第73話:新発見

1.



 難なく16層目を攻略した俺達……というか精霊達だが、途中で謎のモンスターがドロップした謎の爪っぽいものやボス級の亀がドロップしたやたら重い甲羅など、荷物が増えてきたということもあって一旦引き返すことにした。


 外に出てすぐにダンジョン内部であったことを柳枝さんに報告したところ、かなり驚いていた。

 数百kg以上もある甲羅なのでトラックを用意させると言う。

 ぶっちゃけ成分分析なんかは流石に俺達にはできない芸当なので、代わりにしてくれた方が有り難い。

 そのままダンジョン管理局に預け、そちらで調べて貰うようにする。


 ということで重い荷物もなくなったが、俺達は一旦ホテルへ戻ることになった。

 ドロップ品はダンジョン管理局に預けたが、爪らしきものはたくさんあったので一つだけ持ち帰ってこちらでも出来る限り調べようということになったのだ。



「で、何かわかったことがあったら言ってくれ」


 大きな爪のようなものを前にして、知佳、綾乃、ティナの三人がうーむと唸る。

 スノウ達はダンジョン内での知見には優れているが、この世界での事ならばこの世界に生きる人間の方が詳しいかもしれないと思ったのだ。


 それにこの三人は悲しいことに俺よりずっと賢い。

 何かが得られるかもしれないと思ったのだ。



「……ふぅん」


 まじまじと爪らしきものを眺めていた知佳が立ち上がり、どこかへ行く。

 なんだろう。

 しばらくすると、手帳を持って戻ってきた。


 何をするつもりなのか見守っていると、その手帳はどうやらマグネット式ので閉じるものだったようでカチン、と音を立てて爪にくっついた。

 

「なるほど」


 知佳はそう言って手帳を引っ剥がす。


「磁石がくっつくってことは鉄なのか?」

「それにしては重すぎる。ニッケルやコバルトでもここまでは重くならない。考えられる可能性としては、磁石のくっつく金属の混じった合金かそもそも私達にとって未知の金属かどちらか」


 おお……

 鉄はともかく、ニッケルやコバルトがどの程度の重さなのかは俺は知らないが。

 とりあえずそれがわかるだけでも十分だな。


「攻撃した感じでは何かが混ざってる感じはありませんでしたわ、お兄さま」

「そんなことまでわかるのか」


 それを俺の後ろで聞いていたフレアが言う。

 一瞬で蒸発させていたのに、合金かどうかを判別できるとは。

 まあただの感覚かもしれないが。

 俺が言うのならともかく、精霊が言うのならある程度の信用はあるな。


「となると、磁石にくっつく上にやたら重い金属でできた爪ってことになるのか……心当たりはあるか?」


 これには流石の知佳も首を横に振った。

 綾乃とティナにも心当たりはないらしい。


 となると、やっぱり未知の金属か?

 いや、流石にここから先は専門家の判断を待つしかないか。


 うーむ……

 

「これ、電気を流してみたらどうなるんですかね?」


 ふと綾乃がそんなことを言い出した。


「電気?」

「電磁石ってあるじゃないですか。私の記憶では、鉄・ニッケル・コバルトかそれらの混じる合金でしか磁石にはできなかった……と思うんですけど」


 そういえば小学生の時に理科の実験でやったな。

 あの時は鉄しか磁石にはならないという実験結果だった気がするが、単にニッケルとコバルトが用意されていなかっただけだろう。

 そういやさっき知佳もニッケルやコバルトでもここまでは重くならないとか言っていたし。

 

 ニッケルとコバルトが磁石にくっつくことは知っていたが、電磁石にもなるのか……そうか……

 10年越しに小学生の頃にやった実験の本当の答えを知った気分だ。

 しかしこれは試す価値があるな。


「ねえ、悠真」


 そして最後にティナが何か気になることがあるのか、俺に声をかけてきた。


「ん?」

「なんでこの爪みたいなやつ、魔力を帯びてるの?」

「……え」


 フレアと同じく後ろに控えていたウェンディの方を見ると、「私は気が付きませんでした」と言う。もちろん俺も気が付かなかった。

 

