第68話:メタルなアリ

1.



「こりゃ骨の折れる作業になりそうだな……」


 ダンジョン掃討、恐らく最終日となる今日。

 俺達は最後の層である15層まで来ていた。


 事前に聞いていた情報の通り、メタルな見た目のアリがそこら中にわんさかいる。

 ざっと1メートルくらいはある上に、動きは割と素早い。

 でかい上に色もメタリックなので非現実感増し増しで意外と気持ち悪くないことくらいが救いだろうか。


「フレアが一気に焼き払ってしまいましょうか?」

「……いや、魔力を上げる為にも一匹一匹倒してくよ」


 フレアの提案はかなり魅力的なものだったが、そもそも同行して貰っているのは万が一があった時の保険である。

 あくまでこれは俺が引き受けた、未菜さんとローラと共にこなす仕事だ。


「流石お兄さまです、その心意気が素敵です!」


 もはやフレアは俺が散歩しているだけでも歩いている姿が素敵だとかで褒めてくるのではないだろうか。

 しかし悪い気はしない。


「一匹あたりは大して強くないが、数が多いのとやたら硬いと聞く。幸い、私たちのパーティは火力という点では不安はないが――それでも時間はかかりそうだな」


 未菜さんが刀を抜き放ちながら言う。

 硬い相手と刀との相性はあまり良くなさそうだが、刃こぼれとかは大丈夫なのだろうか。

 ……ここまで大丈夫だったのだからまあ平気か。


「ユーマ、ミナ、準備はいい?」


 2丁拳銃を構えるローラが聞いてくる。

 未菜さんは刀だし、ローラは2丁拳銃だしでかっこよくていいな。

 俺なんてただの黒い棒だぞ。


 本来ならばこういう厄介な相手は迂回してやり過ごすのが正解だ。

 だが、今回の作戦はあくまで

 全て叩き潰すしかない。


「さて、やりますか!」



2. 

 


「……これで大体終わりだろ」

 

 足元のメタルなアリが細かい光の粒となって消え、小さな魔石がそこに残った。


「粗方片付いたと言っていいだろうな。モンスターの気配もない」

「最後に見回りして問題なさそうだったら帰ろっか」

 

 未菜さんとローラもひと息つくようで、刀と拳銃をそれぞれ仕舞った。


 事前に聞いていた情報通り、一匹一匹の強さは大したことなかった。

 硬さは確かにそこそこのものだったが、単純な強度だけで言えば俺の持っている黒い棒でも砕けるくらいだったし、未菜さんの刀でも問題なく斬れるくらいのものだった。

 もちろんローラの弾丸も有効だった。

 というか、拳銃であの装甲を貫くだけの威力があるってかなりのものだよな。


 対物ライフルくらいの威力があると勝手に思っていたがもしかしたらそれ以上あるんじゃないか?

 しかしああいうのってそもそも弾自体が大きくて重かったりするから成り立つものなのに、精々ちょい大きめくらいの拳銃に込めることのできる弾でどうやってあんな威力を出しているのだろうか。


 ……そんなことを気にしても俺にわかるわけないか。

 そもそも普通の人間が素手でコンクリをぶち抜けるようにさえなれるんだし。

 

「にしても、流石に疲れたな……6時間くらいぶっ続けて狩り続けてようやくってところか」


 多分、全員合わせれば500匹くらいは倒したのではないだろうか。

 あるいはもっとかもしれないが。

 もちろん、この階層にはアリだけではなく他のモンスターも出てくるのでそれもちょくちょく狩りながらだが。


「ユーマがいなかったらもっと時間がかかってたよ。ありがとね」


 ローラが俺に向かって微笑む。


「いいってことよ」


 ……ローラに関してはあんなことがあった後なのでどうなることかと思っていたが、今の所は心配ないようだ。

 上手く切り替えられたのだろうか。

 ……それにしても、フレアは彼女に何を言ったのだろうか。

 たまにローラから熱い視線を向けられているのは気のせいではないだろう。


 ちなみに未菜さんには俺とローラがちょっとした手合わせをしたという風に伝えている。

 

 未菜さんとしてもなんとなくぎこちないくらいの空気感は感じ取っているかもしれないが、仕事に支障が出ないようならそれをわざわざ口に出すことはしないだろう。


「一旦休憩を挟もうか。腹が減っては戦が出来ぬ、と言うしな」


 よくある諺ではあるが、武士然とした未菜さんが言うとなんか妙に説得力があるように聞こえる。

 いつも通りフレアが全員分用意してきた弁当を食べようと、未菜さんがレジャーシートを広げようとして――動きを止める。

 それで、ふと周りを見渡すようにした。


「……どうしました?」

「……いや、何か嫌な予感のようなものがしてな」


 言われて、聴覚を強化して辺りの様子を確認してみる。

 だが、おかしなことはない。


「……私の気にしすぎか?」

「まったく、驚かせないでよね、ミナ」

「ははは、すまない」


 未菜さんとローラが戯れている中――フレアがくいっと俺の袖を引っ張った。

 

