第99話:ツンデレのデレの正体

1.


「10分間、手を繋いだだけではそこまでは増えないのだな」

 

 天鳥さんが3人分のデータを書き込んでいく。

 今言った通り、一番最初にやってみたのはイチャイチャの代名詞とも言えるであろう、いわゆる『恋人繋ぎ』を10分間、知佳、綾乃、天鳥さんの順番で試してみた結果である。


 知佳は4076→4078、

 綾乃は103→103、

 天鳥さんも92→92という、数値としては微増という結果に終わった。


 そして天鳥さんは綾乃と自身の数値に変化がないことに着目する。


「小数点以下がどんな数値であれ、知佳は少なくとも1以上の変化があるが、僕と綾乃さんは1未満の変化でしかない。元々の魔力が大きければ増えやすいのか、あるいは皆城クンにとって知佳と僕たちとでは何か違いがあるのかな。もしくはその両方が関わっているのか、全く別の要因があるのか……興味深いな。小数点以下も表示してくれれば親切なのだが、流石にそこまでは望みすぎか」


 ぶつぶつと呟きながらあれこれ書き込んでいく。

 

「もうひとり魔力値の高い娘がいると助かるのだが……いや、娘である必要はそもそもあるのだろうか」


 とか危ないことを(俺の気持ち的に)呟き始めたので、一応止めておく。


「そういう検証はまた今度にしましょう天鳥さん。今できることをやりましょう、今」

「ちなみに、悠真が男を恋愛対象として見ているのならまだしも、そうじゃないなら男とのそういうのは意味ないわよ」

 

 実験を不機嫌そうに(何故不機嫌なのかは知らない)眺めていたスノウがぽつりと言葉を挟んでくる。


「うん? そうなのか? 何故だ?」


 興味深そうに聞き返す天鳥さん。


「あたしたち精霊との接触時に魔力が増えるキーはイチャイチャすることだからよ。男とイチャイチャできるのなら話は別だけど」

「男とイチャイチャはできない。これだけは断言できる」


 でかしたぞスノウ。

 俺が熱い視線を送ると、当のスノウは完全に冷めきった目で俺を見てつんと目線を外された。

 ……ツンデレのツン期なのだろうか。


「そうか……キミに新たな扉を開いてもらうわけにもいかないからな……」


 残念そうに言う天鳥さん。


「マジで勘弁してください」

「ならやはり今は僕たちでできることを試すしかないか……伊敷さん辺りがここにいれば魔力の多寡による増減値の上下もわかりそうなものだが、彼女は彼女で忙しそうだからな……」


 ここに未菜さんまで加わるとなるとカオスな空間が生まれそうだ。

 後は魔力の高い知り合いで言うとローラや……ティナなんかも高い方なはずだが、ここで俺から名前を出すとまるでそういうのを望んでいるみたいになるので言わないでおこう。


 そういえば、ティナは元気でやっているのだろうか。

 一応ちょこちょこメールは届いているが。

 今度から日本の高校へ通い出すと言っていたので、そのうち顔を見せに行くくらいはしてもいいかもしれないな。


「胸を触らせるとそこそこ増えていたし……もっと直接的な『イチャイチャ』をするべきか」


 胸を触らせると、というところでぴくりと反応する女性陣。

 その反応の内容は様々だが、明らかに俺を取り囲む空気感が変わったような気がする。


 ここにスノウ以外の姉妹がいなくて助かったかもしれない。

 ちなみに、ウェンディたちは実験の邪魔にならないよう別室で仕事をしている。

 スノウもスノウで日課になりつつある英語の勉強をしながらなのだが、研究している際に魔力の専門家の意見が必要になることもあるだろうということでここに居てもらっているのだ。


 他の面子だと……俺の気が必要以上に散る可能性もあるしな。

 スノウとは未だ関係を持っていない、健全な間柄である。

 かと言って他の姉妹と比べて信頼度や親愛度(?)が下がるかと聞かれると、決してそうではないのだが。


「接触している面積が関係するのだろうか」


 たぷん、と自分の胸を揺らす天鳥さん。

 もうちょっと己の武器について自覚を持って欲しいものだ。


「じゃあ試してみればいい」


 ぐいっと知佳が俺の腕を掴んで、胸に押し付けた。


「おまっ――」


 咄嗟に手を引こうとしたが、影に阻まれる。

 マジで全然動けんぞ。

 