「少しいいでしょうか」


 ウェンディがそう断ってから爪に触れる。

 そのまま目を閉じて、何かを探るようにしている。

 しばらくすると、ウェンディは目を開けた。


「確かに極微量ながら魔力を帯びているようです。ティナ様、よく気付かれましたね」

「え、えへへ」


 ウェンディに褒められてティナは破顔する。

 かわいい。

 俺がロリコンだったらしまっちゃうところだ。


「モンスターがドロップして、魔力を帯びていて、鉄やニッケルやコバルトより重くて磁石にくっつく金属か……」


 考えれば考えるほど訳が分からなくなるな。



2.



 結論から言うと、あの爪は電気を流すと磁石にもなるようだった。

 更にもう少し詳しく調べた結果、俺が魔力を流しても壊れないということが判明した。

 

 要するに黒い棒……シュラークで何回試してもできなかった付与魔法にあっさり成功したのだ。

 しかも、明らかに強度も上がっている。

 つまりあの爪らしきものを鋳溶かしたりして剣のような形にできれば、俺が付与魔法を用いて全力で使っても壊れない武器ができるかもしれない。


 もちろんこれはわかってすぐに柳枝さんへも報告した。

 なにせそれが本当に可能だとしてもオーダーメイドの武器を作って貰うようなコネは俺にはないからな。


 ちなみにだが、あのダンジョンについてはもう俺達は潜ってはいけないらしい。

 ダンジョン管理局が取り付けていたのは一度きりだという契約だったとのことだ。

 それを先に言ってくれていればもっと深いところまで行ってみたかもしれないのに。

 いや、それでも引き返していたかもしれないが。


 ま、それはともかくとして。

 アメリカのダンジョンにこれ以上潜る理由もないし、ティナやフレアのことに関する準備も整っているとのことなのでそもそもアメリカに留まる理由もない。


 未菜さんもぼちぼち帰国するらしいし、俺達も日本へ戻ろうということになった。

 とは言ってもさすがにすぐという訳にはいかないので出発は3日後だ。


 なので今は日本にいるそこまで数はいない友人にお土産でも買っていってやろうと思い買い物に来ている。

 付き添いはウェンディとスノウだ。

 フレアも来たがっていたが、「ここしばらくは独占していたので我慢します」とよくわからない遠慮をしていた。

 

