第91話:明かされる真実
1.
「疲れた……」
暗い部屋の中で天井を見上げる。
長女には勝てなかったよ……
「お疲れさま、悠真ちゃん」
まだまだ元気そうなシトリーが俺の腕枕で寝ている。
暗い中でも僅かな光を反射してきらきらと輝く金髪。
聖母のような優しい眼差し。
包み込むような母性。
こんな女神みたいな属性を兼ね備えていて、夜の方は……
いや、今はその話はよそう。
なにせ俺は現在賢者なのだ。
「ちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?」
「うん?」
邪な気持ちが再び鎌首をもたげ始めている中、シトリーが真剣なトーンで話しかけてきた。
あまりエッチな目で見るなとかそういう話だろうか。
だとしたらそれは無理な相談というやつなのだが……
「実はお姉さん、フレアが召喚されたくらいから悠真ちゃんたちの様子は見てたの」
「え……」
フレアが召喚されたくらいからって言うと、アメリカにいた時からか?
そんなこと一言も言っていなかったと思うが。
他の姉妹達もそんな素振りは見せなかった。
「それ、スノウ達には?」
「言ってない。言わない方が良いと思ったから」
「それは……」
別に構わないんじゃないか? と思ったが、どうやらシトリーの考えは違うらしく首を横に振った。
「その都合でもあるんだけど、実はお姉さん、悠真ちゃんが妹たちに言っていないことも知ってるの」
その言い回しで、俺はすぐにピンと来た。
「まさか……」
「うん。あの吸血鬼みたいな人が悠真ちゃんを影の世界に攫った先――そこでしてた話も全部聞いてる」
あそこまで着いてこられたのか。
精霊が世の中を漂っている状態がどんなものなのかは知らないが、わざわざそこをピンポイントでついてきたということは少なくとも嘘やかまかけではないということだろう。
「あれは……」
少し焦る俺の頭を、シトリーが優しく撫でる。
「責めてるわけじゃないよ。あんなこと、言えないもん。お姉さんでも」
「…………」
スノウたち精霊は、元々精霊ではなかった。
そうである可能性というのは元々スノウたちも勘付いていたことだ。
だが、決定的証拠はなかった。
何かに違和感を抱きつつも、真実に至ることはなかった。
しかし、それはあくまで彼女たちの中では、だ。
俺は図らずもその仮説が正しいことを知ってしまった。
それも、精霊になったということが――恐らく望ましいような状態ではなかった、ということも。
それを。
彼女たちの長女であるシトリーは、聞いてしまったと言うのだ。
「……それで、どう思ったんだ?」
「実はね、お姉さんもひとつ、嘘ついてるんだ。誰にも言えない、本当のことを知ってる――覚えてる、って言うべきかな。なんでお姉さんたちの記憶が断片的に残っているのか、とかなんで記憶を思い出せないのか、とか。それらと関係することを」
「なんだって」
俺は身を起こす。
二人の体にかかっていたシーツがはだけて、まばゆいばかりの裸体が顕になるがそれを気にもしていられないくらい興奮していた。
「なんでそれを三人にも言わないんだ」
「落ち着いて聞いてね、悠真ちゃん。お姉さんはあの子たちに言わないんじゃない。言えないのよ」
「言えないって……」
何故だ?
思い出そうとする時にある頭痛が関係しているのか?
それとも――
「どうしても知りたい? お姉さんは――悠真ちゃんには知る権利があると思う。でも、知らなくてもいいことだし、知らない方が幸せだったと後で後悔するかもしれない。それでも聞きたい?」
「後悔って……」
そこまで念を押すくらいだ。
さぞショックなものではあるのだろう。
だが――シトリーはああ言ったが、俺には知っておくべき義務があると思う。
俺は静かに頷いた。
すると、シトリーは俺の目をじっと見て――やがて衝撃的な事実を話し始めた。
「お姉さんたちがいた世界はもう滅んでる。その時に、姉妹四人共全員が、一度死んでるの」
2.
