第93話:ちっちゃくておっきい
1.
シトリーを召喚して一週間ほどが経っていた。
その間、実は一度もダンジョンへ行っていない。
というのも、もし精霊が離れた場所にいても俺のところへ召喚する――という技術がまだ未完成だからだ。
本来、俺がやろうとしていることは転移の領分らしい。
転移と聞くと当然いい思い出はない。
あれのせいで明確に死にかけてるわけだし。
しかし、俺がやろうとしているのは転移ではなくあくまで召喚だ。
……という思い込みが大事だそうだ。
それと並行して試作型E.W.への
他にも俺自身の魔力や知佳の魔力を増やすという作業も行ったり行っていなかったりもしたが……まあそれは割愛しよう。
で、今日。
知佳の知り合いの研究者とやらへ会いに行くことが急遽決まったのだ。
フレアとシトリーがしきりに付いて来たがっていたが、別に危険なことをするわけでもないし大勢で押しかけても迷惑だろうということで俺と知佳だけで向かうこととなった。
2.
無駄にお高い社用車で2時間以上。
ナビに従った結果完全に途中から山だったのだが、ようやく俺達は研究所へ辿り着いた。
「なんだってこんな山中にあるんだ……」
いくら高級車両で座り心地は良いとは言え、2時間も運転すれば疲れた。
ぐっと伸びをしながら愚痴る。
「土地代が安かったって言ってた」
先に降りていた知佳が俺の愚痴に答えた。
「まあ安そうではあるけどなあ」
車から降りて、一応車体を見てみる。
結構荒れた道だったので細かい傷がたくさん入っているのを危惧したのだが、流石は最先端の素材を使ったボディだ。
全然傷がついてない。
痕みたいなのはついているが、これもちょっと水拭きするだけで消えてしまうだろう。
「で……」
俺は建物を見上げる。
研究所……と銘打ってはいるが、如何せん建物がボロすぎる。
TRPGとかに出てきそうなくらいボロい。
俺がちょっと本気で蹴りを入れたら一発で崩れるんじゃないか、この建物。
そんなことしないけどさ。
「建物代も相当ケチったみたいだな」
「変な人だから」
「へえ……」
まあこんなところで研究している人間が変な人じゃないか。
マッドサイエンティストみたいなのを想像してちょっと身構える。
「入口はどこだ?」
「こっち」
知佳が迷いなく歩き始める。
「来たことあるのか?」
「無い。けど事前に地図とこの建物の見取り図を貰ってる」
それを全然見る素振りすら見せないのは完璧に覚えているからだろう。
俺とはもう頭の出来からして違う。
そういえば、未菜さんは地図が読めないんだったか。
あの人に知佳のもはや特殊技能とさえ呼べる記憶力を教えたらどんな反応をするのかね。
扉と、古ぼけたインターホンのある恐らく入口を見られる場所に辿り着く。
知佳はちらりとインターホンを見ると、そのまま特に躊躇する様子も見せないで扉を開いた。
どうやら鍵はかかっていないようで、すんなり開いた。
「チャイムくらい鳴らした方がいいんじゃないか?」
「壊れてるって聞いた」
「直せよ……」
どれだけケチるんだ。
なんて思っていたが、外装のボロさに反して中は案外ちゃんとしていた。
如何にも研究所……という感じでは流石にないが。
少なくとも手入れは行き届いているように感じる。
しばらく歩いていくと、元々はなんの施設だったのか、食堂のような広い部屋についた。
「さっき連絡入れたから、そのうちくると思う」
なんて知佳が言ったタイミングで、俺達が入ってきたのと反対側にある扉がギシィ、と音を立てて開いた。 とうとうマッドサイエンティストのお出ましである。
……と思っていたのだが。
「やあ、知佳。顔を見るのは2年ぶり……かな? いや、3年ぶりだったかな?」
「4年ぶり。変わらないね、先輩」
「知佳こそ。相変わらずちっこいままだ」
「先輩に言われたくない」
女性だ。
しかも、小さい。
見た目だけで言えば、彼女は知佳よりもほんの少しだけ身長が高いくらいなので、中学生くらいの女の子が話しているようにしか見えない。
ぼさぼさの短い茶髪に、知佳のいつもしている眠そうな目を通り越した今にも値落ちしそうな目。
サイズのあうものがなかったのか若干袖の丈と裾の丈が余っている白衣。
そして身長に見合わぬ巨乳。
気だるげな感じとかは知佳によく似ているのだが(顔立ちの系統は割と違うが、多分ちゃんとした表情を浮かべれば美人なのだと思う)、そこだけは徹底的に違った。
白衣の上からでもわかる大きさである。
身長はあんな小さいのに胸はあれだけ大きいとなんだか不便そうだ。
とは言っても、多分サイズ自体は流石にシトリーには及ばないのだろうが。
相対的に大きく見えているという側面もあるだろう。
つまりあれだ。
ロリ巨乳だ。
「……で、君が
ぐりん、と俺の方を向くロリ巨乳研究者。
「いや、いいわけないでしょうよ」
初対面の人間に何を言っているんだこの人。
「はっはっは、冗談だよ。研究者ジョークさ」
彼女は笑った。
ジョークならジョークに聞こえるように言ってほしい。
「で、物は持ってきてくれたのかな?」
俺が持ち歩いていたアタッシュケースのようなものを軽く持ち上げて見せると、うんうんと満足そうに彼女は頷いた。
「それじゃ早速見せてくれたまえ」
「先輩、挨拶と自己紹介がまだ」
「おっと、そうだった。僕は
知佳のツッコミによってようやく俺は彼女の――天鳥さんの名を知ることができたのだった。
なんというか、マイペースな人だな。
3.
