第104話:夫婦漫才
7層にもなれば、モンスターの種類が変わってくる。
既に俺にとっては馴染み深い、妖怪っぽいやつが現れ始めるのだ。
鬼だとか天狗だとか。
苦戦した覚えはないが、それでもオークやゴブリンなどのどこにでもいる奴らとは強さの質からして変わってくる。
新宿にあるダンジョンでなんで妖怪なんだろうとは思うが。
鳥取ならまだわかるけどさ。
いやでももしちゃんちゃんこ着て下駄を履いてて片目の隠れた妖怪が出てきたら勝てる気がしないが。
イメージが物を言う訳だし。
「知佳、あっちの方から来るぞ」
「りょーかい」
知佳は俺が指差したほうを警戒する。
数を細かく把握することまではまだ無理だが、魔力を持った存在がどっちから近づいてくる、くらいはなんとなくわかるのだ。
ちなみに、頑張ればその強さもわかるにはわかる。
とは言っても1か10かという具合にしかわからなく、5と6くらいの奴が並んでたとしたらどっちが強くてどっちが弱いとかはよくわからない。
具体的に言えば、俺は未菜さんとローラを見てもどちらの魔力が多いのかを判断できない。
滅茶苦茶集中すればわかるのかもしれないが……
しらばくして、赤鬼が2匹ほど路地裏から出てきた。
そいつらを知佳が容赦なく影で突き刺して倒している。
痛そうだなあ、あれ。
胸元と首を貫かれた鬼たちは特に抵抗をする様子も見せないで即座に光の粒となって消え去った。
急所は人間とあまり変わらない感じなのだろうか。
というか、容赦ねえなあ。
「なあ、別に嫌味とかじゃなく聞きたいんだけど、鬼って言っても人っぽい形はしてるだろ? 躊躇とかないのか?」
知佳は俺の質問にちょっと首を傾げる。
「倒した後に死体が残るとかだったら躊躇してたかも」
「あー……確かにそこあるとないとで結構違うよなあ」
「案外、モンスターを倒すという抵抗感をないようにするための措置だったりして」
「……絶対あり得ないとは言い切れないな」
知佳とはダンジョンの都合の良さについて話したことがある。
この間の素材だって言ってしまえばそうだしな。
加工が容易なくせに並の素材より頑丈とか、正直意味がわからん。
ここまでいくと若干陰謀論じみてもくるのであまりおおっぴらには言えないが……
柳枝さんも言っていたが、新階層が出てくるタイミングなんかも結構引っかかるものはあるんだよな。
それに……
あいつらの言っていたこともある。
まあ、考えても仕方のないことではあるか。
どのみち、仮に裏で何かしらの陰謀が渦巻いていようとダンジョンに潜るのをやめるという選択肢はないわけだし。
「にしても、ここでこんな危なげなく戦えるんなら新階層までついてきても問題はないだろうな」
「平気。悠真より役に立つ」
「完全に否定できないところが辛いよなあ……」
一応精霊たちは俺がいないとあそこまでの強さは発揮できないので全然役に立ってないわけではないのだが。
「俺もこれくらいの層で色々試してみるか」
「何かしたいことでもあるの?」
知佳はそう言った後にハッとした表情を浮かべる。
「まさか、わざわざ7層まで連れてきたのは人気のないところに私を連れ込む為……!」
「んなわけあるか」
そんなまだるっこしいやり方しないでも……
いやそれはともかく。
「昨日の話はしただろ?」
「悠真の無慈悲な必殺技がせっかく大仰な登場をしたボス……
「なんで俺が悪いみたいに言うんだよ!」
「でも相手の気持ちになって考えると可哀想で……」
「お前さっき死体が残らないから気軽にやれるぜぇ……って言ってたじゃねえか」
「それは印象を操作しようとしてる。私は本当はやりたくないし、心はすごく痛いけど残らないだけマシだから泣きそうになりながら仕方なくやってるだけ」
「お前そういう台詞はせめて少しは悲しそうな表情で言えよ」
いつもの眠たげな目と無表情である。
「シンプルに小さくすればいいんじゃないの。その魔弾(笑)の大きさを」
