第90話:圧倒的長女パワー

1.


 

「妹たちがお世話になっています。お姉さんがこの子達の長女である雷の精霊、シトリーです」


 綺麗に腰を折り曲げて挨拶をしてくる一人称がお姉さんな四姉妹の長女――シトリー。

 金髪で金眼。

 それに流石はあのスノウ達の姉だと思うほど整っている容姿に、暴力的なまでに巨大な胸。

 揺れる、揺れる。

 シトリーが体を動かす度に揺れている。

 ちなみに服装は恐らくウェンディから借りたのであろう、ちゃんと見た目相応になっている。

 しかしそれでも主張が激しいというか、胸の部分だけはパツパツだ。

 ウェンディも見た目にはあまり見えないとは言え相当大きな方なのだがそれでも間に合っていない。

 あれって重くないのだろうか。

 いいや、重いに決まっている。

 あれを支える仕事に就きたい。

 探索者なんかよりそっちの仕事の方が絶対に楽しいに決まっている。


 はっ……

 いつの間にか胸に思考を惑わされていた。

 大きいも小さいも貴賤はなし。

 それが俺の信条だったはずなのに(?)。


 気を取り直して、俺も挨拶をする。


「召喚術師の悠真です。こっちのちっこいのが<影法師>のスキルを持っている知佳で、うちのメカニック。こっちの大人しそうな子が綾乃で、うちの事務」

「悠真ちゃんに、知佳ちゃんに、綾乃ちゃんね。よろしくお願いします」


 ふふ、と女神みたいな微笑を浮かべてシトリーは言った。

 悠真ちゃんて。

 一応俺は男な上に既に成人して2年は経過しているのだが。


 ちっこいの呼ばわりされた知佳の足元から影がこっそり伸びてきて俺の脇腹をつついている間に、シトリーは俺のことをじっと見る。


 金色の瞳は吸い込まれそうになるような不思議な魅力を放っている。


 あれ、そういえば。

 魔法の素質は髪とか、目に付きやすいところに現れるってウェンディが言っていたな。

 スノウとフレアは髪の色が、ウェンディは髪の一部と瞳が、それぞれの特性を表しているように見えるが――

 シトリーは髪も目もどちらも金色だ。

 雷の精霊と言っていたので、恐らく特性を表しているということではあるのだろうが……

 だとしたら姉妹の誰よりも素質に溢れているということか?


 とは言え、ウェンディは素質で劣ることを気にしていた割に、魔法の威力や汎用性に関してはスノウやフレアに匹敵するかそれを上回っているとさえ言えるので、恐らく彼女自身が気にしている程あまり関係ないのだとは思うが。

 結局は自分がどれだけ努力できたか、だろう。


「――うん、やっぱり思った通りの人だわ」


 嬉しそうにそう言って、大きな胸の前で手を合わせるシトリー。

 

「久しぶりに再会したお姉さん達にも気を使ってくれたでしょう?」

「まあ、それくらいは」

「えらい、えらい」

 

 何故か頭を撫でられた。

 だから俺は立派な成人男性なのだが……

 ……まあ悪くない気分だけどさ。


 それを見てなんとなくむすっとしている知佳の方を見ると、シトリーは目を輝かせた。

 何故?

 色んな意味で、何故?


「まあ、かわいい!」


 知佳を抱きしめている。

 身長差の関係で知佳が胸に埋まっている。

 なんと羨ま……いや、けしから……いや羨ましい。

 助けを求めるような視線を向けられているが、お前はその状況がどれだけ幸せなことかわかっていない。もう少しそこで反省したまえ。

 そもそもなんでシトリーが知佳を抱きしめているのかもよくわかっていないが。


「あ、あの、シトリーさん、程々にしないと、知佳ちゃんの息が……!」


 綾乃さんがあわあわしながらシトリーを止めようとしている。

 そんな様子を見たシトリーはまた表情を輝かせた。

 

「やっぱりおろおろしている綾乃ちゃんもかわいいわ~!」


 そうして綾乃まで巻き込まれた。

 可愛いものに目がないタイプなのだろうか。

 スノウ達姉妹は可愛いより綺麗だったり美しいとか、可憐とかそういう方面に振っているが知佳や綾乃は文句なしに『可愛い』だからな。


 おお、巨乳と巨乳が戯れておる……

 眼福……眼福じゃ……


 いつの間にか拘束から逃れていた知佳が俺の隣まで戻ってきた。

 髪の毛が乱れている。

 息も絶え絶えで知佳は呟いた。

 

「じ、地獄……」

「天国の間違いでは?」


 ドスッ、と俺の脇腹が肘で突かれたのは言うまでもない。


2.


 しばらくして可愛い成分を補充し終えて満足したシトリーが顔を真っ赤にして俯いていた。


「ごめんなさい、お姉さん可愛いものを見ると我を忘れちゃって……」


 俺も今から可愛いを目指すべきだろうか。

 ゴリゴリの男でも可愛くなれますか?

