第86話:スキルの正体は…

「悠真が使えないのなら、私が使う」


 突然の立候補に俺は唖然としてしまう。

 綾乃なんて口がぽっかり開いてるじゃないか。

 スノウ達だって……あれ、スノウ達はそこまで驚いてないな?


「……知佳、一応聞いておくけど、自分が何言ってるかはわかってるよな?」

「もちろん」


 知佳は平然と答える。

 その様子はいつもと変わらない。


 スキルブック。

 世界で一番最初にそれを手にした者は、シンプルに力が強くなったらしい。

 魔力による強化とは別で、ということだろう。

 そして俺は<召喚術>――スノウ達精霊を召喚する力を手に入れた。


 未菜さんは<気配遮断>の力を。

 ローラは<空間袋>という力をそれぞれスキルブックから得ている。


 そしてティナは<気配感知>だ。


 <気配感知>を戦闘用に転用するのは難しそうだが、他のスキルにも使い方によってはただの人間がいきなりダンジョンで戦えるようになるものだってスキルには存在しているだろう。


「……そうだ、スノウ達の誰かがスキルを取得するとかはどうだ?」

「あたし達は無理よ。試してみないと確かなことはわからないけど、最悪の場合ぼんってなるかもしれないし」


 ぼんって。

 可愛らしく表現してくれたが、かなりグロテスクな絵面になることは間違いないな。

 そして流石にぼんってなったら治癒魔法でもどうにもならないのだろう。


「だって。やっぱり私が使う」

「……危険だ」

「ついさっき、『探索者は危険を承知でダンジョンへ潜っている』とかなんとか、かっこつけて言ってたでしょ」

「お前は……探索者じゃないだろ」

「悠真だってスキルを手に入れるまでは探索者じゃなかった」


 う……それはそうだが。

 いやしかし……


 ……ウェンディ達の気持ちをこんなすぐに自分で痛感することになるとは。

 

「ダンジョンじゃ何があるかわからない。俺だってもう何度も死にかけてる」


 最初のゴーレムに、スーツ姿のボスに、あの吸血鬼みたいなボス。

 ぱっと思いつくだけでも三回も死にかけている。

 しかも最初の一回目はともかく、二回は精霊というお守りがいながらだ。


 自分で言っててなんだが、まさにお前が言うなって話だなこれ。

 もしかしてこのタイミングだからこそこんなことを言い出したのだろうか。


「大丈夫、自分の身が守れそうにないスキルだったらダンジョンには行かないから」

「……それなら、まあ……でも……」


 確実に役に立てることができるであろう柳枝さんあたりに投げるのが適切な気もする。

 それに今でこそ知佳はこう言っているが、いざあまり実用性のないスキルでもなんだかんだダンジョンまで着いてきてしまいそうな気もする。


 精霊に守ってもらうにも限度があることは俺の身をもって実証していることだ。

 

「それに――」


 じっと知佳は俺の目を見る。

 見るというより、覗かれているようだ。

 心の内を。


「もう待ってるだけなのは嫌だから」

「――……」


 何かを言おうとして。

 やめた。

 どうせ何を言っても無駄だろう。

 そもそも俺が知佳と口でやりあって勝てるはずがない。


 それに。

 もし逆の立場だったとしたら、俺も同じことを言っていただろうし、やろうとしていただろう。

 どうせ金なんて元々使いみちに困るくらいあるのだから、売却するという手はないし、柳枝さんもまあ……別に残念がるような事はないだろう。

 

 知佳ならどんな能力でも結構上手く使いそうではあるしな。


「……わかった」

「そう、よかった」


 知佳がウェンディに目配せすると、ウェンディはこちらをちらりと見た。

 本当にいいのか、という事だろう。

 俺は黙って頷く。

 もし何かあっても、俺が知佳を守ってやればいい。

 それくらい……強くなればいいだけの話だ。


「それでは、知佳様。どうぞ」


 ウェンディがスキルブックを手渡し――知佳は特に躊躇いもなく本を開いた。

 そこに書かれている内容を見た知佳は僅かに眉をあげる。

 

「ふぅん……なるほど」


 その呟きと共に、スキルブックは光の粒となって霧散した。

 なるほどとは一体何に対してのなるほどなのだろう。

 

「……どんなスキルだったんだ?」

「色々試したいから、明日悠真が退院したら実践がてら教えてあげる」

「実践がてらて」


 実践ではなく実験というのではないかそれは。

 しかし様子から察するに結構使えるスキルっぽいな。

 しかも相手に作用するタイプなのはほぼ間違いない。

 

 となると、<空間袋>や<召喚術>よりも相手の視覚を惑わせる<気配遮断>が近いのだろうか。


 その後も知佳はスキルの詳細を話さないまま、スノウ達と共に家へ戻っていってしまった。

 

