第77話:vs3人

1.



 ティナの作ったカレーはかなり美味かった。

 多分だが、あれはレシピ通りに作った上で自分なりのアレンジを加えていたんだと思う。

 ちょっと甘めだったしな。

 もしかしたらティナは辛いものは苦手なのかもしれない。


 ちなみに今はみんな食事を終えて、俺は自室で大学のレポートをノートパソコンで書いている。

 卒業に必要な単位は全て3年生までに取得しているのであとは必修のゼミと卒業論文だけなのだが、そのゼミも講義を受けるのではなく指定された本(教授が出版したやつ)の感想みたいなものを書けばそれでパスできるので楽でいい。

 ただ、読書感想文を書くのは結構苦手なので毎回苦労はしているのだが。

 

 土産も渡したいし、来週あたり一旦大学に顔を出してもいいかもしれない。

 覚えていればだが。

 忘れそうだからやっぱり郵送で送っておこうかな。


 ――と。

 

 扉がコンコンとノックされた。


「どうした?」


 扉を開くと、赤いショートヘアがしっとりと濡れているフレアが立っていた。

 ピンク色のパジャマを着ているのが、女性らしさを強調しているようで可愛らしい。

 

「あの、お兄さま……少しよろしいですか?」

「ん? ああ、別にいいけど……」


 髪も濡れているし、風呂上がりなのだろう。

 頬も少し上気しているように見える。

 

 部屋へ招き入れると、躊躇なくフレアは俺のベッドに座った。

 間取りはもう知ってるんだよな。

 ずっと見てたって言ってたくらいだし。


「部屋が気に入らなかったか? こっちがいいなら後日とっかえてもいいけど」

「いえ、それは全く、問題はないです」


 フレアは薄く微笑む。

 一応、どの部屋も同じような間取りにはなっているしそういう問題ではないのか。

 ということは別の用事か?


「お兄さまは何をしていらしたのですか?」

「レポートだよ。これさえ出しとけば卒業させてくれるからな」

「あ……フレアとしたことが、お邪魔でしたでしょうか?」

「いや、こんなの1時間もあれば終わるしやるのはいつだっていいさ」


 本当はロサンゼルスで終わらせてしまおうと思っていたのだが、色々忙しくてできなかったな。

 提出はまだ一週間先なので問題はないが。


「それはよかったです」

「……?」


 なんだかフレアがしおらしい……というか、元気がないように見えるような気がする。

 気のせいか? いや、普段だったらもっとスキンシップが激しいはずだ。

 熱でもあるのだろうか。

 いやでも炎の精霊が風邪なんてひくか?

 しかし体の構造自体はそこまで人間と変わらないようだし、日本へ戻ってきたばかりだし疲れているのかもしれない。


 何故かこちらをじっと見上げてくるフレアに近づいて、額に触れてみる。

 うん、ちょっと熱いな。

 多分37度くらいあるのではないだろうか。


「お、お兄さまっ!?」


 パッとフレアが俺から離れた。

 驚いたような表情で俺を見ている。

 ……おや?

 いつもだったらむしろ飛び付いてきてもおかしくないような気がするのだが。

 

「悪い、嫌だったか?」

「いえその、嫌……では、ないのですが。決して」

「?」


 やはり様子がおかしい。

 炎の精霊とは言えやはり7度は高いのだろうか。

 風呂上がりでもあることを考えればそこまで熱が高いということはないと思うのだが。


「大丈夫か? ウェンディ呼んでくるか?」

「いえ! その……ウェンディお姉さまは知っていますから、大丈夫です」


 知ってる……?

 どういうことだろうか。


 とても普通とは思えない状態のフレアの言うことなので、どこまで真に受けていいものかわからない。

 やはりウェンディを呼びにいった方が良さそうだと思って扉の方へ向かうと、腕を掴まれた。

 弱々しく、振りほどこうと思えばすぐに振りほどけてしまうような力加減だ。


「……本当に大丈夫か?」

「……大丈夫、じゃないかもしれません。


 フレアが切なげな表情で俺にすがりついている。

 やばい、めちゃくちゃかわいい……が。

 どういうことだ?

 こんな風?

 予想以上?


 俺が頭にはてなを浮かべていると、そのままぐいっとフレアに引っ張られる。

 まるでそういう意図はなかったのだが、自然、フレアをベッドに押し倒すような格好になってしまった。

 

「おにいさま……」

 

 そのまま両腕を巻きつけるようにして俺を逃さないようにするフレア。

 潤んだ瞳と、甘ったるいにおいのする吐息が俺の理性を焦がしていく。


「いやなら……フレアはあきらめます。お兄さまにすべて委ねますから」


 そう言われて拒否できる男は、多分いないと思う。



2.



