第57話:笑顔
1.sideパットン
他人を蹴落として成り上がることを信条とし、数十年に渡って政界をしぶとく生き延びてきたジョシュ・T・パットンは、日本からやってきた若造にしてやられて怒りに打ち震えていた。
パットンからすればダンジョン管理局からの強い要請であちらに恩を売れると思って得体の知れないガキと面談をしてやったという認識。
それがまさかあそこまでの劇物を持ち込まれるとは思っていなかったのだ。
魔力を用いて魔法を行使する。
先程悠真たちが見せたそれは未だにパットンの目に焼き付いている。
超常的な力。
長年の勘はアレを逃すべきではないと叫んでいた。
<気配感知>を失うのは惜しいがそれを補って余りある利益を自分にもたらすだろう。
そう確信していた。
だから現時点でパットンにとってはさほどマイナスのない交渉だったのである。
独断専行したという点は確かに多少の顰蹙を買うかもしれないが魔法の優位性がわかればその程度の話はどうとでもなる、と思っていた。
もちろん、それは単に現時点でという話に過ぎないのだが。
だが、それはそれとしてパットンは自分を舐めくさっていたガキと女――つまり悠真とウェンディ達に対して激しく憤っていた。
「舐めおって……! この私を誰だと思っている……!!」
まるで自分たちが優位に立っていると言わんばかりの挑発的なそれはパットンのプライドを大いに傷つけた。
腰が抜けた無様な姿を嘲笑っていた。
許せない。
それだけが頭の中をぐるぐると回っている。
「私が誰だか――思い知らせてやる」
ガタン、をテーブルを叩く。
そして先程悠真たちへ銃を突きつけ、それを一瞬で失った二人へとある命令を下した。
内一人があまりの内容に反発する。
「それは、流石に――」
「良いからやれ!! 殺してしまえば証拠など残らん!! 徹底的に辱めて、生まれてきたことを後悔させてやれ!!」
直後。
パットンは信じられぬものを目にした。
先程まで悠真が座っていた位置に、突如姿を現した女が座っていた。
その女はただエメラルドに輝く瞳でじっとパットンと、との後ろにいる男達を見ているだけだ。
ただそれだけなのに、ヘッドライトに照らされた鹿のように身が竦んで動けない。
それはパットンだけではない。
後ろにいる、ボディガードとして雇われている二人もだ。
濃密な殺気の中、誰一人身動ぎ一つできない空間と化している。
「お、お前は、あのガキの後ろにいた――」
「私が誰なのかは、どうでも良いのです」
女――ウェンディは静かに言葉を発した。
「問題は、あなた方がしようとしていること。全てが無駄に終わることは言うまでもないことですが、だからと言って、あの方に危害を加えようとしている輩を見過ごす理由にもなりません」
すぅ、と右の掌をパットンに向ける。
「良かったですね。妹ではなく、私がここへ来ていて。あの子がここにいたら、あなた方はその亡骸すら残らず、ご家族の皆様はとても悲しんだことでしょうから」
静かに殺気を漲らせるウェンディに、パットンはもはや恐怖以外の感情を持たない。
「ま、ままま、まってくれ! もう手を出さない! 絶対にだ! か、金を払う! いくらでもだ!」
「興味はありませんね」
「た、た、頼む、こ、子どもがいるんだ! 6人、私の帰りを待っている!!」
「……そうですか」
ウェンディはそれを聞いてあっさり手を下げる。
だが、それは命が助かったことを意味するものではなかった。
「では、こうしましょう。もしあなた方があの方に手を出すのなら、私はアメリカ国民を鏖殺します」
「……は?」
いきなり規模の大きな話になり、パットンは間の抜けた返事をする。
だが、ウェンディは至って真剣な話をしていた。
「この状況で、あなたがご家族のいる場所を正直に教えてくださるとは思っていませんから。しかしアメリカ全土が対象ともなれば、流石にご家族やご友人、全員を逃がすのは難しいでしょう?」
「は、はったり……だ……」
苦し紛れに言うパットンを、ウェンディは冷たい目で見据えた。
「そう思うのならどうぞご自由に。あの方が気に病むという理由以外に、あなた方を生かしていく理由はありませんから。では、あまり遅いとご心配をかけてしまいますので。懸命な判断をすることを期待していますよ」
そう言い残して。
ウェンディはその場から姿を消した。
2.
