第65話:想うが故
1.
数時間後。
ホテルへ戻ってきた俺はいつもより少し長めにダンジョンへ潜っていたという精神的な疲れもあって、ソファに転がってダラダラしていた。
肉体的にはすこぶる元気なのだが。
風呂には先にフレアが入っているので、今は待機だ。
知佳と綾乃が何やらパソコンで仕事をしているのをぼんやり眺める。
……知佳との初対面って、いつなんだろうなあ。
すると背後から声をかけられた。
スノウだ。
「疲れてるわね」
「そう見えるか?」
「まだまだダンジョンに慣れるのは先そうね」
「まあな。やっぱモンスターって言っても殴ったり蹴ったりする時の手応えが生き物だからさ。なんか精神的に疲れるよな」
「そこは慣れるしかないわ」
ソファに寝転がっている俺の横に座るスノウ。
かなりの至近距離にスノウの尻があるのだが、気にしたりしないのだろうか。
「ぶち殺すわよ」
「お前俺の思考読んでないか!?」
邪な視線を感じた、とかだろうか。
近くに来たから見ただけなのに!
「そんなことより、どうなの、ダンジョン探索は。フレアがついてるとは言え、手は出してないのよね? 精霊の力を借りずにって言うのは初めてでしょ」
「そう言われてみればそうか。ボスに遭うようなことがなければ特にこれと言った困ったことはないな」
「そういう意味じゃあんたもそこそこやるようにはなったのね。最初は雑魚オークにもビビってたのに」
「別にビビっては……いたけどさ」
「ほらみなさい」
くすりとスノウが笑う。
笑うと可愛いよなあ。
笑ってなくても可愛いけど。
あれ、こいつ無敵か?
「そっちこそどうなんだ? 俺たちがダンジョンへ行っている間、何か変わったようなこととかは」
「ちらほら怪しいのがうろついてるわね。こっちに手を出してくるような気配はないけど」
「ふぅん……色々苦労かけるな」
「別に大したことじゃないわよ。別に手を出してきたとしても部屋にいるまま弱っちいのをちょっとおどかして追っ払うだけだし」
そう言いながらもしっかり頬を少し赤くしているスノウ。
チョロいなあ……
ツンデレなのにすぐデレる。
やっぱりすぐツンに戻るけど。
「ティナはどうだ?」
「ご両親とちょこちょこ電話で話したりしてるわよ。危険だから会うのはもう少し先だけど、そんな寂しそうにはしてないわ。そういえばティナって日本に移住させるのよね?」
「そうなるだろうな。ダンジョン管理局が手続きを進めてくれてる」
あっちはあっちでめちゃくちゃ忙しいだろうに色々任せてしまって申し訳ないな、本当に。
魔法の件のこともあるので全く気にしなくていいと柳枝さんも未菜さんも言ってはいるが。
「あたしがいなくても一人で身を守れる程度にはもう魔法が使えるようになってるから、少なくともここより平和な日本なら心配はないわね」
「そんなにか」
「知佳や綾乃は仕事してるし、ウェンディお姉ちゃんはその手伝いができるけどあたしは無理だもの。ずっとティナに魔法を教えてるのよ。そうね、もう探索者としてやっていけると思うわ。身体能力強化もちょっとずつできるようになってるし」
「すごいな。もう身体能力の強化までやれるのか」
「部分的な強化は比較的簡単なのよ」
……部分的な強化?
「例えば右腕だけのパワーを上げたいのならそこまで大きな魔力は必要ないでしょ。あたしも暇だから色々調べてみたけど、大多数の探索者はこの部位強化を無意識にしているわね。攻略の進み方からして練度は大したことないけど。で、ある程度魔力がある人は全身を強化できる。当然部分的な強化と組み合わせれば一気に強力な戦力になるわ」
「へえ……」
「へえって、あんたはそれを無意識に実践してるでしょ」
「ああ、あのボスにやったやつか」
そう言うとスノウは呆れたように溜め息をついた。
「あれはまた別よ。あんな危険なことティナにやらせるわけないじゃない。あたしが言ってるのは、視覚とか聴覚とかをあんたが強化してるって話」
「ああ、そういうことか」
「そこに関しちゃあんたのバランス能力はかなり優れてるわ。ティナもまだ完璧じゃないのに、あんたは何も教えなくても勝手にやれてる」
「そこまで褒めるなよ、照れちゃうぜ」
「スケベバカ」
「……なんで急に罵倒した?」
「あんたが褒めるなって言ったからバランスを取ったのよ」
俺が無駄に傷ついただけだと思う、それ。
やっぱり褒めて。
もっと褒めて!
