第69話:大きな違和感

1.


 全力で隙を作って渾身の一撃を叩き込んでも動けなくするのがやっとな程の硬さを持つ上に、30秒もすれば元通りになってしまう再生力。

 こんな奴がRPGに出てきたら間違いなく俺はキレるね。

 バランスというものを少しは考えて欲しいものだ。


 それこそフレア達精霊のような大火力をもって再生する暇もなく一撃で粉微塵にできるのなら楽に勝てるのだろう。

 やつの攻撃は大して速くもなければ、特別重いわけでもない。


 ボス並の強さを誇る、とは言っても今まで出会ったボスと比べれば多分一番なんとかなる可能性のある相手だ。

 とは言え……


「……一旦引いた方がいいかもしれないね。拠点に戻れば、ボクはもっと威力の出る武器を持ってこれるし」


 ローラはそう提案する。


「そんなのもあるのか」

「ボクでも反動を抑えきれないようなものだから、実用性はあまりないけどね……空間袋ポーチに詰めて一発だけ使うっていう運用方法ならあまり関係ないし」


 なるほど、確かに引くのは有りかもしれない。

 現状では決め手に欠ける。

 元々こんな奴と戦う予定はなかったので取り回しに優れた2丁拳銃を持ってきていたのだろう。

 そりゃそうだよな。

 歴戦の探索者がボス級を相手にする為の手段を持っていないはずもない。


 いや……一旦引かないといけないような相手だとしたらフレアがそう忠告してくるんじゃないか……?

 今の俺達でなんとかできると判断しているのだとしら――

 何が決め手になる?


 何かあるはずだ。

 くそ、せめてもう少しあいつの装甲が弱ければ……

 ……待てよ。

 これならもしかしたら上手くいくかもしれないぞ。



「……未菜さん、ローラ。俺に考えがある」


 

 二人に手短に作戦を伝えると、未菜さんとローラは呆れた表情を浮かべた。


「悠真君、それはあまりに君が危険過ぎないか?」

「幾らなんでも命知らずっていうレベルじゃないと思うよ」


 命知らずってわけではない。

 

「二人を信じてますから。それじゃ、ローラは再装填を。未菜さんは絶対にタイミングを逃さないようにしてください」


 ちょうどそのタイミングであっさりと完全回復を果たした女王アリが立ち上がる。

 ……さて。

 ここからだな。


 俺以外の誰かに突っ込んでいくより先に、俺が女王アリへと突っ込む。

 力だけで見れば俺とこいつはほぼ互角か、やや俺に分がある。

 硬すぎて素手でダメージを与えるのは難しいが、押し負けることはない。


 とにかく食らったら一番ヤバそうな鎌のような形状になっている口元を捕まえて、まずはその場で動けないように抑えつける。

 金属を擦り合わせるような不快な音を出しながら藻掻くが、こうなってしまえば動けないだろう。

 

 ――いや待て。

 こいつ、さっきより明らかに力が強くなってないか……?

 

「く……ぐっ……!」


 気のせいじゃない。

 明らかに力が強くなっている。

 

「悠真君!!」

 

 様子がおかしいのを感じ取ったのか、未菜さんがこちらに加勢しようとする。


「未菜さん!! ローラの再装填がまだです……チャンスは……多分一度きりだ……!!」


 力が強くなっているのなら、それ以外の部分も厄介になっていると考えた方がいい。

 もしその中にが含まれるのなら、これがダメだとしたら一旦引くという判断も良くないものになる。

 これで確実に決めるしかないのだ。


 しばらく角のような部分を押さえつけていると、女王アリは少し体勢を変えた。


「う……お……っ……!」


 そのままぶん、と上空に投げ飛ばされる。

 どれだけ俺の力が強くても体重を増すことはできない。

 

