第101話:転移召喚
1.
未菜さんのWSRでの順位が8位から6位へ上がった。
何があったのかは細かく言及しないが。
というかできないが。
魔力値の上昇量としては21422から21888への上昇である。
元々8位から6位までの間はそこまで差が大きく離れていなかったということだろう。
で、これでわかったことは確かにWSRへ反映される順位は魔力の値が大きく関わっているだろうということ。
必ずしも魔力のみが反映されているのかはちょっとわからない……というか多分違うと思うのだが、影響の割合は結構大きそうだ。
あと、多分この魔力を測る機械を作った奴と、WSRを作っている奴は同一人物か、かなり近しい位置にいる人物だということだ。
なにせ未菜さんの魔力を計測した直後にWSRにも反映されたからな。
魔力以外の要素を何で見ているのかはちょっとわからないが……
「アメリカが出してきた機械なら、データを転送しているサーバーもアメリカにあると考えるのが妥当」
というのは知佳が言っていたことなので、多分アメリカに住んでいるのだろう。
……だが、今の今までそれを公表していないということは、政府が直接絡んでいる案件ではないのか、それとも隠したいから公表していないのかのどちらかだ。
仮に大統領へさりげなく聞いたとしてもボロは出てこないだろう。
あの人、俺より遥かに賢いだろうし。
下手すりゃこちらがこれに気付くことまで織り込み済みな可能性もある。
まあ……WSRを誰が運営してようとぶっちゃけあまり興味はないのだが。
1位に登録されてしまっている以上、無関係でいることは無理そうだが、それでアメリカが何かしてくるってことは少なくともないわけだ。
他の国はどうだか知らんが、精霊がいる上にそもそも俺だってただじゃやられない。
「図らずも、特級認定試験の内容がかなり乱れたものになってしまったな。風紀的に」
「図らずも、じゃないんですが」
そして今、二人して衣服を整えて、落ち着いてまた向き合っている。
「もちろん、君以外に特級が出てきたとしてもこんなことはしないので安心してくれ」
「は、はあ」
真面目くさった顔してこの人は何を言っているのだろう。
つい先程までは……
いや、この話題はよそう。
よしておこう。
「にしても、本当に増えてしまうのだな、魔力。これは何があったのか後でローラや柳枝から聞かれることになりそうだ」
「だから言ったじゃないですか」
「君と仲良くしているだけで1位……は君自身だから無理だとしても、2位までは行けるんじゃないか?」
「魔力量だけならそうかもですね……」
というか、確実にそうなる。
俺の魔力と並ぶか、それを超えた時にどうなるのかはわからないが。
というか、結局俺の魔力はどんなもんなのだろうか。
「しかし思いもよらぬところでWSRの詳細が判明してしまったな。まあ、魔力量だということが確定したわけではなく、あくまでもほぼそうだろうということがわかっただけではあるが」
「そもそも魔力量が増えれば強くもなりますしね。総合的な判断という線もまだ捨てきれない」
「しかし、私的にはちょっと納得の行く部分もあるんだ」
「……そうなんですか?」
「総合力で言ったら、私よりローラの方が上でもおかしくないだろう?」
「ん……どうなんでしょうかね?」
ローラ。
馬鹿げた威力の二丁拳銃を用いて戦う彼女は、
いや、強力なスキルというよりは彼女が使うことによって強力になっているスキル、というべきか。
入れた時の慣性まで保存することに気付いたローラが使うことによって、縦横無尽、どこからでも飛んでくる銃弾が出来上がったわけだからな。
それに弾を数十発あらかじめ入れておけば、そこらの大砲を遥かに凌駕する威力の攻撃にも昇華される。
タイマンを張ったら強いのは恐らく未菜さんだが、ダンジョン内での強さという点で見れば確かにローラはかなり強い。
少なくとも、8位……今は6位になった未菜さんに比べて劣っているとは思えない。
そんな彼女のWSRでの順位は、12位だ。
「しかし柳枝には適当に誤魔化しておくとして、ローラにはなんと説明したものか……」
「……そこは俺にはなんともできないので任せます」
「既に君が関わることで魔力が増えるということは気付かれているからなあ……まあ上手いこと言い訳するとしよう」
……不安だ。
「まあ、それは置いといて。特級へ認定された後の扱いについてだが、基本的にはダンジョンに関わることならば君が不自由するようなことはなくなると考えてくれ」
「どんなことでもですか?」
「ああ、どんなことでも、だ。例えばダンジョン内に住居を構えると言っても君の場合は許される」
「……マジですか?」
「マジだ。普通ならモンスターに速攻で襲われてボロボロにされて終わりだが、君たちなら普通にそのまま住めそうだな」
まあ……多分だが住めるか住めないかで言えば余裕で住める。
スノウたち精霊の感知範囲は異常だからな。
その外から攻撃してくるような奴がいないダンジョンならば安全に住むことが可能だろう。
とは言え、店が営業してたりするわけではないので不便すぎて住むメリットがまずないが。
あ、でも仮拠点みたいなのは構えてもいいかもしれないな。
無人でも守れるような魔法があればの話だが……
「それから、半年に一度あるライセンス更新も必要ない」
「……半年に一度もあるんですか?」
「年に一度にしようという意見もあったらしいのだがな。ダンジョンでモンスターを倒していれば強くなっていくという性質上、細かく区切った方が良いとのことになった。ちなみに予算はダンジョン税の税収から出される」
「……ダンジョン税の税収が増えることを見越して、ということですか」
「そういうことになるだろうな。私も噂レベルで聞いた事だが、国が探索者チームを発足するという話もあるらしいぞ」
「へえ……」
これまでにも何度かそういう噂は聞いたことがあったが、それが本格的に始動するのか。
面子とかは元々探索者でいる人を集めるのだろうか。
それとも素質ある人間を集めて1から作るのかな。
その後、しばらく雑談してそろそろ次の仕事があるということで俺が帰りの支度をしていると――
「あと、特級探索者の特典として好きな時に好きなだけ私と会えるというのも追加しようか」
などと未菜さんがにやにやしながら言ってきた。
俺が狼狽えるのを見たいのだろう。実際結構狼狽えている。え、いつでも会えるんですか。本当に?