「ティナの話に戻るけど、あの子は意識的に……それも魔法を扱うことで魔力の流れを他の人よりもずっと理解しているから、ほとんど無駄なく強化できるようになってるわ。その気になればスポーツで世界記録を乱立できるかもしれないわね」
「そりゃ恐ろしい話だな」
しかも戦えるようになれば自発的にモンスターも倒せるわけで、これからもっと強くなる可能性だってある。
そうなれば全身の強化だって魔力が足りるようになるかもしれない。
それに加えて魔法も使えるのだから、高い戦闘技術に裏打ちされた近接戦闘を行う未菜さんや、無駄に多い魔力の身体能力でゴリ押しする俺とは違ってどちらかと言えば後方支援……銃で戦闘するスタイルのローラに近い形に落ち着くのかな。
いやでもローラは普通の近接戦闘も相当強いみたいだからまた別か。
拳銃を使って近距離戦をこなすという、アクション映画もびっくりな戦闘シーンを何度か目撃している。
持っている武器的には中距離専用っぽいが、実際のところ拳銃の有効射程はそう長くはないらしいしそんな遠くから撃っているところはそもそも見ていない。
ダンジョン用のライフルなんかも開発されてはいるが狭いところでは跳弾の問題やそもそも取り回しの鈍重さが問題になったりして、部隊単位での運用くらいしかされていない。
そもそも拳銃の時点で十分な火力が出るので、それこそ大勢で叩くボス相手にくらいしか使わないのだ。
あとそこまでの兵器になってくるとダンジョン用武器を持つ時のそれとはまた別で特殊な資格が必要になってくる。
そこへ身一つで遠距離から攻撃できる魔法使いが参入するとなれば、どう考えても引く手あまただろうな。
どこかの攻略組集団や会社から引き抜きが来てもおかしくない逸材だ。
まあ、最終的にはその辺はティナのやりたいようにやってもらうのが一番だが。
「……そういやスノウって近接戦闘はできるのか?」
「武術的な心得のことを言ってるならあたしはほぼないわよ。別に戦えなくはないけど。姉妹の中で言えば、ウェンディお姉ちゃんはナイフ術に長けてるわ」
「ナイフか」
既に切れ味抜群の風を持っている以上それが必要なのかどうかという問題が発生するが……
しかし魔法や精霊の力が通じない敵が出てくるかもしれないと考えると習得しておくのは有りか。
「なんで急にそんなこと気にしだすのよ」
「いや、俺もそろそろなにか武術的なものを習得した方がいいのかなとか思って」
俺がそう言うとスノウは呆れたような目で俺を見た。
最近その目が癖になりつつあると言ったらスノウは引くだろうか。
「あんた自分の身体能力わかってる? 人間用の戦い方を覚えたところで何の役に立つのよ」
「……絶対役に立たないってことはないんじゃないか?」
「極めればそうかもしれないわね。数十年単位で」
数十年て。
「ちょっと先が長すぎるなあ……けど俺って今のままじゃボスには手も足も出ないからさ」
ボス相手になると精霊頼りになってしまう。
それがいいことなのか悪いことなのかで言えば、明らかに悪いだろう。
もし何かしらのアクシデントで精霊と離れ離れになったりすれば――
あのスーツ姿のボスを相手にした時のように、一方的に蹂躙され死ぬか、死にかけるかだ。
「一番手っ取り早い方法はもう教えてるでしょ」
「手っ取り早い方法?」
「
「あれで一番手っ取り早いのかあ……」
そういえばウェンディは自分の知る限りあれを習得した今までの最速が2年とか言ってたけど、未菜さんはあっさり成功してのけたんだよな。
魔力量の問題でそれを維持できなかっただけで。
そう考えると俺も絶対不可能という訳ではないのだろう。
頑張るかあ……
黒い棒のストックはまだまだあるのでまた裏庭で練習でもしようと思って立ち上がると、そのタイミングでスマホが鳴った。
ここ最近、よくスマホで連絡を取っている気がする。
しかし着信は登録されていない番号……だが見覚えはある。
ローラの携帯番号だ。
俺が登録し忘れていただけか。
電話に出ると、普段とは少し異なった様子のローラの声が聞こえた。
「ボクだよ、ユーマ。今ホテルにいる?」
「? ああ、いるけど。それがどうかしたか?」
「下まで降りてきてほしいんだ。ちょっと話があるから」
ここまで来てるのか。
ちょうど俺も下に降りる用事があったし、断る理由もない。
「わかった」
と返事をすると、電話が切られた。
「ちょっと下に行ってくる。敷地からは出ないから安心してくれ」
そうスノウに伝え、俺はローラの待つ下へ向かった。
……しかしなんか元気なかったな、ローラ。
どうしたんだろう。
2.
