第102話:俺の必殺技
1.
「ほいっ!」
ごしゃ、と嫌な感触が足の裏に伝わりつつも、俺は危なげなく妖怪型のモンスターを蹴りで倒した。
包丁を持った老婆のような妖怪――多分
小さい頃、寝るのが遅かった俺に母親が語って聞かせた妖怪が山姥だった。
人を食っちまう妖怪とかで、恐ろしく思ってたっけなあ。
まさかその十数年後に蹴りで倒すようなことになるとは思っていなかったが。
新宿ダンジョン11層――新階層という基準では2層目のことである。
10層ではまるで東京が滅んでしまったかのような荒廃した世界だったが、この層はまた元の新宿のような町並みへと戻っている。
層ごとに様相が異なっているのだろうか。
俺が山姥を倒すのを見ていたスノウが感心したように言う。
「随分それっぽくなってきたわね」
「ふっ。俺だっていつも遊んでるわけじゃないからな」
そこらのモンスター程度じゃビビらないくらいには成長したのだ。
この二ヶ月間、シトリーやウェンディに言われ続けたイメージトレーニングのお陰でもある。
「この調子なら、この層は悠真ちゃんだけでも攻略できるかもしれないわね」
「じゃあこの層は悠真に全部やらせない?」
シトリーがそんなことを言ってスノウが便乗する。
「……流石に俺ひとりで全部はきついだろ?」
一応、
「いえ、マスターに自信をつけて貰う、という意味でも良い手かもしれません」
「お兄さまなら楽勝です!」
どちらかと言えば俺に甘いウェンディとフレアまでそれに乗っかる。
ここにまだ知佳がいないだけマシだ。
あいつは一応、ライセンスを取るまでは新階層には入らないという事になっている。
ちなみに明日、実際にスキルがどれくらい通用するかのテストも兼ねて俺と二人で7層あたりをうろつく予定だ。
シトリーがこんなことを言い出したのは、明日精霊の付き添いなしでダンジョンへ潜っても大丈夫かどうかを見るという意味でもあるのだろう。多分。
まあ、今は危なくなったら転移召喚もあるしそこまで危険なこともないとは思うが。
「いいからやってみなさいよ。わかったらキリキリ働く!」
「へいへい」
まあ、確かに精霊たちがいつもやっているんじゃ結局俺がどれだけ成長したかもわからないしな。
いい機会だと思ってやればいいだろう。
2.
未だ例が少ないので仮定ではあるが、
なので従来のダンジョンのようにマッピングして下へと続く階段を探すというよりは、ひたすら歩き回って運良く――或いは運悪く守護者と出会うのを待つしかない。
ある意味、モンスターを倒せばいいだけというのは楽なのかもしれないが……
それはある程度以上の実力を持った者に限られた話である。
「はっ!!」
「……はっ?」
初めて付与魔法が乗った状態で全力で振ったが……
こんなとんでも威力になるのか?
後ろにあったブティックっぽい店が台無しである。
呆然としているだけの暇もない。
すぐにこの物音に引かれてやってきたオークやゴブリン、そして他の妖怪たちに取り囲まれる。
かなりの数だ。
鬼や天狗、山姥も含めて20体はいるんじゃないか?
流石に誰かが手を貸してくれるのかと思ったが、精霊たちは何やら談笑していた。
姉妹仲睦まじくて結構だが、少しはこちらの心配もしてほしいものである。
いや、でもさっきの威力からして、上手いこと応用すれば何体も巻き込んで倒せるのだろうか。
何故か全然精霊たちの方へ見向きもしようとしないモンスターたちの先頭にいた天狗をまず攻撃する。
天狗は手に持っていた扇子で防御するような素振りを見せたが、その扇子ごと体が真っ二つになった。
そしてその武器を振るった衝撃で、後ろにいたゴブリンたちが「ぎー!」と雑魚キャラのような声をあげながら吹き飛んでいく。
……こりゃすげえ。
「まるで無双ゲーでもやってるような気分だなこれ……」
一振りごとに敵が吹っ飛んでいく。
たまに反撃を受けるが、魔力を放出し続けて攻撃への探知は怠っていないので危なげなくガードしたり躱せたりする。
というか、途中で気付いたのだが避けるよりそのまま攻撃してしまった方が圧倒的に手っ取り早い。
もはや力ずくで敵の攻撃を自身の攻撃で押しつぶしているだけなのでカウンター、というほど高度なものにもならないが。
おっと。
そういえば付与魔法は燃費が悪いみたいなことを言っていた。
あまり調子に乗りすぎるのも良くないな。
そもそも頑丈な武器なので、適当に振り回しても怪力のせいで壊れてしまったりすることもない。
魔力を全く帯びさせていない素の状態でも、赤鬼が持っている硬そうな金棒を簡単に砕いてしまう。
アメリカのダンジョンにいたあの亀みたいな奴の甲羅の方が硬いということだろう。
見た目はガラスのようであえあるのにとんでもない硬度だ。
なんてことを思っていたら――
ズズズ、と。
足元が揺れたような気がした。
「……ん?」
地震ってダンジョンの中でも起きるのか?