 女王アリは素早くこちらにケツを向け、そこにあるで俺を突き刺そうとしてきた。


「……ッ!」


 その針を寸でのところで辛うじて受け止めた。


「今だッ!!」


 細い脚の節を狙ったところで致命打にはならない。

 かと言って、胴体部分の節を狙ってもそこを破壊できるという保証はない。

 なにせほんの少しでも狙いが逸れれば、硬い装甲に当たって銃弾の方はともかく、未菜さんの刀は使い物にならなくなる可能性があったからだ。


 まずはアリの身体が伸び切った状態にならないといけなかった。


 そしてその状態なら――


 未菜さんの刀が。

 ローラの銃撃が。


 生物学的に言う、昆虫の胸と腹部の節を切断する。

 金ピカに輝く上に生物感のあまりない見た目だとは言え、流石にそれなりにグロい光景だ。


 だが……


 切断した腹部は光の粒となって消滅した。

 そしてその後には、無数の魔石がそこに残った。


「よし、ビンゴだ!」


 一番最初にフレアが言っていたではないか。

 あいつは魔石を取り込んだことによって強力になっている、と。

 ならばその魔石がありそうな部分を切り離してやればいい。


 そうすれば――


「後は多少強いだけの、ただのモンスターだ」


 小学生の時に習った昆虫の体の仕組み、みたいなのをちゃんと覚えておいて良かったぜ。



2.



「残りのモンスターもいなさそうだな」


 掃討し終わったことを改めて確認する。


 体内から魔石を失った女王アリは多少他のメタリックなアリより硬い程度で、俺が素手でもトドメを刺せるくらいだった。

 ちなみにフレアにあれで倒し方はあっていたのかと聞いてみると、「お兄さまなら正面から戦っても勝てたと思いますよ?」となんとも適当なことを言われてしまった。

 いや、あれは無理だよ。

 だって俺の打撃にあいつの装甲を貫くだけの威力はないからな。

 フレアは俺の力を過信しすぎだと思う。


「それにしても、君の機転には驚かされたな。体内の魔石を取り除こうとするとは」


 未菜さんが褒めてくる。


「いや、本当に偶然ですよ。最初はあいつ金属っぽいんで何か化学薬品でもぶっかければなんとかならないかなーとかも考えたんですけど」

 

 実際、あいつ金っぽかったしもしかしたら王水でもかければ勝てていたかもしれない。

 問題はそんなものがここには存在しないということだが。

 ふとローラが何かを思い出すような仕草をした。

 

「あ、そういえば実際、ここのボスはそういう手段で倒したらしいよ」

「え、そうなの?」


 化学薬品をぶっかけて柔らかくして倒したとか、いっそ全部化学薬品で押し切ったとかそういう話だろうか。

 仮に普通のモンスターに濃硫酸をかけても効果は薄いと何かの本で読んだ記憶があるが、相手が金属のような特性を持っているのなら話は別ということか。

 その辺興味深いから一度しっかり調べてみようかな。

 それかウェンディ辺りに聞いたらある程度詳しいことがわかるかもしれない。


「今回のように相手がボス――あるいはボスクラスの強さを持っていた場合、普通は正攻法では勝てないからな。大抵の場合は、そいつの弱点を突いたりする戦い方になる。例えば私と君が九十九里浜で戦った大型のタコみたいなボスを本気で倒そうという作戦だったら、まずはダンジョン内の水を全て干上がらせるところから始まっただろうな」

「へえ……」


 ボスを倒す為にが行われた、というニュースはちらほら見ていたが、その大規模な作戦ってそういう内実だったのか。


「ユーマが知らないのも無理はないよ。そういう情報は聞くと一般の人や力量の足りてない人が真似しちゃったりするから、基本的には伏せられてるんだ。これはアメリカでも日本でも同じだね」


 ローラが人差し指を立ててしたり顔で説明してくれる。

 

「それを俺に教えちゃっていいのか?」

「なんで? ユーマは一般の人でもなければ力量の足りてない人でもないでしょ?」

 