「そういえば」


 お土産を適当に選んでいると、ウェンディがぽつりと言葉をこぼした。


「知佳様と結ばれたようで。おめでとうございます、マスター」

「いや、結ばれたっていうか……え? なんで知ってんの?」

「知佳様からお聞きしましたので」

「えー……」


 そういえばウェンディと行為に至った時は逆にウェンディが知佳に報告したとかなんとか聞いたような気がするぞ。

 二人の間で何かしらの取り決めでもあるのだろうか。

 スノウはふぅん、と頷く。


「やっと進展したのね」

「……その言い方だと元々気付いてたみたいに聞こえるな」

「むしろ気付かないわけないでしょ。あたしはなんで好き同士なのにとっととくっつかないのかしらって思ってたわ」


 いやだからくっついたわけではないのだが。

 知佳は知佳なりに何か考えがあるようだし。


「スノウですら気付いてたのか……」

「すらってなによすらって。あんたあたしのこと舐めすぎじゃない?」

「別に舐めてはないけども」


 スノウが優秀なのはわかる。

 だがウェンディの超然的な感じやフレアの崇拝者みたいな態度よりはそう……馴染みやすいというべきか。

 友人のように思っているというのが近いような気がする。


「大体、あんたがもっと早いうちに素直になっていれば話は早かったのよ。風呂上がりとか獣みたいな目であたしやウェンディお姉ちゃんのことを舐め回すように見てるのに」

「みみみ見てねえよ!?」


 正直見てました。すみません。

 いや、舐め回すようには別に見てないけどさ。

 フレアもそうだが、スノウやウェンディなんてもうほとんど人智を超えた美しさだ。

 それが風呂上がり特有の薄着と髪がしっとり濡れた感じでそこら辺を歩いていてみろ。


 そりゃ見るわ。

 どうしても視線が行くわ。

 だって男の子だもの。


「スノウも素直になれば良いと思いますが」


 ウェンディがぽつりと言って、スノウが壊れたロボットみたいにギクリと止まる。

 素直に? 何を言っているんだろう。


「な、何を言っているの、ウェンディお姉ちゃん。あたしはいつだって素直よ」

「そう。貴女がそれでいいならいいと思いますよ」

「うっ……」


 何の話かわからないが、スノウがウェンディに頭が上がらないのはいつものことだ。

 何か弱みでも握られているのだろうか。

 だとしたら俺はあまり首を突っ込まない方がいいな。うん。

 変なところつっついて局部を凍らされたりするのは俺だって嫌だからな。



3.



 適当に土産を選んできて、帰ってくるのとほとんど同時に電話がかかってきた。

 電話の主は既に今日だけで3回は電話している柳枝さんだ。

 俺、どちらかと言えば電話は苦手な方なのだが、何故か柳枝さん相手だとそんなに嫌じゃない。

 まさか……これが恋……?

 まあ冗談はともかく。

 頼れる年上の男性ってのは俺にとっちゃ珍しい存在だからというのもあるだろうな。


「もしもし、どうしましたか?」

『君の言っていたアレで武器を作れるかという話だが、可能だそうだ。一度作らせてみるか?』

「あー……お願いします」


 俺の攻撃力が上がるというのは実に都合のいい話だ。

 今の所必要なさそうだが。

 とは言え、これからもずっとそうとは限らないだろう。


「あと、未菜さんと柳枝さんの分も作っていいですよ。それくらいの量はあるでしょう?」

『……本当にいいのか? 武器にする素材としてはかなり優秀そうな上に、君の言う付与魔法エンチャントという技術のこともある。これらがもししっかりと理論通り作れるのならば、かなりの価値になるぞ』

「構いやしませんよ。似たような素材がこれからもたっぷり手に入るでしょうし」

『……少しいいかね。私の与太話だ。話半分で聞いてくれ』

「あ、はい」


 柳枝さんはかしこまったような様子で切り出す。

 なんだろう。

 

『都合が良すぎると思わないか?』

「都合……ですか?」

『ああ。これまでより遥かに高難易度な新階層の出現、モンスターのドロップする武器や防具になり得る素材、それに――』


 柳枝さんは続ける。


『人類の新たな武器となる魔法の存在』

「……言いたいことは、わからなくもないですけど」


 これから先は未菜さんクラスの実力者でも探索が厳しいようなダンジョンが出てくるだろう。

 だが、まだまだ普及は先かもしれないが人類は魔法という武器を手に入れた。

 そのすぐ後に新たな難易度の階層が発見され、更にそこでは武器や防具の素材まで手に入る。


 確かに都合良くできている。

 俺がこの間ふと考えた、俺達のよく知るダンジョンへ近づいている作為的なものと何か関係しているのだろうか。


 ……いや、恐らくは考えすぎだろう。

 これくらいの偶然、別に絶対に起きないというわけでもない。

 と、思う。


『いや、すまないな。最近色々新しいことが起きている。本来ボスのいないはずの階層にボスが出現したり、ロサンゼルスのダンジョンのことや、魔法のこと。更に新階層についてもだ』

「確かに、色々起きてますね……」


 そう考えるとやっぱり偶然とは……

 ロサンゼルスのことが皮切りになっているのだろうか。

 それとも何か別の要因が?


『……と、自分から話を振っておいて申し訳ないが、今は色々立て込んでいてな。悪いが、何かあったらまた連絡してくれ。今言った件についても……何か君の考えがあるのならぜひその時に』

「ええ、わかりました」


 そう言って電話を切る。

 

 都合が良すぎる、か。

 ……一体何が起きているんだろうな。

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