第83話:羽化
「……誰だ、お前」
警戒する俺の声を聞いて、吸血鬼のような男はため息をついた。
「やめてくれないかなあ。そういう風に敵意をぶつけられるのは慣れていないんだ。嫌な気分になる。誰かに嫌われてるってのは、しんどいんだよ」
――明らかに人間ではない。
人間がこんなプレッシャーを放てるはずがない。
得体の知れない人外のような――
俺の直感が言っている。
こいつがボスだと。
だが、何故喋っている。
「……三人をどこにやった」
「三人? ……ああ、あの精霊達のことね。ふぅん、人だと思ってるんだ。あれらを」
「てめぇ……」
俺が念の為持ってきておいた黒い棒を構えると、吸血鬼は哀れな生き物を見るような目で俺を見る。
「君がどう思おうと勝手ではあるけれど、なるほど――うん。やっぱりこの世界は遅れているはずだったのに、ここまで進むのが随分早かったな……どうやらやはり君がイレギュラーなようだ」
何故だろう。
会話ができる以上、話し合いという道もあるはずだ――と思うのが、俺の性格上自然だと自分で思う。
だが、何故かこいつとはそれでどうにかなるとは思えない。
まるで人を見下すような目で――まるで虫けらでも見ているかのような目で俺を見ている。
会話ができているだけで、対話ができているわけではない。
話が通じているということと言葉が通じることはイコールではない。
そう思わざるを得ないのだ。
「君は――精霊たちをどこへやったのか、と聞いたね」
「……ああ」
「僕は精霊には干渉していない。二人までなら×××××のようになんとか分断できても、三人もいるとなれば僕の方が一瞬で滅ぼされてしまう」
「……ああ?」
じゃあ何故三人ともいなくなっているんだ。
こいつが何かをしたとしか考えられない。
それに、途中で人の名前……のようなものを口に出しているが、発音が俺の知るどの言語とも違う。
そもそも人の口からあんな音が出るのかと疑ってしまうような、雑音にしか聞こえない。
「そんな怖い顔をしないでほしい。あまり抵抗されると面倒だから」
けだるそうに、吸血鬼は言う。
「…………」
こいつ――誰かに雰囲気が似ている。
いや、もう薄々気づいてはいるのだ。
発言の節々から、自分はそうであると隠すつもりすらないのだから。
恐らく、ロサンゼルスのダンジョンで出会ったあのスーツ姿のボスと同じだ。
思えば奴も意思を持っているような行動をしていた。
こいつのように喋っていなかったのは単に口がなかったからなのか、それとも別の要因があるのかまではわからないが。
「何の話だっけ――ああ、そうそう。僕は依代のままあんな化け物じみた精霊に手を出そうとは思わない。だから手を出したのは君にさ」
「……俺に?」
「モンスターの影に潜み、近づいた。影同士が触れた瞬間に君の影に移り、隙を見てこの影の世界へ引きずり込んだんだよ」
「影の世界だと……?」
ばさ、と吸血鬼はマントを広げる。
細身の体だ。
不健康とも言える。
「この依代は便利だね。固有魔法であるはずの影魔法に近いことができる。君達の世界にモンスターは存在しなかったみたいだけど、その概念はいる世界よりもよほど濃くて強い」
……こいつの言っていることは半分も理解できないが、とにかくこの状況を作り出したのはこの吸血鬼であることは間違いないようだ。
それに、『依代』と言っているあたり、俺の知識にある限りで考えると、どうやらここにいるこいつは本体ではないようだ。
そしてその本体よりもこの依代に入っている状態の方が……恐らく弱い。
だからこそ――
「あの三人にビビってるから、俺だけを隔離したってわけか」
「ああ、そうだよ」
特に否定することもなく、吸血鬼は頷いた。
「×××××は転移させるのに成功したが、すぐに合流されて出会い頭に殺られたと言っていたからね。彼がやられるのなら僕もやられるさ。依代の強度的には今の僕の方が強いようだけど……あのレベル相手じゃさほど差は感じられないだろうからね。だから君の方をこちらへ引きずり込んだのさ」
ちっとも挑発に乗ってこないな。
「どうやったらここから出られる」
「さあ、この依代を破壊したら出られるんじゃないかな」
「お前の目的はなんだ」
「……バランスを乱している君の――抹殺」
面倒だけどさ、という続く言葉は。
俺の真横から聞こえた。
本能的に、咄嗟に胸の前で腕をクロスに組んで防御姿勢を取る。
「う゛っ――」
強い衝撃。
体が吹き飛ばされる。
が、なんとか両足で踏ん張った。
両腕がじんじんと痺れる。
あの細身でこのパワーかよ。
「まあ、一筋縄じゃいかないよね」
ざわ、と奴の影が盛り上がる。
……影ってのは平面にできるもんだと思っていたが、立体的にもなるんだな。
「なんてこと考えてる場合じゃねえな!!」
鋭利に尖った幾本もの影の筋が俺めがけてかっ飛んでくる。
見えない程の速度ではない。
躱せない程の速度ではない。
だが、数が多すぎる――!
