第85話:立候補

1.



「<キーダンジョン>……?」


 スノウが訝しげに単語を口にする。


 俺はあの吸血鬼に囚われていた間に聞いたことを皆の前で話した。

 除いた一部というのは、スノウ達が元々精霊ではなかった、という事だ。

 既に彼女達も薄々勘付いてはいる。

 だが、これを話すのは……ウェンディからにしておいた方がいいと俺は判断した。


 正直、俺ではスノウやフレアがどんな反応をするかわからない。

 ウェンディなら事実を受け止めることができるだろうか。

 それも――わからない。

 だが、黙っておくのも不義理だろう。

 タイミングを見て伝えようと思う。

 

 それはともかく。

 俺が言った中には吸血鬼が散り際に放った<キーダンジョン>なるものの存在もある。


「聞いたことないわね、そんなダンジョン」


 スノウが言い、フレアとウェンディも頷く。

 もちろん俺も奴から聞くまでは知らなかったものだ。

 俺の場合はただ忘れているだけの可能性もあるが。


 一応、聞いたことがあれば覚えていそうな知佳と綾乃の方も見てみるが特に反応はしていないのでやはり聞き覚えはないのだろう。


 後で柳枝さんあたりにも確認するつもりではあるが――まあ、十中八九初めて出てきた情報だろうな。


「そこへ行けば私たちの欠けた記憶が戻る……ということですか?」

「ああ……多分……だけどな」


 ウェンディは考え込むようにする。

 自分たちの記憶に欠けたものがあるというのは辛いだろう。

 それがキーダンジョンとやらを探すことで解決するかもしれない。


 それがわかれば、当然キーダンジョン探しをする他ない。

 そのプランを練っているのだろうか。

 ややあって、ウェンディが話し始める。


「……マスター。私たちがダンジョン攻略を目指している理由ですが、話したことはありませんでしたよね」

「え? ああ、言われてみれば……」

「実は姉妹の誰もそれを覚えていないのです。ただ、私たちに共通してある本能とも言えるような衝動が存在します」

「……本能?」

「はい。私たちの内の誰かを召喚できるほどの力を持つ人物――つまり召喚者であるマスターと共にダンジョンを攻略する、というものです」

「……ダンジョンを攻略するだけならまだしも……召喚者と共に?」


 ……いや、確かに精霊は召喚主マスターと一緒にいなければ本来の力は発揮できない。

 だがしかし、わざわざ共に、と言ったあたりには別の意図も含まれているような気がしてならない。


「今までダンジョンへ行っていたのはその本能に基づいてのことでした。しかし今回のことでわかりました。もう私たちはマスターをダンジョンへ連れていかないことにします――特に、新階層として新たに出現した層には」

「……なんだって?」


 確かに今回は、俺は死にかけた。

 3日も寝たきりというのは今までにも何度かあった死線の中でも最も三途の川へ近づいたと言ってもいいかもしれない。

 

 だが、それでダンジョンへ行かないというのは……


「私たちの目的よりもマスターの身の安全が優先です。もちろん、会社のこともあるのはわかっています。私たち三人の力ならばマスターが離れていたとしても、並のボスの一体くらいならなんとか倒せますからそれでなんとかなるでしょう。四人目――最後の姉が召喚された後ならば、より盤石になるかと」

