第95話:体力測定
1.
後部座席で知佳と天鳥さんと言う二大ちっちゃい族の真ん中に座っているシトリーのご満悦顔がルームミラーに映る。
可愛いものが好きな彼女にとって知佳と天鳥さんはもう辛抱たまらん存在なのだろう。
両手に華というやつだ。
この場合は真ん中も華なので両手も華というべきか。
天鳥さんの提案で、新しい研究所が建って環境が整うまで俺の身体能力を調べて暇つぶしをするということになったのだが、その為の体力測定に耐えうる土壌がダンジョンにしかないので今はダンジョンに向かっている、という状況である。
そして新階層へ行くわけでもないので特に危険があるわけではないのだが、念の為シトリーが付き添いでついてきていて、知佳は「なんとなく」で同行している。
スノウ達は特に理由もなく留守番である。
まあ、全員がついてきても意味はないので妥当だろう。
絶対に異常事態が起きないという確証はないが……
今回行くのは新宿ダンジョンの3階層だ。
シトリー達の意見として、新階層とそれまでのダンジョンとはまるで別物なので、ボスを倒している以上は新階層以前に関してはほとんど安全だと見ていいらしい。
まあ、素人目に見ても新階層とそうじゃないところに関してはどう見ても別枠というか――もはや別のダンジョンみたいなものだ。
そこまで気にすることもないように思える。
俺自身もシトリーを召喚したこの一週間ちょっとで結構強くなっている(はずだ)しな。
それにこれは俺とシトリーしかしらない情報ではあるが――
恐らく連中が直接こちらに手を出してくるようなことはしばらくはない。
あいつらもキーダンジョンとやらを探している風のことを言っていたし、俺達の目的もそうなのだからわざわざ邪魔をしにくる意味がない。
なにより精霊とは徹底的に交戦を避けている奴らだ。
そう迂闊には手を出してこないだろう。
一度は精霊を引き剥がし、二度目は俺自身を引き剥がした。
三度目はないだろう。
あと――まだ試してはいないが、精霊……スノウ達の召喚自体もだいぶイメージとしては形になってきているしな。
今回はシトリーが近くにいるし、万が一があればシトリーの召喚を試してみるという事になった。
なんてことをぼんやり考えながら運転していると、新宿ダンジョンへ到着した。
他にも車が結構止まっているので、一応探索者用として整備されている別の駐車場まで車を進める。
結局、ボスが別階層へ出現する可能性というのも新宿ダンジョンのような既に攻略されているダンジョンでは有耶無耶になっていて、一般客が多く訪れているのが現状だ。
攻略済みのダンジョンは新階層が解放されているので、万が一そこから各層の
そもそも新階層についての情報はほとんど一般には解放されていない上に、実際に新階層からモンスターが出てきたという報告例がない以上はそこを警戒してまでダンジョン経済にストップをかけるつもりがないということだろう。
何かが起きた後に法改正がなされたり安全策が施されるなんてのは現実でもままある話である。
とは言え柳枝さんから聞く限りでは、これから探索者として活動するには正式にライセンスが必要になるようだが……
俺はともかく、知佳もこれから探索者として活動するとなるとちゃんと試験をパスできるのだろうか。
いや……どちらかと言えば俺の方が心配か。
ペーパーテストとかあるのかな。
別に俺だって特別勉強ができないというわけではないが、
実技試験だけなら多分どうとでもなると思うのだが……
探索者としての実績はある程度保証できる(はずだ)し、ダンジョン管理局経由で試験をパスできたりしないだろうか。
流石にそこまでしてもらうと職権乱用か?
