第58話:予想以上の盛り上がり
1.
「ヌセポケティウム」
「嘘だろお前!?」
黄色い謎の生物が映ったカードを知佳が悠々と持っていく。
「悠真の浅知恵が通用するわけない」
ドヤ、と効果音が付きそうな台詞だが表情の変わらない知佳。
ティナとフレアが来たことでちょっとした歓迎会のようなものが開催されているのだが、その余興でナンジャモンジャというパーティカードゲームのようなものをやっているのだ。
おかしな生物の描かれたカードが12種類、5枚ずつ存在し、合計で60枚のカードを取り合うというゲーム。
山札から一枚ずつカードをめくっていって、初めて出た謎の生物だったらそいつに名前を付ける。
そしてそいつが次に出てきたら名前を呼んでカードにタッチすると、その時点で溜まっていたカードが貰えるのだ。
ぶっちゃけルールだけ聞くと簡単そうに思うだろう。
しかし実際はめちゃくちゃ難しいし頭を使う。
単純な名前をつければそのカードを取れるかと言えば違う。
簡単な名前では他の人も覚えているからだ。
かと言って難しすぎると記憶から抜け落ちてしまう。
しかし予想以上に盛り上がるな、ナンジャモンジャ。
知佳とウェンディが頭ひとつ……いやみっつくらい抜けて強いのは予想通りというべきか。
ちなみに次にカードが多いのはティナである。
何度かゲームをしているが、だいたい知佳≧ウェンディ>ティナ>綾乃・フレア≧=俺=スノウという序列に落ち着いている。
もろに記憶力の良さが出ているというか、上位三人の記憶力が良すぎる。
というか、俺は瞬間記憶は苦手なんだ。
「うぅ……お兄さまの名付けたカード……いわばお兄さまの子と言っても過言でないのに……!」
フレアは変なところで悔しがっていた。
いや、過言だからなそれ。
嫌だよこんな謎生物が俺の子どもって。ヌセポケティウムってなんだよ。
よく見るとちょっと愛嬌はあるような気がしないでもないけど、絶対宇宙人かなにかの類だし。
そして今回は俺が最下位という結果に終わった。
うーん。
この手のゲームで知佳やウェンディに勝てる気がしないぞ。
二人はちょっと普通じゃない。
ティナも何ヶ国語も喋れる化け物だし、基礎スペックに差がありすぎる。起訴。
しかし勝てなくても面白いのが凄いなこれ。
「意味のわからない名前を付けて独占しようとしたのにそれすら取れないってどんな気持ち?」
「くそ、お前覚えてろよ……!」
知佳に煽られる。
しかし事実なので雑魚キャラみたいなことしか言い返せない。
悔しい……でも勝てない……!
「ユウマ、さっきのは大人げないよー」
「うっ」
ティナは楽しそうに笑っていた。
でもお前、さっき負けたくないからってイタリア語かなんかの名前つけてたの忘れてないからな。
ちなみにそのイタリア語のやつはウェンディが取っていた。
初めて会った時はこんな風に笑う子だとは思わなかった。
年齢の割にしっかりしすぎている、という印象だったが――自分に課せられた役割から解放されればこんなものなのだろう。
何ヶ国語も喋れる天才で、<気配感知>という有用なスキルを持っているということなど些細な話だ。
本質はただの女の子だということだろう。
スノウがニヤニヤと笑いながら言う。
「大人げない悠真には何か罰ゲームがあってもいいかもしれないわね。最下位だったし」
「お前自分が最下位だった時は罰ゲームの話なんて出さなかったよな!?」
こいつ抜け目なさすぎる。
主人であるはずの俺を貶めることに迷いが全くない。
なんて恐ろしい奴なんだ。
「ではお兄さまへの罰ゲームはフレアが一晩中抱きついている、というのはどうでしょう」
「それはあんたがやりたいだけでしょ」
ツッコミを入れたスノウへフレアがふふん、と何故か勝ち誇るような笑みを向けた。
「スノウもしたいの? いいわよ、心臓に近い左側は譲ってもらうけど」
心臓に近い左側て。
なんでサラッとちょっと怖いこと言うんだろうこの子。
「心臓に何の意味があるのよ……」
良かった、俺だけじゃなくスノウにも意味は分かっていなかったようだ。
「それだけマスターの命……じゃなくて温もりを近くに感じられるでしょう?」
「いま命って言ったよね。絶対言ったよね」
俺、自分の精霊から命を狙われてるの?
