第76話:帰宅
1.
「うぅ……もう飛行機はいやです……二度と乗りたくないです……」
飛行機酔いでグロッキーな綾乃を背負って歩く。
フレアがちらちらと羨ましそうな視線を送ってくるが、俺の背中には一人分しか乗らないので我慢してもらうしかない。
それにしても、背中が幸せだ。
久しぶりに日本の大地を踏めたことよりも嬉しいかもしれない。
「こ、ここが日本なのね……ねえユウマ、NINJAは本当にいないの?」
「本当はいるよ」
「えっ、やっぱりそうなの!?」
「嘘だよ」
「!?」
初めての日本に舞い上がっているティナをからかいつつ、入国審査を済ませる。
ティナなんかはこちらに移住になるので色々あるのかと思ったが、怖いほどにスムーズだ。
ダンジョン管理局が手を回したのか、それともアメリカが手を回したのか……
結局大統領との面会は終始和やかに終わった。
後ろで控えていたスノウが退屈だったと後で文句を言ってきたくらいだ。
今、有り体な言い方にはなるが俺のバックにはアメリカ合衆国がついている。
いやまあバックについていると言っても特別何かをするということはないのだが。
アメリカ絡みで何かあった時に何かしらの優遇措置を受けたりするくらいだろう。
具体的に何があるのかまでは知らないが。
さて、駐車場のどこかにダンジョン管理局が手配してくれた小型バスがあるはずだが。
なにせティナとフレアが増えて7人の大所帯だからな。
あれだけ大きな家を貰っておいて本当に良かった。
最低でもあと一人は増えるわけだし。
しかし7人いて男が俺しかいないって、バランスが悪すぎやしないだろうか。
これから先男が増える予定もないし。
女の人は増える予定があるが。
スノウ達の一番上の姉だ。
ちなみにフレアを召喚してから結構モンスターは倒しているが、まだもう少し魔力を増やさないと恐らく召喚できないとのことだ。
長女は四姉妹の中で一番魔力の量が多いらしいからな。
魔力の質はそれほど良くないとかなんとか聞いたが、その辺りのことはよくわかっていない。
ぶっちゃけ詳しいことを聞いても理解はできなさそうだ。
「あれかな」
ダンジョン管理局の名前とエンブレムが入った小型バスを見つけた。
近づいていくと、バスのフロント部分に『妖精迷宮事務所様』と書かれたカードがあったので全員で乗り込む。
運転手は誰か知っている人かと思ったが、見覚えのない人の良さそうなおばちゃんだった。
ぐったりしている綾乃を座席に座らせてようやくひと息つく。
「お疲れ様です、マスター」
「いや、肉体的疲労はないけどさ」
すかさずウェンディが労いの言葉をかけてくる。
疲れてはいない。ずっと背中に幸せな感触があったお陰で色々我慢するのが大変だったくらいだ。
「そんじゃ、我が家へ帰るとしますか」
我が家って言えるほどまだ馴染んでもなかった気もするけどさ。
2.
「広すぎない……? 大きすぎない……?」
自宅兼事務所の豪邸へやってきたティナは目を白黒させていた。
彼女は明日遅れて両親も日本へやってくるので同居はしないが、今日はうちに泊まることになっているのだ。
ロサンゼルスで泊まっていたホテルも大概だが、敷地面積だけで言えばそれに匹敵しているかそれよりも広い上に二階もあるのだから床面積では圧勝だ。
さて、帰ってきてからの後片付けが始まるな。
「……ねえユウマ、ちょっといい?」
「うん?」
リビングでロサンゼルスで買ってきた土産をあれこれ整理していると、ティナがもじもじしながら話しかけてきた。
なんだろう、愛の告白かな?
