第70話:変質するダンジョン
1.
攻略されたダンジョンには通常、そこが一番下の層だったとしても一気に地上まで出るための出口に相当するものが出現する。
極稀に例外もあるらしいが、この鉱石ダンジョンとでも呼ぶべきダンジョンには幸いにしてそれが存在した。
どうやら下への謎の階段が出現したとしても、その出口自体が消えることはないようだ。
ボーナス部屋みたいなものに続くのだろうか。
いやしかしフレアが階段の下からは強力なモンスターの気配を感じると言っていた以上、少なくともボーナス……というわけではないか。
ダンジョンの外へ出ると、「申し訳ないのだが、スマホを貸してくれないか? 柳枝へこのことを報告しておきたい……電話ってどうやってかけるんだ?」という機械音痴な未菜さんからの申し出があったのでとりあえず柳枝さんへコールをかけてからスマホを渡しておく。
ローラも「
「最下層に出口があったってことは、あのダンジョンはやっぱり攻略済みってことでいいんだよな」
「実際、モンスターの
二人がいなくなったからかここぞとばかりに腕に絡みついてくるフレア。
ダンジョン内では咄嗟に動けないのは危険だということで離れていたが、そうでなくなれば遠慮をするつもりはないようだ。
しかしこの体勢で真面目な話をするのもなんだか間抜けな絵面だなあ。
「となると、あの階段はやっぱりなんらかの原因で突然出現した、って考えるのが自然だよな……何かフレアの経験上で過去にそういうことはあったりしないのか?」
「お兄さまに頼っていただくのは大変嬉しいのですが、残念ながら記憶には……ウェンディお姉さまなら何か知っているかもしれません」
「スノウも何か知ってるかもしれないしな」
「いえ、基本的にフレアがダンジョンへ行く時はスノウも同行……して……いました……ので……」
途中で台詞がフェードアウトしていったので何事かと思って見てみると、フレアがこめかみを押さえるようにして苦しそうに目を閉じていた。
「フレア? 大丈夫か?」
「……いえ、スノウから既に聞いているとは思いますが、実はフレア達には記憶の整合性が取れていない箇所があるんです。そこについて思い出そうとすると、今のように……」
「……あまり無理はするなよ?」
「はい、ありがとうございます、お兄さま」
フレアは少し強がるように笑みを浮かべた。
……不安だろうな。
自分の過去が不確かなのは。
記憶の整合性、か。
スノウもウェンディもフレアも皆が皆、記憶に穴があったり整合性の取れない部分があるのは何故なのだろうか。
三人の共通点と言えば精霊であることと姉妹であることだが、そこに何かヒントがあるのか?
……まあ、スノウじゃないがウェンディが考えてわからないことを俺が考えて答えが出るはずもない。
後天的に精霊になった可能性……か。
もしそうだとしたら、俺が精霊になることも可能なのだろうか。
いや、精霊になるったって何のメリットがあるんだ?
元々人間として生きていた人たちがわざわざ召喚術師に召喚されなきゃ戦えないような存在になる――というのは少し考えづらいような気がする。
よほど特殊な事情があったのか、あるいは意思の介在しない何かの要因があったのか……
考えれば考えるほど訳が分からなくなっていくな。
などとあれこれ考えていると、未菜さんがスマホ片手に戻ってきた。
フレアは何事もなかったかのように腕から離れる。
何やら深刻そうな表情を浮かべているな。
「……どうしました?」
「いや……ちょっとな」
「もしかしてあの階段、思ったよりかなりまずいんですか?」
「あの階段……というよりは……いや。すまない、幾ら君たちでも、まだ情報が不確定すぎて喋れないんだ」
フレアと顔を見合わせる。
不確定すぎて何も言えないということは逆に考えれば、あの階段についてなんらかの推測がついているということか?
