第五章:変遷
第100話:特級探索者認定試験
1.
「特級探索者認定試験……」
ダンジョン管理局から送られてきた封筒の中にあった手紙には『特級探索者認定試験』なるものの案内が書かれていた。
実は事前に未菜さんから軽く説明を受けてはいたのだが。
攻略済みの新階層が発見されてから、二ヶ月が経過していた。
既に数多くの探索者が挑戦し、本当にごく一部の実力者以外は今のところ返り討ちにあっている。
新階層のモンスターは強すぎるのだ。
今のままでは歯が立たないと全世界の探索者が確信した程に。
そして、日本とアメリカは魔法を公開することに決めた。
それが発表されたのが一ヶ月前で、魔法を習得することができるのは国が認めた探索者のみ。
つまり資格制度の正式導入も同時に決まっているのである。
探索者
ちなみに試験が本格的に始動するのは来月から。
難易度はまあまあ高く設定されているようだが、何分一発目の試験なのでどれ程のものかまでは誰もわからない。
問題を作成するのはダンジョン管理局なので、探索者として管理局へ入社する際に出されていた過去問が役に立つのではないかと巷では噂されている。
ま、俺はそれを受けないので何も問題はないのだが。
またコネかって?
そうじゃない。
俺は実績を買われ、通常の探索者試験ではなく、特級探索者認定試験を先んじて受けることになったのだ。
まずここらの制度を説明するのがまた面倒なのだが、二ヶ月前にダンジョン管理局と国が連携して、ダンジョンごとに正式な難易度を導入することになった。
そしてその難易度ごとに、入場できる探索者の足切りを行おうということになったのである。
通常の探索者認定試験では三級スタートで、新宿ダンジョン基準で言えば2層から5層までの出入りが認められている。
そして二級へ上がれば7層までの出入りが認められ、一級は全ての層へ立ち入ることが許される。
もちろん、新階層も含めてだ。
では俺が今度受ける特級とは何なのか。
これはもうほとんど何をするにもフリーパス、のようなものらしい。
というか、柳枝さんが言うにはこれはほぼ俺の為に用意された等級だということだ。
魔石や新素材、スキルブックの発見に至るまで――これからも俺たちには大きな功績が見込めるとのことで、もう先に俺はなんでも出来るようにしてしまおう、とのことだ。
ちなみに特級の存在は世間的にはシークレットということになるらしい。
なので、普段は身分証明の為の一級ライセンスを持ち歩かないといけないというちょっと面倒くさい扱いである。
念の為言っておくが、探索者として実績を残している人は二級や一級からのスタートな人も大勢いる。
俺だけがずるしているわけではないからな。
……まあ、知佳は探索者としての実績はほぼゼロだというのにも関わらず一級認定試験からのスタートになっているが。
これに関してはぶっちゃけ仕方のないことだと思う。
だって今のあいつ、魔力値が5桁に突入してるからなあ。
2.
「特級認定試験って……こんな感じなんですか?」
「ああ、だからそんなに緊張はしなくてもいいぞ」
「別に緊張は全然してないですけどね」
それを俺に言った未菜さん自身は、かなりリラックスしているようだ。
歌舞伎揚げをパリパリ食べながら茶を啜っている。
まあ、ここ社長室だし。
未菜さんはリラックスできることだろう。
……俺も頂こう。
「で、何の茶番ですかこれは」
「形式上、特級へ認定するには私か柳枝の面談を受けないといけないことになっているのさ」
「これが試験だと?」
「今更悠真君のどの素質を我々程度で判断しろと?」
「頭の出来……ですかね?」
「別に探索者自体は馬鹿でもできるぞ。私だって座学はそこまで得意じゃない」
まあそれを言われちゃ確かにそうですねとしか言えないが。
そういえば柳枝さんとはここ一ヶ月ちょいの間、顔を合わせていないな。
やむを得ない事情で仕方なく来ていたというねこカフェでばったり鉢合わせて以来、会っていないような気がする。
しかし柳枝さん程の人がやむを得ない事情でねこカフェを訪れるって……一体何があったのだろう。
ねこの魔力計測にでも来ていたのかな。
ちなみに極秘任務なので未菜さんへは『絶対に』黙っておくようにと言われた。
なので彼女にはもちろん言ってない。
「君の場合は既に魔法も使えるからな。本当に私たちの方でできるような事は何もない。ライセンスなどというくだらない枠で君の力を縛られないようにする事くらいしかな」
「でも助かりますよ」
「本当は私も特級に認定してもらって、この激務から逃げ出したいのだが……」
しょぼくれた様子で未菜さんは言う。
「それこそ魔法の件もありますし、ライセンスのこともありますし、全部柳枝さんに任せたら流石に過労死しちゃいますよ」
「せっかく魔法も覚えたのになあ」
未菜さんの掌に紫電がスパークする。
雷魔法か。
