第94話:研究者の興味
1.
「元々ある建物をリノベーションするような形にするとして、こんな感じの物件があります」
後日。
再びあの研究所を――今度は俺一人で訪れていた。
知佳は動画編集と撮影があり、綾乃はその手伝いと今回の出資にかかりそうな費用計算とその必要書類の準備などをあらかじめやっておいてくれると言う。
そして精霊組は動画撮影。
というわけで、唯一暇だった俺が単独でやってきたのである。
綾乃と話し合いながらピックアップしていった建物を幾つかタブレッドに表示させていく。
「ここなんていいな……う……しかしこれは……」
最初こそスピード展開に目を白黒させていた天鳥さんだが、段々と慣れてきたようでしばらくするとちゃんと物件の方にも目を通し始めた。
「費用は気にしなくていいですよ。経費で落とすんで」
「経費でとは言っても、皆城クンたちの資金だって無限ではないだろう?」
「まあ、常識の範疇じゃ使い切れないくらいはありますよ」
まだまだアホみたいに金が入ってくる予定もあるわけだし。
足りなくなればダンジョンへ潜ればいい。
この間の吸血鬼を倒した時の魔石だってまだ売り払ってないしな。
「スキルブックを知佳にぽんと渡せるだけのことはある」
「……聞いたんですか?」
「ああ」
へえ……別に口止めをしているわけではないので誰に話してもトラブルにならない限りは咎めるつもりもないが、あの知佳に限ってまさかそんな軽い気持ちで話したというわけではないだろう。
つまりこの人はそれ程までにあいつに信用されているということだ。
「まるで恋人にプレゼントを貰った乙女かのように嬉しそうにしていた」
「知佳が? そりゃないでしょう」
そりゃあ、もう相思相愛だということはわかっているし、プレゼントなんかを渡せば喜んでくれるだろうことだって理解している。
だがそこまでの感情を表に出すとは思えない。
あいつは内に秘めるタイプだろう。
「ふふ、どうだろうな。案外、君の知らないところでは惚気けているかもしれないぞ」
小さな体に見合わぬどこか大人っぽい笑みを浮かべる天鳥さん。
惚気けている知佳ねえ。
見たいっちゃ見たいような気がしないでもないが。
「天鳥さんって知佳とはどういう関係なんですか?」
「心配しなくとも、恋人関係とかではないぞ。僕も知佳も恋愛の対象は男性だ」
「いや、それは全然心配してないですけど。知佳とそこまで打ち解けている人って珍しいんですよ」
「ふむ……中学校の先輩後輩の関係だ」
へえ、中学校。
中学生の時から変わらないんだろうなあ、知佳もこの人も。
「一緒にダンジョンへ入ったこともあるくらい仲が良かったんだぞ」
「そういえば以前、知り合いとだか友達とだかとダンジョンへ行ったことがある、とか言ってたような……」
もちろん安全が確保されている環境ではあっただろうが。
「ああ、まあしばらくは疎遠だったんだがな」
「そうだったんですか?」
そういえば会うのも久しぶりみたいな話はしていたか。
「3年生のときの秋くらいだったかな。僕がカナダの大学へ飛び級で入学したんだ」
「え……カナダの大学に?」
「ああ、それで帰ってきたのが大体4年か5年くらい前か。あまりちゃんとは覚えていないが……」
この人、自分に興味のあること以外はすぐに忘れそうだからなあ。
ていうか、中学生のときにカナダの大学へ飛び級入学って……
天才っているところにはいるもんなんだな。
天才同士、知佳と天鳥さんとで気が合っていたのだろうか。
「当時は知佳も大学から誘いを受けていたぞ。何かやることがあるとかなんとかで断っていたが」
「ふぅん……?」
やることねえ。
カナダへの飛び級留学を蹴ってまでやりたいことがあったのか。
今の知佳を見ていても特に心当たりはないが、まあ何かあったのだろう。
「でも知佳も天鳥さんも大学から誘われていたくらいだし、やっぱり元々賢い人同士で通ずるものでもあったんですか?」
「いや、僕も知佳も元はそんな飛び抜けて優れていたわけじゃない」
「……そうなんですか?」
てことは努力でああなったということか?