一体何が起きているのだろうか。
「とりあえずしばらく様子見してその原因不明の階段より前にモンスターが湧かないことを確認したら報酬は振り込んでくれるってさ……って、どうしたの? ミナ、深刻そうな顔だけど」
電話を終えたローラが戻ってくる。
流石は未菜さんのファン(?)、一目で彼女の違和感に気付いたようだ。
「ちょっと例の階段について、な」
「ダンジョンなんだし、不思議なことが起きても不思議じゃないんじゃない? あれ、不思議な……不思議? 日本語って難しいな……」
自分で言ったことに混乱しているローラに未菜さんは苦笑する。
「言いたいことは伝わるよ……もう少し詳しいことがわかったら柳枝から連絡があると思う。ニュースになる方がもしかしたら早いかもしれないが」
ニュースって……そこまでのことか。
いや、当然ではあるのか。
攻略したはずのダンジョンに更に下の階層が発見されたのだから。
「とりあえず今日は解散かな? ミナ、ユーマ、協力してくれたお礼は先に振り込んでおくからね」
「私は別にいいのだが……」
「そんなこと言ってるとまたヤナギに怒られちゃうよ?」
怒られたことあるのか……
「俺も別にいいよ。金なら割と幾らでもあるし」
実質友達からの頼みみたいなものだ。
「ダメダメ。お金のことはちゃんとしなきゃ! 後でいいから、ちゃんと振込先教えてよ」
しっかりしてるなあ。
この辺の価値観は日本と海外とで異なったりするのだろうか。
それとも個人の性格なのだろうか。
「それじゃミナ、またね。ユーマも……また会えたらいいな」
原因不明の階段が出てきたとは言え、15層までの掃討という仕事はこなした。
なので彼女の仕事は終わり、これでお別れというわけだ。
とは言え、ローラとはまた会いそうな気がするので特別寂しさなどは感じないが。
「ああ、また――」
「んっ」
俺が別れの挨拶をしようとすると、ととっと駆け寄ってきたローラがキスをしてきた。
しかも口に。
「なっ……」
海外では親愛の証としてキスだのハグだのの文化があると聞いたことはあるが――
「にへへ、日本じゃこういうのを不意打ちって言うんだっけ?」
「なななっなな、ローラ!?」
何故か俺よりも動揺している未菜さんと、突然のことに全く反応の返せない俺を置いてローラは去っていってしまった。
「むむむ……やっぱり未菜さんに憧れを持たせたままの方が良かったかも……」
なにやらフレアが小声で呟いたが、ギリギリ俺に聞こえないような声量だったので何と言っていたかはわからなかった。
2.
「攻略済みのダンジョンに新たに下へ繋がる階段……ですか」
ホテルへ戻ってきてすぐにウェンディ達へ話をすると、どうやらウェンディもスノウも現象に対しての心当たりがないようで考え込むようにしてしまった。
「その階段が出たのはどのタイミングだったのよ」
「何もしてないタイミングだったわ。最後の見回りをしている最中で違和感に気付いたから」
俺やウェンディに対するものに比べて砕けた口調でフレアがスノウへ伝える。
別段険悪な雰囲気は感じないので、双子ということでやはり仲は良いということだろう。
「何もしてない……ねえ。悠真が何かいらないことをしたんじゃないの?」
「いや、特に何もしてない……はずだ」
俺に対する信頼度のなさよ。
俺自身も存外自分のことを信頼できていないが。
本当に何もしていないか己の行動を思い返してみるが、やはり心当たりはない。
うん、俺はなにもしてない。
俺は悪くない……と思いたい。
「しかしフレア、よく引き返してきましたね。マスターの身の安全が私たちにとっては最優先ですから」
「はい、ウェンディお姉さま。私がいる限り、お兄さまには毛先一つほどの危機も訪れませんわ」
あの女王アリとの戦闘は危機扱いではないのか……
結構瀬戸際だったと思うんだけども。
「可能であれば私達が三人揃っている状態で調査へ向かいたいところですが、ここがアメリカというのが……」
「ビル型のダンジョンみたいに上から侵入! とかはできないしなあ」
「何か良い機会に恵まれれば、その隙に突撃しても良いのですが……」
ウェンディはさらっと物騒なことを言う。
できれば正攻法がいいなぁ……
というかあれ、知佳に聞いた話によると若干ネットで騒がれてるんだよな。
野次馬が偶然俺たちが突入する瞬間を動画に撮っていたらしく、もちろん普通のカメラで捉えられるような速度ではないのでちゃんとは映っていないのだが。
謎の飛行物体としてちょっとした話題になっているのだ。
「っと……」
そんなことを話している途中でスマホに電話がかかってきた。
通知は……柳枝さんだ。
既に柳枝さんから電話がかかってくるイベント(?)は周知なので軽く合図だけして三人から離れる。
「はい、皆城です」
『柳枝だ。すまないな、突然。君が伊敷と共に潜っていたダンジョンで見たという階段の件についてだ』
やはりか。
何かわかったら連絡してくると言っていてさっきの今で電話をかけてくるのは流石と言う他ないな。
「何かわかったんですか?」
『出現した理由……はわかっていない。だが、条件はわかった』
「条件?」
『実はこの1時間程で全国……いや、全世界で同じような事例がちらほら報告されているのだ』
「なっ……」
全世界で……だと?
あのダンジョンだけの話じゃなかったのか!
『しかも報告されている時間から推測するに、どうにもどのダンジョンでも階段の出現タイミングはほとんど同じか、完全に同一だと考えていい。そして全てのダンジョンに共通された前提条件がある』
「前提条件……ですか?」
『階段が出現したダンジョンはどれも攻略済みのものだ』
「……攻略済みのダンジョン……」
『それも、まだ情報が揃いきってはいないが……恐らく攻略されているダンジョンは全て、だな』
「待ってください。まだ確定情報じゃないんですか?」
『ああ。君達には一刻も早く知ってもらう必要があるという判断になった。主に、私と伊敷の間で決めたことだが』
「どういうことです?」
柳枝さんはやや言いづらそうに続けた。
『……実は君達に、突然出現した階段の向こう側の調査を依頼したいのだ』
……ウェンディ。
どうやら機会があちらから舞い込んできたみたいだぞ。
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