章間:男達の思惑
sideチャールズ・リー・ウォーカー
チャールズは元探索者だ。
WSRの三桁台に入ったこともある、本物の実力者である。
現在は探索者を引退し、
大統領であるマイケルとは旧知の仲である。
腐れ縁と言ってもいい。
賢く頭の回るマイケルと、腕っぷしが立って人望の厚いチャールズ。
学生の時はもちろん、実業家だった時だって二人で組んでいれば何事にも動じなかった。
ある種、二人がアメリカという大国家で事実上のトップに立つことができたのも必然だったのかもしれない。
それだけマイケルとチャールズの才覚というものは飛び抜けていた。
そしてチャールズは、いつも冷静で的確な判断を下すマイケルを友人として、そして上司として慕っていた。
だからこそ――どんな時でも平然としていた
見た目は普段通りだ。
いつものスーツ姿で、巷ではプリンスなどと呼ばれている程物腰の柔らかな男。
だが、チャールズだけにはわかる程、マイケルは動揺していた。
自分が呼び出され、その貴重な
なるほど確かに、これは取り乱さざるを得ないだろう。
「信じられるか、チャールズ。これがたった一日での増加量だ。世界がひっくり返るぞ」
「……何があったかは知らないが、彼がこれを悪用するような人物には見えなかったがな」
彼――皆城悠真のことをチャールズは脳裏に思い浮かべる。
よく鍛えてはいるようだったが、素の格闘能力だけで言えば自分に劣るだろう。
だが、それを補って余りある程の膨大な――膨大すぎる魔力。
計測器が上限でのErrorを吐き出すところなど初めて見た。
それも、上限すれすれという訳でもないだろう。
全貌を掴むことさえできない暴力的なまでの量の魔力。
相対しているだけで冷や汗が止まらなくなるようなほどの圧。
それに――後ろに控えていた女性達も、計測された魔力量自体は自分とそう変わらなかったものの、それだけではないと本能が訴えていた。
つまるところ、彼らは――皆城悠真一行は普通ではない。
だが、話していてわかった。
皆城悠真は
それはマイケルも同意したはずだ。
「だから、問題はないだろうマイケル。彼らがどれだけ強力になったところで、しょせんは善良な一個人に過ぎない」
「……だがもし、この魔力の急上昇の謎が解けたら――」
「マイケル」
チャールズは諌めるような声音で友の名を呼ぶ。
「わかっている。アメリカそのものが人質、と言いたいのだろう」
ハッタリとは思えない。
もし皆城悠真が本気で暴れれば、少なくともホワイトハウスを徹底的に破壊することなど容易にできるだろう。
そうならないように、彼らには友好的でいようと決めたのだ。
「そもそも、データをこちらが得ていることはあちらに伝えているのか?」
「伝えてはいないが、わざわざ私へ連絡を入れて計測器の便宜を図ってくれと言ってくるくらいだ、データを見られることは織り込み済みだろうさ」
「これで我々がどう動くのかを見ようとしているのではないか?」
「だとしたら恐ろしい話だ。……絶対にあり得ないとも言えない辺りも、な」
マイケルは顔を手で覆って、大統領室の天井を見上げる。
「
「知っているだろうな。WSRに反映されている以上は」
「何か動くと思うか?」
「……さあな」
チャールズからすればどちらも理解の及ばない存在だ。
そしてマイケルにとってもそれは同じだ。
「いっそ、彼らが全てを破壊してくれれば良いのにな――」
マイケルは小さく呟いた。
だが、その言葉はチャールズの耳にしっかりと届いていた。
子供の願望じみた、その言葉が。
「――ダンジョンに支配された、この世界を」
side柳枝利光
柳枝利光という男は日本国民なら誰でも知っているような存在である。
日本で最初にダンジョンを攻略したパーティの副リーダー。
当時の実力は世界でもトップクラスのそれと言われ、事実WSRでは50位台まで登り詰めたことさえある。
そのまま現役で居続ければ、
だが、彼はそうならなかった。
その選択肢を取らなかった。
理由はもちろんある。
だが、今回するのはその話ではない。
柳枝が毎日仕事に忙殺されている中、彼がどうやってそのストレスを発散しているのか。
その話である。
「……よし」
柳枝は鏡の前で頷いた。
いつもは髪を整髪料で固めているが、今日はそれをしないで帽子だけ被っている。
身だしなみとしてつけている香水ももちろんつけない。
更に、いつもまとっているスーツではない。
動きやすいTシャツとジーパンである。
本日の彼の出で立ちには全て、深い訳があるのだ。
「あ、いらっしゃいませー! お久しぶりですね~」
「最近、忙しくてな」
「ならたっぷり癒やされていってくださいね~」
柳枝が足を運んだ店で出迎えたのは、大学生だと言う女性のバイト店員だった。
休みを取れる度に来店しているので、すっかり常連として認識されていた。
事実、常連である。
スタンプカードは既に12枚目に突入している。
彼の名誉の為にあらかじめ言っておくが、いかがわしいお店ではない。
柳枝はどちらかと言えば強面と言われるような顔を、店内を眺めるだけで思い切り破顔させた。
その視線の先にいるのは白かったり茶色だったり黒だったり、様々な色の毛玉――即ち。
ねこである。
柳枝が一歩ねこたちの楽園へ足を踏み入れると、みぃみぃと可愛らしい声で鳴く子猫たちが足元へ纏わりついてくる。
そしてジーパンをよじ登ってくる子も出始める。
そう、子猫にとってジーパンはよじ登れるものなのだ。
これが今日、柳枝が普段履かないジーパンをわざわざ履いてきた理由である。
整髪料をつけなかったのも、香水をつけなかったのもすべてねこたちの為。
「かわいいでちゅね~!!」
もはや悠真が密かに尊敬する柳枝という気高くかっこいい男の姿はなかった。
ねこの魅力に取り憑かれ、表情をふにゃふにゃに弛緩させてデレていた。
未だ鍛えてはいるのでガタイのいいおっさんがデレデレしながら子猫を愛でている姿は一歩引いてみると中々のホラーである。
しかし柳枝はそんなことを気にしなかった。
それは逆に男らしささえ感じるようですらあった。
知らんけど。
こうして彼の休日は消費されていく。
――ちなみに。
この数十分後、同じくねこ好きである知佳が悠真を連れてこのねこカフェへ訪れるのだが、それはまた別の話。
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