第78話:桁違いの話
1.
午後になり、ティナの両親が彼女のことを迎えにきた。
アメリカにその手の文化がないことは知っているが、それでも土下座でもされるのではないかと思うほど感謝された上に謝礼の話まで出てきたが、俺が好きで助けただけなのでと伝えるとまるでアメコミのヒーローに対する尊敬の眼差しのようなものを向けられてしまった。
親として、ティナが危ない目にあっていたことはやはり歯痒く思っていたのだろう。
それでも相手は国だ。
文句を言って抗議したところでさほどの意味を持つとは思えない。
そこに日本からやってきた謎の男が娘を救い出してくれたというのだから、あそこまで腰が低いのも納得できるものだ。
ただ、まあ困りはするもののそこまでお礼を言われて俺だって気分はよくなる。
人間だもの。
ティナとは近い内での再会の約束をして、別れたのだった。
2.
ティナと別れ、1時間後。
俺はスノウと共にダンジョン管理局へと来ていた。
何故スノウなのかと言うと、ウェンディとフレアが諸事情でダウンしているからだ。
柳枝さんへスノウと二人で行くと事前に伝えたところ若干嫌そうな間があったが、あの時ほど好戦的な話にはならないだろう。多分。
応接室で出された茶を飲みながら待っていると、ノックの音が響いて柳枝さんが入ってきた。
何やら書類を抱えているのと、若干痩せたように見える。
元々太っていたわけではないので、痩せたというよりはげっそりしたという方が正しいか。
忙しいんだろうなあ……
「お久しぶりです、柳枝さん」
「久しぶりだな、皆城君、スノウホワイトさん」
頻繁に連絡は取っていたが、こうして顔を付き合わせるのは久々だ。
「……どうですか? 日本のダンジョン事情は」
「どうもこうも、大混乱だな。日本のみならず先進国は例外なく、と言ったところだが」
攻略済みダンジョンへ突如出現した新階層。
それ以外にもロサンゼルスのビル型ダンジョンの件や、俺と未菜さんが遭遇した本来あり得ない階層に存在するボス。
立て続けに色々起きている上に、ビル型ダンジョン以外は未だ解決していない問題だ。
いや――あのビル型ダンジョンも出現条件がわかっていない以上、解決したとは言い難いか。
「今はそんなことより、君達へ支払う報酬の話だ。正直、君達がアメリカへ行っている間に我々にもたらした恩恵は計り知れない。ロサンゼルスのダンジョンの攻略、魔法という存在の提供。更には新階層の情報まで。もし君がダンジョン管理局に所属していたら、私の本部局長という立場は取って代わられていただろうな」
「そんなまさか」
流石に冗談だろうと思って俺は笑ったが、柳枝さんの表情は真剣そのものだった。
「現在、ダンジョン管理局内部では君達を完全に内部へ取り込む手段が画策されている。先日などはわざわざ幹部を集めて会議を開いた程だ。妖精迷宮事務所の株を買ってしまおうという者もいたな」
「なっ……」
マジかよ。
あれだけ入りたがっていたダンジョン管理局の方から入ってくださいとお願いされるような立場にあると考えると、なんだか変な気分になるな。
嬉しいんだかなんだか、複雑だ。
ちなみに株は現在全て俺が所持しているという形になっている。
最初知佳が出してくれた1000万円は既に返済済みだ。
とは言え、それでも頭が上がらないことには変わりないが。
「とは言え、私からは今更ダンジョン管理局に所属してくれとは言わない。当然伊敷も同じ意見だ。ただ、これからも懇意にというのは言っておきたいがな」
「それはもう、もちろん」
「それだけ聞ければもはや何も言うことはない。それで、報酬についてだが――君に何がどれだけ欲しいか聞くよりは、こちらで先んじてある程度の基準を用意してそこへ口出しをしてもらうという形に落ち着いた」
日当2万で働こうとした時のことを思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。
確かに今考えるとどう考えても安すぎたよな。
あれは流石に今では反省しています。
「まずはロサンゼルスのボスから出た魔石についてだが、こちらはまだ値段が決められない。現在の所有権が便宜上我々にある為だ。これはアメリカへ売ることが既に決定しているので、その際の取引額の9割を君達に渡そうと思っている」
「9割は流石に多いんじゃ……」
「本来は全て君達のものだ。差し引きの1割は手数料という扱いになる」
ならまあ……そんなもんなのか?
