第63話:アメリカの実力者
1.
「ボクはローラ。よろしくね」
そう言って俺に手を差し出してきたのは銀髪でショートカットのボーイッシュなお姉さんだった。
いや……お姉さんというか、年齢的には俺と同じくらいか?
「よろしく、ローラ。俺は悠真だ」
差し出された手を握ると思ったよりも強い力で握り返される。
というか強い強い強い。
咄嗟に魔力を込めていなければそのまま握りつぶされていたところだぞ。
「おお、流石ミナのボーイフレンド。ごめんね、どうしても試したくなってしまって」
ニカッと特に悪気のなさそうな笑顔でそう言われてしまっては責める気にもなれない。
初対面で試すようなことをするのはやめてほしい。
「それで、そっちのかわいらしい女の子は……」
「まあ、お兄さま。かわいらしいですって。私はフレアと申します。よろしくお願いします」
ちょこんとフレアがお辞儀をする。
「お兄さま……妹ってことかな?」
お兄さま、と呼んでいるのでそう思ったのだろう。
「うーん……まあそんなもんだ」
そういうことにしておいた方が色々楽そうだ。
何故かローラは俺と未菜さんを恋人関係だと思っているようだし。
ローラは着物を着ているフレアに興味津々な様子だ。
というかダンジョンにまでその格好で来るんだな。
別にいいけどさ。
本人的にはどんな服装でも大差なさそうだし。
「兄妹で探索者なんだ。珍しいね」
「はい、お兄さまが大好きなので」
「そんな格好で大丈夫なの?」
「問題ありません、お兄さまが守ってくださるので」
フレアが適当なことを言っている。
実際に守られるのは俺なのだが……
しかし、ローラは美人……というよりはイケメンな感じだな。
いや、顔は間違いなく整っているのだが、一人称がボクなところと言い物腰と言い、男よりかっこいい女性という感じがする。
未菜さんもそうなのだが、見た目が完全に女性だからな。
これは俗に言うボクっ娘というやつなのだろう。
実在するとは驚きだが。
ローラはショートヘアなのも相まって遠目で見たらとんでもない美形の男にも見えなくもない、という感じ。
なんだか王子様っぽい。
控えめっぽいがちゃんと胸の膨らみはあるので間違いなく女性だろう。
等と割と最低なことを考えていると、少し遅れて集合場所である現地に到着した未菜さんも現れた。
「すまない、渋滞に掴まってしまってな」
未菜さんは大小二振りの刀を携えていた。
短い方は脇差というやつだろうか。
しかしこの人、日本刀似合うな。
ダンジョンアタック用のプロテクターをまとっているので格好自体は決して日本のそれではないのだが、それが逆にまたマッチしているというか。
「おや、ユーマはミナに見惚れてるみたいだな?」
横から囁くように言われる。
しかしそれを未菜さんがすぐに咎めた。
「ローラ、からかうんじゃない」
「はーい」
ぺろっと舌を出して俺から離れていくローラ。
また一癖も二癖もありそうな子だなあ。
「君は……悠真君の言っていた新しい精霊か。心強いよ。私は
前半部分をローラに聞こえないよう小声で言う未菜さん。
「未菜さんのことはよく知っています。フレアと申します、よろしくお願いします」
そう言ってちょこんと未菜さんにもお辞儀をするフレア。
未菜さんは「よく知っている……?」と首を傾げていたが。
……そういえば全部見てたって言ってたな、フレア。
2.
