第60話:気配の薄い来訪者

1.



「んー……難しいなあ」


 柳枝さんとあれこれ近況を話し合ってから3日が経っていた。

 すぐに日本に帰ってくると勘のいいヤツがダンジョンとの関係に気付くかもしれないとのことで、しばらくこちらに滞在することになっているのだが。

 

 ボロボロになって崩れる黒い棒もといシュラークを見て俺は溜め息をつく。

 魔力を込めて武器を強化する。

 アイデア自体はかなりいいと思うのだが、如何せん難易度が鬼のように高い。


 付与魔法エンチャント……自分の体自身を武器に見立ててやったスーツ姿のボス相手の攻撃は、ウェンディ達にかなり真剣に二度とやるなと釘を刺された。


 あれを使うと肉体の損傷のみならず、魔力回路とかいう体の中に魔力を通す血管のようなものがボロボロになってしまい、治癒魔法での回復も限度があるというのだ。

 もちろん上手いところ見極めてやれば、並の武器に比べて大量の魔力を流せるのは間違いないので強力な攻撃手段になるのは間違いないのだが、失敗した時のリスクが大きすぎるということで禁止されている。

 

 あまり何度もやると手首あたりの魔力回路が焼き切れるかもしれないとかいうウェンディの怖い忠告を受けているので一日に5回までの挑戦でやっているのだが、今のところ成功する兆しは全く見えない。


 うーむ。

 難しい。

 スノウとウェンディだけでなくフレアもできないと言っていたし、そもそもかなりの高等技術。

 そう簡単にできるとは思っていなかったが、こうも進展が見られないと気分も萎えてくる。


 室内が汚れてしまうし、物がボロボロになるものを室内でやるわけにはいかないのでホテルの裏庭でやらせて貰っているのだが(ウェンディに聞いたら一応許可は取ってあるらしい)、このまま上へ戻らずにどこかへ出かけたい気分だ。

 

 いやまあ戻るんだけどさ。


「さっぱりわからないな」

「おわあ!?」


 急に真隣から聞こえてきた声に驚く。

 誰かと思えば――


「未菜さん!?」


 長い黒髪をポニーテールに纏めたスタイルの良い日本美人。

 そして今回一番何もしていないが一番働いていると断言できる存在だ。

 日本で一番最初にダンジョンを攻略したパーティのリーダーであり、ダンジョン管理局の創設者でもある。

 その上で探索者としての実力も折り紙付き。

 正直パーフェクトな人と言える。

 機械が苦手だったりもするけど。


「やあ、久しぶり。会いにきちゃった」

「きちゃったて……」


 ウインクする未菜さん。

 人によっては可愛らしい仕草になるのだろうが、この人がやると映画的なかっこよさがある。


「大丈夫だ、私のスキルで誰にも見られていないから」


 そりゃそうなんだろうけども。


「悠真君のお陰でここ最近は随分忙しかったよ」

「うっ。その節は……」

「冗談だよ――それっ」

「えっ、おわっ!?」


 にっこり笑って、未菜さんは俺に抱きついてきた。

 久しぶりに会ったということもあるが、こう、ガッツリ正当な美人なので普通に照れる。


「柳枝から話は聞いている。死にかけたそうだな」

「いやまあ、死にかけた、というか……」


 俺にハグしてきていた未菜さんが離れる。

 なんだか名残惜しい。


「色々言いたいことはあるが、まずはありがとう。それから、あまり無理はしないでくれ。私は生き延びたとしても君が死んだんじゃやるせない」

「それはまあ……これからはそういう事もほとんどなくなると思いますよ」

「それはまたどうして?」

「三人目の精霊を召喚したんです」


 ほう、と納得したように頷く未菜さん。


「……その新たに召喚した精霊もスノウホワイトさんやウェンディさんと同じくらい強いのか?」

「最低でも同格ではあるでしょうね」


 なにせスノウの双子だ。

 大きく力が離れているということはないだろう。


「ふむ、なるほど……君は世界征服とかをするつもりはないんだよな?」


 結構真剣な表情で聞かれるので思わず苦笑いしてしまう。


「まさか。そんなことして何になるんですか」

「さあ……君だけのハーレムを作る、とかか?」


 うーむ。

 ちょっと魅力的だけども。


「そういえば、<気配遮断>上手くなりました? 全然気づかなかったですよ」

「私も君がダンジョンへ行っている間に遊んでいた訳ではないからな。まあ、君が集中していたからというのもあるが。あれは何をしていたんだ? 中国拳法に伝わると言われている発勁でも使っていたのか?」