こういうのの相場がちょっとわからないからな。
「ちなみに、予想額ではあるが5億ドル程度になると考えている」
「はい?」
5億ドル?
それってつまり日本円に直すと550億くらいになるってことか?
「なので君達へ払うのは日本円で500億円弱と言ったところか。それがロサンゼルスの魔石分だ」
確かに大きな魔石ではあった。
サイズだけで言えば今まで俺が見た中でも最大だろう。
あるいは、これまで世界中で発見された魔石という括りで見ても最大かもしれない。
そのうち世界長者番付とかにも乗るんじゃないか、俺。
いやでも10位とかでも総資産が数百億ドルとかだと聞いた記憶があるからまだまだ全然なのか。
……金持ちって上を見ればキリがないんだな。
「それから、ロサンゼルス絡みのダンジョン管理局からの謝礼だが、君達へ200億円が支払われることになっている」
「は、はあ……」
もう訳のわからない規模だな。
「少ないわね。その倍は出しなさい」
大人しく話を聞いていたスノウがとんでもないことを言い出した。
「おまっ……」
「……流石に倍ともなるとな。250でどうか」
「冗談はやめてもらえる?」
「……300だそう」
「仕方ないわね、それでいいわよ」
おいおい。
200億でもとんでもない額だってのに、300億まで引き上げやがったぞ。
100億の差がどんなもんかわかってるのか、スノウは。
うまい棒が10億個買えるんだぞ?
うまい棒が10億個あったら毎日10本食べても1億日持つんだぞ? 27万年以上かかるんだぞ?
「皆城君、私が言うのもなんだが、スノウホワイトさんは間違ったことをしていない。君はもう少し駆け引きというものを学んだほうがいいかもしれないぞ」
「駆け引き……ですか」
言われた通りの報酬を受け取っているだけではダメということか?
値段的にはゴネる必要もないくらい満たされていると思うのだが……
正直ここまでの規模の話になると相場もよくわからないし、俺としては相手に委ねてしまった方が楽じゃないかという考えがあった。
多分、それが甘いんだろうな。
考えを改めよう。
……そういうのが得意そうな知佳あたりに後でちょっと話を聞いてみるか。
「あんた、悠真にそれを言いたいが為にわざと低い金額を言ったわね」
不機嫌そうなスノウが柳枝さんに向かって言う。
え、そうなの?
と思って柳枝さんを見ると、神妙な顔つきで頷いた。
「……誓って言うが、もしスノウホワイトさんが何も言わなくとも本当に200億しか払わないというつもりはなかった」
「悠真はあんたのことを信用しているみたいだし、それに免じてその話も信じてあげるわ」
「恩に着る」
そ、そうだったのか。
「皆城君、私は君がWSRで1位になる前に1位だった人物に会ったことがあるが、彼の数十倍……いや、下手をすれば数百倍の魔力を持っている。つまり、2位以下との差は途轍もなく大きいということだ。今この世界で君にしかできないことは山のようにある。70億人以上いる中で、だ。君は自分の力がどれ程のものか――そして君の価値がどれ程のものかを正しく理解しておいた方がいい。世界トップの国の大統領がわざわざホワイトハウスからロサンゼルスまで自ら赴いて面談をするに足る価値があると判断した男なんだからな」
「……はい」
最近はある程度自分の力についてわかってきたつもりでいた。
だが、それでも自覚が足りないということだろう。
周りに並の探索者がいないというのも原因の一つだとは思うが、確かにアメリカ大統領がわざわざ個人で会いに来るなんて普通はあり得ない話だもんな。
「それを踏まえた上で、他の報酬についても話を進めようか」
「はい」
「君達が新階層から持ち帰ったあの素材だが、こちらで預かっているもの、君の武器へ加工するもの以外は全て買い取らせて欲しい」
うっ……
価値を自覚しろだのなんだのの話のすぐ後に世界で初めて出てきたものの相場を決めさせようっていうのか、この人は。
「特にあの亀の甲羅のようなものは興味深い。見た目はダイヤモンドだが、硬度においても重量においても圧倒的に既存のダイヤを上回っている。あれはダイヤと似て非なるものだ」
やっぱりそうなるのか。
あの爪みたいなやつも未知の素材っぽいし、そうなりそうだなとは思っていたが。
「ただ……あれを買い取るのは我々は不可能だと判断している」
「え?」
「見た目はほとんどダイヤだし、成分分析も99%は一致している。なので仮にあれがただのダイヤだということで試算を行ったところ……兆単位の値段になるという結果になった」
兆……!?
