第82話:不気味な影
1.
影のあるところに行く度に影っぽい奴らの襲撃があった。
時にはオークの形だったり、時には鬼のような形だったり、時にはゴーレムのような形だったり。
どうやら姿形は変幻自在なようだ。
どれくらい強いかちょっとまだわからないが。
出会う度に炎が薙ぎ払っていくので仕方がない。
現在ウェンディが広範囲に渡って索敵をし、フレアが出てきた影の処理、スノウは当初通り俺を守っているという形である。
一応俺も聴覚と視覚を強化して遠くまで見渡してみたり耳を澄ませてみているが、どうにもこの影を発生させてるっぽい奴には遭遇しない。
先頭を歩くウェンディが不思議そうに言う。
「これだけの影を操るとなると、間違いなくボス級ではあると思うのですが……これ程強い力を持つのにここまで気配がないのは不気味ですね」
「だなあ……」
ちなみにだが。
現在、俺はスノウと手をつないでいる。
何故かと言うと、気配を感じないボスに俺達は嫌な思い出があるからだ。
魔力で作った細い糸とやらで一応繋がってもいるそうだが、直接的に触れていた方がいいだろうということでこうなった。
「フレアが! フレアがお兄さまと手をつないで歩きます!!」と残念がっていた子もいたが彼女は実質遊撃隊なので仕方がない。
……にしても。
やはり女の子達に守られているという図は傍目に見てかなり頂けないよなあ。
俺だって決して戦えないというわけではないはずなのだが。
危険な目ばかりに遭っているということもあって過保護にされているような気もする。
しかし実際ボス級が相手だと役に立たないのであまり強くも言えない……
うーむ。
何か強くなる秘訣とかあればいいのになあ。
「スノウ、俺ってそんなに頼りないか?」
「……なんなのよ急に」
スノウは訝しげに俺を見てくる。
「いや……ほら、俺ってすごい量の魔力を持ってるって話だろ? そういうので何か役に立てないかなって」
「あたし達に守られてるのが嫌ってことね」
結構遠回しに言ったつもりだが、お見通しなようだ。
そういえば一番最初額を合わせることである程度の記憶を読まれたりもしたが、こうやって手と手が触れているだけでも心が読まれたりするのだろうか。
「まあな」
「あんたは自分の強さに自信が無さすぎだったから多少自信がついてきたのはいい傾向だけど、それだけじゃどうしようもない事もあるわ」
「……やっぱり根本的に足手まといってことか?」
「根本的にというよりは……性根的に?」
「……?」
どういうことだろうか。
俺の性根?
「あんたの場合はそもそも戦いに向いてないのよ、性格が」
「ええっ」
性根的にってそういう意味かよ!
性格に向き不向きとかあるのか……?
いや、あるのか。
むしろないと考える方が不自然だ。
いやだが……
「ビビリってこと?」
「だからもっと根源的な部分よ。人を傷つけることを恐れてるというか……あんたに何があったのかは知らないけど、探索者としてあたし達の役に立ちたいならそれを克服してくれないと無理ね」
「…………」
そこまでは読んでないのか。
一番最初のときも必要な分しか記憶は読んでないみたいなこと言ってたし、そうもなるか。
根源的な部分で人を傷つけることを恐れている。
そう言われれば心当たりはある。
だが、本当にスノウの言う通り、俺がこういう戦いで役に立てない理由がそれだと言うのなら――
少なくとも、簡単なことではないだろうな。
「そもそも心得違えをしてるわ、あんた」
「うん?」
スノウが言葉を続ける。
若干頬を赤くしながら。
「別にあたし達だってあんたを嫌々守ったりしてるわけじゃないのよ。ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで」
「……そりゃ助かるよ」
「あ、あれよ! こうでも言っておかないとあんた焦って変なことして、またあたしがウェンディお姉ちゃんに怒られるからよ!」
デレた後にはツンもしっかり入れてくるあたり、徹底してるなあ。
2.