「ちょ、ちょっと待て。キーダンジョン探しはどうなる? 状況から考えても、新階層に何かしらのヒントか――それとも答えがある可能性は高いと思うぞ」

「……私たちの記憶のことは別にどうでもいいのです。これはマスターが気を失っている間、三人で話し合って決めたことですから。一番上の姉も納得することでしょう」


 スノウとフレアも真剣な表情を浮かべている。

 決めたこと、と言うくらいだ。

 生半可なことじゃ動かないだろうな。

 ……なるほど。


「じゃあ、俺は一人でキーダンジョンを探す事にする」

「え?」


 まさかそんなことを言い出すとは思っていなかったのか、ウェンディは鳩が豆鉄砲を食ったよう表情を浮かべる。

 フレアも目を見開いているが――スノウはどこか諦めたような表情を浮かべていた。


「それは俺の勝手だろ?」

「一人でなんて、危険です!」

「他の探索者だって危険は承知でダンジョンへ潜ってるだろう」

「ですが――」


 ウェンディはちらりと俺の体を見る。

 まだ病院でベッドに寝ているような状態だ。

 問題がなければ明日にも退院はできるそうだが、実際、入院が必要な深手を負ったということには違いない。

 どころかスノウ達が怪我を治してくれていなければ退院するのはまだ先のことだっただろう。

 普通のダンジョンならともかく、新階層へ俺一人で行くことなんて無謀だ。

 そんなことは自分でもわかっている。


「言っとくが、俺は自分でやりたいと思ったことは意地でもやり通すからな。絶対にだ」

「そ、そんな……」


 ウェンディが困り果てたような表情を浮かべる。

 それを見て心が痛まないと言ったら嘘になるが――

 俺のせいで自分たちの記憶を諦めなければならない、自分たちの使命を諦めなければならない方がよほど辛いだろう。


 スノウとウェンディが再会した時に交わしていた会話を思うに、『俺と共に攻略をしていく』という部分はかなり重要なのだと思う。

 それに、これは俺の直感に過ぎないのだが――三人に共通している『ダンジョンを攻略する』という記憶は、精霊であることと関係ないと思うのだ。


 あの吸血鬼……奴の――奴ら(?)のせいで精霊になってしまった三人相手に、明らかにあいつはビビっていた。

 つまりあいつらが何の目的で何をしているかまではわからないが、ダンジョン内で遭遇している以上、ダンジョンを利用して……あるいはダンジョンの中で何かをやろうとしていることは間違いないだろう。

 だとすれば、少なくともわざわざ自分たちの邪魔になるような使命を精霊となった彼女達に植え付けるような真似はしないと思うのだ。


 それに、本当に根拠のない事ではあるのだが、もし奴らがどういう手段をもってかは知らないが精霊とした際に植え付けた記憶だとしても……三人ならばその程度の刷り込みに負けないと俺は思っている。

 だからもっとポジティブななんらかの理由……たとえば、精霊になる前の記憶が関わっていることとか……そんなところではないかな、と俺はある種楽観的に捉えているのだ。


 だからこそ。

 そうであれば尚更、ウェンディ達の提案を受け入れるわけにはいかない。

 使命通りダンジョンは攻略する。

 そしてキーダンジョンとやらも探してやるさ。

 

 奴の思惑に乗るのはいけ好かないが、もし何か企んでいたとして、もう一度会ったらもう一度ぶっ飛ばしてやればいい。


 俺とウェンディがしばらく睨み合っていると、スノウが大きなため息をついた。


「……ウェンディお姉ちゃん、あたし、悠真につくわ」

「……スノウ」

「どうせ放っておいてもこの馬鹿は一人でいくわよ。なら着いてく方がずっとマシ。そうでしょ」


 ちらりと俺の方を見る。

 俺のことを守れなくて泣きながら謝っていた時の弱々しい彼女はもういないようだ。


「ああ、その通りだ。本当に一人で行くからな」

「だからあたしも行くって言ってんでしょ」


 呆れたようにスノウが言う。


「……ウェンディお姉さま」


 フレアが心配そうにウェンディを見つめる。

 ウェンディはしばらく考えるように目を閉じて――

 ふう、と息を吐いた。


「……わかりました。私もマスターへ着いていきます……フレアも、いいですね」

「はい!」


 ウェンディが折れて、フレアも頷く。

 ……どうにか上手くいったな。

 実質泣き落とし作戦。


「……その、ウェンディお姉ちゃん」


 スノウがおどおどとウェンディに話しかける。

 事前に三人で決めたと言っていたのに、一番最初に反旗を翻したからだろうか。


「別に怒りませんよ……いえ、むしろよくやってくれました。あのままお互い意地を張っていたら、より悪い結果になっていたでしょうから」


 その言葉に俺の方が安堵してしまう。

 俺の味方についたばかりにスノウが怒られるっていうのは可哀想な話だからな。


「ですがマスター。一つ条件があります」


 じっとウェンディは俺の目を見つめる。


「条件?」

「もうひとり精霊を召喚するまでは新階層へは行きません。いえ、行かせません」

「……もし俺が無理やりにでも行こうとしたら」

「泣きます」

「えっ」

「なので約束してください」

「わ、わかったよ」


 泣き落としをやり返された形だ。

 しかもより効果的に。

 まあ……確かに新階層はちょっと危険だからな。

 とは言え、だ。

 俺だって昨日までの……じゃなくて3日前までの俺ではない。


 あの時は明らかに怒りで我を忘れていたが、それでもその時の感覚は覚えている。

 多分、本来の俺はあれくらい戦えるのだ。

 相手がボスであっても、明らかに硬すぎたり水生生物だったりしない普通に殴り合えるような奴ならば真正面からやりあっても勝てるか――あるいは勝機を見いだせるくらいには。


 ということをウェンディに言ってみると、特に意外そうな顔もしないで「でしょうね」と返された。


「元々、私たち三人を召喚してなお余裕のあるような方ですから、それくらいはやれるはずだとは思っていました。ですが……それを発揮できないなんらかの理由があるのも薄々感じてはいたので……」

「…………」


 だから黙っていたのか。

 いや、スノウは結構スパルタ気味に俺を戦わせていたし、ウェンディも鉱石ダンジョンを掃討する際にはフレアにあまり手を出さないように言い含めていたということは、徐々に慣らしていくつもりではあったのだろう。

 だが、3日前のことがきっかけで思いがけず壁が取っ払われたと。


「どころか、マスターはその気にさえなれば私たちとも匹敵するような力を持っています」

「……流石にそれはないだろ?」

「いえ……もちろん、私たちのように魔法で大規模な破壊をしたりするのは難しいでしょう。ですが、それは私たちとマスターの力の種類が違うというだけの話です」


 流石にちょっとピンと来ない話だ。

 下手すれば世界を滅ぼせるような力を持っている精霊に俺が匹敵する?

