第55話:燃えるような精霊

1.



召喚サモン


 そう唱えた直後、パッとそこに現れたのは燃えるように紅いショートヘアの少女だった。

 そして俺と目が会った瞬間、喜色満面といった様子でこちらへ飛び込んでくる。


!」


 そんなことを口走りながら飛び込んできた少女をばふ、と受け止める。 


「……お兄さま?」


 俺に妹はいないはずなのだが。


「落ち着きなさい」


 と、初手で俺に抱きついてきたその子をスノウがぺいっと引き剥がした。

 

「何するのよ、スノウ。わたしはもっとお兄さまを感じたいのに」


 憮然とした様子でスノウへぶーたれる少女は――

 

 年齢は高校生くらい……に見える。

 おっとりとした垂れ目で、瞳は空のような青。

 

 そして何故か服装はめっちゃ和装だ。

 髪と同じ紅を意識しているのであろう色合いの着物。

 

 シンプルなワンピース姿だったスノウや、魔術師然としたローブを着ていたウェンディとはまた違ったデザインである。


 更にもちろんというか当然というか、スノウやウェンディに負けず劣らずの美人だ。

 ウェンディを見た時もスノウに少し似ているように見えたが、この子は更に似ているように見える。


 双子の姉がいると言っていたのでそっちかな……?


「申し遅れました、お兄さま。フレアティフォートと言います。フレア、と呼んでください」


 にっこりと少女は微笑んだ。

 


2.



 フレアティフォート。

 見た目でなんとなくわかる通り、炎を司る精霊らしい。

 そしてこちらも俺が予想した通り、スノウと双子だという。

 

 身長もスノウの方が高いし、どちらかと言えばフレアの方が少女らしいので妹っぽく見えるのだが姉だ。

 どのみち双子だからどうでもいいと言えばどうでもいいのだが。


「とりあえずそこまでは理解した……けど、なんで俺が『お兄さま』なんだ? 双子ってことはスノウと同い年なんだよな?」

「フレアとスノウの肉体年齢は19ですから。お兄さまは22でしょう? ならばお兄さまです」


 と、どこかうっとりしたような表情で(というか召喚してからずっとこの調子なのだが)言った。

 初めて聞いたぞそんなこと。

 ちらりとスノウの方を向くと、


「……彷徨ってる期間を含めればあんたよりずっと年上よ」


 とよくわからないマウントを取られた。

 まあそれはそうなのだろうが。

 そもそも精霊に関しては肉体的に年齢を重ねていくのかも疑問の残るところである。


「……で、召喚していきなり抱きついてきたのはなんでなんだ? 他の二人はまず状況把握するところからだったはずだけど」


 もしかしてダンジョン内での召喚じゃないからとかだろうか。

 今までとは異なる、イレギュラーが発生した理由と言えばそれくらいしか考えられない。


「いいえ、違いますお兄さま」


 じぃっとフレアに目を見つめられる。


「フレアはずうぅぅ――っとお兄さまのことを見ていたんです。スノウが召喚されて……二日目くらいから」

「ずっと?」


 しかも二日目って。

 幾らなんでも早すぎないか?


「双子だからか、召喚されたスノウの魔力を遠くからでも感じられました。だからすぐに二人を見に来たんです。それからは、ずうっと」


 ぎゅう、と俺の腕をしっかり抱いて、多分わざと胸にぐいぐいと押し当てるフレア。


「ウェンディお姉さまが先だったのは悲しかったけれど、今こうしてお兄さまに触れられるので気にしていません。一番とは言いませんから、フレアを近くに置いてください、お兄さま」


「わ、わかったからちょっと離れてくれ」


 当たってるんだよ。

 ずっと。

 絶対わざとだろこれ。

 初対面の女の子に節操なしに興奮する程俺は……俺は……

 ううむ、ウェンディの時のことを思い出して自信がなくなってきたぞ。


「……離れる?」

  

 ギリィ……と抱きついている力が強まる。


 あの……フレアさん?

 ちょっと痛いんですけど。


「フレアの愛を受け入れてもらえないのでしょうか? お兄さま。お兄さま、お兄さま。フレアはこんなに愛しているのに。こんなにも愛しているのに。フレアはお邪魔でしょうか? 一番じゃなくていいんです。でものけものはいやです。いやなんです。許しません」


 笑顔を浮かべたまま段々と早口になっていくフレア。

 なんだか部屋が暑くなってきたような気がする。

 というか熱くなってきているような気がする。


「落ち着きなさいって」


 ぺしーん、とスノウがフレアの頭をはたいた。

 それと同時に先程までの熱さが引いていく。


「だって、だってぇ……スノウ~~~!」

「はいはい。悠真は別にあんたを拒絶したわけじゃないのよ。童貞だから女の子との距離感が測れないだけなの」


 フレアがスノウに泣きついている。

 まるで歳下の子をあやしているような光景だが、フレアが姉でスノウが妹だ。

 双子だけど。

 というか、童貞じゃないもん。


 ちょいちょいとウェンディに小突かれる。

 フォローしろってことね。了解ですよ。


「あー……悪かった、フレア。嫌なわけじゃないんだけど、ほら、可愛い子に抱きつかれたら緊張するだろ?」

「かわいい……? フレアはお兄さまから見てもかわいいんですか?」

「ああ、そりゃもう」


 そう言うとぱあっとフレアの表情が明るくなった。


 可愛いのは事実である。。

 スノウに瓜二つと言っていいほど似ているが、スノウはツリ目でフレアはタレ目。

 更にそもそもの雰囲気が全く違うので、スノウが綺麗系だとすればフレアは可愛い系である。


 似ているが違うというなんだか不思議な感覚である。


「たらし」


 知佳がジト目で俺を見ている。

 どうしろって言うんだ。

 

