第62話:電話の主

1.



「そういえば、今の悠真くんって、握力とかってどれくらいになってるんですか?」

「握力?」


 未菜さんを見送り、夕食を摂った後、正しい英語を学ぶ為に海外のニュース番組を見ていると綾乃がそんなことを聞いてきた。

 握力か。

 確かに、身体能力が上がってるからもちろん握力も上がってるんだよな。


「けど、魔力があるようになってからは測ったことないからなあ……元々は70kgくらいだったから、その10倍とかじゃないか?」

「……元々70kgもあったんですか?」

「それなりに鍛えてたしな」


 探索者になる為に。

 それに握力は比較的簡単なトレーニングで上がりやすい数値だ。

 100kg超えとかになるともちろん難しいけども。


「いい筋肉ですもんねえ」


 いい筋肉て。

 うっとりとしながら綾乃は言っているが、この子筋肉フェチなのかな。

 たまに胸元……というか胸筋に視線を感じるし。

 女の人は胸を見られていると気付くなんて言うけれど、男の俺でも気付けるものなんだな。


「そういえば悠真くんは元々探索者になりたかったんですよね」

「正しくはダンジョン管理局所属の、な。探索者になるだけなら誰でもなれるし」


 魔力適性がないということで何度も落とされていたが。

 しかし今考えるとあそこで落とされていなかったら今の俺はない訳で、そうなれば当然精霊達や綾乃に未菜さん、ティナ、そして知佳とも知り合うことはなかっただろう。


 多分ダンジョン管理局に受かってたら大学行ってないしな。

 下手すれば高校も行ってないかもしれない。


 柳枝やなぎさんは未菜さんと違ってオープンな存在だからダンジョン管理局に所属してればいずれ顔見知りくらいにはなっていたかもしれないが。


「なにかダンジョン管理局に思い入れでもあったんですか?」

「…………んー、まあ、管理局ってやっぱり業界最大手だろ?」

「なるほど、やっぱり安定してた方がいいですもんね」


 綾乃がうんうんと頷いている。

 ふと視線を感じて少し離れた位置に座っていた知佳の方を見るが、相変わらずスマホをいじっていた。



「お、にいっ、さまっ」


 ばふ、と後ろから抱きつかれる。

 フレアはこんな感じの不意打ちが多いので流石に慣れた。


「どうした?」

「呼んだだけです」

「飛びついてもいるだろ」

「えへへ、そうかもしれません」


 そうかもしれないどころの話ではないような気がするが。


「何の話をしていたんですか? お兄さま、綾乃さん」

「身体能力の話だよ。フレア達精霊も身体能力は強化してるんだろ? 実際どれくらいの身体能力になってるんだ?」

「うーん……そうですね。並の人間よりは遥かに強いとは思いますけど……」

 

 まあ、それはそうだろう。

 

「フレア達精霊はほとんど本能のようなもので自然に強化を施していますから、具体的にどの程度なのか、と聞かれてもよくわからないんです。すみません、お兄さま」


 申し訳無さそうなトーンで謝るフレア。

 別にそんなことで謝らなくていいしそもそも謝る前にそろそろ俺の背中から降りて欲しいのだが。

 炎の精霊ということが関係しているかどうかはともかく、フレアは体温が高めなので背中にくっつかれていると暑いのだ。


 あとお前絶対ノーブラだろ。

 背中に柔らかい餅みたいな感触のものが当たっている。

 

 召喚した時も着物だったので恐らくそれが好きなのだろうが、この間同じことを指摘した時は「だって着物は下着を着けないものでしょう?」と言われた。

 諸説あるが現代の人は普通にパンツも穿くしブラもつけるからな。

 ブラに関しては和服用のそれがあったりもするらしいし。


「精霊でもないのに自然に強化できてるあんたに言っても仕方のないことだろうけど、大抵はどれくらいまで強化するか、っていうのを決めてやるものなのよ。その点ではあんたはセンスはあるって言ってもいいわね」


 俺たちがやいのやいの騒いでいるのを聞きつけたのだろう。

 先程まであっちでティナへ魔法を教えていたスノウも会話に入ってきた。

 

 センスと言えばティナも相当だよな。

 この間のダンジョンでは精霊たちに比べると弱めだったとは言え、治癒魔法まで使えたし。

 俺の治癒魔法は精々口内炎の治りが早くなる程度の効力しか発揮しない。


 これもまた適性の問題らしいのだが。


 最近なんとなく俺に対して余所余所しいような気がしないでもないティナへ話を振ってみる。


「ティナはどうだ? 身体能力強化に興味はないか?」

「えっ、わたし?」


 何故か過剰に驚かれた。

 そんなに俺に話しかけられるのはびっくりするのだろうか。


「う、うーん、どうだろ。魔力もユウマ達ほど多いわけじゃないし……」


 それもそうか。

 多いとは言え、未菜さんや柳枝さんと言ったトップレベルに比べればまだ少ない。


 あれ、そういえばある程度強化する度合いを決めているということは、未菜さんや柳枝さんは自分の身体能力がどれくらいまで強化されているのかを把握しているのだろうか。


 とは言え、まさかそんなことで連絡するわけにもいかない。

 二人ともかなり忙しそうだし。


 と。

 そのタイミングで俺のスマホがぶるぶる震えた。

 まさか未菜さんか柳枝さんがタイミングよくかけてきたのかと思って慌てて手にとってみるが……


「……知らない番号だな」


 割と最近まで就職活動をしていたのでもしかしたら合否の結果かもしれない。

 進路は決まってしまっているみたいなものなのでもし合格だという話なら断らなければならないが。

 あと考えられるのはアメリカ政府とかその筋の人たちだが……そちらにこちらの個人情報が漏れるルートはダンジョン管理局くらいしか考えられないのでほぼあり得ないだろう。


「ちょっと電話に出てくる」


 そう言って俺は皆から少し離れる。

 

 今も尚鳴り続ける電話に出る。


「もしもし」


 電話口の向こうから女性の声が聞こえた。


「へえ、思ったより若い男性の声じゃないか」

「……どちらさまでしょうか」


 思ったより若いってのはどういうことだろう。

 少なくともあちらも若い女性であるとは思うのだが。


「ローラ・ルー・ナイト。ローラでいいよ、ミナの恋人くん」

「え゛っ、ごほっ! ごほっ!」


 まさかの名前が出て咳き込んでしまった。

 ミナ……って未菜さんのことだよな?

 彼女の素性を知る人物……?


 まさか……


「未菜さんと会食をするって、貴女のことですか。ローラさん」

「ローラでいいよ。ボクはあまり日本語に慣れてるわけじゃないから敬語はうまく理解できないんだ」


 ボク……?

 女性……だよな?

 未菜さんも女性だと言っていたし。


「で、ミナから聞いたんだ。君が物凄く強いってね」

「あー……」


 そういえばそんな話をするとかなんとか言っていたな。

 恋人というのは恐らく曲解があるが。

 俺なんかが未菜さんの恋人?

 恐れ多いにもほどがある。


「あとミナに聞いても口を割らなかったけど、彼女の魔力が異常な増え方をしているのも君の仕業だったりするんじゃないか? ボクの勝手な推測だけどさ」


 鋭いな。

 流石は未菜さんの友人と言うべきか。

 アメリカでの探索者のトップランカーって、日本のそれよりも基本的にはレベルが高いし。

 もちろん本当のトップ層になると話は別になるのだが。


 なにせ未菜さんはWSRも8位だしな。


「それで、何の用なんだ?」


 敬語が不要と言われたのでそれに従って聞くと、待ってましたと言わんばかりのテンションでローラは言う。


「実は君に攻略済みのダンジョンに残ってるモンスターの掃討を手伝って欲しいんだ。長年の友人にできた恋人っていうのも……気になるしね」



2.



「という訳なんだけど、行ってもいいかな」

「攻略されたダンジョンなら危険はなさそうですが……」


 一連の話をウェンディは悩むような素振りを見せる。

 他のことならともかく、ダンジョン絡みのこととなればもちろん俺の一存で決められることではない。

 それに今俺たちは下手すれば狙われるような立場だ。

 WSRだけのことではなく、ティナの関係のことで。


 ああいや、そっちはもう大丈夫なんだっけか。

 何故かウェンディがもう心配ないでしょう、と言っていたし。

 もしかして俺の知らないところで刺客を全員返り討ちにしたから大丈夫、とかそういうことなのだろうか。


「一人で行くのはやはり推奨はしかねますね。最近のダンジョンは色々と不安定みたいですし」


 ウェンディの言うことはもっともだ。

 ボスがいないとは言え、何かが起きないとも限らない。

 いや、正直警戒しすぎだとは思うが、それでも油断して行くよりかはマシだろう。


「ボスがいないのはわかってるし、誰か一人着いてきてくれれば――」

「はい! フレアが行きます! お兄さまとどこまでも!」


 俺の発現を遮って同じく話を聞いていたフレアが挙手をした。

 いや別にどこまでも一緒に来て貰う必要はないのだが。


「……まあ、フレアも行くのなら安心でしょう。ですがマスター、くれぐれもお気をつけて。最近のダンジョンは挙動がおかしな事が多いです。本当は私やスノウも着いていきたいのですが……」

「いや、流石にそこまで過保護にしてもらわなくても大丈夫だって。フレア一人で十分助かるよ。ウェンディとスノウは皆を頼む」


 正直、俺たちにとってボスのいないダンジョンよりも今は外の方が危険だ。

 特に知佳や綾乃、ティナにとっては。

 元々俺、未菜さん、そして少なくとも未菜さんと同格のローラというある程度以上の戦力が揃っている攻略済みのダンジョンサイドよりは知佳たちに数を回した方がいいだろう。


「フレア、魔力で極細の糸は作れますね」

「はい、ウェンディお姉さま」

「それでマスターと他の方々の動きを阻害しないように状態にしておいてください。転移させるボスは既に討伐済みな上に例のダンジョンに行くわけではないですが、同じような能力を持ったモンスターがいないとも限りませんから。離れることさえなければマスターが危険に陥ることもないでしょう」


 そんなことができるのか。

 やっぱり凄いな、精霊って。

 俺は魔力で極細の糸を作るとかやり方の想像すらつかない。


「はい、わかりました! いつでもどこでもフレアはお兄さまの傍を離れません!!」


 ぐっと拳を握り込んでフレアはそう意気込んだ。

 

 それはいいんだけど、ちょくちょくトイレや風呂に侵入しようとしてくるのはやめてね。

 いつでもどこでもって言っても限度はあるからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る