「お前(笑)ってつけたな。俺を傷つけて楽しいか!」
「悠真って名付けのセンス悪いよね」
「じゃあお前ならなんて名前つけるんだよ」
「悠真スペシャル」
「お前は性格が悪いよな!」
「夜のことを思うと人のことは言えないと思うけど……」
「それを持ち出すのは反則だろ。色んな意味で」
こいつ見境がなさすぎる。
俺をからかうことに生き甲斐を感じているのではないかと思うほどだ。
俺がこいつほど頭の回転が速い奴と舌戦を繰り広げて勝てるわけがないのでたちが悪い。
「まあ、<魔弾>を小さくしてみるのはありっちゃありだな。ソフトボールくらいの大きさであの爆発力だから、かなり加減した大きさで、威力も抑えめというイメージを強く持たないと危なさそうだけど」
やるだけやってみるか。
撃つか撃たないかはやってみた感じで決めよう。
「ビー玉くらい小さくして……こんな感じでどうだ?」
掌の上にビー玉くらいの魔力の塊を作り出す。
それを知佳がちょっと背伸びして覗き込む。
「これでモンスター倒せるの?」
「さあ……」
ちょうど曲がり角へ現れた鬼へ投げてみる――と。
まず狙ったところと全然違う方向へ飛んでいって、近くにあったビルに突っ込んだ。
ドンッ、と激しい爆発音と共に、ビル一階にあったレストランだかカフェだかが吹き飛ぶ。
「あーあ」
「あれ……?」
俺ってこんなにノーコンだったのか?
ちなみに俺が仕留めそこねた鬼は知佳が倒した。
「小さすぎて……見た目が軽すぎて投げづらいんじゃない?」
「……なるほど」
それはあり得るな。
ソフトボールならまだしも、ビー玉をまともに狙ったところへ投げられる奴はなかなかいないだろう。
となるとどういうイメージを持てば良いのだろうか。
「どうすりゃいいと思う?」
「私に聞くの?」
「俺が一人で考えるよりお前にも考えて貰ったほうが効率がいい」
「胸張って言うようなことじゃないと思うけど……」
呆れたように知佳は言うが、多分色々な代案を既に考え始めているだろう。
「……大きくするのは危険だし、多分重いものっていう認識を持つのも危ないと思う」
「だな」
「だから、こう……」
ちょいちょいと知佳が俺に手招きをする。
「?」
俺が身をかがめると、中指で親指を抑えて、影絵の狐みたいな形にして――ピシッと俺にデコピンをしてきた。
「なんだよ」
「こんな感じで飛ばしてみたら?」
「……投げるよりもひどいことになりそうな気がするけど、でも確かにちっちゃいもんを弾き飛ばす時ってそういうイメージの方がやりやすくはあるのか?」
「だから真っ直ぐ飛ばせるって思い込んだらできると思う。私も<影法師>は思い込みとかで使ってる部分結構あるから」
「思い込み、ねえ」
俺は知佳のアドバイス通りのポーズを取った。
狙いは先程吹き飛ばしたビルの脇にある自販機だ。
ちなみに、金を入れてもジュースは出てこない。
小さな<魔弾>をそれで飛ばすと――
「おっ」
「おお」
ほぼ狙い通りの自販機のちょい上に命中し、小さな爆発を起こした。
「意外と上手くいくもんだな……」
「私のお陰」
「へいへい」
薄い胸を張る知佳の頭をぽんぽんと撫でる。
「褒美として帰りにプリンを買ってやる」
「プリンだけ?」
「モンブランもつけてやる」
「太っ腹―」
「へへへ、金だけはあるからな」
「パパー、知佳ねー、マンションが欲しいのー」
「そーかそーか、よしよし、買ってやろうな。渋谷にあるタワマンでいいかい?」
アホなやり取りである。
実際に金だけはあるのだが。
……タワマンって実際幾らするんだろう。
買わないけど。
その後も数時間、こんな感じのアホな会話をしつつ、俺の<チビ魔弾>や知佳の<影法師>の様々な使い方を慣らしつつ、ダンジョン探索を終えるのだった。
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