第75話:アメリカ大統領

1.



「大統領?」

「ああ、びっくりするだろ? 意味わかんねえよな全く」


 多分数十万円とか平気でするスーツに袖を通しながら、訝しげな表情を浮かべる知佳と話す。

 というか俺着替えてるんだけど。

 なんでこいつこんな近くにいるんだ。


「アメリカで目立ちすぎたから亡き者にしようとしてるとか」


 ぴたりと俺の動きが止まる。

 まさかそんな訳……いや無いとは言い切れないよな。

 念の為、ウェンディがここへ残ることになっている。

 俺に着いてくるのはスノウとフレアだ。


 交渉事ならばウェンディに着いてきて欲しかったところだが、ティナの身柄を引き渡して貰う時のアレとは違って別に交渉をしに行くわけではないしな。

 というか、何故かウェンディが「私が行くと混乱させるかもしれないので」と言って自ら知佳達の方に残ることを提案したのだ。


 ウェンディが行って混乱するってどういうことなんだろうか。

 

 美人すぎるからか?

 その条件だとスノウやフレアでも同じことが起きそうだが。

 傾国の美女なんて言葉があるが、精霊の姉妹達は本当にその気になれば国を滅ぼしかねない美しさだからな。

 わざわざそんなことしなくても力ずくで滅ぼせるって?

 そうだね。

 本気で精霊組が暴れ始めたら下手すりゃ核爆弾でも止まらないかもしれない。

 

 ああ、もしかしたら俺の知らないところでウェンディがアメリカ相手にをかけてたりするのかな。

 流石にそこまではしないか。


「似合ってない」

「うるせいやい」


 そんなことは俺だってわかっている。

 スーツを着ていると言うよりはに着られているような状態だ。


 ネクタイを絞めようとして……

 あれ、これって簡易的なやつだとダメなのかな。

 やっぱり目上……それも世界で一番の権力者とさえ言えるような目上だ。

 そんな人と会うのに簡単な結び方では失礼だろうか。


 スマホでネクタイの結び方をググろうとすると、知佳がちょいちょいと俺を手招きした。


「締めてあげる」

「なんで締め方知ってんだ?」

「昔お父さんがやってるの見たことあるから」


 やってるの見たことあっても普通はネクタイなんてなかなか締められないと思うが……知佳の記憶力だったらあり得ない話でもないのか。

 そのままじゃ手の届かない知佳の為に腰をかがめてやると、手際よくネクタイが締められていく。

 うーん、この距離で見ても次同じことができるとは思えないな。

 

 最後にキュッと少しキツメに締められ、「はいできた」と解放された。


「新婚みたいだな」

「……ネクタイも自分で締められない旦那さんはちょっと」

「へいへい」


 表情を変えられずに拒否されてしまった。

 一応俺のことを好き……なのは多分間違いないはずなのだが、少しは照れたりしないのだろうか。

 むしろ新婚とか言っちゃった俺の方が照れくさいわ。


「どんな話をするかは聞いてないの?」

「それが、何も聞いてないんだよな。スノウとフレアがついてきてくれるから危険はないとは思うけど」


 知佳は先程冗談めかして言っていたが、アメリカ国内で目立った行動をしすぎだというお叱りを受ける可能性はかなり高いと思う。

 そんなものをわざわざ大統領自ら言ってくるのかと言うと……うーむ。

 まあそもそももうすぐ日本へ戻るし、これ以上アメリカでダンジョンに潜るつもりもないのでその場で抹殺命令とか出されない限りは大丈夫だろう。


 大丈夫だよな?

 スノウとフレアもいるしな。

 うん、大丈夫だ。

 ウェンディも「何の用かまではわかりませんが、少なくとも脅しの類ではないでしょう」とか言ってたし。


「気をつけて」

「ああ、そっちこそな。ウェンディから離れるなよ」


 もし何かあったら大変だ。

 知佳は「ん」と頷いたのだった。



2.



 ……マジか。


 正直未菜さんから聞いていた時点でも半信半疑だったのだが、聞いていたビルのとある一室にはいた。

 2年前、圧倒的な支持率で若くしてアメリカ大統領となった男。

 マイケル・ジョン・ハミルトン。

 

 元々彼は一介の実業家だった。

 いや、一介の、というのはあまりにも失礼な話か。


 マイケル・ジョン・ハミルトンはダンジョン産業で大成功を収めた実業家だ。

 その総資産は日本円にして10兆円にも上ると言われている。

 なんならその10倍持っていてもおかしくない、とまで。

 流石にそこまでは(多分)ないだろうが、とにかく凄い人なのだ。


 更に言えば、彼のすぐ隣にもう一人。

 超大物が控えている。

 チャールズ・リー・ウォーカー。

 現在アメリカにおいて大統領に次いで最も重要なポストとさえ言われているUSDD……ダンジョン省の長官であり、実質大統領の右腕とも言われる存在。


 チャールズ・リー・ウォーカーは元探索者だ。

 それもかなりの腕だったと言う。

 もしかしたら探せばWSRにもランクインしているかもしれない。

 