 そのまま小さいながらも確かに柔らかいそれを触り続けること――


「100秒」


 知佳がそう呟いて、俺を影から解放した。

 天鳥さんから事前に聞いてはいたのだろう。


「接触面積なのか、どうなのかはこれでわかる? 先輩」

「ふむ……」


 天鳥さんが知佳の魔力を計測する。


「4082か。手をつなぐよりも、胸を触らせる方が効率がいいのは間違いないようだ。接触面積の大きさは少なくとも関係がないようだな。それに、掌と服の上から胸を触っているという違いから考えても、肌同士が触れ合っている必要があるというわけでもない……それに僕のときよりも知佳との方が上昇量が多いことから考えても、やはりキミ自身の感じ方によるものが大きいと考えるのが今の所有力かな」


 まるで俺の心の内を覗かれているみたいでめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど、これっていつまで続くんですかね?

 

「えいっ」

「おわっ!?」


 なんてことを考えていたら、綾乃が何を思ったのか俺の真正面から抱きついてきた。

 や、やわらかい。

 でかい。

 天鳥さんは身長の割に大きいので目立つが、綾乃はシンプルに大きいのだ。

 そして柔らかい。

 水餅みたいだ。

 水餅食べたことないけど。


「ななななにを」

「実験! です!」


 俺の方を見上げる綾乃は顔を真っ赤にしている。

 恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

 というかこれやばい。

 普段こんなことない相手となせいか、すごい興奮する。

 色んな意味で。


 俺が固まっていると、


「はい100秒」


 という声と共に知佳が綾乃をぺいっと引き剥がした。

 ちらりと見えたが、影の力をちょっと使ってるな、今の。


「ふむ。92から95への増加。なるほど、これは色々試してみる価値がありそうだな」


 天鳥さんの目が怪しく光った。

 ような気がした。

 一体俺はこれからどんな目に遭ってしまうのだろうか。

 


2.



 翌朝……というか早朝、3時半くらい。

 途中でめちゃくちゃ不機嫌(?)になったスノウが退出したり、フレアがなにやら負のオーラを出しながら扉の影から覗いているのを発見したりというイレギュラーを除いて、概ね天鳥さんがやりたいことはやり終えたようだ。


 いやもう本当にやりたいことをやり尽くされた。

 比喩とかではなく、マジで。


 というのも、知佳、天鳥さん、綾乃の3人が俺の部屋で寝ているのだ。

 何がどうなってこうなったのかは色々察して欲しいとしか言いようがないのだが、昨日のあれこれでわかったのは『俺がどう感じるか』というのが結局のところ最も大きな要素だったようだ。


 途中からは慣れが生じてきて魔力の伸びが鈍くなったり、逆に新しい要素(?)を取り入れたりするとまた伸びがよくなったりしたのがその結論に至った主な理由である。


 そしてそういう意味でも夜のアレ的な接触が最も効率が良いという結論に達した。

 互いの体力の限界があるのでずっとそればかりをしているというわけにもいかない……というかこれを理由に延々とするようになったら俺は人としてダメになってしまうような気がする。


 それでもいいかな……とちょっと思わないでもないが、ダメなものはダメだ。


 ちなみに。

 最終的に知佳は実験開始時点で4076だったのが4431まで上昇し、綾乃は103だったのが396まで、天鳥さんは89だったのが352まで上がった。


 俺の方に何か増減があったかどうかは不明である。

 あの機械じゃ俺の魔力は測りきれないからだ。


 ……それにしても。

 落ち着いて考えると、俺を取り巻く状況というものはもはや普通じゃ考えられないようなものになっているような気がする。


 天鳥さんと会ったのはマジでつい最近なんだが。

 いや、綾乃とだってぶっちゃけて言えばまだ日が浅いし。

 なんならウェンディやシトリーとは会ったその日である。


 エロゲーの主人公にでもなったような気分だ。

 エロゲーやったことないけど。


 こんな状況、世の男性陣に知られたら後ろから刺されても文句が言えないぞ。

 刺されても多分全然効かないけど。

 柳枝さんが全力で刺してきたら刺さるかもしれない。

 彼がそんなことをするような状況はあり得ないだろうが……


 そういえばあの人の魔力はどれくらいなのだろう。

 体感的に言えば未菜さんの半分ちょいくらいあるので、多分それくらいだとは思うが。


 ……とりあえず。

 シャワー浴びて、リビングのソファで寝るか。

 

 知佳だけならともかく、綾乃と天鳥さんが正気に戻った時に俺が同じベッドで寝ているとかトラウマを植え付けかねないし。

 だとしても俺は悪くないような気もするが……


 リビングを通ると、誰かがテーブルで突っ伏して眠っていた。

 なんでこんなところに?