「そんな特殊技術は使えませんよ。魔力を込めようとしているんです」


 と答えてから魔力関係も特殊技術であることには変わりないことに気付いたが、とりあえずそれは置いといて。


「……魔力を?」


 首を傾げる未菜さん。

 正統派な美人だけにこういう仕草でさえ様になるな。


「武器に魔力を流すことで強力な武器に変わるらしいんですよ。やってみます?」


 予備で持っていた棒を未菜さんに渡す。


「……と言われてもやり方は全くわからないのだが。柳枝は魔法が使えたらしいが、私はまだ一度もできていないし」


 困った顔でこちらを見る未菜さん。

 もっと困らせたい欲が一瞬うずいたが、それを抑える。


 にしても未菜さんでも無理だったと考えると柳枝さんのセンスには脱帽だな。

 あの人は事務仕事なんてしてないでダンジョン攻略へ向かうべきだと思うのだが。

 多分、今すぐに現役復帰しても余裕でトップレベルの探索者だろう。


「コツがあるんですよ。ちょっといいですか」


 黒い棒を握る未菜さんの手を上から握る。

 ……ん。


「ど、どうした?」


 若干緊張している様子の未菜さんがこちらを上目遣いで見てくる。


「小さいんですね、手」

「悪かったな」


 むっとした様子の未菜さん。

 別にディスったわけではない。


「いや、かわいいなと」

「なっ……君はすぐそうやって冗談を……!」

「まあまあ。冗談ではないですけどね」


 未菜さんはこうやってからかうと面白いのだ。

 こんなに美人なのに女の子扱いはあまりされたことがないという稀有な人だからな。

 それはともかくとして。

 ほんの少しだけ、未菜さんの手に魔力を流し込む。

 

 それで強化をしようと思うと失敗してしまうが、ただその流れを感じて貰う程度ならば少量でも問題ない。

 彼女程魔力の扱いに慣れていれば尚更だ。


「こんな感じです。魔力の流れを感じましたか?」

「ん……まあいつも感じているのもこんな感じだな」

「それを体内で完結させるのではなく、外へ放出するんです。今のが入ってきた感覚ですから、その逆をイメージして」

「ん……」


 未菜さんが集中し始める。

 流石と言うべきかなんというか、一瞬で俺よりもずっと深く集中しているように思える。


 ――やがて。


「え、これできてるんじゃ」


 黒い棒が魔力を帯び始めた。

 俺はあれだけやって全く成功する気配もなかったのに。


「……しかしこれを維持するのは難しいな」


 フッ、と魔力が霧散してしまう。

 しかしまさか一発目で破壊せずに成功させるとは。

 後は持続力さえ鍛えれば完璧じゃないか。


「何かコツとかってあったりします? 実は俺、一度も成功したことがないんですよ」

「……コツ、か。私も今たまたまできただけかもしれないし、偉そうに言えることは特に無いのだが……強いて言うなら、君より私の方が武器の扱いに慣れているから、じゃないか?」

「……どういうことですか?」

「私は自分で言うのもなんだが、この棒みたいにある程度刀のような形をしているものなら己の手足のように扱うことができる。もちろん自分の武器とそれ以外では多少勝手も違ってはくるが。魔力を流すというのもその延長線なのだろう? 己の手足のように扱えるのなら、手足に流すように魔力を流してやればいい」


 ……そういえば、最初の頃に石で試した時、ウェンディが「石を自分の身体の一部だと思って」と言っていた。

 ある種、比喩のようなものだと思っていたがその込めるものに対する習熟度でも変わってくるのか。

 まあ未菜さんにセンスがあるというのにも間違いはないと思うが。


「これ、付与魔法エンチャントって言うんですよ。未菜さんなら極められるかも」

「うーん、私は無理だろうな」


 ぐっぱ、ぐっぱ、と手を握ったり開いたりしながら未菜さんは言う。


「何故です?」


 普通に練習を重ねればできそうだが。


「今の一瞬で魔力が3割は減ってしまった。こんなことをしていたらすぐにガス欠だ」


 ……そういえば、莫大な魔力が必要とも言っていたなあ。

 未菜さんのような達人ならばすぐに使いこなすことができる、という訳でもなさそうだ。

 ままならないものである。



2.