 彼もマイケル・ジョン・ハミルトンと同じく若き政治家だ。

 とは言っても二人共40代だったか。

 一般的な政治家という見方をすれば間違いなく若い部類に入るだろう。

 

 その後ろに、まるで護衛のように立っている人もいる。

 流石に知らない人ではあるが、立ち居振る舞いに隙がないのはわかる。

 政治家というよりは……軍人っぽい印象を抱くな。


 俺達三人を立ち上がって出迎えた大統領はにこやかに言う。


「こんにちは、マイケル・ジョン・ハミルトンです。よろしくお願いします、皆城悠真君。マイケルと呼んでください」


 そして手を差し出してくる。

 ……日本語だ。

 喋れるのか。

 ティナやローラも日本語を流暢に喋っているので感覚が麻痺しがちだが、アメリカの人で日本語が喋れるというのはかなり珍しいのではないだろうか。

 

 日本語というものは日本でしか通じないものだからな。

 通常、英語だけ喋ることができれば十分それで事足りる話だ。


 俺は握手に応じながら、「皆城悠真です。よろしくお願いします……悠真と呼んでください」と答える。

 うーむ……なんだろう、もはや声にカリスマを感じるような気がする。

 そういうスキルを使っているのだと言われた方がすっきり納得できそうなくらいだ。

 自然な茶髪で、髪はカッチリとバックに纏められている。

 巷では王子様なんて呼ばれているほど容姿は整っている。

 柔和な笑みを浮かべている様子は、確かに王子様っぽいが。


 そして今度は隣にいたUSDD長官の方が手を差し出してくる。

 こちらは黒髪。

 目鼻立ちは整っているが、イケメンというよりは男前……という感じか。。

 俗に言うイケオジってやつ。


「オレはチャールズ・リー・ウォーカー……昔、日本の探索者から教えてもらったきり久々に使う日本語だ。おかしかったら言ってくれ。チャールズでいい」

「皆城悠真です。いえ、自然な日本語ですよ」


 後ろに控えている赤茶髪で強面のおじさんも自己紹介してくれるのかと思ったが、俺と目があっても特にリアクションはしない。

 護衛……だよな?

 彼も一応スーツではあるが。


「後ろの美しい彼女達は?」


 にこにこと笑みを浮かべながら大統領が聞いてくる。

 多分、知ってはいるんだろうな。

 スノウの存在もフレアの存在も。


「……私の護衛です」

「そうですか」


 そうとだけ答えると、大統領は特に深く追求するつもりはないようだ。

 フレアもスノウも特に自己紹介をするつもりはないようだし、都合がいい。

 

「おかけください」

「は、はい」


 言われて対面のソファに腰掛ける。

 パットンの時も同じような位置関係だったが――今回は彼とは比べ物にならないくらいの権力者が二人だ。

 緊張しすぎて頭の中で正しい敬語というやつがゲシュタルト崩壊しているような気さえする。

 

 無礼者め!! とか言って後ろで控えてる怖い人が急に俺を撃ち殺したりしないだろうか。

 

「さて、悠真君。君には一つお願いがあって会いにきました」

「お願い……ですか」

 

 にこやかな大統領はにこやかなまま切り出してくる。

 うっかり油断してしまいそうなほど親しみやすいおっさんだ。

 

 どちらかと言えば無骨なUSDD長官を隣に置いているのはより己の親しみやすさを演出する為だったりするのかもしれない。

 ちょっとパターンは違うが、そういう手法があると何かの本で読んだことがある。


「ええ、お願いです。アメリカに移住しませんか?」

「…………えっと」


 あまりにも唐突なことで咄嗟に断りそうになったが、別に断らないといけない理由はないことに思い至る。

 いやだが何日か滞在してわかったが、俺日本の方が肌にあってるというか……


「冗談だ。マイケル、悠真君が困ってるぞ。……ところでくんとはどういう意味なんだ?」

「敬称だよ、チャールズ。日本では他人を敬う心を態度だけでなく言葉にも表すんだ。私が日本が好きな理由の一つさ」

「ほう」


 USDD長官が大統領と対等に話してる……

 今のは俺を助けてくれたのか?

 いや待て待て、こんなのであっさり絆されるな。

 これくらいの会話は元々打ち合わせしていてもおかしくない。


「申し訳ないね、チャールズの言う通り今のはちょっとしたジョークさ」

 

 パチンとウインクされた。

 ……王子様か。

 俺も今後はこの人のことを王子様と呼んでもいいかもしれない。

 立場的には王様とかの方が近いような気もするけどな。


「おっと、先に謝っておくべきこともあったか」

「謝っておくべきこと……ですか?」

「ジョシュ・T・パットンはこちらで処分した。そしてここで私の名にかけて宣言しよう。我々アメリカが君達に害を加えることは一切ない、と」


 処分……

 パットンはどうなったのだろう。

 聞くのは怖いので聞かないでおくが……


「……わかりました」


 こういう時にありがとうと言うのも変な気がするので、それだけ言っておく。

 途中でちらりと後ろの二人――スノウとフレアの方に視線を向けたのは何故だろう。

 まるで俺に対する宣言というより、二人へ言ったようにも見えたが。気のせいだろうか。


 だが、ここまで言っているのだから実際アメリカが俺達に手を出してくるようなことはないと見ていいのか。

 大統領直々だからな。

 これは信用していいはずだ。


「それで、冗談ではない本当の君へのお願いなのだが」

「はい」

「君の――皆城悠真という名前を世間へ公表しないでほしい」


 ……どういう意味だ?