話の内容は衝撃的なものだった。
シトリーはまず、あの男――吸血鬼の男の魔力にどことなく覚えがあったらしい。
だから、受肉前の精霊であるというアドバンテージを生かして無理やり昔のことを思い出そうとしたと言う。
とんでもない無茶をするものだ――だが。
召喚される前なら、痛みを感じたりすることもないというのだ。
それを生かした、ということだろう。
そして話も並行して聞いていくうちに、シトリーは思い出した。
自分たちが殺される瞬間のことを。
経緯は思い出せなかったようだが、当時のシトリー達は両親も含めた六人――それに更に追加して十数人の精鋭であの吸血鬼の男を含めた何かの軍勢と戦っていたらしい。
だが、やがて徐々に押し負けていった。
何故か相手方は魔力をほぼ無限に近いだけ行使できたらしく、ジリ貧だったそうだ。
そして。
一人、また一人と味方が倒れていった。
最後まで残ったのはシトリーとその姉妹――スノウ、フレア、ウェンディ、そしてシトリー自身の四人。
そして彼女たちの両親だけとなったそうだ。
いや、その時点で既に両親は死んでこそいないものの倒れていたそうなので、実質的にはその四人と言うべきか。
そして、相手のリーダー格と思われる女がこんなことを言ったらしい。
「この世界では、四人も候補者がいるのね」
と。
「でも安心して、こんな滅びゆく世界のことは綺麗に忘れさせてあげる。それにまた私たちの敵として戦えるようにしてあげるから」
とその女は続けたらしい。
満身創痍の中、その女が放った不思議な光が最初に貫いたのはウェンディだった。
フレアが狙われていたらしいが、それを庇って立ち塞がったと。
外傷はないように見えたが、徐々にウェンディの体は薄れていって空中に溶けて消えた。
それ以前に、中でも苛烈な攻撃を繰り返して警戒されていたフレアとシトリーは足を徹底的に潰されていて、動くことさえできなかったと言う。
次はスノウだった。
すぐ近くで転がっていたフレアを抱きしめ、氷の盾を展開した。
しかし氷の盾はいとも簡単に貫かれ、ウェンディと同じように消える。
次はフレア。
ウェンディとスノウを失った哀しみから抵抗もできていなかったとシトリーは言っていた。
そして最後にシトリー。
「あなたは特別しぶとかったから、世界の終わりを見せてあげるわね。私、強い人間が大好きなの」
女はそう言った。
顔も思い出せない。
どんな声だったかも思い出せない。
だが、心底楽しそうにそう言っていたのだけは覚えているという。
話している途中のシトリーは気づいてか気づいていないでか、俺の腕を強く握っていた。
まるで何か縋り付くかのように。
失いたくないと駄々をこねる子供のように。
そしてシトリーの記憶は、世界が崩壊していく様と――その直前に、自分の両親が何かの魔法を使ったことを最後に途切れている、とのことだった。
そこから先は、精霊であることに違和感を持たない自分がいたということだ。
少なくとも、俺があの吸血鬼の男から真実を聞くまでは。
「……ね、聞かない方がよかったでしょ?」
俺が一連の流れを聞いて黙っていたのをどう思ったのか、シトリーが気遣うように言ってきた。
「いや……色々俺の中で整理してた」
というか、感情のまま話し始めたら泣いてしまいそうだった。
俺の身に直接起きたことではないし、今は覚えてはいないようだが――その時スノウは、ウェンディは、フレアは。
どんな気持ちだったのだろうか。
そして一部始終を見せられたシトリーは。
シトリーが言うには、記憶の一部が残っていて互いを姉妹だと――家族だと認識できているのは恐らく最後に両親が使ったなんらかの魔法の影響だろうという話だ。
その影響で元の世界のこともいくらか覚えているのではないか、と。
もしもそれがなかったら、互いに互いのことを全く覚えていないような状態だったのかもしれない。
今俺の中にある感情が悲しみなのか、怒りなのか、それとも別の何かなのかはわからない。
多分、言葉じゃ形容できないような何かが渦巻いているんだと思う。
「……その話、スノウたちには黙っておこう」
「うん、そのつもり。ごめんね、悠真ちゃん。やっぱり話さない方が――」
「いや、むしろ話してくれてありがたいよ」
そりゃあスノウたちの前ではほとんど覚えていることは一緒だと言うに決まっている。
こんな話、聞かせられるわけがない。
いつかは知ってしまうのかもしれないし、いつまでも黙っておくわけにもいかない。
だが……
あまりにも。
あまりにもやるせない話だ。
シトリーは泣いていた。
多分、泣こうとは思っていなかったんだろう。
必死に手で涙を拭っていた。
「ごめんね、ごめんね」
誰に向かって謝っているのだろう。
俺への謝罪なのか。
それともその時に守れなかった姉妹へなのか。
あるいは黙っていた罪悪感からか。
俺は黙ってシトリーを抱き寄せる。
――キーダンジョンを探そう。
真実を知る為に。
それから。
もし諸悪の根源と考えられる連中に出会ったら、絶対に俺がぶっ飛ばしてやる。
それだけは固く心に誓うのだった。
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