国家予算でしか聞いたことないぞ、そんな金額の単位。
「いやでも、あれがダイヤ以上の価値を生み出すかは……」
「価値を決めるのは、君だ」
真剣な表情を浮かべている柳枝さん。
「なにせ君が第一人者だからな。万が一あれを100万円で売るとでも言い出したら、次にあれを手に入れたものも100万円程度でしか売れなくなるかもしれない」
「……そ、そんなこと言われても……」
どう考えても荷が重すぎると思うのだが。
価値を俺に決めろと言われてもそんなこと……
いや待てよ。
「こういうのはどうですか、柳枝さん」
「こういうの、とは?」
「あのダイヤっぽい何かを使って、ダンジョン管理局は色々な実験をしたり、他社や他国へ売ったりもしますよね」
「……そうなるだろうな」
「あの甲羅がもたらした利益の半分をください。あの甲羅分だけでいいです」
「利益の半分……か。大きく出たな」
何故か柳枝さんはちょっと嬉しそうにほくそ笑んでいる。
あの、柳枝さん。
俺が言うのもなんですけど、そういうのって普通報酬を支払う側はどれくらい値切れるかっていう話になってくると思うんですよ。
こっちが高い金額を指定したら苦い顔をしてくれないと。
「あと! 魔法についての報酬も同じです」
「いいや、魔法については同意しかねるな」
……あれ?
結構いい線いっていたと思うのだが。
「魔法は少し事情が違う。価値がどうなるかわからないという点は変わらないが、1兆円や2兆円どころの騒ぎで済まない可能性の方がずっと高いからな」
「……そうか、素材がなければ意味のない甲羅の研究と違って、誰でも魔法は使えるから」
「そう、魔力さえあれば魔法は誰にでも使える」
ぼっ、と柳枝さんが指先に火を灯した。
俺が口頭でやり方を伝えただけだというのにもうある程度自在に使えるようだ。
やっぱりこの人、デスクワークなんかするよりも前線に出て戦ったほうが人類の為になるのではないだろうか。
「つまり我々から受け取る報酬とは別に、特許のようなものを取ったほうがいいかもしれないという話だ。ダンジョン絡みの開発での特許は申請が特殊だが、その代行くらいはこちらでしてもいい。あるいはこの場合だと既存の特許とはまた扱いが変わってくる可能性もある。そうだな……全ての探索者、あるいは全国民に魔法税のようなものが課されて国がそれを徴収、そこから君へ特許料として支払うなんてこともあり得るかもしれないな」
「……魔法税って……」
「私はそうなる可能性が高いと踏んでいるぞ。日本が所得税として得ている収入がどれくらいか知っているか?」
「……すみません、不勉強で」
多分知佳や綾乃なら知っているんだろうなあと思いながらそう答える。
「昨年が約25兆円だったと言われている。今はダンジョンバブル期だからな。所得税もかなり多いのだ」
「に、25兆……」
「例えば所得税とは別に魔法税が課されるようになるとしよう。現在でもダンジョンの収入にかけられる税金は存在するが、更にそれに加えて、だ」
「……ちなみにダンジョン収入にかけらてる税金の税収はどれくらいなんですか?」
「公表されている範囲では30兆円程度だと言われている」
マジかよ……
「もしダンジョン内で得た収入の……そうだな、たとえば5%にあたる分を魔法税として支払わなければならないとなったとしても、探索者であればそれを補って余りあるだけの価値を持つとわかっている。そうでなくとも君の生まれる前の話ではあるが、消費税だって昔は3%だったのだ。人はそのうち慣れる。そうして魔法税として得た税収の一部が君という個人へ支払われることになる。まあ、税金という括りだと問題が発生する可能性もあるので名称はある程度考えられはするだろうが……どのみちそうなれば君は凄まじい額の不労所得を手に入れることになるな」
……なんか頭がくらくらしてきたぞ。
言っていることは理解できるが、規模が大きすぎる。
「……ちょっと考えさせてください。うちの頭のいいヤツに相談します」
そうして俺は一旦この場から逃げ出すことにしたのだった。
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