いやでもぶっちゃけ今更だよなあ。
「
道中、カーブするごとにシトリーが無理やり胸元に抱き寄せていたので辟易としていたのだろう。
降りるなり天鳥さんはやや疲れた様子でそんなことを言っていた。
天鳥さんも相当大きい方だし、身長とのギャップもあって見た目にはすごいことになっているが、純粋なサイズで言えばシトリーはもうとてもすごいからな。
逆側のカーブのときはもちろん逆側に座っていた知佳がそうされていたのだが、途中から完全に無の表情を浮かべていた。
今もどこか遠くを見つめている。
小さいの、気にしているのだろうか。
俺は大きさとか気にしないぞ。
そういえば、天鳥さんも言っていたがカナダとかアメリカって大きい人たくさんいるって聞くよな。
……もしかしてティナも将来有望なのだろうか。
でもあの子はフランスの血も混ざってるんだったか。
フランスのバストサイズ事情がどうかまでは流石に知らない。
「悠真ちゃん、お姉さん、今とっても幸せな気分だわ!」
シトリーが若干危ない人みたいな表情を浮かべてはあはあしていた。
まあ、幸せは幸せでしょうね。
2.
ダンジョンへ入るまでは
とは言え浅い層のモンスターなどシトリーからはもちろん俺からしても敵ではない。
一応、天鳥さんの近くにはシトリーがついているし、知佳も十分自分の身は自分で守れるということは俺が身を以て体験していることだ。
ということで、まずは100メートル走からである。
人力では厳密なタイムは測れないのである程度のものになる――と思っていたら、シトリーが「お姉さんなら結構正確に測れるよ?」と名乗り出た。
ちなみに本来は50メートルらしいのだが、シトリーいわくそこまで短いと流石に誤差が大きくなるかもしれない、とのことで100メートルになった。
確かに、精霊の動体視力なら人力よりはよほど正確なものが出るだろう。
一応、新宿近辺を再現しているような形になっているダンジョンなので、運動をしやすい場所として名前も知らない学校の運動場へ俺達はやってきていた。
ここなら見晴らしもいいし、モンスターが出てもすぐに対処できるだろう。
体育倉庫から拝借したコロコロして距離を測るやつ(なんて言うのだろうか)で100メートルを測り、ゴール地点に3人が立って目印となっている。
ちなみに最初は魔力による強化は全くのゼロから始める。
どれくらいの強化幅があるか調べる為だ。
ということで、魔力強化なしでの一本目。
「ほう、結構速い方じゃないか?」
「そうなのか?」
「君の年齢の平均タイムは大体14秒前半くらいだからな」
強化無しでのタイムは12秒42だった。
高校生のときにも100メートルは測ったことがあったが……どうだったかな。
ちゃんとは覚えていないので記憶があやふやだ。
体は鍛えていたので恐らくそこまで衰えてはいないだろう。
それじゃあ次は強化有りだ。
合図はゴール地点にいるシトリーが電気をスパークさせたその瞬間。
ピカッ、と彼女の掌から電気が放たれた瞬間、俺は全力で地面を蹴った。
ドンッ、と凄まじい音がして一気に加速する。
そして――
運動場の端にあるフェンスに激突する寸前で急ブレーキをかけて止まった。
本気で走ったのは初めてだが……
後ろを振り返ると、スタート地点のあたりの地面が大きく抉れているのが目に入った。
運動場ってダンジョンの壁や床判定を受けるのだろうか。
直っていっている様子はないし、違うのかな。
天鳥さん達のところまで歩いて戻ると(大幅にオーバーしてしまったので)、シトリーが手に持っていたストップウォッチを見せてくれた。
記録は1秒01。
もしかしたら1秒も切れるかもしれないと思っていたが、あと一歩及ばずか。
でも多分もう一回やったらいけるな。
スタートを少し失敗した感じがする。
「馬鹿げた記録だな……」
天鳥さんは呆れていた。
知佳は特に驚く様子もない……というよりは、むしろ不思議そうにしていた。
「意外と遅いね」
「いや、遅くはないだろ。速いだろ」
1秒だぞ。
100メートルを3秒で走るらしい口裂け女より速いぞ。
「もっと瞬間移動くらい速いのかと思ってた」
「流石にそれは人間やめてるだろ」
しかしもし床が本当に全然壊れない素材で、スパイクのようなものを履いて本気で走るのならばほぼ瞬間移動みたいな速度で走れるのかもしれない……のか?