「ところで、ちゃんと許可を取ってから来たんですよね?」

「流石にな。これだけ注目されれば移動するのも一苦労だったが」


 俺の疑問に未菜さんは苦笑しながら答えた。

 この人はこんなクールビューティみたいなナリしておいて柳枝やなぎさんを相当苦労させているらしいからな。


「どうやって来たんです?」

「走って」

「……本気で言ってます?」

「冗談だ」


 平然と言わないで欲しい。

 なんだか未菜さんならやりかねないという謎の信頼感があるのだ。


「本当は歩いてきたんだ」

「……柳枝さんから聞いてた話だと徒歩で1時間くらいはかかる距離だったと思いますけど」

「車で移動すると目立つからな。車ごと<気配遮断>すれば事故が起きてしまうかもしれないし、身一つで来るしかなかったんだ」


 そう聞くとそれはその通りな気もするが。


「なら言ってくれれば会いに行きましたよ。未菜さんも狙われてるんでしょう? あまり出歩くのは危険ですって」

「それは君も同じだろう。スキルが無い分、私よりも絡まれる可能性は高そうだし。それになんだか君は少し出歩くだけでもトラブルに巻き込まれそうな雰囲気がある」


 ティナの件も当然未菜さんには伝わっているので、その釘を刺す意味もあるのだろう。

 というか知佳と言い未菜さんと言い、本当にトラブルメイカーみたいな扱いになってきているのはどうしたものか。


「せっかくですし上がっていきます? っていうのもなんか変だな、別に俺ん家おれんちなわけじゃないし。でもルームサービスの食事はかなり美味いですよ」

「有り難い申し出だが、遠慮しよう。私もそれなりに忙しい身でね。この後ちょっとした知り合いと二人で食事をするのさ。楽しい会食ではなく、ビジネスの話し合いにはなるが」


 未菜さんはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 なんか映画みたいだな。

 舞台がアメリカということもあって。


「INVISIBLEとしての出席ですか?」

「いいや、ダンジョン管理局のPresident社長として、だ。まあほとんど個人的な友人みたいなものなのでそこまで堅苦しいものでもないが」

「未菜さんって友人とかいたんですね」

「そこまでとっつきにくく見えるか?」


 少し不満げな表情を浮かべられる。

 

「いえ、そうではなく世間に正体を隠している立場なので、そういう友人なんかもあまりいないのかなと」

「相手も探索者だからな。アメリカのトップランカーだ。あまり気にする必要もない」

「というと、政府関係者ですか」

「ただの民間人だよ。アメリカは探索者になる為に国家資格が必要だというだけで全員が全員政府に関わりのある人間という訳じゃない」


 へえ……

 もちろんそれは知ってはいたが、民間人にもトップランカーがいるということは知らなかった。

 大抵優れた人材は政府が引き抜いてしまうからだ。

 ふとなんとなく気になったことを聞いてみる。

 

「その人と未菜さんはどっちが強いんですか?」

「私……と言いたいところだが交戦距離に依るだろうな。今の私と君くらいの距離感からよーいどんで始めれば私が勝つが、少し離れれば彼女が勝つだろう」


 未菜さんにそこまで言わせる程か。

 ……って、彼女?

 

「女性なんですか?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「いや、なんとなく男性で想像してました」


 探索者ってどうしても男の人の方が多いからな。

 それも未菜さんに並ぶ程の実力者ともなれば自然に男の人を連想するのも無理のない話だと思う。


「男性の前で男性と二人きりで食事に行く話をするほど無頓着な人間だと思うか?」

「まあそれは確かに……」

「それにほとんど実父のような柳枝やなぎはともかく、君以外の男性と二人きりというシチュエーションはそそらないな」

「……俺以外とですか?」


 それはつまり。

 いやしかし気にしすぎか?


「ふっふっふ、君は余裕があるようで実は初心だな」

「……不意打ちはやめてください」


 俺は憮然として言う。

 先程、手を握ってからかった仕返しなのだろう。

 未菜さんは俺をにやにやと眺めていた。

 

「ふふ、今から会う奴は会う度に私に男っ気がないことをからかってきていたからな。今回は君のことを引き合いに出させて貰う」

「それは別に構わないですけど……」

「ところで君は今時間は大丈夫なのか?」

「平気ですよ。基本的には暇なんで」


 やることができたとしてもそれはダンジョン管理局経由だろうからやっぱり暇だしな。

 アメリカだと気軽にダンジョンに潜ることもできない訳で。

 なので時間つぶしに付与魔法エンチャントの練習をしていたのだ。


「では軽く手合わせをしないか? 寸止めルールで」

「これから食事なんでしょう?」


 食事前に激しい運動はよろしくないのではないだろうか。 

 

 そういえば未菜さんはいつものパンツスタイルのスーツだが、ダンジョン管理局の社長として行く会食なのにドレスコードとかないのだろうか。

 悪い意味ではなく、未菜さんにあまり高級そうなレストランは似合わないイメージがあるが。

 これが料亭とかだと別だけども。


「3時間は後だ。なに、そう長くは付き合わせないさ」

 

 そう言って、先程渡した黒い棒シュラークを未菜さんは構えるのだった。

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