第52話:ビルダンジョンの最後

1.



 ボスの姿が消滅した後、すぐにウェンディが駆け寄ってくる。

 

「マスター! 大丈夫ですか!? お怪我は!?」

「俺は平気だからティナを看てやってくれ」


 実際、明らかに致命傷っぽかった腹の傷は完全に塞がっている。

 左腕は――見た目こそ治ってはいるが、完璧に元通りとはいかないようで感覚が薄い。

 しかし命に関わるような怪我ではない。


 ゴーレムで死にかけた時にも完全に治癒していたし、精霊の使う治癒魔法は桁が違うようだ。


「ティナ様の怪我ももう治してあります。ショックで気は失っていますが、命に別状はありません」

「そうか……よかった」


 ボスの奴も後で遊ぶつもりだったのかかなり加減した一撃ぽかったが、それでもティナの身体は俺のそれとは強度が全く違う。

 俺にとっては撫でるような威力でもあの子にとってはそうではない。


「……マスターはご自分よりも他人を優先するのですね」


 仕方ないなあ、と言った感じの表情でウェンディが俺を見る。


「だめか?」

「だめとまでは言いませんが、もう少しご自愛してください」

「善処するよ」


 既に立ち上がれる程に回復した。

 ……と思ったが。

 立ち上がった瞬間によろめいてしまう。


「治癒魔法は傷は治せますが、失った血までは戻せません。緊張感が途切れて疲労も重なったのでしょう。よろしければおぶっていきますが」

「流石にそれはよろしくないから勘弁してくれ……けどティナを運ぶのはお願いしようかな」

「承知しました」


 ウェンディが倒れるティナを背負って立ち上がる。

 流石に素の力が普通の人間のそれではないので当然のように俺のこともおぶって普通に歩いたり走ったりはできるのだろうが、絵面は地獄のそれだ。

 俺はなんとか歩いて帰ろう。


「そういえばスノウはまだ合流しないのか? 心配だな」

合流できなくて悪かったわね……これでも最速で戻ってきたのよ」

「おわあ!?」

 

 急に後ろから話しかけられて飛び上がるほどに驚いてしまう。

 もちろん声の主はスノウだ。


「あのバカボス、一番下までワープさせやがったのよ。ここまで戻ってくるのも大変だったんだから」


 ぷんすこ怒った様子で腰に手を当てるスノウ。


「一番下って……逆にそれにしては早すぎないか?」

「階段を探すのが面倒だったから天井をぶち抜いてきたのよ」

「……ダンジョンの壁って破壊したところですぐに復元されるよな?」


 向こう側の通路まで貫通させようとした瞬間にもとに戻る。

 多少傷をつけたり壁が崩れたりする程度ならどうってことないのだが、その手のショートカットは許されない。

 というか誰がそれを許さないのかはわからないんだけどな。

 その辺りはダンジョンに意思があるとしか思えない。


「凍らせればその限りじゃないわ。まあ、ダンジョンの壁を完全凍結させるのは結構魔力を消費しちゃうからあまりやりたくないけど」


 やれないではなくやりたくない、か。


 多分そんなことが出来るのはスノウくらいだ。

 少なくとも普通の人間にはできない。

 とは言っても全てのダンジョンの壁が完全に破壊不能というわけでもないというのがまたややこしいところなのだが。


「ウェンディはどこへワープさせられたんだ?」

「ここから10階ほど下です。私はスノウのように壁を破っての強引な移動はできませんが、風に乗って移動できますので順に走破しました」


 それでも十分すぎるくらい速いけどな。

 

「……それにしても、ワープさせてくるボスなんて流石に想定外だったわ。そもそもこのダンジョン自体規格外なんだから何が起きてもいいように心構えはしてたつもりだったけど」