 

「それで……悠真ちゃん、改めて、ありがとうね。また姉妹四人揃う時が来るなんて思ってもなかったから」

「いや、それに関しては運が良かっただけっていうのもあるからさ」

「ううん、だってお姉さんたち、一人ひとりの必要魔力量が大きすぎて、普通だったらそもそも一人も召喚できないくらいだもの。それを四人も召喚しちゃうなんて、悠真ちゃん以外じゃできないよ? だから、ね?」


 ぽんぽんと頭をまた撫でられる。

 この人にとっての俺は子供なのだろうか。

 でも知佳や綾乃みたいに抱きしめられることはないのでそういう事でもないのかもしれない。


「ありがとうって言われたり、すごいって言われたら謙遜なんてしなくていいんだよ?」

「あ、ああ……」

 

 なんだか調子が狂うな。

 俺には兄弟姉妹がいないので姉がいたらこういう感じなのだろうか……とは思えないが。

 しかし母親のような温かみは感じる。


 もう長い間感じていなかったものだ。


「シトリー姉、悠真をあまり甘やかすと調子に乗り始めるわよ」


 なんだかスノウが不満げに言っている。

 なんというか、わかりやすく「私、嫉妬してるんだけど」って感じの表情だ。

 姉を取られたと思っているのだろうか。


「こら、スノウ? ダメでしょ、悠真ちゃんのことそんな風に言ったら。悠真ちゃんはそんなことないもんね?」

「くっ……ぐぬぬ……」


 おお……

 別に強く言われてるわけじゃないのにスノウが大人しく引き下がっている。

 まあウェンディにも同じ現象は見られたのだが。

 ああ見えて目上の人間はちゃんと敬うタイプらしい。


 ……あれ、召喚主って目上じゃないの?


「シトリーお姉さま、ずるいです! フレアもお兄さまをナデナデしたいです!」

「じゃあ一緒にナデナデしましょう? ほら、フレアもおいで」

「わーい!」


 フレアが無邪気に入ってきた。

 精神年齢幼くなってない? 君。

 何故かスノウの視線が鋭くなっている。

 ウェンディは……呆れ半分でもう半分はよく読み取れない感じだ。

 

 ちなみに知佳はもう慣れたのか、むしろ俺のことを憐れむような目で見ている。

 綾乃はいつも通りおろおろしていた。



3.


 放っておけば一生甘やかされそうだったので(それもいいかなとちょっと思い始めていたが)、俺は無理やりその天国から抜け出した。

 聞けば、シトリーに残っている記憶は他の三人とほとんど変わりはないらしい。

 そしてこれも他の三人と同じく、記憶や知識は違和感なくあるが、自分達の世界――俺達から見た異世界に住んでいた時のことは断片的にしか覚えていないらしい。

 

 ……多分だが、この様子だとシトリーも以前自分達が精霊ではなかったということも知らない様子だ。

 スノウ達のように薄々勘付いてはいるかもしれないが……


 もしかしたら……とは思っていたが流石にそれはないか。

 その後、あれこれ今後の指針について話したりある程度シトリーの能力について聞いたりしている間にすっかり時間も経って、夜ご飯の準備を始めることになった。


 ので今はシトリーが一人で台所に立っているのだが……

 何故かスノウ達が青ざめている。


 ウェンディも何度も手伝うと言っていたのだが、お姉ちゃんパワーで押し切られて結局こちらで一緒に待っている。


「どうしたんだよ、お前ら。いきなり静かになって」

「……あんたは知らないから呑気でいられるのよ」


 スノウがぽつりと呟いた。

 かなり小さな声で。

 シトリーには聞こえないようなトーンである。


「……何がだ?」

 

 しかしスノウはそれより先を答えようとしなかった。

 フレアを見ても、無言で目を逸らされる。

 あのフレアが! 俺から目を逸らすなんて!

 いや、そういう時もあるにはあるだろうけど、いつもならむしろうっとりした表情でにじり寄ってくるくらいなのに。


 最後の望みをかけてウェンディを見ると、彼女はとても神妙な面持ちをしていた。

 まるでこれから死地へ赴く戦士のような顔だ。


「マスター」

「は、はい」


 雰囲気に飲まれて何故か敬語になってしまう。


「死にはしません。多分」

「…………」


 ……多分?

 食事で死ぬとか死なないとか、そんな物騒なことあるわけないだろ?

