのぶよぶよした青いボールのようなもの。
若干向こう側が透けて見える。
イメージは……スライムだ。
日本のゲームに出てくるかわいいやつでも、海外のゲームに出てくる気持ち悪いやつでもない。
小学生が理科の実験で作るあれ。
そこまでどろどろしているわけでもないが、力を込めて握ればぐんにゃりと自在に形を変える。
特に他意もなく、俺はシトリーを見ながらそのボールをぽよぽよ握る。
もう一度言うが、他意はない。
「……悠真ちゃん、急に真顔でどうしたの? お姉さん、そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……」
シトリーは不思議そうに首を傾げる。
「なんでもない」
俺は真顔のまま答えた。
ぽよぽよ。
ぽよぽよ。
バシン、と後頭部に衝撃が走る。
後ろを振り向くと、半目のスノウが立っていた。
「何やってんのあんた」
「俺は無実だ! 何も言ってないし、誰も不幸になってない!」
「あんたが考えてることくらいわかるのよ!」
スノウが俺のおっ……じゃなくてスライムボールを取り上げようとするので逃げていると、つい、と俺の手からそれが取り上げられた。
心なしか呆れたような表情を浮かべるウェンディがスライムボールを持っている。
「危ないので、私が持っておきます」
「で、でも……」
「私が持っておきます」
「はい」
有無を言わさぬ圧力に思わず頷いてしまう。
少しふざけすぎた。
反省。
そんなことを思っていると、腕にスライムボー……じゃなくてそれと同じくらい柔らかく、温かいものが押し付けられた。
「お兄さま、フレアのものでしたらいつでも……」
赤髪なのに脳内がピンクな子に語尾にハートマークがつきそうな感じで言われる。
しかし流石に自己申告通りいつでもというわけにはいかない。
今やったらウェンディに本気で叱られそうだし。
なので俺は心を鬼にして、「また後でな」とフレアを引き離した。
ああ、俺のスライムボールが。
「冗談はこれくらいにして、これ、なんでしょうかね」
「さあ……お姉さんも見たことないわねえ」
ウェンディがぽよぽよとボールを握りながら言う。
なんかちょっとエロいな……と思ったことはおくびにも出さず、俺は真剣な表情を浮かべた。
「さっきのヤツのドロップ品なのは間違いないけど、それ以外の情報が何もないのがなあ。スノウとフレアは何か心当たりとかあるか?」
「シトリー姉さんとウェンディお姉ちゃんが見てもわからないならわかるわけないわ。こういう時のための香苗でしょ」
「フレアもちょっと見覚えはないですね……お掃除には便利そうです」
スノウが当然のように言う。
香苗って誰だっけと一瞬思ったのは内緒だ。
天鳥さんのことである。
そしてフレアが言ってるのは多分スライムっぽいホコリ吸着掃除器具のことだな。
この前CMでやってるのを興味深そうに見ていたのを覚えている。
今度買ってあげよう。
「そうですね。彼女の研究所へこれを預けるのがいいでしょう」
つまり丸投げだった。
魔石の方は確か一ヶ月くらい前に自動車メーカーから買取の打診が来たと言っていたので多分そちらへ売ることになるだろう。
なんでも動画を見て俺たちの存在を知ったのだとか。
未だに二桁億再生を連発しているらしいので、そのうちむしろ知らないほうが珍しいのレベルになるかもしれない。
現状でも若者の間ではスノウたちかなり有名人らしいし。
本人たちは認識阻害系の魔法を使っているお陰で決して身バレすることがないのがせめてもの救いか。
スノウは最初の方その辺り全然気にしていなかったので東京にいる、くらいの情報はありそうだが。
「今日は一旦、戻りましょう。次の層へ行く余裕もあるとは思いますが、焦りは禁物ですから」
ウェンディの提案により、今日の探索はこれで終了だ。
2.