「……で、フレアを召喚したはいいけど、これからすぐに本契約するの?」

「お兄さまと本契約……♡」


 再び熱っぽい視線で俺をじいっと見てくるフレア。

 まるで引き込まれるような感覚に陥ってしまうが、それを断ち切ったのはウェンディの冷静な声だった。


「マスターに出会えて今は昂ぶっているようですから、本契約で本来の力を取り戻すのは危険かと」

「危険て……」


 いやしかしさっきも実際に部屋が熱くなっていたか。

 あれがスノウやウェンディの出力で行われていたら今頃俺たちは電子レンジの中に入ったようになってしまっていたかもしれない。


 スノウがいるからよっぽどなことはないとは思うが。


「流石に私たちに危険が及ぶことはないとは思いますが。今から交渉しに行く相手は一筋縄ではいかないでしょうからね。この様子のフレアに、もし目の前でマスターに敵意をぶつけるような相手を見せでもしたら……私やスノウからすれば止める意味も薄いので、相手がただでは済まない可能性があります」

「……そりゃあ大変だ」


 いや、冗談抜きで。

 なにせこれから会う相手はアメリカ政府の中でもかなりの重役である。

 流石に危害を加えるようなことをするのはまずい。



3.



「お兄さまとお出かけ……こんなことができるなんて本当に夢のようです」


 待ち合わせの場所へ向かう道中、相変わらず語尾に♡マークが大量に浮いていそうな様子で俺の腕に抱きついているフレア。

 正直かなり歩きにくいのだが、そんなことを言って機嫌を損ねられるよりは腕に当たっている見た目の割にそこそこのボリュームを誇るものの感触を楽しんだ方がいいだろう。


 少し後ろを歩くウェンディが周囲の警戒をしているのでとりあえずの危険はないだろうし。


 ちなみに知佳と綾乃、スノウの三人は別行動だ。


 スノウがいればあちらもよほどのことがない限り危険はないだろう。

 

「……にしても、良かったなあ。フレアが召喚できて」

「えっ! お兄さま、もうフレアのことをそんなに想ってくださっているのですね……!」

 

 心底嬉しそうな声をあげるフレア。


「いや……ああいや、そうでもあるんだけど、やっぱり姉妹で揃ってた方がいいだろ? ……家族なんだしさ」

「まあ……!」


 フレアが目を輝かせる。


「お兄さまは素晴らしいだけでなく、お優しくて素晴らしいお方です!」

「そ、そりゃどうも……」


 ウェンディも俺のことを持ち上げる節があるが、フレアはそれに輪をかけてひどいな。

 あと機嫌を損なったりすると怖そうだ。

 

 にしても、これで三人目の姉妹か。

 姉妹以外にも精霊はいるのはわかっているので、そこから誰かが出てくる可能性ももちろんある。

 戦力という点で見れば別に構わないのだが、姉妹以外だとなんとなく気まずそうだ。

 俺としても円満に行きたいので、次召喚する時は一番上のお姉さんであることを祈ろう。

 

「そういえば、お兄さま。ティナちゃんをなんとかして開放してあげたいので今から交渉へ向かうのですよね?」

「ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」


 特に説明とかしないで連れてきてしまったが、当然のように現状を把握している。

 どうやら本当に『ずうっと』見ていたようだ。

 飽きずによく見ていられたなあ……


 ……待てよ。


 ずうっとってどれくらいずうっとだ。

 例えば俺がウェンディとちょめちょめしたことだったりも見られているのだろうか。


 トイレや風呂もか?

 流石にそれは……いやしかしなんだかそれも有り得そうな凄みがフレアにはある。

 見ていたと言われてもさほど驚きがない。


 うーむ。

 

 ……聞くのはやめておこう。そうしよう。


「どうするつもりなんですか? 力ずくでしょうか?」

「流石にそれはな」


 俺がダンジョン管理局に世話になっていない立場だったらそれも選択肢には入っただろうけど。

 一応ウェンディには話してあるが、そこはどうやら流石のフレアも聞いていなかったようだ。

 フレアでも知らないことがあるとなると安心できるな。

 俺がいつもトイレで鼻歌を口ずさんでいることとかまで知られていたら俺は恥ずかしくて死んでしまう。


「あくまでも『交渉』だ。こちらが差し出すものを提示して、あちらにはティナを開放してもらう。ただそれだけさ」


 もちろんそれとは別で、ある程度の報いは受けて貰うけどな。

 相手からすれば自国の為にやっていたことかもしれないが、事実それで犠牲になっていた子がいるのだ。

 お互いウィンウィンなだけの関係で終わらせるつもりは毛頭ない。


 それに相手の出方にもよるしな、最終的にどう転がるかなんて。



4.



 待ち合わせの時間からたっぷり30分以上は遅れて部屋へ入ってきたでっぷりと肥えた、オークよりオークっぽいおっさんは俺とウェンディ、そしてフレアを見てチッと舌打ちした。


「ガキと女だけか。生産性の無い無能共があまり時間を取らせるなよ。私は忙しいんだ」


 厭味たっぷりの表情でそんなことを言い捨てるおっさん。

 

 ピクピクとこめかみが引き攣るのを自覚しつつ、俺は自分を落ち着ける為に一つ深呼吸をした。

 どうやら一筋縄では行きそうにないな。


「お兄さまのことをガキと言いましたか……?」


 あとフレアが既にキレかかっているような雰囲気が伝わってくるのだが、頼むから我慢して欲しい。

 このおっさんが焼豚になってしまうかもしれない。

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