しかしここで思惑通りに行くのは悔しい。
なので俺は逆にスンとした表情で、扉を開けながら言ってやる。
「未菜さんこそ、魔力を増やしたい時は気軽に呼んでください」
「んなっ……!」
未菜さんの顔が赤くなるのを見届けて、何か言われる前に、俺は退散するのだった。
ちなみに後で柳枝さん経由でメールが届いた。
いわく、「約束だからな」と。
……俺もそうだが、あちらも満更でもないようだ。
2.
うちへ戻ってくると、玄関で出迎えてくれたのはスノウだった。
勝ち誇ったように腰に手を当てて胸を張っている。
揉んで欲しいのだろうか。
実際にやったら俺の腕が凍ってもげるのでやらないが。
『おかえり。随分楽しそうにしてるわね。何かいいことでもあったわけ?』
『まあな』
英語で話しかけられたので、英語で返してやる。
「ちょっとは驚きなさいよ」
「お前が努力してたのは知ってるからな。別に驚く要素はないだろ。頑張ったな」
「ふ、ふん。別に褒めても何も出ないわよ」
スノウが頬を赤らめてそっぽを向いた。
犬なら間違いなく尻尾がぶんぶんと振られている。
――と。
脇腹へ迫っていた氷でできた円柱形の棒を左手で掴んで止める。
「あんたの方も仕上がってきたわね」
「シトリーに色々教えてもらったからな」
今何が起きたのかと言うと、俺は現在、微弱な魔力を常に体外へ放出することで不意の攻撃に対するカウンターを磨いている。
それに協力してくれているのが、スノウ含めた精霊たちと知佳なのだ。
綾乃も最初は協力すると言っていたのだが、あいつに不意をついての攻撃とかは無理だということがしばらくしてわかったので普通にしてもらっている。
スノウ曰く普通は1時間もそんなことをしていればガス欠になるらしいが、今の所寝ている時以外はずっと維持していても全然魔力が減るような様子も見られない。
自然に回復する量の方が消費量より多いとこうなるようだ。
「もう《転移召喚》の方も試してみていいんじゃない?」
「んー……」
《転移召喚》。
普通の
発想自体は二ヶ月前からずっとあって、俺もその為のイメージは絶えずしているつもりではあるが、如何せんまだ成功するようなビジョンが見えない。
失敗した時に何が起きるかがわからない、というのがやはり一番枷になっているのだろう。
ちなみに今の所、俺たちはダンジョンの攻略は進めていない。
特に新階層へ行くとなれば、俺がこの《転移召喚》を使えるかどうかが明暗を分けることになるからだ。
「煮え切らないわね」
「失敗した時のことを考えるとなあ。確実に成功するという確信が得られるまでは……」
「はん。そんなもんはやってみないとわからないでしょ」
そう言ってスノウは俺から少し離れた位置に立った。
「今、この場で成功させなさい」
「……は?」
「だから、今この場で成功させなさいと言っているのよ」
「んな無茶な」
流石に唐突すぎる。
「もし成功できたら、あんたの言うことをなんでも一つだけ聞いてあげるわ」
「なんでも……だと?」
「な、なんでもよ」
明らかに空気の変わった俺にたじろぐスノウ。
だが言質は頂いた。
「そうかそうか、なんでもか。絶対になんでもだな」
俺は右手をわきわきを動かしながらスノウの方へ向ける。
「な、なんでもって言ったらなんでもよ! 男に二言はないわ!」
お前女だろ。
……だが。
冗談はさておき、ここまでスノウが言うということは、恐らくもう俺は出来る段階まで来ているのだろう。
ただ、もし失敗した時に彼女たちが傷つく可能性を考えてやろうとしないだけで。
しかしここまで体を張られてそれでも逃げるようじゃ男が廃る。
「――本当にやるぞ」
「いいわよ」
意気込む俺に対して、スノウは平然としている。
そして――
「転移召喚!」
スノウが俺のすぐ傍へ転移してくるというイメージ。
それと共に、はっきりとわかるほどの魔力が消費される。
そして――
「成功、ね」
俺の視線の先、離れた位置にいたスノウは、真横に立っていた。
「で、できたのか」
「だから言ったでしょ」
「……よかった~……」
俺はへなへなとその場に座り込んでしまう。
成功する自信がなかったわけではない。
だが、それでも成功できて良かったと思う。
「……で、これで何でも一つ言うことを聞いてくれるわけだな」
「……そんなこと言ったかしら?」
「言ったね! なーにしてもーらおっかなー!」
なんて言いながら両手をわきわきさせると、顔を真っ赤にしたスノウの腕がブレて――
「調子に――乗るなあ!」
俺の顎へアッパーが炸裂した。
カウンター?
安心した時にうっかり解除してたよ。
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