基本的にアメリカでは武装してのダンジョンへの入場は日本のように個人を特定できるような身分証明書……ではなく、探索者用の免許証が必要らしい。
もちろんそんなものは俺もフレアも持っていないのだが、どうやらローラが相当な有名人らしく、ほとんど顔パスみたいな状態で俺たちも通された。
いやまあ有名人であることは間違いないんだよな。
わざわざダンジョンの掃討を依頼されるようなエリートなんだし。
この攻略済みのダンジョンのモンスター掃討というのがまた結構大変なのだ。
後にレジャーや商業施設として再利用する場合万が一討ち漏らしがあれば大問題になるので確実に狩りたいが、大人数を雇うと莫大な費用がかかってしまう。
基本的にはモンスターを問題なく倒せる探索者というのは高級取りなのだ。
もちろんそれはローラも変わりないだろうが、ダンジョンの中には俺たち以外の人員が見られない。
つまり最低でも一人で問題なくモンスターを全滅させられるという信用を得ているのだ。
そこにお付きの者が二人三人増えたところで依頼した側は支払う金額さえ変わらなければ特に気にしない、ということか。
ローラとしては一人では荷が重いと判断して未菜さんを誘ったらしいが、感じる魔力からしても多分そこまで苦戦はしないと思う。
少なくとも事前に予想していた通り、未菜さんに匹敵するくらいの力量はあるように感じる。
「そういえば、ローラの武器は銃なんだな」
ローラは腰のホルスターに左右一丁ずつ拳銃のような形の武器を持っている。
俺も一応粘着弾を発射するやつを購入したのだが、結局一度も使ってないな、そういえば。
そして拳銃繋がりで撃たれた時のことをちらりと思い出して勝手にげんなりする。
あのサングラス集団、次会ったらフレアに炙ってもらおうかな。
他力本願バンザイ。
だって拳銃怖いし。
「そうだよ。ボクはミナみたいにすごい剣技とか持ってないから。ユーマはその黒い木刀で戦うの?」
「材質は木じゃないけどな。まあそんなもんだ。大抵は素手だけど」
「……素手だとこのダンジョンは厳しいんじゃない?」
「かもなあ」
現地へ来てから分かったことなのだが、どうやらこのダンジョンは鉱石系のモンスターが出現するダンジョンだ。
恐らく鉱山として再利用するつもりなのではないだろうか。
周りも基本的には岩山に囲まれているような感じなので、このダンジョンもその特性を受け継いでいるのだろう。
ちなみにローラにはフレアの素性を話していないので、あまり面倒なことにならないよう、基本的には俺や未菜さん、ローラが戦うという手筈になっている。
万が一危険なことがあればフレアの力も解禁するという形だ。
「お兄さま、次の角を曲がったところに4匹ほどの群れが」
隣を歩いているフレアが小声で警告してくる。
しかしこちらの戦力的に特に警戒すべきことでもないだろう。
「わかった」
そしてフレアの予告通り、角を曲がった時点で恐らく鉄か何かでできたゴツゴツした狼型のモンスターが現れた。
「とりあえず、まずはボクがどれくらいやれるかを見せておこうかな」
ローラがそう言って一歩前へ出る。
次の瞬間、4発分の発射音がほぼ同時に鳴り響き、4匹全てのモンスターの眉間が正確に撃ち抜かれた。
特に視力を強化していた訳じゃないのでほとんど見えなかったのだが、状況から察するに二丁の拳銃で4発分の早撃ちをしたということなのだろう。
というかあの拳銃、普通の威力じゃないな。
多分だが、ライフルなんかよりも威力が高いのだと思う。
数年前、ダンジョン用に開発された拳銃が装甲車を一撃でぶち抜いている映像を見たことがある。
ただし、あれは威力が高いが反動も強すぎて開発時点ではまともな運用ができなかったはずだ。
だが何年か経ってトップ層の魔力も強まった今、魔力による肉体強化が為されていれば使うことができるということだろう。
あの威力の銃をこの正確さで撃てると考えれば、強いのも納得がいく。
モンスター掃討なんて面倒なことの依頼が来るわけだ。
そもそもアメリカは政府お抱えの探索者がわんさかいる中での選出なのだから弱いはずがない。
「どうだい?」
「すごいな」
「にしてはあまり驚いていないね、ユーマ。ボクの戦っている姿を見た人はもっと……Amazing!! って感じになるんだけど」
「いや、十分驚いてるよ」
もっととんでもないもんを何度も見ているから、とは言えない。
すぐ隣を歩く紅い髪の子もとんでもない奴だからな。
まだフレアの全力は見ていないが。
「次モンスターに出会ったら君の番だよ、ユーマ」
「わかったよ」
そんな会話をしている間にもくい、と軽くフレアに袖を引かれた。
どうやら次のお出ましだ。
次に現れたのは少し大きめのゴーレムのようなモンスターだ。
材質は先程の奴と同じく恐らく鉄かその系統の合金だろう。
あの時の巨大ゴーレムとは比較にもならないな。
「あちゃー……ユーマ、これは流石に手伝うよ」
そう言って前に出ようとするローラを未菜さんが手で制する。
「彼だけで平気だ」
「……ホントに?」
「ああ」
正直ゴーレムというだけでちょっと嫌な思い出があるので手伝ってくれるに越したことはないのだが、フレアと未菜さんの手前かっこつけたい俺もいる。