 俺が真意を測りかねていると、隣に座っていたUSDD長官……チャールズさんが口を挟んできた。


「マイケル。言葉足らずすぎだろう。WSRの都合だと言わなければ意味がわからないに決まっている」

「ああ、そうか。すまない、悠真君はWSRというものを知っているかな?」

「……はい」


 ……なんでこの人達、俺が1位だってことを当然のように知ってるんだ?

 ダンジョン管理局からの情報?

 いや、むしろWSRにアメリカの上層部が何かしら関わっているのか……?


 それに、WSRと俺の名前を公表しないことに何の意味が……

 いや。

 そうか、公表しないで欲しいということは、つまりWSRに俺の名前が出ないようにして欲しいということか。


 何故? とは聞くまい。

 最初にアメリカへ移住するように言っていたのも恐らくはその関係だろう。

 そう考えると、案外ジョークでもなかったのかもしれない。

 日本とのバランスを考えて、ということか。

 

「わかってくれたかな?」

「はい……元々公開する気もなかったですから」


 必要以上に目立つのは勘弁だ。

 

「もちろん、それについての対価は払おう。君達が提供してくれたダンジョンの新階層についての情報に対してもね」

「……それは私達ではなくダンジョン管理局とのものでは?」

「もちろん、ダンジョン管理局にも払うよ。それとは別に、ということさ」


 太っ腹だな。

 10兆以上の資産を持っているのだから別に痛くも痒くもないのかもしれない。

 俺にとっての1万円と彼にとっての1億が同じくらいの価値だと言われても特に違和感なく受け入れられるくらいには金を持っているはずだ。

 ……俺も最近は大金を持ってるからややこしくなるが。

 金銭感覚は普通なままだと信じたい。

 ……でも最近、普通に買い物いったときに値札を見て選ぶということはしなくなっているかもしれないな……

 日本の友人の為に購入したお土産とか、あれ幾らだったんだろう。


 あれ、もしかして金銭感覚もう狂い始めてるのか?

 お小遣い手帳でもつけようかしら。


「君とは個人的に仲良くしたいからね」

「……ありがとうございます」


 しかしこの大統領……ずっとにこにこしているせいかなんとなく胡散臭く感じてしまうんだよな。

 多分いい人なんだとは思うが。

 裏があるというよりは、俺に見通せないほど深く物事を考えているというイメージだ。


「なにせ、あのビル型のダンジョンも攻略してみせてしまう程だ」

「何故それを――」


 と、言いかけて。

 彼の隣に座るチャールズさんが少なからず驚いた表情を浮かべているのを見て、悟る。

 カマをかけられたのか。

 今のは俺の油断だな。


「他言はしないよ。我々にとっても伊敷 未菜INVISIBLEが攻略したという方が都合がいいし……さっきも言ったけれど、君とは仲良くしたいからね」


 ならカマかけたりするなよな……

 いや今のは俺が悪いけど。

 あんなの小学生でもカマかけだってわかる。


「気を悪くしたなら申し訳なかった。本当に悪気はないのさ。ここだけの話にするよ。ね、チャールズ」

「マイケル。日本には土下座という文化があるとオレは聞いたことがある」

「そっか。最大限の謝罪というやつだったね、確か……」


 と言って大統領は割と躊躇いなく床に手を付き始めたので、俺が慌てて制止する。


「勘弁してください」


 思わず素で言ってしまった。

 アメリカ大統領に土下座されるとかマジでやめてくれ。

 死ぬまで誰にも言えない秘密になるわ。

 

 真意が読めないな、この人……

 だが、なんとなく悪い人でないということはわかる。

 俺を貶めようとかそういうことは考えてないだろう。多分。


 そういうのに敏感そうなスノウやフレアも今の所何の反応も示していないし。


「……あと、もう一つ悠真君に頼み事……というか話したいことがある」

「……なんですか?」


 悪い人ではないとは言え、俺は俺で流石に警戒しないわけにもいかない。

 またカマかけにひっかからないように慎重に答えると、大統領は少し恥ずかしそうにはにかみながら言うのだった。


「日本のアニメが好きなんだ。でも忙しい身でね。全てをチェックしたくでもできない。君の趣味からで良いから、なにかオススメのものはないかな」


 ……悪い人じゃ、ないんだよな。

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