そんなことある?
飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎじゃないと思うんだけど。
「冗談です」
ふふ、と口元に手を当てて上品に微笑むフレア。
……本当に冗談なのだろうか。
そこでなんやかんや流れそうになっていた話題をティナが目ざとく再燃させる。
「ところでユウマへの罰ゲームはどうするの?」
「俺に何の恨みがあるんだ?」
そう言うとティナはまた楽しそうに笑った。
よく笑う子だ。
笑顔は可愛いが、しかし俺が罰ゲームを受けることは避けなければならない。
こんな人数の前で恥をかくのは嫌だ。
助けを求めてウェンディの方を見ると、ふるふると首を横に振られた。
OKだ。
お手上げだ、と無言で伝わってきたよ。
綾乃は……羨ましそうに俺を見ていた。
何故だ。
この状況が羨ましいとかマゾなんじゃないか。
とにかく頼りになりそうな感じはしない。
どうやら今の俺には味方がいないらしい。
「大体、罰ゲームって言ったって何するんだよ」
言い出しっぺのスノウを睨む。
しかし本人は俺の視線など意にも介さずに首をひねった。
「んー、一発芸とか?」
「そんなもんあるわけないだろ」
お前は会社の飲み会で無茶振りしてくる上司か。
と、知佳がティナの耳元で何か囁いている。
咄嗟に聴覚を強化したが間に合わずになんと言っていたかは聞けなかった。
「本当!?」
ぱあっと花が咲くような笑顔を見せたティナに知佳が無言でこくりと頷く。
なんだ。
一体何を吹き込みやがったあのちびっこ。
「ユウマって水の上を歩けるの!?」
「歩けるわけねえよ!?」
俺をなんだと思ってるんだ。
……NINJAか!
確かにNINJAなら歩けるな!
余計なこと言いやがってあの野郎!
「えー、じゃあ何ができるの? NINJAっぽいこと」
「ええ……なんつう無茶振り……」
一発芸と大差ないぞこれ。
知佳のやつが余計なことを言わなければもっと簡単なことで済んだかもしれないのに。
しかしせっかくティナが期待しているのだ。
何かしてやりたいが……
そこで黙っていたウェンディが口を開いた。
「歩くのは無理かもしれませんが、マスターなら走るくらいはできるかもしれませんよ」
「え?」
2.
ということでこのビルの地下1階にプールがあるのでそこまで来たはいいのだが。
「無理だと思うぞ……?」
人類が水の上を走ろうと思ったら、最低でもウサイン・ボルトの7倍から8倍程度の速度を出さないといけないと大学の教授が言っていた。
しかもそれは理想の角度やタイミングで脚を動かせた場合なので実際はもっと速くないとダメらしい。
計算式を見ても俺はちんぷんかんだったのでそれが本当かどうかは知らないが、少なくとも俺は100メートルを1秒で駆け抜けることは多分できないと思う。
それができたとしても理想の角度やらなんやらじゃないと無理らしいし。
「普通に走ってチャレンジしてみてもいいですが、もう少し現実的な方法があります」
ウェンディは自分の足を指差す。
「魔力を足の裏から常に放出し続けるんです。イメージとしては、自分へ働いている引力と釣り合うように。水は流動的なのですぐに歩くのは難しいですが、マスターの身体能力と魔力をコントロールする能力を考えれば十分走れるかと。慣れれば靴を履いたまま水面に立てるようになれますが、最初は裸足で走ってみてはどうでしょうか」
「……てことはウェンディたちはできるのか?」
「はい、できますよ」
うーむ。
すごいな精霊。
君らの方がよっぽどNINJAだと思うぞ。
コソコソと話している俺たちをティナが不思議そうに見ている。
NINJAには色々準備が必要なんだ。
実際のNINJAも水蜘蛛だかなんとかっていう睡蓮の葉っぱみたいなのに乗ってたんだし。
そもそもあれで水面を歩くのは無理らしいけど。
実際は沼地とかを渡る時に使っていたとか聞いた。