 俺だって流石にちょっと勘付いているさ。

 多分、めちゃくちゃ料理が下手くそなんだろうなって。

 それはわかってるよ。

 でもそんなのしょせんちょっと味が薄いとか濃いとか、醤油とだしを間違えるとかそういうレベルだろう。

 漫画じゃないんだから、ダークマターみたいなのが出てくるわけじゃないのだ。



 などと思っていた時期が俺にもありました。

 シトリーがニコニコ笑顔で持ってきた食事は――まさしく暗黒物質ダークマター

 何故こうなったのかを恐る恐る聞いてみると、最後の仕上げに彼女の電撃が使われているらしい。

 それでこうなる理由はよくわかっていないが、俺はすっかり忘れていた。


 精霊の存在なんて漫画よりファンタジーしてるじゃないか。

 こういうことだってあり得るかもしれないとわかっておくべきだった。


 流石の知佳もこれには動揺を隠せていなかった。


「……殺人兵器?」


 小声で呟いている内容は、およそ食事に用いられるものではなかった。

 綾乃は既に涙目になっている。

 精霊三人は気まずそうに俺と目を合わせようとしない。


 パーティ用の大皿にこんもりもられている謎の黒い物体は少なく見積もっても10人前分くらいあるように見える。

 

 もちろん、食わないという選択肢は取ろうと思えば取れたかもしれない。

 いや、訂正しよう。

 取れるはずがない。

 にこにこと、まるで女神のような笑みを浮かべて食事の感想を待っているシトリーに、「いや、こんなの食べられないから」とは言えない。


「う、美味そうだな」


 言ってみた。

 全然感情が籠もってないことが自分でもわかった。

 しかし、他の女性人はそれに思いっきり乗っかってきた。


「そう!? なら残念ね、あたしも食べたかったけど全部悠真が食べていいわよ!」

「お兄さまならフレアも涙をのんでお譲りします!」

「わ、私も……マスターが言うのなら……」

「私はあまり食欲がないから」

「悠真くん……食いしん坊ですもんね」


 よしわかった、お前らは敵だ。

 全員敵だ!


「もう、いくら男の子だからってそんなに食べられるわけないでしょ?」


 とみんなにはぷんすか怒っているように見えるシトリーだが、その表情はちょっと期待している。

 俺がこれを一人で美味い美味いと言って食い切る姿を。

 

 ――大丈夫。

 俺の体の頑丈さは俺が一番知っているじゃないか。

 今まで何度死にかけてきた?

 その度に生き延びてきただろう。

 今回だってきっと大丈夫。


 だから俺は手を合わせた。

 神様に祈る為に。

 どうか命だけは助けてください――と。



4.



「はっ!」


 目が覚める。

 こ、ここは……

 俺のベッドの上だ。


 ひどい夢を見ていた気がする。

 なにかピリピリする苦いんだか渋いんだかほんのり甘いようなそれでいて辛いような気もする謎の物体を無理やり口へ押し込まれる悪夢だ。


「あら、悠真ちゃん、おはよう」

「え……」


 隣から声が聞こえて、そちらを向くとそこには白い寝間着を着たシトリーが寝そべっていた。

 暗闇の中でも金髪が煌めいている。


「気絶するほどたくさん食べてたから、お姉さん心配だったのよ?」

「あ、ああ……美味し……すぎてさ……」


 思い出した。

 そして俺は真実を告げられなかった。

 この悪意の全くない彼女の心に傷を負わせることになるのはごめんである。


 スノウ達も多分同じような心境なのだろう。


「……シトリー。実はうちの食事は普段ウェンディが作ってるんだ。今日はどうしてもって言うから台所に立ってもらったけど、これからはウェンディの仕事を取らないでやってくれないか?」

「あ、そうだったのね。悪いことしちゃったかしら」


 悪いことをしたのは俺に対してなのだが……

 とりあえず納得はしてくれたようだ。

 シトリーは台所に立ち入り禁止だな。


「で、なんでシトリーは俺のベッドで寝てるんだ?」

「だって、本契約がまだでしょう?」


 あ。

 そういえばそうだった。

 俺が気を失ってしまったせいで……


 いや待て。


「こんな暗いところで二人きりで本契約するのはまずい」


 色々とまずい。

 ウェンディ達に顔合わせができない。


「大丈夫。お姉さんがリードしてあげるから……初めてだけど、上手くできるかな?」

「リードって……」


 本当に本契約のことをわかっているのか?

 ボブは訝しんだ。

 じゃなくて俺は訝しんだ。


 そうすると、シトリーは俺の目をじっと見つめる。

 そうして、俺の手を取って自らの胸へと導いた。

 大きい。

 やわっこい。

 じゃなくて。

 え、本当にいいんですか?

 本契約プレイってやつですか?

 本当にいいんですか!?


 待て待て落ち着け。

 だってシトリーがここにいることはウェンディ達が知らないはずもないし、妙に鋭い知佳も知っていることだろう。

 それにそもそもこういうことがあるということは事前に皆が知っているはずだし(スノウと綾乃以外)、ここで俺がおっぱい魔神になっても誰も何も文句は言わないということだ。


 いやだが待てしかし待てだが待て。


「大丈夫。お姉さんに任せて?」


 テンパる俺を見て、どこか妖艶に微笑むシトリーに――俺は逆らえるはずもなく。


 ……一応言っておくと、本契約もちゃんと恙なく終わらせました。

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