エレベーターで下の階へ着くと、エントランスで見覚えのある銀髪ショートカットの少女――ローラがいた。
デニムパンツにTシャツ、そして小さなポーチとカジュアルな格好だ。
ダンジョンへ行く時とは全く雰囲気が違う。武器も持っていないしな。
ついでに
しかし今のローラの格好は露出も相応に多いのでやや目のやり場に困るな。
少し微笑みながら話しかけてくる。
「急にごめん。ミナに居場所を聞いてきたんだ」
「それは構わないけど……大丈夫だったか? この辺、結構物騒だから」
「大丈夫。ボクも結構強いからさ――ちょっと外へ行こうか。ここ、裏庭があるんだよね?」
そう言ってローラが歩き出すので、俺もそれについていく。
「で、どうしたんだ? 話があるってことだったけど」
俺がそう切り出すと、ローラは少し逡巡するような様子を見せた。
しばらくして口を開く。
「ユーマさは……ミナのことどう思ってる?」
「未菜さんか? 強力なスキルも持ってるし、本人の技量的にも隙はない。一緒にダンジョン潜ってると相当心強いよ」
戦闘における<気配遮断>の有用性は直接手合わせをして身をもって知っているし、そもそも汎用性が相当高い。
殴る蹴るしかできない俺よりもダンジョン攻略という点ではずっと有効だろう。
しかしローラの求めていた答えはそうではなかったようだ。
首を振り、こちらをちらりと見た。
「そうじゃなくて――ひとりの女性として」
「……素敵な人だと思うよ」
質問の真意を測りかねたが、俺は正直に答えることにした。
一見近寄りがたい雰囲気は出ているがその実結構抜けてるところがあったり、褒められると可愛らしく照れたりもする。
俺からすれば否定的な意見が出るわけもない。
「そっか」
ちょうどそれくらいのタイミングで、裏庭に到着した。
一体何をするつもりなのだろう。
ローラはポーチを開いて、手を突っ込んだ。
「それじゃやっぱり、君より強いボクを証明しなきゃいけない」
ポーチから出た手には――ダンジョン内で何度も見た拳銃が。
そしてそれを俺に突きつける。
多分、並の人間にそれを撃てば跡形もなく爆散するだろうと言えるほどの威力を誇る拳銃だ。
「……どういうことだ?」
俺は黙って両手を挙げた。
ローラが俺に拳銃を向けている。
何のために?
「ミナは自分より強い人を求めてた。だからボクは何年も何年も努力して、ここまで登り詰めた。それを君が横取りしたんだ」
淡々と――普段の人懐こい笑顔からは想像もできない冷たい目で俺に言う。
「……何を言ってるんだかさっぱりわからないな」
「避けないと君でも死ぬかもね」
パスン、と消音済みの発砲音が鳴る。
ほとんど正確に俺の眉間を狙っていた銃弾を、忠告通り躱した。
銃口が見えている状態で、撃つとまで宣言されていれば避けることくらいは容易い。
だが――
その直後。
俺の左耳のすぐ近くを、銃弾が後ろから通過していった。
その銃弾が地面に突き刺さり、着弾地点が思い切り爆ぜた。
キィン、と耳鳴りがする中で俺は思わず左耳を抑える。
出血はしていない。
当たってはいないようだが……
何故後ろから銃弾が飛んでくるんだ?