「あ、ウェンディ。買いたいものは買えたのか?」
「はい、マスター。申し訳ありません、お待たせしてしまって」
帰り道の途中、突然ウェンディが少し買い物をしたいと言いだしたので俺とフレアの二人は店の外で待っていたのだ。
中まで着いていっても良かったのだが、フレアに「女性には見せられない買い物もあるのですよ、お兄さま」と言われてしまえば、めっちゃ気にはなるけど着いていくわけにもいくまい。
例のごとく俺の腕にひっついているフレアがウェンディに訊ねる。
「ウェンディお姉さま、上手くいったのですか?」
「ええ、もう問題はないでしょう」
上手くいった……?
何を買ったのだろうか。
いや、あまり深堀りするのはよろしくないようなことなのだろう、きっと。
また知佳にデリカシーがないとからかわれてしまう。
その後は何事もなく、俺たちが仮拠点にしているホテルへ戻ってきた。
どうやらまだスノウ達は帰っていないようだ。
知佳へ連絡してみると、途中でカフェに寄ってパフェを食べているらしい。
スノウがいればまず100%危険はないとは言え、くつろぎすぎではなかろうか。
しかし続いて届いた写真がティナが笑顔でパフェを頬張っている姿だったので、今回はまあ許してやるさ。
「はーーーー…………」
どっかりとソファに腰を下ろす。
ようやく肩の荷が下りた気分だ。
実際のところはまだ問題は山積みなのだが。
「お疲れ様です、マスター。何か淹れましょうか?」
「……冷たい水がほしいかな」
「承知しました」
ウェンディのいつもの労いが今はありがたい。
ダンジョンを攻略するよりも疲れた気がする。
しかしここまで色々なことがあったな。
ダンジョンを攻略するだけで終わりだと思っていたのに拳銃で撃たれたりダンジョンで死にかけたり政治家の偉い人とギリギリの交渉をしないといけなくなったり。
全て自分のやりたいことに素直に従った結果なので別に後悔はしていないが、最近の俺は働きすぎな気がする。
しばらく何もしないでのほほんと暮らしたい。
スローライフを望む人の気持ちが今ならちょっとわかる。
……どこかの小さいやつが言うには俺はトラブルメイカーらしいのでスローライフとやらを始めても何かしらの面倒事に巻き込まれるのかもしれないが。
フレアはそっと隣に座って俺に寄り添った。
うう、身体が柔らかい。
なるべく気にしないようにしていたが、完全に女の子の身体なのだ。
勘弁してほしい。
「お兄さま、フレアはずっと見ていたんですよ?」
そっとフレアの掌が俺の太ももに乗せられた。
「お兄さまのことは全部知ってます。我慢しなくていいんです」
そのまま当然のように太ももを撫でられる。
触るか触らないかくらいの距離で――焦らすように。
「お水をお持ちしました、マスター」
と。
ちょうどそのタイミングでウェンディが戻ってきた。
パッとフレアが手を離して、しかし抱きついたまま俺の代わりにウェンディから水を受け取る。
「はい、飲ませてあげますね、お兄さま」
「さ、流石にそれは自分でできるから」
にこにこ笑顔のフレアからコップを受け取る。
この子の場合、どこからどこまで本気なのかがわからないぞ。
「フレア、本契約の件、逸る気持ちはわかりますがせめて夜まで待ちなさい」
ウェンディがフレアに釘を差した。
流石ウェンディだ。
直前で離れたとて気付いていたのだろう。
フレアは「はーい」とつまらなそうに返事をする。
……ウェンディが戻ってこなかったら流されていたかもしれない。
なんだかフレアに関しては沼にハマってしまいそうな危うい魅力を感じるんだよな。
それとお兄さま、という呼び方。
俺は妹がいないのだが、なんだか何回も呼ばれている内にこう……妹的な子も良いよね……って気持ちになってきた。