 心底不思議そうにローラに訊ねられる。


 あ、そうか。

 もう俺って探索者という枠で括られるから一般人ではないのか。

 ついこの間まではなかなか内定も取れずうだつの上がらない就活生だったんだけどな……

 人生、何があるかよくわからないものだ。


 精霊を召喚する召喚術なんてスキルを手に入れて、よくわからないままこの世界に飛び込んだが、思えば世界ランキング8位の人と12位の人と今一緒にいるんだもんな。


 と――その召喚した精霊こと、フレアが立ち止まってどこか遠くを眺めるようにしていた。

 

「……どうした? フレア」

「いえ、お兄さま。このダンジョンって、攻略されているのですよね?」


 フレアにそう聞かれて、俺はローラの方を振り返る。


「されてる……よな?」

「うん、確実に。だってほら、今日も1層から14層まで一度もモンスター見てないでしょ?」


 ローラの言う通りだ。

 攻略されていなければモンスターは再湧きリポップする。

 何度でも、どれだけでも、だ。


「少しだけ探索しても良いでしょうか。フレアの思い違いならそれで済む話ですから」


 未菜さんとローラを顔を合わせる。

 別に断る理由もないし、もし何かあったとしたら掃討の仕事は失敗したことになる。


「何か気になることがあるんだな?」

「……はい。場合によってはウェンディお姉さまやスノウにも相談しなければいけないことかもしれません」


 そんなにか。

 なら尚更その気になることとやらを放っておくわけにはいかないな。


「すみません、もうちょっと付き合ってください」


 未菜さんとローラに言う。


「別に構わないさ」

「ボクも気にしないよ。さっきみたいに探知できない地面や壁に潜ってるモンスターなんかがいたりするかもだし」


 

 だが、歩きだしたフレアに着いていった俺達に待っていたのは、モンスターなんてものではなかった。


「……これは……」


 そこにあったのは、ダンジョンの更に下へと続く階段。

 しかし見慣れたものとは少し違い、淡い光を放っている。


「……このダンジョンって15層が一番下じゃなかったのか?」

「ボクが事前に聞いた情報では15層が一番下だって聞いてたけど……」


 その情報が間違っていた?

 いや、そもそも階段の様子がいつもと違う。

 何かがおかしい。


 フレアも考え込むようにして階段の前に立ち尽くしている。


「……お兄さま、気付きませんか?」

「え?」

「実はここ、フレア達は一度通っています。あのアリを倒している時に」

「……そうなのか?」


 正直どこも同じような見た目をしているので俺にはちょっとわからない。

 地図を見ながら歩いていたわけでもないしな。

 むしろわかる方が凄いと思うのだが……


「その時はこんなものはありませんでした」

「もしかして、女王アリを倒したから出てきた階段とか?」


 そういうギミックみたいなのがあるというのは聞いたことがないが。


「それにしてはタイミングがおかしいです。倒した直後にこれが出現したのならまだしも、フレアの探知に違和感が生じたのはつい先程ですから」


 ……ということはあくまでもあの女王アリは無関係か。


「そもそもこのように光る階段は見たことがない。異常事態であることは間違いないだろうな」


 未菜さんが階段にぺたぺたと触れながら言う。

 

「触った感じは普通っぽいが」

「うーん、これは一旦戻ってクライアントに報告かなー」


 ローラもどうするか決めかねているようだ。


「どうする? フレア。俺達だけでもちょっとこの先の様子を見てみるか?」


 未菜さんとローラには先に戻ってもらって、報告をして貰う。

 俺だけならともかく、フレアがいれば大抵のことは問題なく対処できるだろう。


「いえ。一度戻って、ウェンディお姉さまの指示を仰ぎます」


 出てきたのは慎重な言葉だ。

 そこまで警戒しなければならないものなのだろうか。


「それだけ未知の状況ですから。それに――」

「それに?」

「この下にいるモンスターの気配は、ここまでのものとは桁が違います」


 フレアは真剣な表情でそう言うのだった。

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