いや、もちろん丸っきり努力をしてきていないとは思っていないが、そもそも知佳なんかは記憶力がずば抜けている。
あればっかりは努力でどうこうなる問題でもないだろう。
「いつからか、急に僕らの成績は伸びたのさ。理由はわからないし――僕と知佳との間に共通点があったわけでもない……いや、強いて言うなら二人とも身長がそれくらいのときから全然伸びていないということくらいかな」
それは偶然だと思うが……
「まあ、僕の方はこちらはどんどん大きくなったがね」
むに、と自分の胸を自分で揉み始める天鳥さん。
目に毒なので迂闊にそういうことするのはやめてほしい。
この人は山奥で男と二人きりだということをもう少し自覚した方が良いのではないだろうか。
「おや?」
俺が目線を外したのに気づいたのか、天鳥さんが不思議そうな声を出す。
「なんすか」
「知佳と恋仲になるくらいだから、君はちっちゃくてちっちゃいのが好きなんだと思っていたが」
「別にそういうわけじゃないですけど」
たまたま知佳がちっちゃくてちっちゃいだけである。
なんならあと三人と関係を持っているわけだが、その三人共が別に(身長は)ちっちゃくないし(胸も)ちっちゃくない。
なんなら後者に関しては大きい方だ。
「そうなのか……揉んでみるか?」
「あんた何いってんだ、馬鹿なのか」
「ふふふ、冗談だ」
思わずタメ口でツッコんでしまった。
「しかしそれくらいしか僕から返せるものはないのだが……」
「研究者なら研究結果で返してください。マジで」
知佳の知り合い――というか信頼している先輩に手を出すとか気まず過ぎるだろ。
どんな状況だよ。
「ふむ。それもまた一理あるか」
「理しかねえよ」
初対面で変な人だなとは思ったが、思っていたよりもずっと変な人だった。
「ところで、知佳からは君が異常な膂力を持っていると聞いているんだが、具体的な数値は出したことがあるかい?」
「具体的な数値?」
「わかりやすいところで言えば、君が体力測定をしたらどうなる?」
「さあ……」
幅跳びとか50メートル走とか垂直跳びとかのアレだよな?
今やったら……
幅跳びや垂直跳びで50メートルくらい飛べそうだし、反復横跳びとかをやったら床が抉れるんじゃないだろうか。
ということを伝えると、本当か? という目で見られた。
まあ、俄には信じがたいよな。
見た目はどう考えても常人だし――探索者の身体能力が上がることは周知の事実ではあるが、そこまで極端な例は俺だって見たことも聞いたこともない。
今の所俺が知っている中で、俺自身を除いて最も魔力を持っているのは恐らく未菜さん(人間限定)だが――
流石に幅跳びで50メートル飛ぶのは無理だと思う。
多分。
多分だが、その半分くらいではないだろうか。
そもそも未菜さんは公に姿を現すことがないのでそれを例に持ち出すこともできないが。
「この研究所の裏庭に大きな岩がある。重さは概算だが3トン近くはあるだろう。それを持ち上げられるか?」
「うーん……いけるんじゃないですかね?」
多分だが。
2.
というわけで、裏庭へ移動した。
裏庭……というか荒れ放題すぎて草木が生い茂っているが。
で、その中にある縦横奥行きが1メートルちょいくらいありそうな岩。
あれか。
これってこの大きさで本当に3トン近くもあるのか?
いやでも岩って結構重いって言うしな。
水でもこの大きさだったら1トン以上はあるはずだ。
そう考えればそんなもんでも違和感はないか。
「どうだい? 流石にそれは無理だろう? 重機を持ってきて動かすような重さだ」
「いや、なんとかなるんじゃないですかね」
というか、これくらいなら余裕だろう。
俺は右手を手刀の形にして、ちょっと勢いをつけて岩に腕を突き刺した。
「なっ!?」
驚く天鳥さんを尻目にそのまま右腕をぶんぶんと上下に動かす。
「これくらいなら片手でも余裕ですね」
「ええ……」
天鳥さんはドン引きしていた。
まあ、俺だって第三者視点から見たらドン引きだと思う。
ちなみに、余裕とは言ったがそこまで余裕があるわけではない。
ダンジョンへ入る前に使っていた低負荷用の5kgダンベルを持ったときくらいの負荷は感じる。
もうちょっと大きければ今の俺の筋トレにはちょうどいいのかもしれない。
まあ、魔力による強化をしないようにすれば普通のもので十分なのだが。
「君、3トンってどれくらい重いか知ってるか? 軽自動車3台分くらいはあるんだぞ?」
「もしかしたら大型トラック3台でも持ち上げられるかもしれませんね」
「君、本当に人間か? 実は宇宙人だったりしないのか?」
「愛知県生まれの純粋な人間です」
「今度本当に君について色々調べさせて貰いたいな。体力測定、本気でやってみないか?」
「とは言っても、俺が本気で動いたら耐えられる施設がないですよ」
それを聞いて、天鳥さんは「ふむ……確かに」と一時は納得したように見えた。
だが、何かを閃いたようでぽんと手を打った。
「ダンジョンの中で計測すればいい。あそこの床や壁は頑丈なのだろう?」
「まあ……」
ということで、後日ダンジョンへ向かうこととなった。
多分、身体能力を測りたいからなんて理由でダンジョンへ行くのは天鳥さんが初めてだと思う。
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