そんな悠長なやり取りをしている間にもモンスターであるゴーレムは待ってくれるはずもなく、どすんどすんと重い音を立てて近づいてきていた。
俺は三歩ほど前に出て、ゴーレムの振るった大きな拳を左手で受け止める。
ドシン、と重い衝撃が腹にまで響く。
が、太鼓の演奏を聞いているのと同じような感覚だ。
特にダメージはないな。
やはりあの時の大ダメージは相手がボスクラスだったからだろう。
しかしこの調子じゃこのダンジョンのボスもかなりの超パワーを誇っていそうだが、よく倒せたな。
「うわー……」
ローラが素で驚いたような声を出している。
というか引いてる。
触ってみた感じ普通に殴っても倒せそうな気はしたが、素手で殴り飛ばして倒した場合更にローラに引かれそうだと思ったので背中につるしていたシュラークこと黒い棒を握って、それで頭を叩き潰した。
流石はお高い棒だ。
鉄なんかよりはよほど硬い。
「…………」
口をあんぐり開けてローラが驚いている。
未菜さんも少なからず驚いているようだ。
「ユーマ、今のをそんなふうに止めて平気なのかい?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
左手を握ったり開いたりして無事をアピールする。
「言っただろう? 彼は近接戦闘で私を上回る。私達は井の中の蛙だったというわけさ」
未菜さんがどことなく自慢げにローラにそう言う。
「ミナが君にLoveなのもわかるなあ。自分より強い男性しか認めない! みたいな典型的なアレだし」
「べ、別にそういうのではないぞ」
未菜さんが慌てて否定するが、確かにそんな感じですよ、あなた。
ダンジョンに入ってから6時間程。
俺たちは一旦掃討を打ち切って地上へと戻ってきていた。
全15層からなるダンジョンなので元々一日で終わる量でもない。
一番下まで行ってボスを倒すだけならまだしも、モンスター掃討ともなればやはり時間がかかってしまうのだ。
今の所は3層まで綺麗に掃討した。
この調子で行けばあと4日かそこらで倒し切ることができるだろう。
未菜さんとローラに明日の約束をした上で別れを告げ、帰路につく。
フレアがいる限り車で移動しても安全なので普通にタクシーで移動していたのだが、何故かホテルに着く前にフレアの提案でタクシーを降りることになった。
あと30分程の距離を二人で歩いている最中だ。
「悪いなフレア、雑用みたいなことばっかやらせちゃって」
道中、俺が謝ったのはダンジョンでのことである。
大抵はモンスターの索敵だ。
それも、基本的には俺たちの戦力的にほとんど必要のない役割。
たとえ急に目の前にモンスターが現れようとそいつがボス級だとでも言わない限りは面子の中の誰でも問題なく対応できる。
フレアが本気でやれば一日どころか半日もかからずにダンジョン内のモンスターを全滅させることが可能だろう。
「いえ、フレアはお兄さまとあと4日も一緒にデートできることが嬉しいので大丈夫です」
そう言ってフレアはぴったり俺の腕にくっついている。
和服で紅髪の美人と二人で歩いているのだから普通ならとんでもない注目を浴びるはずなのだが、恐らく認識阻害の魔法をかけているのだろう。
特に俺たちが目立つ様子はない。
本当に凄いよな、魔法って。
「でも流石に4日もずっとだと負担が大きいだろ? 途中でスノウかウェンディにでも――」
「お兄さま?」
ぎりっ、と俺の腕を掴む力が強くなる。
ローラに手を握りつぶされかけた時よりもずっと力が強い。
あの、普通に痛いんですけど。
「お兄さまはフレアと一緒はいやですか?」
「嫌じゃない、むしろうれしい! いやー、うれしいなあ、フレアとずっと一緒にいられて!」
俺が半ばやけくそでそう叫ぶと、フレアは心底嬉しそうな表情を浮かべた。
くそう、めちゃくちゃ可愛いなおい。
「フレアもです! ああ、お兄さま、やはりフレア達は心が通じ合っているのですね!」
終始フレアのテンションは高いままだった。
3.
「はー……」
ずっと嬉しそうに「お兄さま」と言ってついてくるフレアはぶっちゃけかなり可愛いのだが、押しが強いのでこちらとしては疲れが溜まるのも早い。
冷静に考えればかなり羨ましい状況なのだろうということはわかってはいても、こちらとしてはふとした瞬間に理性のゲージが振り切れてしまいそうなので怖いのだ。
ちなみに。
何も言わなければ当然のようにフレアは風呂の中にまでついてこようとするので、ちゃんと入る前にウェンディに言って足止めして貰っている。
風呂こそ我が心の休まる瞬間なのだ。
なので俺が安心してシャンプーを洗い流している最中、風呂場の扉がカラカラと開く音が聞こえた。
まさかウェンディの制止を振り切ってこっちまで来たのか?
あるいは前と同じようにスノウがウェンディの指示でやってきたのか?
と思って振り向くと誰もいない。
のではなく、少し視線を下に向けるとそこには知佳がいた。
いつもの眠たげな目で、俺の股間のあたりを見ていた。
「わお」
「わおじゃねえよ!! 何してんのお前!?」
「昼間はあの子に譲ったから、夜はこっちの番」
意味わからないからね!?
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