「仕事のことなんだけど……」
「仕事?」
「うん。だって、助けてくれたってことはユウマ達の力にならないとダメでしょ?」
「……? いや別に、好きなようにやればいいと思うけど」
何を言っているのだろう。
確かに<気配感知>は便利なスキルではあるが、それを利用して何かをする気はない。
「えっ……」
そう言うとティナは結構ショックを受けたような表情を浮かべた。
「ああ違うぞ。ティナの力が必要じゃないってことじゃなくて、高校や大学を卒業してからのことだろ、働くなんて。いやいやスキルで働かされてた今までがおかしかったんだから」
「あ、そういうこと……よかった、ユウマに嫌われたのかと思っちゃった」
「嫌うわけないだろ?」
嫌いになる理由がないしな。
俺がそう言うと、何故かティナは俯いてしまった。
頬が赤く染まっている。
熱っぽいのかな。
まあ、アメリカから日本までは遠いからな。
疲れてしまったのか。
俺なんかはスタミナも相応に上がっているので、多少の疲れは感じなくもないがまだピンピンしているが普通はそうではないだろう。
「悠真、女子高生に手を出すのは流石に犯罪」
「手を出してるわけじゃないけど!?」
いち早く整理を終えた知佳がリビングへやってくる。
そしてこの状況をどう勘違いしたのかそんなことを言ってきた。
呆れたような表情を浮かべているが、そんな顔を向けられる筋合いはないはずだ。
「あの、ユウマ……」
まだ少し顔が赤いままティナが声をかけてくる。
「どうした?」
「わたしも、余裕があったらでいいからダンジョンに行ってみたい」
「へ?」
「あ、でもダメなら全然平気だから!」
「いや、ダメとは言わないけど……」
「本当!?」
パア、と花が咲くような笑顔を浮かべるティナ。
うーむ、これだけ可愛いと彼女のことを同級生なんかは放っておかないのではないだろうか。
「わたし、ユウマたちの役に立ちたいの!」
「ま、そんな気負わなくていいからな。助けてもらったお礼とかそういうのだったら全然平気だから」
「ううん、そういうのじゃないよ。ちゃんとわたしの意思で、ユウマたちの手伝いができたらなって思ってるから」
健気だなあ。
妹がいたらこういう気分になるのだろうか。
そんなことをほんわかしながら考えていると、くいっと服の裾を引っ張られた。
「私もダンジョン行ってみたい」
「えっ」
知佳が急にダンジョン探索者に目覚めた……!?
「だって悠真強いんでしょ?」
「まあ、それなりにはな」
精霊に比べたらまだまだだが。
一応WSRでは1位なんだし、スノウも言う通り人間の中では一番強いはずだ。
「じゃあ平気でしょ?」
「まあそこまで深いところに行かなきゃ平気だとは思うけど……」
「危なくても守ってくれるでしょ?」
「そりゃ守るけどさ……」
ん……?
なんか引っかかるな。
昔似たようなことを誰かに言ったような……言わなかったような……
気のせいか。
にしてもなんで急にダンジョンに行きたいなんて言い出すのだろう。
いやでも、最近知佳の魔力も結構増えてるみたいだしそろそろ普通に戦えるのだろうか。
見ると、ティナがなんとなく知佳を睨んでいるというか、ガン飛ばししているような気がする。
全然怖くないけど。
むしろ可愛らしい絵面だ。
それはともかく、何故そんな顔をしているのだろう。
ああ、ティナはあれか。
知佳が順番飛ばしをしたと思っているんだな。
「じゃあ今度三人……いやウェンディかスノウかフレアにも着いてきてもらって、四人でダンジョンに行こうぜ。俺だけだと心配だけど、精霊組も誰かいれば安心だろ?」
「え、う、うん」
「んー……ま、いっか」
かなりいい提案だと思ったのだが、ティナと知佳はなんだか微妙な返事を返してきた。
妙案だと思ったんだけどなあ。
3.
「泊めてもらうお礼に、今日はご飯わたしが作るね!」
とティナが言い出したので、現在台所にはティナが立っている。
よく考えると、女子高生が男子大学生の自宅で台所に立ってるって結構すごいことではないだろうか。
年の差6歳くらいあるからな。
そういう面もあって、俺はなんとなく危なっかしく思って台所の邪魔にならないところでひっそりと見張っているのだが。
今の所なんの問題もない手際だな。
見た目だけで言えば知佳が台所に立つ方が危なっかしそうだ。
ちなみに知佳は割と料理が上手い。
プロ級とまでは流石にいかないが、普通に無難に上手い。
本人にコツを聞いてみたところ、レシピの分量通りに作って書いてある通りに火を通せばまずくはならないとのことだった。
実際その通りなんだが、それが簡単にできるなら苦労はしないのではないだろうか。
ちなみにティナが今作っているのは恐らくカレーだ。
材料もつい先程スノウ付き添いでスーパーへ行って買ってくるほどのガチっぷりである。
俺達が知っている一般的なカレーはもはや半分くらい日本料理だと思うのだが、特によどみなく作っているあたり事前に勉強とかしたのだろうか。
「カレー作ったことあるのか?」
「ううん、ないよ」
「にしては慣れてるように見えるけど」
「レシピ通りに作るだけでしょ?」
……ティナも知佳と同じタイプなのか。
というか、一切スマホを見る気配がないが全て記憶したということだろうか。
少なくとも俺にはそんな芸当できないぞ。
ちょっと凝った調理をしようとするとむしろレシピに気を取られて火を通しすぎちゃったりして失敗するタイプだからな。
包丁さばきなんかも問題ない。
むしろ俺の方が下手くそだ。
俺が指を怪我するよりよほど綺麗に作ってしまうだろう。
こりゃ大丈夫そうだな。
「くれぐれも怪我には気をつけてな。治せるとは言え、痛いもんは痛いだろうし」
「うん、大丈夫。ユウマもあっちで座ってていいよ……そっちの方が新婚っぽいし」
「? ああ、わかった」
最後の方は聞き取れなかったが、とりあえず心配はなさそうだしテレビでも見ながら待っているとしようか。
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