 シーツの乱れたベッドの上で、俺は天井を眺めていた。

 フレアが最初しおらしかった理由も途中でわかった。

 あれはしていたのだ。

 カフェインで。

 コーヒーやエナドリの類は気をつけるように言ってあるし、そもそも見ていたのならどうなるかは知っているだろう。

 多分だが、ティナの作ったカレーの隠し味にチョコが使われていたのだと思う。

 だからスノウの時ほど効果は強くなかったし、即効性もなかったのだろう。


 俺の腕に抱きついているフレアが首を傾げる。

 

「…………」

「あの、お兄さま? どうかなさいました?」

「……いや、ちょっとな……」


 知佳に合わせる顔がない。

 ウェンディにもそうだが。

 なんという意思の弱さなのだろう。

 一番最初、ちょっとした事故でスノウに迫られた時はギリギリ耐えられたのに。

 

「知佳さんのことでしたら、気にしないでいいんですよ、お兄さま」

「……へ?」


 なんでフレアから知佳の名前が出てくるんだ?

 俺の心でも読んだのか?


「この部屋へ来る前に、許可を取っていますから。知佳さんにも、ウェンディお姉さまにも」

「ちょっと待て。知佳とウェンディに?」


 どちらも俺が関係を持ってしまった相手だ。

 

「実は、召喚術師と精霊がこのような関係になるのはほとんど自然の摂理みたいなものなんです。知佳さんにもそう説明してありますし、納得もされていますから」


 ……自然の摂理か。

 イチャイチャすれば魔力が増えるという謎のシステムがある以上、確かに自然な流れではあるのかもしれないが……

 

 でも知佳も納得してるというのなら気に病む必要はないのか?

 そういえばあの風呂でもなんかそんなこと言ってたな……

 精霊とそういう仲になるのは普通と来たか。

 精霊達は異世界から来ているわけだし、そのあたりの倫理観は多分俺たちとは違うのだろう。

 知佳がそれに合わせられる理由はよくわからないが……

 ハーレム容認派とか否定派とかと同じ話なのだろうか。


 そもそもここに来る前に知佳と話していると言っている以上、多分マジで気にする必要はないんだろう。

 あいつ嫌なことは嫌だとはっきり言うからな……

 

「あの、お兄さま」

「うん?」

「気になるのでしたら、手っ取り早い方法がありますよ」

「手っ取り早い方法?」


 俺のアレを切除するとかそういう話だろうか。

 確かにそれだったらかなり手っ取り早いとは思うよ、うん。


「少しお待ち下さいね」


 と言ってフレアは自分のスマホを手にとった。

 連絡手段は必要だろうということで実はロサンゼルスを発つ直前くらいに既に購入していたのだ。

 そして何かを入力している。


 しばらくすると、「これでよし、ですね」と俺に笑顔を向けてきた。

 

「……?」


 パイプカットをしてくれる病院の予約を取った……とかじゃないよな?

 そんなことを考えていると、扉がノックされた。


「あ、もう来たんですね。お兄さまはそこで待っててください」


 そう言ってフレアは真っ裸のまま立ち上がって扉の方へ向かっていく。

 プリプリとしたお尻がキュートだ……じゃなくて。

 

 フレアが扉を開くと、そこにはちっちゃい眠そうな目の成人女性と実は秘めたる大きさを持つエメラルドグリーンなメッシュの入った女性が立っていた。

 まあ、要するに知佳とウェンディなのだが。

 知佳はいつも通りの表情なのだが、ウェンディは少し恥ずかしそうにしている。

 え、まじでやるの? みたいな雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。


 まさか3人で浮気性な俺を粛清するのか……?

 と思いきや、部屋へ入ってきた知佳が平然と言い放つ。

 いや、平然とと言うかちょっとわくわくしたような表情で。


「悠真がみんなでしたいと言ってると聞いて」


 と。

 OK。

 俺がどういう状況に置かれているか、それで一発で理解した。

 



 翌日朝。

 

「ウェンディお姉ちゃんもフレアも知佳もまだ起きてこないの? もう9時になるわよ? お昼にはティナをご両親のところに送り届けないといけないのに!」

「まあまあ、日本へ帰ってきてすぐだし、疲れてるんだよきっと」


 とスノウが憤慨していたが……理由を知っている俺としては冷や汗をかきながら宥めるしかない。


 余談だが、魔力で身体能力が伸びるということはみんなもう知っていると思うが、精力的な持久力もかなり伸びていることが判明しましたとさ。

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