彼女の一人称が「僕」なのは、小さい頃に憧れていた、研究者である彼女の父の一人称が「僕」だったから、それにあやかっているそうだ。
アメリカで「ボク」と自分のことを呼んでいる
で、持ってきた素材というのはアメリカの鉱石ダンジョンでドロップしたアリの爪のようなあれだ。
ダンジョン管理局も既に同じものを研究し始めているが、別の研究機関で新たな発見がないとも限らない。
もちろん管理局には許可を取ってある。
「鉄と同じような性質を持ち、鉄より遥かに耐久性に優れ、鉄よりも加工が容易……か」
しばらく、ハンマーで叩いたり磁石をくっつけてみたり電気を流してみたりしていた天鳥さんがうーむ、と手を顎に当てた。
見た目が幼いので子供が背伸びしてそんなポーズを取っているようにしか見えない。
「訳のわからない物質だな。もっと詳しく調べてみたいが……」
ちらりとこちらを上目遣いで見てきた。
なんだ?
お小遣いか?
「知佳からは君が――君たちがエンジェルになってくれると聞いているが」
「あー」
見た目が子供でも中身は立派な研究者だもんな。
小遣いどころの騒ぎではなかった。
「知佳の言う通り、出資しますよ。研究結果で得られる恩恵は俺達が最初、もしくは優先的に受けられるようにさえしてもらえれば、幾らでも」
「へえ、幾らでもと来たか。じゃあ1億とかでもいいのかい?」
「もちろん」
「実は円じゃなくて、ドルなんだが」
「いいですよ」
「な……」
俺が即答すると、流石に天鳥さんは絶句した。
それで知佳の方を見ると、ちょっと不満げに言う。
「知佳、とんでもない男を連れてきたな。ちょっとしたお金持ちとか言ってたくせに」
「そうだっけ?」
知佳はとぼけていた。
明らかにわざと騙したな、あれ。
こちらとしては信用できる相手だとわかれば元々100億単位での投資を予定していたので何も想定外ではないのだが。
「うーん……でも本当に100億近い投資をしてもらえるとしても、見ろこの設備。建物。僕一人しかいないんだぞ?」
「まあ、それは見ればわかりますよ」
設備も建物も外観からすればかなり整っている方ではあるが、小規模なものに収まっている。
普段はどんなものの開発や研究を行っているかは知らないが、少なくとも余裕があるようには見えないな。
てか、見ればわかるって言っちゃったけどやっぱり一人だったのか。
他の人の気配が全くしないとは思っていたが……
「もう建物と土地も用意してあげたら? 人員は……先輩が直接選ぶしかないけど」
「んー、それもありだな」
知佳の提案に俺は頷く。
「ちょ、ちょっと待て君達。本気で言っているのか? 常識って、知ってるか?」
「天鳥さん、俺も最近まで常識ってもんを捨てたらおしまいだと思ってましたけど、最近じゃ常識なんてもんはむしろ邪魔だってことに気付きましたよ」
「ええ……」
天鳥さんはヤバイ奴を見る目で俺のことを見ていた。
ロリ巨乳のそんな表情、一部の層の性癖にはガン刺さりしそうだな。
「知佳、一応聞いておくけどこの人は信用できる人なんだよな?」
「お金の持ち逃げとかはまずしない。研究さえできればそれが一番幸せな人だし。能力も保証する」
「よし、それじゃあ天鳥さん、その方向で話を進めましょう……と言っても、詳しい話は知佳としてもらうことになりますけど」
だって俺はそういうのよくわからないし。
最終的には綾乃と詰めてもらうことになるだろう。
と、俺が既に静観モードに入っている中、天鳥さんはひとりまだ納得がいっていないというか、話についていけていない様子だった。
「一体僕は何を紹介されたんだ……? 石油王なのか……?」
いいえ、ただの召喚術師ですとも。
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