第54話:寝られない理由

1.



「あー……疲れた……」


 何故か今日は異様に疲れた。

 いや、何故なのかはわかりきっているか。

 1日の内にこんなに異性と触れ合ったのは多分人生初の経験だ。


 流石に夜も遅いので寝ることになったが、ウェンディいわく当初の予定以上に魔力の増え方は順調らしい。

 この調子で行けば明日にでも3人目を召喚できるとのことだった。


 それ自体は大変よろしいことなのだが、童貞マインドの抜けきらない俺としてはスノウやウェンディと言った常軌を逸した美人と接しているだけでもガリガリSAN値が削られていく気分なのである。

 いつ我を失って襲いかかるかわからん。

 割とマジで。


 今日も同じベッドだったらやばかったかもしれないな。

 物理的に一番離れた位置に置いてもらったので、よほどのことがない限り間違いは起きないだろう。


 百歩譲ってウェンディとスノウだけならともかく知佳と綾乃もいるからな……


 そしてやはり疲れていたのか、ベッドに入ってすぐにうとうとし始めた。

 どちらかと言えば俺は寝付きが悪い方なのだが――




「……ん……?」


 多分、一時間くらいは寝ていたのだと思う。

 何かの気配を感じて、俺は目を覚ました。

 広いとは言え同じ部屋にいるので、最初は誰かが起きたのかと思ったがどうにも違うようだ。


 俺が不思議に思いながらも再び寝入ろうとすると、真後ろから声が聞こえた。


「だーれだ」


 同時に目隠しもされる。

 だが、声とこの目を隠している手の小ささからすぐにわかった。


「おま……知佳!」

「せーかい」


 バッと起き上がると、何故かベッドの中に知佳が入っていた。

 いつの間に……いや、先程気配を感じて目覚めたときなのだろう。

 普段なら絶対に気付いているが、寝ぼけていたことと疲れていたことが災いして今の今まで気づかなかったのだ。


「な、何してんだよ!」

「しー」


 唇に人差し指を当て、静かに、のジェスチャーをする知佳。

 

「起きちゃうよ、皆」


 そう言われ、自然と小声になる。


「……何してんだよ」

「起きてる間は忙しそうだったから」

「だからってお前男が寝てるベッドに潜り込むかよ」


 こいつには自分が襲われるかもしれないとかそういう心配はないのだろうか。

 性欲を持て余した俺にうっかり押し倒されたどうするつもりなのか。


「ちょっと大事な用があったから」

「大事な用……? なんだよそりゃ」


 事も無げに言うが、夜中に男のベッドに忍び込まなければいけないほど大事な用だと知佳が言うとなんか怖いのだが。


「もう半分くらいは目的は達成してるかな」

「……なんだそりゃ」

「別に。それにしても、ベッドに女の子といるのに何もしないの?」

「あのなあ」

「そんな度胸ないか。ウェンディとはしてたのに」

「そりゃお前ウェンディとは事情がちが……まて、今なんて言った?」

「ウェンディとはしてたのにって」

「…………してないよ」

「この間も言ったけど、声、聞こえてたし」


 反応に困ることを言わないで欲しい。


「そもそもウェンディから聞いてるし」

「は――」


 俺の口を知佳が手で抑える。


「だから静かに」

「な、なんでウェンディがお前にそんなこと話すんだよ」


 どんな絡繰りだよそれ。

 どういうネットワークが繋がってたらそうなるんだ。


「さあ、ウェンディなりの配慮だと思うけど……」

「……配慮?」

「失言。なんでもない」


 ええ……?

 なんだろう、ウェンディに直接聞いたら教えてくれるのだろうか。


「ウェンディ達にも色々事情があるみたいだし――まあ完全にその事情ありきでって訳でもないのは……こっち次第でなんとでもなること」

「どういう意味だよ」

「悠真はこれからも誘惑に負けるんだろうなって話」


 ぐっ……否定できない!

 だが今の話とその話がどう結びつくかが謎である。


「でもだし、ある程度は仕方ないにしてもずっと譲りっぱなしっていうのも性に合わないから」


 ぎゅっと知佳が俺の腕に抱きついてきた。

 こ、こいつマジで押し倒してやろうか。

 

「そんな度胸ないでしょ」

「こいつ、心を読みやがった!?」

「顔に書いてある」


 俺がここまで表情豊かになったのは誰のせいだと思ってやがる!