もちろんシトリーのそれには遠く及びはしないだろうが、刀の切れ味補助なんかに使うのかな。
イメージ次第でほぼなんでもできるということはもう伝えてあるし。
そもそも
「一個使えるようになってからはあっという間でしたね」
「この力は本当に誰にでも使えるのだろうな。私のような不器用な女でもあっさりと魔法でモンスターを倒すことさえ可能になった」
もちろん、魔力そのものが未菜さんはずば抜けて高い。
それも関係していないわけではないが、実際に魔力がそれほど高くなかった時の知佳や綾乃でも魔法は使えたのだから、誰にでも使えるというのは間違っていない。
というか、本当に誰にでも使えるのだ。
魔力さえ解放されていれば、だが。
「もう連日魔法のことばかりですからね。探索者限定とは銘打ってますけど、すぐに一般層にも使い方は広まりますよ」
「その為の準備期間なんだよ、悠真君」
「え……?」
「またアメリカが色々と発明しているようだ。魔力の痕跡から個人を特定するような機械も現在開発中だと聞いている」
「……流石にオーバーテクノロジーじゃないですか?」
「あちらの国には何かがあるのだろう。君や君のとこの精霊さえ知らないような何かが、な」
……流石にこれを大統領に聞いても何も教えてくれないだろうなあ。
ちなみに、計測機器をくれたお礼と言ってはなんだが、研究していた事柄については大統領に――アメリカに伝えてある。
そしてその研究の鍵は俺自身にあるので共有などはできない、ということも。
具体的な方法については流石に伏せたが。
イチャイチャするだの『夜の接触』だのが効率よく増やせます! なんて流石に言えない。
天鳥さんもこの研究結果を公表するのは流石に踏みとどまってくれた。
現在では既に研究所が完成しているので、新素材の研究へ取り組んでくれている。
研究・開発費は実質ほぼ無尽蔵にあるようなものなので、いずれ何かやり遂げてくれるだろう。
多分。
「ま、なんとかなる算段がついてるんならいいですけどね。魔法をもたらしたのは実質俺みたいなものですから、ちょと罪悪感はあったんです」
「もう10年もしたら誰かが見つけていたさ。それに、今で良かったとも言えるしな」
「新階層の件ですか」
「一級相当――WSRで言えば4桁台に入ってくるような探索者達なら、新階層の中でも浅いところならば現状でも戦える。三桁台や二桁台以上ともなれば、雑魚相手ならば多少深く潜っても問題はないだろう。だが……やはり各層の
難しいだろうな。
現状のままでは。
「だが、そこへ魔法があると戦法も勝率もぐっと変わる、はずだ。事実私も戦法の幅は随分変わった。事実、強くもなっているはずだ。WSRに変動はないがな」
「そういえばそんなことも言ってましたね」
「総合的な強さではなく、魔力の大きさそのものがWSRに反映されているのかもしれない」
「……あり得る話ではありますね。確か、WSRで1000位前後の人間が大体15000くらいの魔力を持っているんでしたよね?」
「ああ、私が知る限りではな」
「知佳がそれくらいになった時、1000位以内に謎の日本人が颯爽と現れてなお順位を駆け上がっていけば魔力が反映されているという説でほぼ決まりでしょう」
「知佳さんの魔力が増えるのを待たずとして、恐らくそれよりも早くに魔力が反映されているのかどうかを確かめる方法を一つ、私は提案できるぞ」
ちらりと未菜さんは壁にかけてある時計を見た。
「そんなのがあるんですか?」
「ああ、画期的な方法で、しかも誰も損はしない。この二ヶ月くらいで、天鳥さん経由で知佳さんからも連絡があったことだしな。その為の連合を組まれているということを君は知らないだろうが――」
「何を言ってるんですか? 知佳から連絡?」
未菜さんは立ち上がり、扉の方へ向かった。
何をするのだろう、なんて思っていると、ガチャコン、と何かを閉めたような……もっと言えば鍵を閉めたような音が鳴る。
「これから1時間は誰もこの部屋へ来ない。何か急ぎの用事は?」
「特に無いですけど……試験に半日くらいはかかると思ってましたし」
「うんうん、そうかそうか」
どこか未菜さんの様子が白々しいように感じる。
「さて、悠真君。さっきの話の続きだが――」
未菜さんは俺の横まで来ると、肩に手を乗せ、顔を耳元に近づけてきた。
いや、なんというか、俺の身の回りにいる人の中で、もはや人間離れしている精霊組を除けば、カワイイ系ばかりの中で一番の綺麗系美人は未菜さんなのだ。
そんな人にこんな距離に詰め寄られると俺としてもかなり緊張するのである。
結構『場数』は踏んできたはずなのに。
それはそれとして、だ。
未菜さんはそのまま耳元で囁いた。
「私の魔力を増やすという選択肢は、どうだい?」
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