 スノウが反省するように言う。

 あれは誰も予想できないだろう。

 トラップにも気をつけていたし、モンスターはそもそも近づけないようにしていた。

 ワープしてくるボスで、しかも強制的にワープさせる能力まで持っているとなればどう対策しようがどうしようもない。


「これからダンジョンへ入る時は何かしらの対策を立てた方が良いかもしれませんね。少なくとも、戦力の増強はすぐにでもすべきかと」

「戦力の増強? 今回みたいなのは流石にそんな頻繁には起きないだろ。今でもオーバーキルくらいじゃないか?」

「いえ、今回のように不測の事態に対処するにはやはり二人では心許ないです。三人、ベストは四人揃っていれば一人や二人戦線離脱させられても残りで対応できますから」


 ……まあ確かに、さっきのボスも一人ずつしかワープさせられない様子だったし、それでウェンディ、スノウと立て続けに飛ばされて詰んだ訳だ。

 スノウが身構えた瞬間に飛ばされたということは、仮にもう一人いれば既に反撃体勢は整っていたわけで。


「帰ったらマスターの魔力の増強に努めましょう」


 ウェンディが事も無げに言って、スノウがなんだか微妙な表情を浮かべた。

 帰ってから魔力の増強に努めるということはそれはつまりイチャイチャしましょうということだ。

 俺としては特段断る理由もないが、


「それって三人目を召喚できる魔力量になるまでってことだよな? どれくらいかかるんだ?」

「……詳しいことは断言はできませんが、先程のボスとの戦闘でマスターの魔力は大きく増えています。そこまで時間はかからないのではないでしょうか」


 強い相手と戦うと増える魔力も多いって、本当にRPGの経験値システムみたいだよな。


「……ちょっと、あんたその左腕見せてみなさい」


 俺とウェンディが話していると、不意にスノウが近づいてきて俺の左腕を取った。

 ――触られている感覚がない。


「……まさか」


 ウェンディも何かに気付いたようで俺の左腕を見る。


「あんた魔力を過剰に左腕に流したわね。見た目はウェンディお姉ちゃんの治癒魔法で治ってるけど、中がズタズタになってるわ」


 言いながらスノウの手元が光っている。

 治癒魔法をかけてくれているのだろうが、一向に感覚が戻ってくる気配はない。


「どんな魔力のかけ方をしたらこんなに……これ、完全に治るまで二日はかかるわよ」


 貫通していた明らかに致命傷っぽい腹の傷さえ一瞬で治してしまえるような治癒魔法なのに、これは二日もかかるのか。


「ほんとあんたは無茶ばっかりして……」

「……お前泣いてるのか?」


 スノウの声が少しだけ震えたような気がしてそう声をかけると、スノウは「泣いてないわよ!」と怒って俺の左腕をぺしんと叩いた。

 中、ズタズタになってるんじゃないんですか?


 ――と。

 スノウが何かに気付いたように辺りを見渡した。

 

「ねえ、なんか揺れてない?」

「え?」


 そんな馬鹿な。

 いや……確かにスノウのいう通り少し揺れているような気がする。

 地震か?

 いやでもここアメリカだぞ?

 地震大国の日本とは訳が違う。


「ここが崩れかけているのかもしれませんね」

「そんなことあるのか!?」


 ダンジョンが攻略されても消滅するという話は聞いたことがない。

 ただモンスターが湧かなくなるだけだ。

 ボスを倒した後もそれまでに湧いていたモンスターは残るので、それを駆除するのに莫大な金がまたかかったりするのである。


「普通はありませんが、このダンジョンは特殊なので何があってもおかしくはないでしょう」


 そんなことを話している間にもどんどん揺れは強くなっていく。

 やばい、これまじで崩れるぞ。


「逃げましょう。急げば倒壊前に出られるはずです」

「ダメだ、ウェンディ」

「マスター?」


 走り出そうとしたウェンディを思わず引き止める。

 ここへ来たそもそもの目的。


「生きてる人がいるかもしれない。助けないと」

「――それは」


 諦めてください、とウェンディは言おうとしたのかもしれない。

 しかしその言葉をスノウが遮った。


「あたしに任せなさい。ちょっと手荒だけど、なんとかしてあげるわ。多分あんたの魔力ならいけるでしょ」


 そう言ってスノウがカッ、と地面を踏んだ。

 その瞬間――ぴたりと揺れが収まる。

 同時に、俺の身体から一気に力が抜けていった。


「はっ……?」


 ただでさえ貧血気味の身体。

 そのまま立っていられるはずもなく、倒れ込みそうになったところをスノウに抱きとめられる。

 普通こういうのって男女逆だと思うのだが。

 

「……ダンジョン全体を凍らせたのですね、スノウ」

「そうよ。永久凍結はかなりほんのちょっとでもかなり魔力を使うから賭けだったけど。多分ウェンディお姉ちゃんの魔法でホテルに戻るくらいの魔力は残ってると思うわ」

「全体って……結構でかかったぞ、このビル。それに永久凍結ってなんだ?」


 しかもダンジョン化しているので中は見た目よりもずっと広い。

 それを全て凍らせたというのだろうか。


「端的に言えば絶対に溶けない氷よ。あたしが自分の意思で解かない限りは」


 マジかよ……

 要するにこのビルを大きな氷の彫像にしてしまったようなものじゃないか。

 それも床がつるつる滑るようなことはないので、内部を完全に凍結させたということだろう。

 氷は永久かもしれないが、コンクリートや鉄筋は劣化していくのでいずれこのビル型の大きな氷の像がそびえ立つことになるわけだ。

 いや、あるいはダンジョンとしての特徴をまだ保っているのならコンクリも劣化しないからずっとこのままか?