「どうした?」

「油断しないでください、お兄さま。未菜さんが踏んでいる場数はフレアよりも上でしょう。彼女の嫌な予感は無視しない方がいいかと」

「……わかった」


 見れば、未菜さんもローラもなんとなく周囲には気を配っている。

 流石はプロと言ったところか。

 その辺りの意識は俺のそれとはだいぶ違うようだ。


 とは言っても、予感は予感だ。

 何かが起きるという確証もない訳で、注意ばかりして何もしないという事も良くはない。

 実際、ずっと動きっぱなしで疲労は蓄積している。


 休むのも必要だろう。


 そう思い、一番力のある俺がずっと持っていた大量の魔石が入った袋を置いた瞬間――


 、と地面から突如として生えたのようなものがその袋を飲み込んでしまった。

 

「は――!?」


 あまりにも現実離れした光景に思わず飛びずさる。

 未菜さんとローラも武器を構え直し、依然として地面からそびえ立つ昆虫の口に向かって警戒している。


「……なんだこれ……てか、魔石を食いやがったのか……?」


 地面から這い出るようにしては全容をあらわにした。


 でかい――アリだ。


 先程まで相手していたメタリックなアリ達も大きかった。

 だが、それよりも更に大きい。

 高さだけでも2メートル半くらいはあるだろう。

 全長で考えれば……6メートル近いのではないだろうか。

 メタリックなアリ達が銀色に光っていたのに対して、こいつは黄金に光っている。


「さっきのアリ達の親玉……か?」


 色合い的にも大きさ的にもかなりそれっぽいが。

 

「先手必勝だよ!」


 そう言って真っ先に動き出したのはローラだった。

 黄金に光るアリの口元に黒い穴のようなものが出現し、そこから大量の弾丸が発射された。

 一発一発が対物ライフル並かそれ以上の威力を誇る弾が、今一瞬で目視できただけでもどう低く見積もっても数十発は同時に炸裂した。

 空間袋ポーチにあらかじめ大量にストックしておいたのだろう。


 だが、黄金のアリは傷一つ負っていない。


「うそぉ……」


 それを見たローラが唖然としている。

 ……多分、今の一撃はフレアを除く俺達が出せる最大火力だっただろう。

 だがそれで傷一つ負っていない。


 黄金のアリが動き出す。 

 とは言ってもただ突進してきただけなので、俺が止めようと前に出て――


「――うぉっ……!?」


 なんとか角のようになっている口元を抑えて止めたが、かなりの力だ。

 油断しているとそのままぱっくりといかれそうなくらい。


「ユーマ!」

 

 ガガン、とローラの発射した弾丸がアリの目のようなところにヒットして、それで怯んだのか後ろに下がる。


 だが、それでも傷はついていない。

 目が弱点……というわけではなさそうだ。


 しかしアリはまるで警戒しているかのように追撃はしてこない。

 自分の攻撃を止められ、あまつさえ反撃を受けたことに驚いているのだろうか。


「お兄さま、あのアリは恐らく女王アリです。配下のアリが残した魔石を食らって力を増しているので、もしかしたらボスと同等かそれ以上の力を持っているかもしれません」


 後ろで様子を見守っていたフレアが言う。


「マジか」


 魔石を食らってパワーアップ?

 そんなの初めて聞いたぞ。

 だがフレアが言う以上、あり得ない話でもないのだろう。


「……そんなことがあるとはな」

「少なくともボクは聞いたことないかな」


 ……あれ、未菜さんとローラも知らないみたいだぞ。

 となると、やっぱり特殊な存在ではあるのか。


「お兄さま。フレアはウェンディお姉さまに、お兄さまの成長の為にギリギリまで手を出すなと言われています。もちろん大怪我をしそうなら横槍を入れますが、基本的にはお兄さま達で倒してください」

「……マジかよ……」


 ボスと同等かそれ以上なんだろ?