実は今の記録も、靴で走ると壊れてしまいそうなので素足で走ったしな。
石やなにかが刺さっても痛くないのは身体強化の便利なところだと思う。
というか、走ったというよりはここまで跳んだ感じが近いのであまり関係ないかもしれないが。
その他各競技もやれるなりにやってみた結果が以下の通りである。
握力は素で72kg、強化後は測定不能。
上体起こしは素で36回、強化後は400回ちょうど。絵面がかなり面白かったらしい。
長座体前屈は51cm、強化後も数値は変わらず。
反復横跳びは素で65回、強化後は710回。こちらも絵面が面白かったらしい。
1500メートルは素で5分13秒、強化後は22秒。
シャトルランは一生走り続けられそうだったのでやらなかった。
立ち幅跳びは素で260cm、強化後は運動場の端から端まで以上に跳んで測定不能。
ハンドボール投げは素で43メートル、強化後は測定不能。
という結果に終わった。
他にも本来の体力測定ではやるべき競技が幾つかあるみたいだが、大体このあたりのデータが取れればいいとのことだったのでこれで終わりだ。
「素の身体能力が平均より高めだな。これは元々なのかい?」
「さあ……」
「ほとんどの数値は一年前と変わってない。ちょっと下がってるのはある。持久走はわからない」
俺が首をひねると、代わりに知佳が答えた。
何故お前が知っている。
持久走はそもそも大学の体力テストで存在しなかったからだろう。
急歩とかいう謎の競技をやらされた覚えがある。
元々の数値が平均よりちょいと高めなのは純粋に探索者になる為に鍛えていた名残のようなものだろう。
多分全盛期は高校2年から3年くらいにかけてだと思う。
「ふぅん……こんな結果になるのか」
天鳥さんが興味深そうに結果を見ながら呟いていた。
「何かわかったんですか?」
「いや……何もわからないということがわかった、と言うべきか。競技ごとの強化の度合いに法則性がない。測定不能だった競技に関しても大体は計算してみたが、やはり一貫性がない」
うーむ、と天鳥さんは唸る。
「魔力による強化も結局はイメージが物を言うから、本当に切羽詰まってるときの本気だとこの数字とは比較にならないくらいのものが出るんだとお姉さんは思うな。多分これくらいならお姉さんたちでも出せる数字だし」
そこへ助け舟を出したのはシトリーだ。
イメージが物を言う……という話なら、競技ごとに強化のムラが出るのも頷ける話ではあるか。
魔力の専門家とも言っていい人物の助言に、天鳥さんは更に首をひねる。
「魔力ねえ。僕も中学生のときにダンジョンに入った以上、その魔力とやらがあるはずだが身体能力が向上した様子は見られないぞ?」
「魔力はある程度多くないと身体能力に影響する程の作用は及ぼさないから……知佳ちゃんはもう少ししたら目に見えてわかってくるかもしれないわねえ」
ちらりとシトリーが知佳の方を見る。
「魔力が増える要因とはなんだ? 僕の知る知識と照らし合わせて、ダンジョンへ入ること……かモンスターを倒すことに起因しているのではないかと予測を立てていた……しかし知佳はそのどちらもまだしていないはずだが……?」
天鳥さんは更に増えたわからないことに首をひねる。
ここで本当のことを教えるべきか俺はちょっと迷ったが、知佳が躊躇いなく答えた。
「悠真とイチャイチャすること。あとエッチすると魔力の伸び効率もいいみたい」
はっきり言いやがった。
しかもある種、裏の手段まで。
流石の天鳥さんもこれには引くかと思ったが――むしろ興味津々な様子だった。
ロリぃな見た目で目を輝かせているので、まるで新しいおもちゃを貰った子供みたいだ。
乳はでかいけど。
「なんだその訳のわからない特性は! 魔力とは一体なんなんだ!? 皆城クン、ちょっと僕とイチャイチャしてくれないか!」
身を乗り出して興奮する天鳥さんの胸がぶるんと揺れた。
俺の視線も同時に揺れた。
そしてなし崩し的に、俺は後日天鳥さんとイチャイチャデートなるものをすることになった。
明らかに胸へ視線が釣られていたせいか知佳の視線が若干痛いような気がしたので、後で機嫌を取っておこうと思う。
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