「それから、くれぐれも本気で走らないでください。ダンジョンでならともかく、普通に外でマスターが本気で走れば被害が大変なことになりますから」
「……わかった」
確かにそれもそうだ。
常人の2倍程度の力に留めておこう。
後はさっきウェンディが言っていた通り足の裏から魔力を放出し――
「行くぞ!」
少し助走をつけて走り出した。
一歩目、二歩目、三歩目、と沈まずに足が進み、四歩目で盛大に水の中へ突っ込む。
「うべぶ!」
なんとも間抜けな声が出てしまった。
かなりの勢いで水へ突っ込んだせいで思い切り鼻に水が入ってしまった。
めっちゃ痛い。
ちょっと涙目になりながら俺がプールから上がってくると、スノウとティナが爆笑していた。
綾乃も顔をそむけているが、笑っているなお前。
肩が震えてるの見えてるからな。
知佳は特に表情が変わらないが、声を出さずに口だけ動かした。
俺流読唇術に寄れば「ブ・ザ・マ」とのことだった。
「あーあビショビショだよ」
ポタポタと水を滴らせながらティナへ近づく。
「でもユウマ、ちょっと走れてたね。うぺぶ! って言ってたけど――ってきゃああああ!?」
笑い転げていたティナを抱えてそのままプールへぽーんと投げ込む。
ばしゃーんと盛大な水しぶきを上げてティナが着水した。
しばらくして浮かんでくると、
「あっははははははは!」
めっちゃ笑ってるなあいつ。
楽しそうで何よりだ。
「さてお前らもだ」
まずは綾乃を捕まえて投げ込む。
「ええええええ――!?」
ばしゃーん。
そして次に知佳を捕まえて投げ込む。
ばしゃーん。
……あいつこういう時でも悲鳴あげないのな。
既に二人やられて心の準備が出来ていたのかもしれない。
初手で捕まえるべきだったか。
「さて……」
お次は散々笑ってくれたスノウだが……
「あたしが無抵抗で掴まると思う?」
不敵に笑うスノウ。
確かに正面からスノウを捉えるのは難しいだろう。
「ウェンディ」
「承知しました」
ビシッ、とウェンディの不可視の縄がスノウを捉える。
魔力で作ったのか風の力の応用なのかはわからないが、流石のスノウもすぐには抜け出せないようだ。
「それはずるくない!? ――きゃああああああ!?」
さぼーんとスノウも無事にプールへ投げ込まれた。
その後ウェンディとフレアがホテルサービスで借りてきた水着を着てそのままプールで遊んだり、何故か水面へ投げられるのにハマったティナを数回投げたりと色々やった後、全員が疲れ果てて死屍累々の状態で部屋へ戻っていくのだが、そこは割愛しよう。
3.
――誰かが困っているのなら助けたいだろ?
「……んあ……?」
誰かに話しかけれたような気がして、目が覚める。
そして自分がどういう状況に置かれているのかを思い出す。
そうだ。
プールで遊んで疲れて戻ってきて、そのまま寝ちゃったのか。
とりあえず目先の問題が全て解決して、ティナを無事保護できて、フレアも召喚できた。
はしゃぐ理由としては十分だろう。
まだまだやることは色々あるけどな。
起き上がろうとすると、一人用のベッドが既に用意されているのでもちろん俺しか寝ていないはずのベッドに、何故か俺の関与しない膨らみがあった。
まさかと思ってガバッと毛布をめくると、赤い髪の美少女がそこにはいた。
フレアだ。
「おはようございます、お兄さま」
小声でそう話しかけられる。
「……起きてたのか」
「だって、まだ本契約をして頂いていないですから」
そうか、そういえばそうだった。
遊び呆けていて完全に忘れていた……と本人に言ったら拗ねるか泣くかのどちらかになりそうなので言わないが。
ぎゅっと腕に絡みついてくる。
柔らかい部分があちこちに当たっている。
果たして俺は本能に理性で打ち勝てるのだろうか。
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