 新宿ダンジョンで俺とボスを戦わせたスノウもそうだったが、基本的にこの姉妹はスパルタなのだろうか。


「安心しろ、悠真君。君は一人じゃない。私とローラももちろん戦うさ。それは構わないだろう?」

「ええ、もちろんです」


 フレアは頷く。

 あくまでも自分は手出ししないというスタンスか。

 ……いいさ、やってやる。

 俺だっていつまで経ってもフレア達精霊に守られてばかりじゃダメだ。


「……未菜さん。あいつの力は途轍もないです。絶対に正面に立たないでください」

「ああ、わかった」

「ローラ、さっきの一斉に弾丸を発射させる奴、できるか?」

「うん、できるよ。1分くらいかかるけど……」

「十分だ。すぐにでも始めて、準備ができたら言ってくれ」


 さて……

 後はなるようにしかならないな。

 俺は黒い棒ことシュラークを。

 未菜さんは自分の刀を構える。

 

 俺達の作戦会議を待ってくれていた訳ではないだろうが、ちょうどそのタイミングで黄金のアリは動き出した。

 

 金属をすり合わせているかのような耳障りな奇声を発しながらこちらへ突進してくる。


「止ま――れえ!!」


 思い切りシュラークをぶつける。

 ――が。

 どうやら相手の装甲の硬さがシュラークのそれを上回っていたらしく、こちらの武器が簡単に砕けてしまった。


「おわっ!」

 

 咄嗟に躱す。

 ほんの少し服に掠ったお陰で、腹の部分の布が多少裂けてしまったが体には傷はない。

 

「マジかよ……」

「悠真君、大丈夫か!?」

 

 未菜さんが俺の援護をするようにすぐ隣に立つ。


「平気です、怪我はありません。ただ……」

「君の武器が簡単に砕けてしまうとはな。私の刀も硬度はさほど変わらん。決定的な隙に叩き込んだ方が良さそうだ」


 使っている素材の良さで言えば明らかに未菜さんの刀の方が上だろうが、刃物とただの棒では強度に差が出る。

 結果としてシュラークと大差ない強度になってしまうのだろう。

 普段は未菜さんの技量もあってそれで全く問題ないが、ここまで敵の装甲が硬いとなると話は別だ。


 やはり瞬間的な火力でなんとかするしかないか。

 ……一回だけ試してみるか。


「未菜さん、今から俺があいつに隙を作るんでそこに叩き込んでください」


 隣に立つ未菜さんへ指示をする。


「……何をするつもりだ?」

「見てればわかりますよ」


 芸のない突進を繰り返す女王アリにカウンターを合わせる為に集中する。

 ほど切羽詰まってるわけじゃない。

 落ち着いてやれば許容範囲を超えることはないはずだ。


 右手に魔力を――

 意識するだけでなく、意図的に集中させる。

 

「あ――」


 フレアは直前に気付いたようだ。

 ゴン、と硬い物同士がぶつかったような音が鳴り響き、女王アリの巨体が浮き上がる。


 その瞬間を見逃す未菜さんとローラではなかった。


「はっ!」

「今!」


 鋭い一撃と凄まじい一撃が同時にアリの脚に炸裂し、前脚2本が吹き飛ぶ。


 巨体が浮き上がった一瞬だけ、脚のちょこまかとした動きが止まったのだ。

 その一瞬で脚の節を狙ったのだろう。

 二人共流石の技量である。


 これだけの巨体故に脚を2本も失えば立ち上がることもできない。

 ごん、と硬質な音を立てて女王アリが地面に伏せた。


 後は動けない相手をなんとかして倒すだけだ。


 ……なんとかなったな。


「おに~さま~?」


 ふふふ、と笑いながら近づいてくるフレア。

 こ、怖い。

 笑いながら怒ってるぞ……!


「それは加減を間違えれば自らの身体を傷つけるので禁止だと、ウェンディお姉さまから聞いているはずですよね?」

「ちゃ、ちゃんと適切な加減はしたぞ?」

「いえ、今のはお兄さまが自分の限界よりもかなり下のラインで妥協しただけです。あれくらいの打撃なら、むしろ魔力の許容量に意識を割かずに全力で叩いた方がよほど強い攻撃になります」

「……ですよね」


 今のは自分で失敗したと気付いた。

 有り体に言って、ビビッたのだ。

 また失敗して、腕があんな風に――炭のようになってしまうのを。

 フレアの言う通り、無駄なことに意識を割くより普段どおりのフルパワーの方がよほど威力が出たことだろう。


「ねえ、ミナ。ユーマ。ボクの見間違いじゃなければ、あのアリ、脚が治っていってない?」

「え?」


 ローラの言葉に脚の断面を見てみると、確かに徐々に治っていっているように見える。

 嘘だろおい。

 あの調子じゃあと30秒もしないで元通りだぞ。


「お兄さま、もう今のは禁止ですからね」


 そう言ってフレアは特に取り乱す様子もなくまた離れていってしまった。

 先程と同じような隙は普段どおり殴れば作れるだろう。


 だが、それだとまた30秒で回復してしまう。

 それに節狙いでないと未菜さんの斬撃もローラの銃撃も有効打にはならない。


 ……どうしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る