 俺ももう体は元気なので帰りたいのだが……


 などと考えていると、ほとんど入れ替わりのようにして誰かがまた病室へやってきた。

 個室の扉がノックされる。


「はい」


 看護師さんとかだろうか。

 もう元気なんで退院させてくださいとか言ってみようかな。

 なんて思っていると、扉を開いて入ってきたのは未菜さんと柳枝さんの二人だった。


 さっき目が覚めたばっかりなのにもう来てくれたのか。

 いや、というか二人とも今は滅茶苦茶忙しいだろうにわざわざ……


「どうやら本当に大丈夫そうだな」


 未菜さんは俺の顔を見るとほっとしたように息をついた。


「ええ、お陰様で。ピンピンしてますよ。もうすぐにでもダンジョンへ行けるくらいです」


 それを聞いた柳枝さんがしたり顔で未菜さんへ言う。


「だから言っただろう、皆城君なら心配はいらないと」

「柳枝だって、いつもより書類のミスが増えていただろう」

「そ、それは最近疲れていたからであってだな……」


 あれこれ二人でやり取りした後、改めて未菜さんは俺の方を向く。


「すまない、急なことで見舞いの品も用意できなかった」

「いや、お気遣いなく」

「実はローラも日本へ君の見舞いへ来ると言って聞かなかったんだ。まさかあれほど仲良くなっているとはな」

「あ、あはは……」


 仲良くなったというか、フレアによって強制的に仲良しにさせられたというか。

 そんな様子を見ていた柳枝さんが安堵したような表情を浮かべる。

 

「……思ったよりも平気そうだな」

「ええ、別に怪我自体はそもそも精霊に治して貰っていましたし――」

「いや、そうではない。ダンジョンで死の淵に立たされると、スランプ……というのかな。しばらくダンジョンへ入れなくなる者も少なくない。皆城君はどうやら平気なようだが」

「俺の場合は敵のせいで死にかけたわけじゃないですしね」

「ほう? 詳しく聞かせてもらっても?」

「もちろんです」


 ということで、ウェンディ達に話したものよりももうちょっと情報を端折って(記憶の話など)、何があったのかを説明した。


「……信じられないような内容だな」


 柳枝さんは唖然としていた。

 まあ、ブチギレすぎて自分にダメージが行くなんて普通はそうそうないもんな。


「君の言うことが本当なら――いや、疑っているわけではないのだが、君は単独でボスを……いや、君の言葉を借りると新階層を守っている、並のボスよりも強力な守護者ガーディアンを倒していることになる」

「……そうですね。精霊に言わせるなら元々これくらいはやれたらしいですよ、俺」

「だとすれば、君の力をまだまだ見誤っていたことになるな……」

「俺自身も把握できないんで仕方ないと思いますけどね……と」


 そういえば、知佳に使ってしまったとは言えスキルブックの件も一応伝えておくべきだろう。


「未菜さん、柳枝さん。実はスキルブックを入手しました」

「……なんだって?」

 

 未菜さんが聞き返してくる。


「スキルブックですよ。あのボス……守護者を倒してドロップしたものだと思います」

「……それは今どこに?」


 慎重に聞いてくる未菜さん。

 真剣な表情を浮かべている。

 キリッとしているととことん美人だな。


「実はもう身内に使ってしまいまして……すみません柳枝さん。本当は柳枝さんにあげようかとも考えていたのですが」

「兆単位の金が動くものをか? 勘弁してくれ。そんな責任は負いたくない。それにもう歳だからな、若い人間が使った方がいいだろう」


 柳枝さんはそんなことを言って謙遜しているが、俺は彼でも十分スキルを使いこなすことはできると思う。

 既にスキルを持っている未菜さんに譲り渡すことはできないしな。

 その未菜さんは何やら考え込むようにしていた。


「どうしたんですか?」

「いや……モンスターからドロップしたスキルブックともなると、強力なのだろうかと思ってな」

「あー……有り得ますよね」

 

 俺も未菜さんと同じく滅茶苦茶強力なスキルだったりするかも、なんて風にも考えたのだ。

 なんせボス以上の強さを誇る守護者からのドロップだしな。

 それに……あいつは、あの吸血鬼は明らかに異常だった。

 普通とは違う相手からドロップしたものだ。

 どれだけ強力なスキルだとしても驚かない自信はある。


「もしかしたら悠真君の登場、そして魔法の存在の確認に次ぐ衝撃があったりしてな」


 未菜さんは冗談めかしてそんな事を言った。

 この時の俺は、この言葉が真実になることなど想像すらしていなかったのだが。

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