 と思って近づいて見ると、酒臭い。

 髪が真っ白なツインテールなので、顔を見るまでもなくスノウだとわかる。


「何してんのお前」


 コップが一つしか出ていない辺り、一人で飲んでいたのだろうとは思うが。

 あれ、こいつの肉体年齢って確か……

 いや精霊だし別にそんなことは気にしなくていいのか?

 実際の年齢(?)は俺よりも年上らしいし。


「うるはいわね……なに、悠真じゃない」


 俺が声をかけると、のっそりとスノウが目を覚ました。

 うわ、酒臭い。

 美女が酒臭いのってすごいギャップだな。


「なによ」

「なによじゃなくて、自分の部屋で寝ろよ。風邪引くぞ」

「……氷の精霊なあたしが風邪なんて引くわけないでしょ」


 そう言ってスノウは立ち上がって冷蔵庫の方へ向かう。

 まだ飲むつもりなのか、それとも水でも飲むのか。


 見守っていると、冷蔵庫から取り出したのは俺が個人的によく飲んでいるエナドリである。


 スノウはそれをじっと見つめている。


「お前それ、わかってると思うがカフェインガッツリ入ってるからな」

「しってるわよ」


 呂律の怪しいスノウがそう答え――

 缶を開けたかと思うと、俺が止める間もなく飲み干してしまった。


「何してんだお前!?」


 以来徹底的にカフェインを避けてきたスノウが自ら飲むなんて。

 いや、酔っ払っているから判断力が低下しているのだろうか。

 わかっていると言って手を出すとか本当に何してんだか。


 俺が近くにいるとスノウにとって望まない結果になるかもしれないと思い、そっと離れようとすると足が動かなかった。


 視線を下に向けると、冷たくはないが――恐らくスノウの氷で足元ががっちりと固められている。

 ああこの冷気を発さない不思議な氷、一番最初に会った時にゴーレムを凍らせたあれと同じだな――なんて考える間もなく。

 ガシッと腕が掴まれる。


「スノウ、正気にもどれ! 後で後悔するぞ!?」

「先に後悔したらそれはもう後悔じゃなくて……後悔じゃなくて……なにかしら?」

「知らねえよ!?」


 パキパキと氷が割れ、そのまま床にどすんと押し倒される。

 アルコールとカフェインでふにゃふにゃになっている、氷の精霊のくせに体温の高いスノウの肌が俺に触れる。

 

「それに……後悔なんてしないわ。多分」

「多分て」


 後で俺の股間が氷漬けになったりするのは勘弁なのだが。


「……なによ」


 スノウの目が赤く充血していた。

 というか、泣いてる。


「あたしとはできないって言うのー!? あのちんまいおっぱいの大きい子と綾乃とはできるのに! 知佳とはともかく! あの子たちとできるならあたしともできるでしょ!?」

「り、理屈がわからんのですが」

「いいから抱きなさい! あたしのことをだーきーなーさーい!」

「声がでかい!」

「男ならこうして塞ぐのよ!!」


 そう言ってスノウが思い切りキスをしてきた。

 アルコールの匂いが鼻にツンとくる。

 だが――それ以上にもう俺も歯止めが効かなくなっていた。



3.