順調に開発を進められているような気がするが、気のせいだろうか。
しばらくすると、スノウの気配が近づいてきていることに気付いた。
もうだいぶ近くまで来ているようだ。
俺が気付いたことにウェンディも気付いたようで、
「マスターもかなり魔力を感じられるようになりましたね」
「ああ、特にスノウ程にもなると気配も大きいしな」
「マスターの順応性も高いですが、知佳様や綾乃様を見る限りそもそもこの世界の人は魔力というものを知らない、或いは覚醒していないから認識していないだけで、魔力の扱いが特別苦手というわけでもないようです」
「だな……それがどうかしたか?」
「魔法の存在が公になると世界の在り方ががらりと変わるかもしれません」
「まあ、確かにな」
魔法での犯罪とかぶっちゃけなんでもありだもんなあ。
しばらくすれば場に残っている魔力から犯人を特定、とかもできそうではあるが。
そうなったとしても世界の在り方が変わっているという点から見れば該当する変化だ。
「けど遅かれ早かれ魔法の存在については誰かが気付いてたと思うんだよな。確かに使うのは難しいけど、才能のある人がもしかして……って試したらできちゃうかもしれないし」
もちろんその才能っていうのもかなりのものを持っていなければならないのだが。
それでも世界には70億人以上の人々がいるのだから、いつか何かの拍子で正解へたどり着く人が出てこないとも限らない。
「だから先に国に管理して貰ったほうが安全じゃなかろうか……というのは流石に後付けの理屈だけどさ」
ティナを差し出すと言っても差し支えない程の情報をあちらに渡すということをまず第一に考えていたので、このあたりの整合性は後で上手いこと取らなければならない。
……俺ではなく、主にダンジョン管理局が、だけども。
「確かにその通りかもしれません。流石マスターです」
「屁理屈だからな。あまり褒めないでくれ」
そう言うとウェンディはくすりと笑った。
かわいいなおい。
「わかっていますよ。少しからかっただけです」
ちくしょう。
かわいいな。
そんなデレデレの俺の腕がつねられた。
もちろん誰にかと言われればフレアにである。
「フレアのことも見てください」
……かわいいな!!
ダメだこりゃ。
冷静に考えると俺はとんでもない幸せ空間にいることになるぞ。
これに加えて知佳や綾乃、スノウまでいる。
すごい、ハーレムだ。
現代日本でハーレムを築いてしまった!
冗談はさておき。
わけのわからないことを考えているうちに、スノウ達が帰ってきた。
両手に大量のお土産らしきものを持っていたティナが、俺と目が合うと「ユウマ!」と嬉しそうに叫んで飛びついてきた。
流石に空気を読んだのかフレアが離れる。
かなり名残惜しそうにしていたが。
「ティナ、久しぶり……って程でもないか。元気だったか?」
「もちろんよ! スノウ達から聞いたわ。ユウマのお陰でわたしは自由の身だって!」
「俺のお陰……というか俺の周りの人のお陰だな。俺だけじゃ何もできなかった」
「でもユウマのお陰でもあるでしょ?」
にっこりとティナが笑う。
この笑顔を見られただけでも、苦労したかいがあったなと思う。
最初はマフィアみたいなのに追いかけられているところを放っておけずに助けた……というか手を出しただけだったが、まさかこうなるとは思っていなかった。
「ねえユウマ、ちょっとかがんでくれる?」
「ん?」
言われた通りにかがむと、頬に柔らかい感触が触れた。
「あっ……」
フレアが驚いたように声をあげる。
俺はびっくりして口をあんぐり開けるだけだ。
「えへへ、今までのお礼。ありがとう、ユウマ」
今までで一番眩しい笑顔で、ティナはそう言うのだった。
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