いやでもこれ、なかなか強い――上に長いぞ。
「マスター、念の為少しお下がりください」
気付けば、俺の周りにいたはずのモンスターたちは全員魔石になっていた。
どうやら精霊たちの誰かが瞬殺したらしい。
スノウなら氷が、フレアなら炎がどこかに残るはずなのでウェンディがシトリーだろう。
「これ、地震か?」
「というより、何かが近づいてきている感じね。この魔力の感じからして、ボス級……それもかなりでかいわ」
俺の実質的な護衛係であるスノウが俺の前に立ちはだかる。
そして――
ごりごりごりごり、ばきばきばきばき、と石同士が擦れるような音と、硬いものが割れるような音と共に俺たちの立っていた地面が大きく盛り上がっていく。
「降ります!」
ウェンディがそう叫ぶと、俺たち全員の周りに風が纏わってふわりと体が宙に浮いた。
そのまま少し離れたところへ着地すると、ようやくその全容が視界に収まった。
いや、これは全容と言っていいようなものなのだろうか。
でかい。
ただひたすらに、でかい。
まんまとは言わずとも新宿の町並みを再現しているダンジョンだけあって高層ビルなんかももちろんあるのだが、100メートルを超えるのではないかという大きさのビルより、更にでかい。
ビルの倍……いや、三倍くらいでかく見える。
しかもまだまだどんどんその何かは巨大化を続けていく。
こんなの、実質高さに対する制限がないような新宿ダンジョンでしか許されないような光景だ。
少なくとも九十九里浜のダンジョンや、アメリカでいった鉱石ダンジョンにビル型のダンジョンでは絶対に見られないだろう。
やがて。
巨大化を止めたそいつは、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
いや、でかいからゆっくり見えているだけで実際には相当な速度が出ているのだろうが。
幼稚園児の落書きのような顔。
まずそう思った。
まん丸い頭に、まん丸い虚のような目に同じような口。
鼻は存在しないで、見る者へ本能的な恐怖を与える。
「――――オォ――オオォオォオオオオ――!!」
凄まじい大音響での叫び声。
鼓膜どころか、体ごと吹き飛ばされてしまいそうなほどだ。
こ、これはやばいんじゃなかろうか。
「でかいわねー」
「呑気だな!?」
「でかいだけで大したことなさそうだもの」
大したことない?
そんな馬鹿な。
これだけでかければその大きさだけでも強いってことが十分以上にわかるぞ。
こちらの言葉がわかったわけではないだろうが、デカブツは腕――の部分だと思われる部位を大きく振り上げた。
そしてそのままこちらへと振り下げてくる。
「お、おい!!」
「狼狽えるんじゃないわよ」
スノウがくいっと人差し指を振り上げる。
と――
ガゴンッ!! と巨大な氷の柱が立って、デカブツの掌を受け止めた。
ガガガガガ、と100社くらい同時に掘削工事でもしているのかと思うような音が響いてデカブツの動きが止まる。
「ま、マジかよ……」
どう小さく見積もっても500メートルくらいはありそうな奴の腕を受け止めたぞ。
俺も近頃は自分の強さを自覚してきたが、これを止めるのは絶対に無理だという自信がある。
「で、どうすんの」
「どうすんのって……」
スノウは俺の方を向いた。
特にこの状況を問題と思っていないような、普段どおりの表情である。
ウェンディやシトリー、フレアも上を見上げて口を開けてはいるが、大きさに驚いているだけで強そうだとか勝てなさそうとかは思っていないようだ。
改めてうちの精霊たちヤバイって。
「この層はあんたがやるんでしょ?」
「んなこと言ったって……」
こいつを思い切り素手で殴ったり、試作型E.W.へ付与魔法をかけて殴ったところでどうにかなるとは思えない。
流石にこれは攻撃力に特化したフレアやシトリーに任せるべきだろう。
なんて思っていたら、フレアはにっこり笑ってこんな提案をしてきた。
「お兄さま、この間言ってたものを試してみてはどうでしょうか?」
「この間言ってたもの……?」
なんだろう。
すぐには思い当たらない。
「ほら、漫画やアニメの技を再現できるかもしれない、みたいなことを言っていたでしょう?」