「そろそろ流石に眠くなってきたから、寝る」

「ちょ、おま……」


 そう言って。

 知佳は本当に俺の腕に抱きついたまま寝息を立て始めた。

 嘘だろ……?

 

 なんだこれ、どうするのが正解なんだ。



「……………………寝るか」


 もちろん寝られるわけはなかった。




2.



 翌日。

 朝イチで柳枝さんから電話がかかってきた。

 恐らくについてだろう。


『声に張りがないな。あまり寝ていないのではないか』

「……わかりますか? ちょっと昨日は色々ありましてね……」

『これだけ何度も連絡を取り合っていればな』


 確かに、ギャルゲなら下手すりゃ攻略対象になっているのではないかと思うほど交流している気がするぞ。


「俺のことはどうでもいいんです。頼んでいた件はどうなりましたか?」

『ああ、そうだった。なんとか取り次ぐことができた。とは言えそちらの時間で今日の午後1時から30分だけだ。申し訳ないが、それ以上は……』

「いえ、それで十分です」


 そもそも俺の考えているプランではそこまで時間をかけること自体ができない。

 長くてもそれこそ30分程度が限界だろう。


『……それと、君達が今日交渉に使おうとしているについてだが――』


 息を呑むようにして、柳枝さんが一拍置いた。


『――有用性が確かめられた。この情報が本当だとすると、世界中に激震が走るぞ』

「とは言っても、管理局も公表するつもりはないんでしょう?」

『というより、したくてもできない。あまりにも世間に与える衝撃が強すぎる』

「それでいいんです。アメリカにはある程度までしか情報を渡しませんから、そこから先はそちらのと相談しつつ、なんとかしてマウントを取ってくださいという感じで」

『それはこちらでなんとでもするさ。伊敷の件も含めて、アメリカがこちらに強く出ることはできないだろう』

「お願いします」


 これからやろうとしていることはどうしてもダンジョン管理局ありきになってしまうからな。

 こちらとしてはティナを取り戻すだけで済ませる気は毛頭ない。

 そのあと、今後の流れを少し話し合った後に電話を切った。



 会話が聞こえないくらいの位置に控えていたウェンディが話しかけてくる。


「どうでしたか?」

「午後1時からだそうだ。急だけど、大丈夫だよな?」

「ええ、問題はないかと。午後1時からですか……では先に3人目を召喚してしまいましょう」

「え……もう3人目いけるのか?」


 いやしかし確かに昨日は1日中イチャコラしていたけれども。

 

「例のダンジョンのボスとの戦闘もありましたから。実際、あれでマスターの魔力はかなり増えています。それに加えて昨日の増加分も含めれば、十分に可能性はあります」


 ……あいつか。

 多分、というかほぼ確実に、今まで出会ったボスの中で一番手強かった。

 いや、手強かったどころか圧倒的な差があった。

 最後の捨て身の一撃がようやくちょっとだけダメージとして通ったくらいで、内容としてはほぼ完敗だ。


 腕もようやくだいぶ感覚が戻ってきて動かせるようになっているが、直後はほとんど使い物にならないほど消耗していた訳だし。


 またいつあの手のボスに遭遇するかわからない。

 それに遅かれ早かれ召喚するつもりではいたのだから、今召喚できるならしてしまえばいいか。

 

 

 というわけで、召喚をするということで全員の目の前ですることになったのだが。

 スノウのときのような偶発的なものでもなく、ウェンディのように突発的なものでもない。

 いざこうして準備をして召喚するのは初めてだ。


 

「な、なんだか緊張しますね……」

「そう?」


 何故か召喚する俺より緊張している綾乃に、マイペースな知佳。

 そしてウェンディとスノウは――何を考えているのか。

 いずれにせよ、真剣な表情で俺を見つめていた。

 ちゃんと姉妹を召喚できるといいんだが。


 思惑は違えど、全員に見守られる中、俺はそっと唱える。


召喚サモン

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