 ……いずれにせよ、とんでもないな。

 これが精霊のスケール感か。

 

「あれ……」


 ダメだ。

 身体に全然力が入らない。

 どころかどんどん眠くなってきて……


「今はおやすみ、悠真。あんたはよくがんばったわよ」


 最後にスノウのそんな言葉が聞こえたような気がした。



 

2.



 翌日。

 まあ当然のように世界中が大騒ぎになっていた。

 突如ダンジョンと化したビルがぶるぶる震えだしたかと思えば急にピタリとそれが止んで、恐る恐る調査班が突入したらモンスターの湧きが止まっているのでダンジョンが攻略されていることが判明する。


 更には一部剥がれた壁や床の隙間から氷のようなものが見え、詳しく調べてみればビルの内部全てが凍結しているのだから。


 そりゃもう大騒ぎだ。

 しかし困ったことになった。

 

 というのも、スノウがビルを凍らせたお陰で未菜さんが単独でダンジョンを攻略したというのが少し……いやかなり苦しいものになったのだ。


 当然、すぐに誰が攻略したのかをアメリカは調べ、同時刻にINVISIBLEが行方不明になっていたこともすぐに突き止めている。

 謎に包まれたその存在が攻略した可能性は第三者視点から見れば非常に高いが、何故ダンジョンが凍結しているのかは流石に誰も説明できないのだ。


 そこまでの出力が出せる存在がいるということ自体、誰も信じられないからだ。


 しかしそれでスノウを責めることはできない。

 何故なら倒壊しなかったダンジョンから、数人の生存者が見つかったから。

 衰弱しているが命に別状はないと言う。


 現在も捜索中なのでもしかしたら生存者は増えるかもしれない。

 午後からはティナも一旦政府側に戻り、捜索に加わるとのことだった。


 今はまだ精神的にも体力的にも回復しきっていないので俺達の泊まっているホテルで一緒にニュースを見ているが。


「……ごめんなさい、ユウマ。それに二人も。わたし、何の役にも立てなかった」


 ニュースを見ながらぽつりとティナがそんなことを言った。

 俺はそんなティナの頭をぽんと撫でる。


「お前がいなけりゃ俺は鬼ごっこするまでもなく死んでたよ。つまり俺の命の恩人みたいなもんだ」

「…………」


 しかしどうしても納得がいかないのか黙り込んでしまう。

 

「わたしを抱えたり手を繋いだりしてなければ、もっと安全に逃げれたはずだわ」

「それは違う」


 なんと言おうか俺が迷っていると、傍から様子を見ていた知佳が口を挟んできた。


「え?」


 顔を見上げるティナに知佳は淡々と告げる。


「悠真は小さな女の子に欲情する変態だから、ティナを抱えている間はパワーアップしていたはず」


 実際、身体能力の強化の都合上、抱えている間は別に重さを感じないし左手が使えようが使えまいがあのボスに勝てるとは思えないので大差はないのだが、流石にティナを抱えてパワーアップとかそんな訳はないしそもそも俺は小さな女の子に欲情する趣味はないしお前は一体俺をなんだと思っているんだとツッコミたかったが、明らかに嘘だとわかる嘘でもあった方がいいものは存在する。

 ……俺は苦渋の決断でそれに乗っかることにした。


「まあそういうことだ。スケベパワーは偉大ってことだな。ジャパニーズHENTAIはアメリカでもフランスでも有名だろ?」

「……ふふっ」


 当然、ティナも冗談だと理解している。

 だからこそようやく少し笑ってくれた。

 笑うのはいいことだ。

 精神的に余裕ができるからな。


「それにティナ、お前は凄いんだぜ。なにせあんなひでえことした政府に戻って今から人助けするんだろ?」

「……ええ。あなた達があんなに頑張ってるのに、やっぱりわたしだけ楽をするわけにはいかないもの」


 ティナは強い決意を瞳に携えて頷く。

 

「けど、政府の言いなり人形になるのはこれで最後だな」

「え? でもそうしないと人助けが――」

「今回は仕方ないにしても、人助けをする奴が助けられちゃいけないルールなんてないだろ?」


 俺はニヤリと笑う。


「あのダンジョンの生還者を全員見つけて一段落ついたら、悪いNINJAがお姫様を攫いに来るかもな」


 ティナのことも――未菜さん、INVISIBLEの件も含めて解決する方法を思いついた。

 後は交渉の場を整えるだけだな。


 とは言えそれにはある程度の時間が必要になるだろう。

 その前に左腕の完治と、三人目の精霊の召喚の目処を立てないと。

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