第87話:とんちの力

1.


 翌日。

 無事退院した俺は自宅の中庭で知佳と向かい合って立っていた。

 昨日一日である程度は把握したので、後はどれだけ通用するかのテストらしい。


 そもそもどんなスキルだったのかも未だに聞けていないので俺としては戦々恐々である。

 スノウ達は昨日のスキル検証に付き合っているそうなので既にその内容や特性を知っているだろうから、それで止める様子がないということは特に危険もないという認識で良い……と信じたい。

 

「準備はいい?」

「ああ、いつでも」


 とりあえずと言われたので俺は両手を広げて知佳からされるなんらかの事象を待ち構える。

 が――何も起きない。


「?」


 俺が首を傾げると、知佳はそんな俺に告げる。


「動いていいよ。

「何を――……え?」


 体が動かない。

 違和感に慌てて自分の体を見てみると、何か黒い縄のようなものが巻き付いていた。

 これは――なんだ?

 知佳の方をよく見ると、何やら知佳の足下からこの縄のようなものは生えてきているように見える。

 触手プレイか?

 そういうのって男女逆じゃないか?


 冗談はさておき。

 本当にちょっとやそっとじゃ動けそうにないぞ、これ。


「本気で動こうとしてみて」

「いいのか? これ千切ったりしても大丈夫なのか?」

「平気。昨日ウェンディで試してる」


 ウェンディにこれが巻き付いていたのか。

 それは是非とも見たかった光景だ。

 何故俺は入院なんてしていたのだろう。

 

「よし――」


 ぐっと体に力を入れる。

 だが黒い縄はびくともしない。

 

「くぅ……お……!!」


 徐々に力を込めていくが、それでも全く動じる様子がない。

 もうほとんど本気だ。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉ……!!」

「あ、そろそろ時間切れかも」

「ぉぉぉおわあああああ!?」


 急に体が動くようになって、かなり大げさにその場に転んでしまった。

 

「な、なんだったんだ……」


 口の中に入ってしまった土を吐き出しながら知佳に聞く。

 あんな拘束力、普通じゃあり得ないぞ。

 ぶっちゃけ、多分ボスを除けば俺が今まで出会ってきたどのモンスターよりも力が強い。

 

「私のスキルは<影法師>。力ずくで逃げられないのは当然」

「なんでだよ」

「人はから」

「……なんだそりゃ……とんちじゃあるまいし」

「実際、そういう考え方が重要だって」


 そうなの? と見学しているウェンディの方を向くと、こくりと頷いた。


「魔法やスキルはイメージの力が大きく関わる場合があります。特に知佳様のスキルは私の知る固有魔法、<影魔法>によく似ていたので同じようなことができるのではないか、と進言させて頂きました。影での拘束をというイメージで強力にしたのは知佳様の発想力の賜物ですが」

「へえ……」


 イメージ。

 イメージか。

 そういえば魔法を使う時にもそんなことを言っていたな。

 ていうか、1日で使いこなしすぎじゃないか?


 なんだよ、人は影から逃れることはできないって。

 確かに言う通りではあるが。

 子供の頃、影から逃げようとしてひたすら走り回った記憶があるようなないような気もするしな。


 ……にしたって強力過ぎる気もするが、それはあれか。

 新階層各フロア毎の守護者ガーディアンからのドロップだからだろうか。

 

「とは言え、すごく魔力を使って消耗が激しいからそこまで期待されても困る。でも力ずくでの突破は絶対に無理だと思う――昨日逃げ出せたのもウェンディだけだし」


 逆にウェンディは逃げ出せたのかよ。

 どんな方法で抜け出したのだろうか。

 ……待てよ。

 てことはもしかしてスノウとフレアも触手プレイされてたのか?


 ちくしょう、何故俺は病院にいたんだ!

 あの個室、テレビもついてるから快適でいいなーなんて思ってる場合じゃなかった!


「綾乃、そのときの様子を動画に撮ってたりしないか!?」

「し、してませんけど……」


 一縷の望みをかけて綾乃に聞いてみたが、流石に撮っていなかったようだ。

 21世紀最大のお宝映像になったかもしれないのに!

 

「くっ……」

「あんた退院したばっかで元気そうね」


 悔しがる俺を見て、スノウは冷ややかに言い放つのだった。



2.


 知佳の<影法師>が今のところほぼ無敵の強さを誇るのはあの影を使っての拘束技くらいのもので、他のものは攻略の余地ありくらいらしい。

 影を使っての攻撃や、影の中に物を入れて保存しておくなど、ローラの<空間袋>のお株を若干奪っている特性まであった。

 ただ、<空間袋>とは違って慣性まで保存しておける訳ではないのであの手の使い方はできないとのことだったが。

 それでも物を持ち運べるっていうだけでも相当便利だ。

 ちなみに入れる時と出す時に魔力を使用するので、なんでもかんでも大量に入れられるという事もないらしい。


 それにしたって強い。

 正直、ここまで強いと……


「ダンジョンへ行っても並の探索者よりよほど役に立つわよ。魔力も普通よりは多いし、場合によっては新階層でだって通用するかも」


 スノウがそう判断を下した。


「どころか、知佳さんの力はフレア達の力とも相性がいいです、お兄さま。それに物を収納しておけるのもかなり有用ですし」


 フレアも評価する。


「新階層へいきなり行く――というのはともかくとして、普通のダンジョンであればボス相手にも十分通用する強力なスキルです。マスター、知佳様をダンジョンへ連れていく事に関して、私達は反対するつもりはありません」