「ぐっ……」
一本の影が俺の脇腹を掠めた。
浅いようだが、それでも痛みは走る。
それに顔を顰めた俺の目の前に、奴はいた。
「はい、隙ができたね」
「ぐっ――」
横薙ぎに繰り出された蹴りで横にふっ飛ばされる。
今度は堪える暇もなく、だ。
なんとかよろめきながら立ち上がると、吸血鬼は追撃をしてくる様子もなくじっと俺を見ていた。
まるで興味深い珍しい昆虫を観察するかのような目で。
「くそっ……」
「……君、頑丈だね。今ので確実に死んだと思ったけど」
「それだけが取り柄なんでね……」
痛みはするが――致命傷ではない。
見た目の割にパワーはあるが、どちらかと言えばあのスーツ姿の男の方が一撃は重かったように感じる。
「仕方ない、これ、疲れそうだから嫌だったんだけど――」
気だるげに呟いたかと思うと、メキメキと。
ミチミチと嫌な音を立てながら吸血鬼が身体が膨れ上がっていく。
それだけではなく、口元は突き出て、爪は伸びて鋭利に。
そして頑丈そうな毛が大量にびっしりと生えてきた。
その姿は有り体に言って……人狼……か?
「吸血鬼には変身能力があるという言い伝え――君は聞いたことはなかったかな?」
「……いや、そんな話も聞いたことはあるけどよ……」
そりゃ反則だろ、どう考えても。
「これで君を確実に殺そう。召喚術師」
「俺のことを知ってもらってるようで光栄だな。もしかして有名人だったりする?」
「僕らの計画を崩しかねない危険人物としてね。放っておけば最後の一人も召喚するつもりなんだろう?」
「……そんなことも知ってんのか」
こいつ、どこまで知っているんだ?
「そりゃあ知っているに決まってるさ。だって」
実につまらなさそうに。
男は言う。
「僕らが彼女たちを精霊にしたんだから」
「――は?」
一瞬呆けてしまった瞬間に、再び吸血鬼は――否、人狼は俺の懐に潜り込んでいた。
先程までとはスピードの桁が違う。
「ぐぅ――おぉ!」
全力で後ろへ飛んで、目の前を凶悪な爪が通過していくのを見た。
いや、若干掠めたようで、胸のあたりからどくどくと血が流れ出した。
痛みはアドレナリンのお陰で感じていないが……出血量が多い。
だが、そんなことより何より。
俺にはどうしても気になることがあった。
「お前が精霊にした……?」
「なんだ、何も聞いていないのか――いや、そこは覚えてはいないのか」
「どういう……ことだよ……!」
「どうもこうも、君には関係ないさ。君ももしかしたら精霊になれる器かもしれないけど……」
なれる器……?
精霊になるには条件があるのか?
いや、そもそもこいつが精霊にしたということは、やはりスノウ達は元々精霊として生きていたわけではなく、人だったのか?
「あれこれ考えてる暇、あるのかな?」
余裕があるからだろう。
追撃をしてこない人狼は俺のことを見つめていた。
やはり、虫けらを見るような目で。
「人間は脆い――それだけの出血量。あと5分ももたないよ、君」
「ちっ……」
あと5分でこいつを倒せるか?
そんなことは決まっている。
ノーだ。
どう考えても勝てない。
……揺さぶりをかけてみるか。
「……今にスノウ達が助けに来て、お前はあのスーツ男と同じように瞬殺されるんだぜ」
「――そうだね」
「がっ……かっ……はっ……」
人狼は一気に距離を詰めてきて、俺の首を掴んで地面に引き倒した。
気道を塞がれている。
呼吸ができない。
どころか、頸動脈も締まっているのか意識が一気に遠くなっていく。
「君が望んでいるようにはならない。君が死ねば、精霊である彼女達は力の大部分を失う。それでも並よりは強いだろうが、この依代でも十分に殺せると思うよ」
――殺す?
「――なっ……!」
驚いたように人狼が目を見開いている。
そりゃそうだろう。
俺の首を締めていた太く、毛に守られた腕が握りつぶされたのだから。
「げほっ……――そうか。お前は殺すのか」
すぅ、と頭の芯が冷えていくような感覚。
俺はとんでもない心得違いをしていたんだ。
「……!!」
人狼は俺の上から離れ、大きく飛び退った。
既に奴の腕は回復している。
今は人狼の姿だが、元は吸血鬼だ。
再生能力も当然あるのだろう。
「……何をした?」
「わかったんだよ、スノウの言ってたことが――少しだけだけどさ」
これはスポーツじゃない。
そしてこいつは思考能力を持ち、対話までできる恐るべき敵なのだ。
「わかった……?」
倒すじゃなくて。
「お前を殺す覚悟ってやつだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます