第61話:くすぐり地獄
1.
「……君、この短期間で相当強くなっているな。以前に比べて反応が良くなっているぞ。今日の私は何故か調子も良いのに」
あの後10分ほど軽く手合わせをしていたのだが、途中からはほとんどお互いに動きだけは本気だった。
もちろんどちらも寸止めではあったが。
しかしその寸止めのうち、7割程度は未菜さんが止める前に俺が完全に躱すか受けるかしていたのだ。
「魔力が増えたからですかね。初めて会った時よりも扱い方も上手くなっているでしょうし」
「魔力か……ん……魔力? 君のもそうだが、私のも先程までと比べて少しだが増えているような……」
未菜さんが不思議そうに己の掌を見つめる。
魔力とは本来、ダンジョンに入ってモンスターを倒すことくらいでしか増加しない。
だが、俺が関わるとその限りではなくなる。
……もしかしてさっきのやり取りがイチャイチャ判定に入っているのだろうか。
「あの、実は……」
特段隠しておく理由もないので、俺は正直に魔力の増える条件を未菜さんに伝えた。
「……つまり、君と仲良くなれば強くなるということか。しかもモンスターを普通に倒すより効率が良さそうだ」
不思議そうにしつつも、納得はしてくれたようだ。
実際に魔力が増えているというのも大きいのだろう。
「なんというか、君は色々と規格外だな。魔法の件もそうだが、今までの常識を尽く覆されている。君といれば退屈しなさそうだ」
「俺としちゃ特別何かをしているつもりはないんですけどね……」
勝手にあれこれ起きてしまっているだけというか。
いや、魔法に関しては俺が能動的に動いた結果か。
それはちょっと言い訳できないが。
「にしても……」
ちらりと未菜さんが俺を見る。
なんだろう。
「魔法が探索者の標準装備になる日はそう遠くないだろう。1年か、2年か――あるいはそれよりも早く半年程で来るか。それまでに魔力を増やしておかないといけないな」
するり、と不思議な歩法で俺の背後に回った未菜さんは後ろから抱きついてきた。
「な、なななにを」
「君とイチャイチャすれば増えるんだろう?」
く、振りほどけない!
物理的にでなく、心理的な問題で!
振りほどきたくない!
「君には命を二度――救われているからな。九十九里浜の時と、このロサンゼルスのダンジョンの件で」
柳枝さんから聞いたのだろうか。
仮に未菜さんがダンジョンへ突入していても攻略は難しかった、という話を。
普通なら撤退すればいいだけだが、あのボスはどの階層にいるとか関係なく動き回っていた様子だったし、転移させられてしまえば出口も入口もどこにあるんだかわかったものじゃない。
あのボスを倒せないのであれば、入れば死んでしまう可能性はかなり高かっただろう。
「君にはお礼をしたいのだが」
耳元で囁かれる。
こ、これが大人の余裕というやつなのだろうか。
「何をしたい? ――何をされたい?」
「ちょ、未菜さん、いい加減に――」
誘惑に乗ってしまいそうだったので、抗いたくない気持ちを抑えて少し藻掻くと、
「ひうっ!?」
と。
俺の手が未菜さんの脇腹に当たった途端に可愛らしい声をあげてパッと離れられた。
んん……?
もしかしてこの人、弱いのか?
脇腹……つまりくすぐりに。
「……!」
俺が気付いたことに未菜さんも気付いたようで、顔を青ざめさせて後ずさる。
今の俺はさぞ悪い顔で笑っていることだろう。
「お礼、してくださるんですよね」
「ちょ、ちょっと待て悠真君。確かにそうは言ったが、あまり度を越したものはその、よくないと思うのだ」
「健全な男にあんな絡み方しておいてタダで済むと思って貰っちゃあ困りますよ」
両手をわきわきさせながら未菜さんににじり寄っていく。
<気配遮断>を使って逃げられる前に未菜さんの腕を掴む。
こうなれば仮にスキルを使われて見えなくなったとしても、触れているのだから関係ない。
「お、落ち着くんだ悠真君。それ以外なら、それ以外ならなんでもするから!」
……なんでも、だと?
いや待て待て落ち着け俺よ。
昨日のフレアの誘惑にも耐えた(?)じゃないか。
俺はそっち方面の耐性の強い男になるのだ。
「もう遅いですよ未菜さん。たっぷり、お礼してもらいますからねー!!」
「や、やめろー!!」
未菜さんの悲鳴がこだました。
2.
「はぁ……はぁ……はぁ……」
地面に倒れ込んで体を震わせながら荒い息をつく、髪の乱れた美人の姿は見ようによっては通報されかねないような光景だった。
というか俺がこんな現場に遭遇したら間違いなく通報する。
「き、君というやつは! 君というやつは!!」
しばらくして落ち着いた後、俺は未菜さんから調子に乗りすぎだと涙目でお叱りを受けた。
「くっ……魔力が増えている……あんなので……あんなので……!」
「…………」
ひたすら逃げようとする未菜さんをくすぐりまくっていただけなのだが、それで魔力が増えていたようだった。
というか、俺にも感じられる程度には増えているので多分結構増えてるぞ、これ。
くすぐりと魔力の増える量にどういう関係性があるのか興味深いが、多分本人でもう一度試させてもらうのは無理だろう。
……待てよ?
イチャイチャと言ってもそれは便宜上わかりやすくなるようにそう言っているだけで、要するに俺とその人との間で絆が深まったという事だ。
先程のくすぐりでイチャイチャが深まったということは、嫌がっていた割に――
「君が何を考えているかはおおよそ予想はつくが、次やったら君の仲間達に無理やりひどいことをされたと言いつけてやるからな」
「それは勘弁してくださいお願いします」
怖すぎる。
特にフレアあたりがどうなるのか想像できないのが怖すぎる。
「まったく……それにしてもこんな簡単に魔力が増えてしまうんじゃ、君とイチャイチャしているだけで超人が生まれてしまうぞ」
「そんなになんですか?」
「10年近くダンジョン探索をしている経験から逆算すると、だいたい今の10分程度で私が1ヶ月で増やす魔力よりほんの少しだけ少ない、と言えるくらいは増えている。毎回これだけ増えるのか、それともある程度ランダム性があるのかはわからないが、効率で考えれば恐ろしいものがある」
「お、おお……」
長年ダンジョンに潜り続けている未菜さんが言うと説得力があるな。
モンスターを倒せば魔力は増えるが、当然そのモンスターを倒すのも個人の技量によって効率が違ってくる。
例えばド素人が1ヶ月みっちりダンジョンに籠もったところで、大した魔力の増加は見込めないだろう。
なにせモンスターを倒せる数が少ないのだから。
だが未菜さんクラスともなればそこらの雑魚では基本的には相手にならない。
もちろん効率も初心者に比べれば何倍も、何十倍も高いだろう。
その未菜さんがたったの10分で1ヶ月弱分の魔力が増加したと言っているのだから、確かにかなりの量が増えるようだ。
……そう考えると知佳なんかはいずれとんでもないことになるのでは……?
あいつ積極的に俺にちょっかいかけてくるし。
「もし公にバレれば全国……というか全世界から君の元へ女性が訪れるようになるだろうな。いや、それで済めばまだいい方か。最悪研究機関に一生研究対象として捕らえられたりもするかもしれないな」
「前者はともかく、後者は絶対勘弁ですね」
このことはなるべく他言しないようにしよう。
「……そういえば、この後ご友人と会食だって言ってましたけど、それってダンジョン絡みの話なんですか?」
探索者のトップランカーと言うくらいだから恐らくそうだろう、という程度の推測だが。
「ああ、そうだ。そろそろ向かわなければならないな。着替えもする必要があるし」
「言うまでもないと思いますけど、最近のダンジョンって色々変ですから。何にせよ気をつけてください」
俺がそう言うと、未菜さんは少し頬を赤く染めて黙った。
「……どうしました?」
「いや、君がそういう真っ当なことを言っているのを見ると、なんだかこそばゆくて」
「物理的にこそばゆくしてやろうか」
「それは勘弁してくれ」
わきわきと両手を動かす俺から少し距離を取りつつ未菜さんは言う。
遠慮しなくていいのに。
「冗談はともかく、何かあったら遠慮なく頼ってください。力くらいは貸しますから」
「ああ……そうなったら頼むよ」
その後、未菜さんは他の皆にもよろしく、と言って去っていった。
しかし本当にくすぐりに弱かったなあ、あの人。
実は知佳もあれで案外くすぐりに弱いらしく、過去に不意打ちしたら1週間ほど口を利いてもらえなくなったことがあるのだが、女性というものは男に比べてくすぐりに弱いのかもしれない。
それにもしかしたらくすぐりはトリガーとなって魔力の増える量も上がるかもしれないし。
後で皆にも試してみるか。
その後、部屋へ戻って偶然最初に遭遇したティナへ「実験したいからくすぐらせてくれ」と言ったところ、それを離れたところで聞きつけたスノウから本気で叱られるのはまた別の話である。
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