感覚を強化するが、背後に誰かがいる様子はない。
隠れるのなら茂みの中だが、そこから撃ったにしては弾道がおかしい。
斜め上から飛んできたから、すぐそこの地面に銃弾が突き刺さっているのだ。
しかしこの弾道で撃てそうなところには何もない。
「ボクの
「……銃弾を曲げるスキルか?」
「ハズレ」
改めてローラは俺に拳銃を向けた。
「お前と戦う理由がない」
「ボクにはある」
「……未菜さんのことか?」
返答は銃弾だった。
やはり正確に俺の眉間を狙う銃弾を躱す。
だが、先程と同じならまた背後から来るはずだ。
そう警戒した俺の真横から、銃弾が目の前を通り過ぎていった。
先程と同じように地面に突き刺さり、そこが大きく抉れる。
それを見たローラは淡々と告げる。
「これで2回、ボクは君を殺せてた」
「勘弁してくれ。このままやっても互いに利益なんてないだろ」
「大丈夫、殺しはしないから。ちゃんと避けてくれさえすれば」
やはり正確に眉間を撃ち抜こうとしていた銃弾を――俺は重点的に強化した右手で受け止める。
やはり普通の銃弾のパワーではないのか、威力を殺しきれずに自分の手の甲が思い切り額に当たったが、少なくとも撃ち抜かれるよりはダメージは少ないだろう。
「いってて……」
受け止めた右手の方には、全力で投げられた軟式野球ボールを素手でキャッチした時くらいの衝撃は来ていた。
流石に銃弾を受け止められるとは思っていなかったのか、ローラは大きく目を見開いて震えていた。
……いや、違う。
濃密な死の気配。
これは殺気だ。
「待て!!」
蛇のように地を這う膨大な魔力がローラを襲う直前。
俺が制止の声をかけると、濃密な殺気がやや弱まった。
そして、ローラの背後からよく見知った姿――紅い髪の少女が現れた。
風呂上がりで急いでいたからか、バスタオル姿だ。
普段俺に向けるようなものとはまるで異なる、ぞっとするほど温度の低い目。
「ローラさん、でしたね。貴女、私のお兄さまに何をしようとしていたのですか?」
「…………!」
恐怖からか――ローラは喋ることさえできないようだ。
「……フレア、待つんだ」
「何故止めるのです、お兄さま。この女はお兄さまを害そうとしていました」
ぴたりとフレアの右手がローラの細い首へ添えられる。
ローラは――動かない。
いや、動けないのだ。
蛇に睨まれた蛙という言葉があるように、圧倒的上位者から狙いをつけられた弱者が自由に動けるはずもない。
戦力の差で言えば蛇と蛙どころの騒ぎではないだろう。
「フレア、頼む。ローラにも何か事情があるはずだ」
「……わかりました。お兄さまがそこまで言うのでしたら」
ローラの首元から手を外し、そのまま俺の方へ歩いてくるフレア。
バスタオルが鮮やかな赤い炎に包まれたかと思うと、直後には普段着ている着物へ変化していた。
……そんなこともできるのか。
そして俺の横へ並ぶと、ローラを睨みつけた。
「もし再びその武器がお兄さまの方へ向くようなことがあれば、骨も残らないと思ってくださいね」
ローラはその場にがくん、と膝を落とす。
相当な恐怖だったのだろう。腰が抜けてしまったようだ。
「……君……たちは……何者なの……?」
日本語をしゃべる余裕もないのか、英語でそう聞かれる。
……だいぶ心身ともに疲弊しているようだし、言語くらいは合わせてあげるか。
「俺も君と同じスキルホルダーなんだよ。この子は精霊――俺が召喚した大切な存在だ」
「大切だなんて……お兄さま……」
ぽん、とフレアの頭に手を乗せると、先程まで殺気増し増しでローラを睨みつけていた少女と同一人物とは思えないほどふにゃんとした笑顔を浮かべて俺の腕に抱きついてきた。
「……で、俺としてはさっきの戯れはどういうことだったのか、教えて欲しいかな」
「戯れ……か。そうだよね。君は距離を詰めていればそれだけで勝ててたのに、わざわざその場に留まってボクの攻撃を待ってた。元々勝負にもなっていなかったんだ」
「…………」
俺はそれを否定しない。
実際そうだったからだ。
掌で受けることができたということは一発や二発なら生身に食らっても耐えることができただろうし、その間に距離を詰めることはやはり可能だ。
あまりにも状況が理解できなかったのでとりあえず受けに回っていただけ。
「けど、ローラが本気でないこともわかってた」
「それは……」
そもそもローラは俺の目でも追うのが難しい程の早撃ちが得意なのだ。
あんな風に今から撃ちますと宣言しているようなものでは本領の1割も発揮できていない。
「訳を、説明してくれるな」
しゃがみこんでしまっているローラに目線を合わせながら、俺は改めてそう訊ねた。
3.
