第74話:光明が差す
1.
「暇だなあ……」
新たにダンジョンの階層が出現し、政府所属の探索者が調査へ向かいました。
モンスターが強すぎて特に成果も得られずに帰還しました。
という旨のニュースを眺めている。
この流れを見るに、どのダンジョンも多少の程度の差はあれど相当な難易度なのだろう。
まあ、そもそもこれまでの最下層だって並の探索者では難しかったのだ。
それよりも更に下へ行くともなればそうもなる。
一応、俺達がアメリカのダンジョンに潜っていることはダンジョン管理局経由でアメリカ政府のお偉方も知ってはいるだろう。
それがわかっているなら下様とは言えローラなどの実力者を雇い入れなければ難しいだろうな。
もちろんアメリカには他にも実力者がいるということはわかっているが。
しかしWSRの基準は何かはわからないが、12位であるローラより本当に11人も強い奴がいるのかというのは些か疑問だ。
ダンジョン内でやれることの多さで言えば1位のはずの俺なんかよりローラの方が多そうだしな。
彼女の力があればあの鉱石ダンジョンの16層以降も不可能ではないだろう。
もちろん精霊3人がいた俺達のパーティに比べれば攻略速度はぐっと落ちてしまうだろうけども。
というより、現状あの3人の足を引っ張っているのは俺だ。
俺がいなければ彼女達は力を行使できないという前提はもちろんある。
それに俺はあくまでも俺のスキルは召喚術。
別にやっていることは間違ってはいない。
だが、スノウに守られ、ウェンディに先導され、フレアが敵をなぎ倒していくのをただ指をくわえて見ているだけというのはあまりに情けない話ではないだろうか。
しかもここからもうしばらくしたら一人増えるわけで。
俺のお守りが増えるのか火力担当が増えるのかまではわからないが、益々俺のダンジョン内における肩身の狭さは加速するだろう。
ならどうすればいいか。
簡単な話だ。
俺が強くなればいい。
けど、強くなればいいと言っても簡単な問題じゃないことは誰だってわかる。
強くなりたいなと思って強くなれるのなら誰も苦労はしない。
一応、光明は見えている。
スノウに言わせれば付与魔法が一番確実で手っ取り早い方法らしいからな。
とは言え、それで具体的にどれくらい強くなれるかはわからない。
もっと抜本的な何かが必要なのではないか。
……何も思いつかないな。
多分改善点は山程あるのだろうが。
よし、ここは一番ズバリ言ってくれそうなスノウに聞いてみるか。
2.
「強くなりたい?」
怪訝な表情でスノウがこちらを見上げてくる。
何か書き物をしているようだ。
何をしているのかと見てみると、なんと英語の勉強だ。
こ、これは邪魔しにくいぞ。
なんて考えていると、スノウはパタンと英単語帳のようなものを閉じた。
ウェンディとかに教わればいいのに。
「別にあんたは今のままでも十分強いわよ。言ったでしょ、人類では最強だって」
「その実感は未だにいまいち湧いてないけどな……けど実際、あの階層からは人類最高峰であろう未菜さんでも通用しなくなってくるんだろ?」
「どうかしら。あれくらいの実力を持っている者同士でパーティを組んでいれば、そこそこのところまではいけるとは思うけど」
おや、意外とスノウからの未菜さんへの評価が高いな。
初対面の印象が悪かっただけで今嫌っているわけでもないし、当然か。
実際強いしな、未菜さん。
「未菜は確かに強いわ。でも殺し合ったら勝つのはあんたよ」
「殺し合いて……」
「なくもない話よ? ダンジョン内での魔石の利権絡みでの戦闘なんてしょっちゅうあったんだから」
「……それは異世界の話か? 大丈夫なのか?」
「なにがよ」
「ほら、頭痛とかするかも」
「別にこれくらいなら大丈夫よ。もっと細かいことを思い出そうとするとダメだけど」
基準がよくわからないが、スノウが大丈夫だと言うのなら大丈夫だろう。
「……ていうか、ダンジョン内での殺し合いなんかあるのか?」
「この世界でも無いことはないでしょ。多分だけど」
「……どう、なんだろうな」
確かに、無いとは言い切れない。
魔石は高く売れる。
人は金が絡むとなんでもできる。
人を殺すことくらい容易くできる奴も……いる。
「スノウは経験あるのか?」
「あたしはないわ。一番上の姉さんとウェンディお姉ちゃんがいつも対処してた……から……」
スノウが頭を抑えるようにする。
「大丈夫か!?」
「……大丈夫よ。それについて考えるのをやめればすぐに頭痛は収まるわ」
慌ててスノウの体を支える。
どうやら大丈夫みたいだが……不用意な質問は控えた方がいいかもしれないな。
「いつまで肩抱いてんのよ」
「わ、悪い」
慌てて俺は離れる。
しばらく俺をジト目で見ていたスノウだが、再び話し始める。
「ま、そういうことよ。あたしは経験ないけど、やれと言われればやれる。それくらいの覚悟は持ってるわ」
「覚悟か……」
「話が逸れたわね。強くなりたいって話だったけど……いえ、それほど逸れてないかもしれないわ」
途中でスノウが顎に手を当てるようにして考え始める。
「あんたの場合、魔力の量も多ければ質も高いから無意識下での身体能力の強化……力の強さやスピードも並の人間とはかけ離れているわ」
「……それはなんとなく知ってるよ」
「でもあんたが他の人間に比べて一番異常なのはその防御力なのよ」
「防御力?」
そう言われてもピンと来ないが。
ボス相手にはほとんど役に立ってないし。
そのことを伝えると、スノウは呆れたような表情を浮かべた。
「そりゃそうよ。ボスの攻撃を正面から受け止めようって考えがまず変なのよ。あたしも、ウェンディお姉ちゃんやフレアだってボスクラスのモンスターの攻撃を生身で受けたら痛いじゃ済まないわ」
そう……なのか?