アメリカにあった鉱石ダンジョンで起きたことから考えると、この層でもボスのようなやつを倒さなければ次の層への階段は現れないのだろう。
ここから先、どこまで続いているのかまではまだわからないが、各フロアごとに今までのダンジョンのボスよりも強力なボス――言わば次の層への<ガーディアン>がいる……のではないだろうか。
もしそうだとすれば、新階層の攻略はかなり難しいものになるだろうな。
ただでさえモンスターは強力なのに、次の層へ行く度に多大な出費と時間を強いられることになる。
魔法が誰でも使えるようになったとして、その中からこの新階層の第一線で戦えるようになる者がどれだけ出てくることやら……
まあそもそも新階層に関してはしばらく無視していても構わなさそうだが。
これまでのダンジョンから……いや。
そうか、この層ではまだ普通のモンスターに遭遇していないから忘れかけていたが、新階層からはモンスターが魔石以外にドロップする素材がある。
それのものによっては早急に開発が進められる可能性もあって……
うーむ。
難しいな。
そこらへんはきっとダンジョン管理局が上手くやってくれることだろう。
「マスター、<影>ではないモンスターの反応があります。影を生み出している奴ではないようですが」
「おっ、どんなのだ?」
先を見ていたウェンディが何かを見つけたようだ。
「牛のようにも見えますが、少なくとも私が知るそれとはかなり異なる見た目ですね。先に倒してしまってもいいですが……」
「いや、一回見てみたいかな」
「わかりました」
牛っぽいけど牛とはかなり異なる見た目?
どういうことなのだろうと思っていたが、しばらく進んでそいつを見てわかった。
角が生えているのだ。
いや、牛だって角くらい生えているのは知っている。
だがその数が4本ともなると少し話が変わってくる。
あとでかい。
5メートル以上はあるように見える。
普通の牛はあんなサイズにはならないだろう。
多分だが……あれは牛鬼ってやつではないだろうか。
「倒したらあの角をドロップすんのかな……」
そしてその角も何かしらの不思議な特性を持っているのか?
「……なあ、ちょっと俺が戦ってみていいか?」
「マスターがですか? 構いませんが……」
少し驚いたようにしていたものの、あっさり認めてくれるあたり多分あの牛……暫定牛鬼は俺が余裕で勝てるくらいの強さなのだろう。
少なくとも、ウェンディの見立てでは。
スノウもあっさり俺から手を離した。
「無理しないでよ」
「わかってるよ」
「お兄さま、もし何かあったらフレアを呼んでくださいね! すぐあの牛を焼き肉にしてさしあげますから!」
「大丈夫だって」
焼き肉かあ。
最近食ってないな。
金ならあるんだし今度みんなで焼き肉食いに行くのもありかもしれない。
「さて……」
三人の保護者に見守られながら、俺は牛鬼と対面する。
なんとなく感じる圧からして、少なくとも鉱石ダンジョンで戦ったメタルなアリよりは強そうだ。
女王アリよりは流石に弱そうだが……
前に歩みでてきた俺を見て、牛鬼はその真っ赤な目を俺に向ける。
まんま化け物って感じの見た目だな。
ぶっちゃけちょっと怖い。
「よし、来い!」
傷つけることを恐れている――のなら。
そうならないように戦闘慣れしなければならない。
それに、4人目の召喚もまだなのだ。
足踏みしている場合ではない。
猛った牛鬼が「ぶもおおおおお!!」と牛のような雄叫びをあげて突っ込んでくる。
鋭利に尖った角が俺を突き刺す寸前、その角を両手で掴んで止める。
ガクン、と急ブレーキをかけたように牛鬼の動きが止まった。
単純な力比べでは俺の圧勝なようだ。
少し考えた結果、角を掴んだまま首をねじ切るようにして腕を回してやると、ゴキン、と重い音がしてあっさりと牛鬼は魔石になった。
そしてそれ以外にそこへ残ったものがもう一つ。
……生肉だ。
それもブロックの。
若干浮いているのがかなり不気味である。
「もしかして、牛肉なのか?」
とそれに触れようとして――手が空振った。
いや、それだけではない。
急に辺りが暗くなった。
まるで陽が落ちたかのように。
「え……」
俺が皆の方を振り返ると、そこには誰もいない。
スノウも、ウェンディも、フレアもだ。
「まさか――転移か?」
声も出さずに全員同時に転移させられたのか?
どうする。
別の層へ転移させられたのか?
それとも同じ層にはいるが遠いところに?
上空に魔法でも打ち上げて合図をしようかと思ったその時。
パチ、パチ、パチ、と乾いた音が鳴り響いた。
そちらを向くと、青白い顔で不健康そうな一人の男が立っている。
黒いマントを羽織っていて、赤黒い悪趣味な色合いのタキシードを身に着けている。髪は灰色でなんだか不吉な感じだ。
そして不健康そうなだけではない。
その口元には、鋭利な牙が生えている。
まるで――吸血鬼のような。
そして男は口を開いた。
「流石――×××××の依代に傷をつけた人間なだけはある。普通のモンスターじゃまるで相手にならないね」
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