 ……俺の理解の及ばない範囲だな、うん。

 ウェンディが言うからにはそれの片鱗くらいはあるのかもしれないが……


「……ま、俺もまだまだ強くなるつもりではいるよ。お前らに守られなくてもいいくらいにな」

 

 そして二度と泣かせるような事もないように。



2.



 話が一段落ついたところで。

 口出ししてこないで成り行きを見守っていた知佳がぽつりと言う。


「ウェンディ、の件は?」

「あ……すみません、すっかり失念していました」


 ウェンディがはっとしたような表情を浮かべる。

 何を忘れていたのだろうか。


「マスター、こちらが今回のボスが残したと思われるドロップ品になります」


 そう言って、ウェンディがこちらへ差し出した掌の上にが出現する。

 

「……あ」


 そういえば、気を失う直前に俺はあれを目にしているじゃないか。

 どこか見覚えのある――具体的にはスノウと出会う直前に見た覚えのあるそれは、ほぼ間違いなく……


「……スキルブック、だよな」

「はい。中はまだ見ておりません。見た瞬間にスキル取得扱いになるので」


 あ、そうなんだ。

 てことは何のスキルかは分かっていない感じかな?


「マスターが起きたら、これをどうするか決めるという話だったのです。知佳様に調べて頂いたのですが、過去に二度だけ、スキルブックが秘密裏に取引されたという事実があるそうです。その際に動いた金額は日本円にして数千億から数兆円とまで言われるほどのものだったとか」

「ええ!?」


 マジかよ、それ売るだけでもう一生何もしなくていいじゃないか!

 いや、現時点でそれくらいには稼いではいるのだけども。

 それはそれとして!


「今の所、まだダンジョン管理局にもこの事は伝えていません。これを知っているのは、ここにいる者だけです」


 俺、知佳、綾乃に精霊三人ということか。

 そ、そりゃ下手したら数兆円単位で金が動くことだもんな。

 慎重にもなるに決まっている。


「……それで、どうしましょうか。マスターが手に入れたものですから、マスターがどうするかを決めるべきかと」

「うーん……」


 どうするのかと言われてもな。

 そんなものの使いみちをぱっと思いつくのはちょっと難しい。

 いや、待てよ。

 

「……それ、俺が使うことってできるか?」

「……どうでしょう」


 ウェンディは首をひねった。

 おや?

 ウェンディでも知らないのか。

 は。


「知佳、スキルを二つ取得した人の前例とかは無いのか?」

「無い」


 無いのか……

 極秘で既に持っている人がいるという可能性も捨てきれはしないが……

 まあ、多分いないんだろうな。

 そもそもスキルホルダーというのがかなり稀有なものな上に、大抵の場合は探索者としての重要な力となる。

 それに……とある噂もあるしな。

 それは知佳も聞いたことがあるようで、言葉を続ける。


「二つ使おうとして死んじゃった人がいるっていうならある」

「……だよな」


 俺もそれを聞いたことがある。

 ただ、噂の範囲を出ないのだ。

 都市伝説扱いというかなんというか……


「マスターがこのスキルを取得するというのは、私としても反対したいです。私達三人共、スキルを二つ持っている人物は一度も見たことがありませんし、同じく無理に二つ取得しようとした人が亡くなったという噂も聞いたことがあります」

「……それは元いた世界の記憶か?」

「はい」


 断片的なものとは言え、そちらでも同じようなことが言われていたということは多分二つ取得すると死ぬというのは事実なのだろう。

 あるいはそれに近い状態になると見ていい。


 いいパワーアップになるかと思ったが、現実はそう甘くはないか……

 未菜さんやローラと言った俺の知る実力者も既にスキルを持っているし。

 しかし金が必要かと言うと微妙なラインだし、やっぱり柳枝さんあたりに譲るか?

 あの人ならそれがどんな力であれ悪用するようなことはないだろう。


「なら――」


 柳枝さんが使うかどうか聞いてみよう、と言おうとする前に。

 それを遮るように知佳が言った。


「私が使う」

「――へ?」


 全員の視線が眠たげな目をした知佳に注がれる。

 当の知佳はと言えば、もう一度、いつも通り平然と言い放つのだった。


「悠真が使えないのなら、私が使う」

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