翌日。
そういえば、今日は知佳と二人でダンジョンへ行くので2億の社用車を使う。
というのも、昨日は3列シートのSUVだったのだ。
一ヶ月くらい前に綾乃が買ってきた。
大所帯になってきたので、必要になるだろうとのことだ。なんでも8人まで乗れるらしい。
1000万ちょいだと言っていたので2億に比べれば安いものである。
普段遣いの車として乗り回すにはちょっと……いやかなり高い気はするが。
SUVって何の略なんだろう。
ミニバンと何が違うんだろうか。
などと調べれば一発でわかることだが特に調べる気もないようなことを漠然と考えつつ運転する。
「そういえば、昨日すごい技? 魔法使ったって聞いたけど、魔力は平気なの?」
「昨日のうちにウェンディにも確認されたけどな。多分、あと100発同じのを撃っても全然平気だ」
ちなみにだが、転移召喚も恐らくあの必殺技と同じくらいの魔力消費量だ。
スノウ、フレア、ウェンディ、シトリーの間で消費魔力量に差はない……と思う。
少なくとも全員分を試した時にこれと言った差は感じられなかったので、あったとしても誤差だろう。
つまり一人でピンチに陥った時はあの必殺技を撃つよりも精霊を呼び出した方がコスパは良い。
「ふぅん……じゃあその気になったら関東圏を壊滅くらいはさせられるんだ」
「その気にならないけどな」
「私が死ぬか関東圏を滅ぼすかどちらかを選べと言われたら?」
「重っ!」
「世界と私、どっちが大事なの」
「天秤に乗ってる選択肢が極端すぎるだろ」
ちなみにだが、多分俺は知佳と世界なら知佳を選んでしまうと思う。
最低限身近にいる人たちを守れるという前提ならば。
というか、世界云々に関してはあながち絶対にない未来ともちょっと言えないあたりがな……
少なくとも、スノウたちが住んでいた世界は滅んでいるわけだし。
「信号、青になってる」
「ん? ああ、悪い」
スイーン、とスムーズに車が動き出す。
流石は高級車。
これ発進の度に毎回思っているような気がするけども。
「そんなに悩んじゃった?」
「いや、世界とお前ならお前を選ぶよ」
「ふぅん、私は世界を選ぶけど」
「ええ!?」
「半分、嘘」
「半分?」
「私ならどっちも選ぶ」
「強欲な奴め……」
しかし取るべき選択肢としては最適解だ。
そうできるだけの力量があればの話だが。
「強くならなきゃなあ……」
「どうして? 今の所困ってないでしょ?」
「ダンジョンって下に行けば行くほど強くなるだろ、モンスター。今はまだ余裕でも、そのうちきつくなってくるかも」
「スノウたちがいてそうなったらもうほとんど攻略不可能だと思うけど……」
それは俺もそう思う。
だが、このままずっと楽勝だとも思えない。
その時に何もできないんじゃ話にならないからな。
「とりあえず、今できることを一生懸命やるしかないんじゃない?」
新宿ダンジョンへつき、駐車場へ駐めている最中に知佳はそんなことを言った。
「今やるべきことねえ」
「とりあえず、初ダンジョン攻略の私を介護するのが今できること」
3.
知佳がダンジョンへ入るのは9年ぶりだという。
つまり最後に入ったのは13歳というわけか。
多分その頃からほとんど身長とか変わってないんだろうなあ、こいつ。
「失礼なこと考えてる?」
「考えてにゃい」
俺は試作型E.W.を背中に吊るして、知佳は特に何も持たないで(一応小型のナイフは持っている。ウェンディに使い方を教えてもらっているのをこの間見た)ダンジョンへと入る。
一層から四層までは既に掃討が終わっている。
そして新階層が現れてからも新たに湧く様子は見られない。
もしかしたら更に時間を置いたら湧くかもしれないが、今の所そのような兆候も見られないとのことだ。
そして歩き続けて5層へ降りる。
もう何度も来ているので道順はすっかり覚えた。
俺が忘れていたとしても知佳はばっちり暗記しているだろうから問題はないのだが。
流石にまだ未掃討の階層ということで探索者がちらほら見られるようになる。
この辺りからは中堅以上の探索者しかまともに戦えないはずなのでそれでもそこまで数がいるわけではないが。
俺の方はともかく、知佳は下手すりゃ中学生かそれ以下にさえ見えるような見た目なので、たまに見かける探索者がめっちゃこっちをジロジロ見てくる。
もしかしたら知佳がちっちゃいなりに美少女なのも関係しているかもしれない。
このロリコンどもめ。
俺も人のこと言えないが。
ちなみに道中でちらほらモンスターとは遭遇しているが、知佳が影のスキルで特に危なげなく倒している。
流石に精霊たちほど瞬殺で圧倒的、というわけにはいかないようだが、少なくとも俺が殴りにいったり蹴りにいったりするのよりは素早く倒せているようだ。
拘束力という点で見れば俺より上だし、自分が動かなくていいという利点がある上にスキルの持ち主が知佳。
……これもしかして俺いらない子になるのでは?
あの必殺技を『必ず殺すわけではない技』くらいにまでデチューンさせる必要がありそうだ。
それも早い内に。
でないと俺の存在意義が魔力タンクという役割になってしまう……
割と本気でそんなことを心配しながら、俺は密かに焦るのだった。
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