「あ……」
そういえばそんなことを言った。
実際、鏡の前でポーズを取った時に、一瞬だが確かにそれっぽい光が掌の中に出てきたのだ。
だが、あれは……
「あれ、一瞬できそうになるだけで成功までいったことはないんだよな……」
もし本当にあの必殺技が打てればあれだけでかいやつでも多分瞬殺できる。
いや、俺があの必殺技を打ったところでそこまでの威力は出ないかもしれないが……
「お姉さんはその漫画とかアニメはあまり詳しくないけど、丸パクリはよくないよ?」
シトリーが子供に言い聞かせるような口調だ。
「で、ですよね」
権利とかそういう問題もありますしね。
「そうじゃなくて、イメージ力に蓋をしちゃうみたいなものだから。参考にするのならともかく、それそのものをやろうとするのはあまり効率が良くないの」
「イメージに……蓋?」
参考にする程度に留めておいて、他の必殺技を自分で編み出せということか。
「……やってみるか」
俺が知る漫画の主人公たちの多くは、手から必殺技を撃つことが多かった。
たまに足から撃ったりもしてたが。
あれも作中でちゃんと触れられはしていないものの、主人公のイメージ力が物を言った場面なのかもしれない。
だがまあ、基本は手だ。
それを参考に――
掌に魔力を集めて、それで球を作るようなイメージをする。
今俺がイメージしているのと似たような技を見たことはあるが、それくらいは仕方がないだろう。
俺の考えるベストな形がこれだ。
やがて――
白く輝く魔力の――エネルギーの塊が右の掌に出来上がった。
大きさは大体ソフトボールくらいか。
大きくすることもできるだろうが、こういう場合は小さく高密度な方が強そうなイメージがある。
そしてそのイメージこそが大事だということはわかっているので、敢えて小さく作ったのだ。
「で、それをどうするの?」
「投げて当てる」
掌を向けて飛ばすような形も想像したが、それだとほとんどイメージしているものというか、既存のものと同じだ。
投げ飛ばすやつも映画で見たことあるが、それはちょっと流石にノーカンということにしてほしい。
あの感じでやろうとしたら絶対に被ってしまう部分はあると思うのだ。
「……悠真ちゃん? ちょっとそれ――」
「いっけぇ――!!」
シトリーの制止がかかるよりちょっと前に、俺はその必殺技――魔法による弾ということで<魔弾>とでも名付けようか――をぶん投げていた。
もし俺が失敗したとしても、フレアやシトリーが後に控えているのだ。
俺は好き勝手やればいい。
なんて思いながら投げた魔弾は凄まじい速度で風を裂くような音と共に飛んでいき――デカブツの上半身のあたりに当たった。
その瞬間。
「スノウっ!」
「やばっ」
シトリーが焦ったようにスノウの名を短く呼ぶ。
それにスノウが反応して、俺たちの周りに氷のドームが何重にも重なって瞬時に出来上がった。
それと同時に眩い光と爆音、そして爆風が周囲の建物を一瞬にして吹き飛ばし、デカブツの上半分も同じように吹き飛んでいた。
というか、消えていた。
スノウが作り出したのであろう氷のドームも幾重にも重なっていたというのに最後の二枚を残して全て割れてしまった。
ぐらりと傾いたデカブツの体が倒れ込む前に光の粒となって消え去る。
唖然とする俺の肩が叩かれる。
そちらを振り向くと深刻な表情を浮かべたウェンディがいた。
「……マスター、今のは禁止という方向で」
「……ですよね」
イメージの元になっている漫画の必殺技が強すぎる。
多分、こんなことになった原因はそれだろう。
「流石ですお兄さま! やっぱり威力の高い魔法は素晴らしいですね!!」
一人だけテンションが高いフレアが俺の腕に飛びついてくるのを感じながら、俺は自分が引きつった笑みを浮かべているのを自覚するのだった。
目の前に広がるこの光景を見たら誰でもこうなると思う。
辺りにあるビルや建物どころの騒ぎではなかった。
地平線の彼方までまっさらになっているんだから。
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