ある程度落ち着いてから、ローラはゆっくりと喋り始めた。
「ボクはさ……ミナのことが好きだったんだ。初めて会った8年前から、ずっと」
聞けば、出会い方は鮮烈そのものだった。
誘拐されそうになっているところを未菜さんに助けられたらしい。
その姿はローラにとって絵本の中の王子様のように見えたそうだ。
「けどミナは王子様なんかじゃなかった。君も知っているとは思うけど、ミナはむしろ王子様を待つお姫様だったんだよ」
それはよく知っている。
そしてローラも、未菜さんと友人でいる間にそれに気付いていったのだろう。
「だからボクは初めて会った時のミナのような、王子様みたいな人になろうと努力した。いつかミナのことを迎えに行けるような人に。強くなって、胸を張って」
そこへ――俺が現れた。
「君はボクより、ミナよりも強かった。話を聞いた時にまさかと思った。ボクの知る限り一番強い人間はミナだったから。けど間近で見て納得した。力だけじゃない――人柄だって、いい人だってわかった」
だから、とローラは続ける。
「ボクが君より強いと証明できれば、ミナを取り戻せると思ったんだ……結局、ダメだったけどね。これでも、WSRってランキングだと12位だからそこそこ強いっていう自負はあったんだけど」
一連の話を聞いて、俺はある程度納得していた。
目標にしていた未菜さんよりも強い邪魔者の存在。
更にその未菜さん自身も何故か魔力が増えていたりと、ローラにとっては訳のわからない状況だったのだろう。
だから俺を間近で見る為に巻き込んだ。
そしてこの数日間で色々考えた末の行動がこれということだろう。
……にしても、ローラは12位なのか。
未菜さんに関してもそうだが、彼女達より強い『人間』がいるというのはにわかに信じられないな。
「貴女の気持ちを理解はできますが――賛同はできません」
俺が何か言おうとする前に、フレアが口を開いた。
「けど、それでもしお兄さまを傷つけていたとして、それで未菜さんがローラさんを認めると思いますか? 邪魔者を消すのが正解なら私だってそうしてます。けれどそれで得られるのは愛情ではなく、虚無でしょう」
フレアがそう諭すと、ローラは顔を伏せて泣き出してしまった。
……ここで宥めるようなことを言ったりするのはむしろ逆効果だろう。
とりあえずのところ納得はしてくれたみたいだし、落ち着くまで待つのが正解だろうな。
こういう細かい心の機微を読むのは苦手だ。
誰かを好きになるとか嫌いになるとかはもちろん俺だって人並みにある。
だが俺がどう思っていても、相手がどう思っているかはまた別なのだ。
それで大失敗した俺が言うのだから間違いない。
……人の心なんて、ままならねえよなあ。
静かに泣くローラをあまり見ないように顔を逸らしていると、耳元でフレアがこそりと囁いた。
「お兄さま、今がチャンスです」
「へ?」
「お兄さまの魅力で、彼女をメロメロにしてしまいましょう」
「魅力……?」
「はい、お兄さまの溢れんばかりの魅力で!」
にっこりと、自信満々に笑みを浮かべるフレア。
……なのだが、要するにそれって未菜さんより魅力的な男性であることを見せろってことだろ?
いや、未菜さんは女性で俺は男性だけども、それは多分無理な相談ってやつだぜ。
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