「まじで後で殺されないだろうな、俺……」


 朝6時。

 勢いでおっ始まったはいいもののしばらくして色んな意味でダウンしたスノウをこっそり部屋へ運び、あれこれ証拠隠滅を計ったあとに俺はシャワーを浴びていた。


 ある意味エロゲーの主人公よりもすごい経験をしているかもしれない。

 1日で3人も経験人数が増える奴なんてエロゲー主人公でもそうはいないのではないだろうか。

 まあやったことないのでわからないのだが……


 しかしまさかスノウが……

 うーむ。

 ツンデレだとは思っていたが、まさか本当にデレもあるとは。

 今まで俺が思っていたデレはただ機嫌がいいだけのデレだったのだが、どうやら本当の意味のデレでもあったようなのだ。


 日中、魔力の実験をしていたときに不機嫌だったのも多分そういうことだろう。

 

 スノウが目を覚ました後、どんな顔して見ればいいのかわからん。

 ソレに関しては天鳥さんと綾乃もそうだが……


 俺、大丈夫だろうか。

 将来的に今まで関係を持った誰かにヤンデレ的な展開でぶっ殺されたりしないだろうか。

 今の所そういう兆しを見せているのはいな……いや、フレアはちょっと怖い時がたまにあるが基本的にはいなさそうだけども。


 ちなみにだが。

 スノウとことで俺の魔力は確実に増えていた。

 多分、数値にすれば100とかそれくらいなのだが。

 その辺りは知佳たちとの実験中に感覚的にほんのりわかってきた。


 ただ……

 俺自身にある魔力の総量が数値に直すとどれくらいあるのかは、よくわかっていない。


 というのも、俺自身、自分にどれだけ魔力があるのかがわからないのだ。

 多分、多すぎて。

 少なくとも……10万や20万というレベルではないように感じる。


 もちろん、細かいことはやっぱりわからないのだが。

 

 ウェンディやシトリーに聞いてみてもいいかもしれない。

 知佳や綾乃の魔力から推測して、俺の魔力を数値に直すとどれくらいになるのか。

 

 少なくとも、普通よりは圧倒的に多いのは間違いない。


「そのうち、かめ○め波みたいなのが撃てるようになったりしてな」


 シャワーを浴びながら、俺は鏡の前で例のポーズを取った。

 全裸でしているポーズとしてはかなり間抜けな部類に入る。

 ちなみに多くの場合は構えている際、右手が上側になっている。

 これ豆な。


 なんて思っていたら――


 合わせた掌の中に、光のようなものが一瞬見えた。

 

「はあ!?」


 慌てて両手をぱっと離すと、その光は消えたが……


 魔法は、イメージ。

 その意味が今、正しく理解できたような気がする。

 

「……でも色んな意味でまずいよな、これは」


 だが、流石には無しとしても、もしかしたら必殺技みたいなのが編み出せるかもしれないぞ。


 俺は人知れず、早朝の風呂場で声もなく笑っていた。

 誰かに見られたら、一発で通報される怪しさだった。








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読者様方



初めまして(と言うのもなんだか変かもしれませんが)、作者です。

まずは当作品をここまでお読み頂きありがとうございます。

今話にて第四章<進化>が終了し、章間を挟んで、第五章<変遷>がスタートします。


今までに章間でもこんな挨拶をしたことがなかったので、何故急に作者がしゃしゃり出てきたのか、とも思うかもしれません。


理由は二つあります。

一つは、応援頂いている皆様にお礼を申し上げたかったこと。

区切りの良い第四章の境目で、この場を借りていつも応援頂いている皆様へお礼申し上げます。

作者が思っている以上の人に読んで頂けて、感無量です。

ありがとうございます!


そしてもう一つ。



「ダンジョンのある世界で賢く健やかに生きる方法」のコミカライズが決定しました!



こちらは近況ノートやTwitterでも以前に触れていたのですが、本編だけを読んでくださっている方にお伝えするタイミングがなかなか取れず、少し遅くなってしまいましたが今回、ようやくご報告することができました。


マンガがうがうというアプリにて連載されるのですが、まだ連載開始時期などは決まっていません。

キャラクターデザインのラフ絵は既に頂いているのですが、もうめっっっちゃくちゃ素晴らしいものだとだけ先にお伝えしておきます。


作者のTwitterをフォローしておくと、情報をいち早くキャッチできるかもしれません、とさりげない宣伝も挟んでおきます。

作者ページとかにTwitterIDが乗っていると思います。多分。

あと、ちょくちょく話に出てくる夜のプロレス的な話の描写が全くないのをもどかしく感じている方は作者Twitterをフォローしておくとちょっとだけ幸せな気分になれるかもしれません。


最後になりますが、改めて「ダンジョンのある世界で賢く健やかに生きる方法」を応援いただきありがとうございます!

そしてこれからも「ダンジョンのある世界(以下略)」をよろしくお願いします!



子供の子

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