いや、確かにそうだ。
今までほとんど瞬殺が目立っていたからわかりにくかったが、新宿ダンジョンのボスを倒した時なんかもスノウは氷で攻撃を受けることはあっても決して生身では受けようとはしなかった。
あ、でも他のモンスターに対してもそれは一緒か……
そりゃわかりにくいですよ。
「というか、あたし達の中で一番頑丈なのがあんたよ。力の強さも、単純な速度でも。一番上の姉さんが召喚されたらちょっと話は変わるけど」
「そんなに凄いのか? 一番上のお姉さん」
「ウェンディお姉ちゃんみたいに便利ってわけでもないけど、戦闘への応用に関しては天才の域よ。正面から素手で殴り合ってもあんたのことを殴り倒せるわ。というか、格闘戦で姉さんに勝つのは不可能よ。間違いなくね」
今いる3人に比べても一番頑丈かつ力の強さや速度で上回っていると言われたのに、そこまで言い切るか。思わずムキムキのゴリラみたいな女の人を想像してしまったが、多分そんなことはないのだろう。
なにせ3人の長女だ。
どう考えても美人に決まっている。
「ま、それは置いといて。そういうのは別格よ。あんたが氷魔法であたしに勝とうって言うくらい無謀だわ」
「そりゃ確かに無謀だな……」
俺は地球を氷河期に陥らせることなんてできない。
スノウだって本当にできるかは流石にわからないけどさ。
いやでもなんか一生溶けない氷みたいなの出せるしなあ、こいつ……
そういえば、フレアとスノウが本気で力をぶつけあったらどうなるんだろう。
対消滅とかするのかな。
メド□ーアみたいに極大消滅呪文になるのだろうか。
怖っ。
どうなるにしたって地球が無事で済まない気がする。
地球のピンチがマッハで危ない。
まあちょくちょくちっちゃな言い争いみたいなのはしているが、仲は良好なので問題はないだろう。
ないよね?
「だからあんたの場合、誰にも負けないのは頑丈さなのよ」
「それって何の役に立つんだ?」
「さあ……あたしは今のあんたの優れている部分を言っただけだから。後は魔力の多さね。あんたかなり才能はある方だけど、魔法の腕はあたし達から見ればまだまだ未熟だし。極めたところであたし達に劣ってたら意味がないとか言い出すんでしょ?」
「今よりマシになるならいいけどな。何もしないで後ろで見てるだけっていうのがちょっと……」
「あたしとしちゃあんたが生命線なんだから、大人しく守られてくれるのが一番楽なのよ」
とか言いつつ、スノウは結構真面目に俺の強くなる方法を模索してくれているようだ。
考え込むようにしている中で、何かにピンと来たのかスノウはぽんと手を打った。
「そうよ、魔力の多さよ!」
「へ?」
「実はこの間読んだ漫画に中国拳法を使うキャラがいたのよ。日本人なんだけど、お父さんの出張の影響で中国へ行ってて、今度産まれてくる弟の為に強くなりたくて中国拳法を習うって言う――」
「いや、それはとりあえず後で聞くから、その中国拳法から得た着想を教えてくれ」
「中国拳法って気とかいうのを相手に流し込んで内部から破壊するんでしょ?」
「うーん……」
どんな漫画を読んだんだろう。
気になるから後で教えてもらおう。
というか、この間漫画を読んだって。
暇なんだね君。
人のこと言えないけどさ、俺は。
「それと似たような話よ。あんた
「なんか……できそうな気はするな……」
「でしょ? 今度試させてあげるわ。あたし達3人がいれば失敗して何も起きなくても大丈夫だろうし」
なんだかいけそうな気がするぞ。
これなら最悪今度できる武器がダメだとしても最低限のパワーアップはできそうだし。
問題はもし万が一スノウ達でも倒せないほど硬い敵が出てきたとして、それが通用するかだが……
そもそもスノウ達で倒せないモンスターなんているのかな……
いたとしたら俺は瞬殺されていそうな気も……
……そんなこと今考えても仕方ないか。
「ありがとな、スノウ。助かったよ」
そう言うと、スノウは少し頬を赤く染めた。
「……別にあんたの為じゃないわよ。暇だったから。それだけ」
典型的ツンデレみたいな台詞を言ってきたぞ。
さっきまで英語の勉強してたくせに。
そこを突っ込んで不機嫌になられるのもあれなので俺は苦笑してもう一度お礼だけ言うのだった。
3.
さて、とりあえず漠然と感じていた不満のようなものも解消されたし、俺も英語の勉強でもしようかな――
と。
一応荷物として持ってきていた英単語帳を探していると、スマホに着信があった。
「ん? 未菜さん?」
いや、登録名は未菜さんのマネージャーさんとなっているが。
彼女が俺に個人的な用事でかけてきたと言うよりは、恐らく電子機器を一切もたない現代人の一般常識から隔絶された未菜さんからの連絡だと考えた方がいいだろう。
「もしもし、皆城です」
『やあ、悠真君。今ちょっといいかな』
やはり電話口から聞こえてきたのは未菜さんの声だ。
「いつだって構いやしませんよ」
『実はちょーっとだけ面倒なことになっていてね』
「面倒なこと?」
『君に会いたいって人がいるんだ』
「俺に?」
『ああ、流石に私や柳枝でも断りきれなかった』
柳枝さんや未菜さんでも断りきれないような俺に会いたい人? 誰だろう。
未菜さんは続ける。
『マイケル・ジョン・ハミルトン……知ってるかい?』
「…………知ってるもなにも」
その人、アメリカ大統領じゃないですか。
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