 最後にウェンディがそう締めくくった。

 どことなく知佳がどや顔をしているように感じる。

 

 多分だが、まだ見てない影の攻撃性能なんかも相当なものなのだろう。

 というか、影でピンと来たが、そういえばあの守護者である吸血鬼も影を操っていた。

 恐らくその能力がスキルブックになったとかそんな感じなのではないか。

 だとすれば強いのも頷ける。

 奴の影の攻撃は俺に傷をつけることもできたので、攻撃性能という面で見ても間違いなくそこらのモンスターよりは強いわけだ。


 ネックは魔力ではあるが、それに関しても普通より多いというお墨付きである。

 そもそも知佳に関してはもあるので、そこに関しての心配はない。


 困った。

 ダンジョン攻略に付いてきちゃだめだと言う理由がないぞ。

 いや別に困りはしないのか?

 

 スキルの扱いも明らかにかなり上手い。

 知佳の地頭の良さが出ている。

 というか、その手のジャンルに関しては元々俺と比べるまでもないのだ。


 それに現状ブレーンが実質ウェンディだけなので、そこに知佳が加わるとなれば効率だって上がるかもしれない。


 ……ダンジョン攻略の役に立たないどころか、下手をすれば俺よりも有用なんじゃ……


「ちなみに」


 知佳は自分の服に影を纏わせた。

 というか、覆った。

 黒い服のようになったそれに、すぐそこにあったペンを勢いよく自分で突き立てる。


「お、おい!」


 だが、結果としてはそのペンが折れただけで知佳自身には全く傷がついていなかった。


「な、なんだそれ」

「影を傷つけることはできない。限度はあるけど」

「マジかよ……」

 

 強すぎないか、<影法師>。

 もしかしてこれから先にスキルブックを手に入れることがあるとしたらこのレベルがデフォになるのか? 

 それとも知佳の頭が特別いいからこんな強力なスキルになり得るのか?


 ……前者の要素もないとは言わないが、どちらかと言えば後者なのかな。

 未菜さんの<気配遮断>だって俺が使えばあんな上手いこと戦闘に利用できるとは思えないし、ローラの<空間袋>も俺だったら多分ちょっとした小物を入れるだけで終わっていた。

 イメージ力――つまり使う人によってスキルは強くも弱くもなるのだ。


「……わかったよ。自分の身も自分で守れそうだし、俺からももう反対する理由はない」


 そう言うと、知佳はフレアと「いえーい」とローテンションでハイタッチをかましていた。

 やけに肩を持つとは思っていたが、やはりそこで結託していたのか。

 多分スノウとウェンディもだな。

 とは言え、嘘の評価を言っていたわけではない。

 そこを過剰に攻めるつもりもないしな。

 どのみち、有用性は十分示されていた。


「それにしても、スキルをイメージ力で強化できるのなら俺も似たようなことができたりしないのか?」

「スキルの種類にもよりますから……拡張性が全くないわけではないとは思いますが」

 

 ウェンディはそう答える。

 拡張性、か。

 召喚術でできることってなんだ?

 精霊以外の召喚……はそもそも拡張も何も無理だろう。

 精霊を召喚する、と言っていたのだから。

 ……となるともう何もできないよな。


 いや待てよ。


 今まで何度も俺と精霊が分断されて困ったことがあった。


「……既に召喚した精霊――スノウやウェンディやフレアを再召喚……俺の近くに呼び出すことってできないのか?」


 これはかなりいい閃きなのではないだろうか。


「召喚じゃなくて転移の領分になるから難しいわね」

「あ、そう……」


 スノウにばっさり切り捨てられてしまった。

 残念だ。

 もしそれができるのならかなり俺の精霊と分断されやすいという謎の特性が解消されると思ったのだが。


「ちなみにその転移魔法、俺には使えないのか?」

「お兄さま、転移魔法は付与魔法エンチャントを遙かに超える超難易度の魔法です」

「うーむ」


 それも無理っぽいのか。


「別に転移魔法を転移魔法として覚える必要はないと思うけど」


 と。

 知佳がそんなことを言い出した。


「んなこと言ったって、転移と召喚とじゃ違うんだから――」

「極論だけど、悠真の召喚術に転移魔法と同じような性質があるって思い込めばできたりするんじゃない?」

「そんな馬鹿な」


 と俺はスノウ達の方を見てみるが、俺の予想に反して三人共がかなり真剣に考え込むようにしていた。

 

「……まさかそんな簡単に解釈を変えるだけでできるようになったりするのか?」

 

 そんな俺の言葉に、スノウがぼそりと呟いた。


「……試してみる価値はあるわね」


 マジか。

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