第50話:分断
1.
ウェンディがまず屋上から中へと通じる扉を開いて中を確認する。
どうやら事前の予想通り、屋上からの侵入は可能なようだ。
「……かなり広くなっていること以外は、中は普通のビルのようになっていますね。周囲にモンスターの気配は感じられません」
そう言ってウェンディが特に躊躇もしないで中へ入っていくので、俺はスノウに言われた通りティナの手をとって後に続く。
中へ入った瞬間――
「……これは……」
何かいやな感じ、としか言いようがない得も言われぬ不安感が襲いかかる。
なんだこの感覚。
「あんたも肌でわかるようになってきたのよ、難易度が」
思わず足を止めてしまった俺の背中をぽん、とスノウが押す。
「いい傾向よ。危険度が直感でわかるようになれば一人前まで後少しだから」
どうやらまだ一人前と認められてはいないようだ。
ちなみに扉の向こうは階段ではなく、ビル内のフロアに出ていた。
明らかに建物の構造を無視しているが、ダンジョンにその手のツッコミはいまさらだろう。
「このフロアは会社のオフィスとして使われていたようですね」
コンピュータが整然と並び、デスクの上には書類が積まれている。
ときおり電源の入ったままのものがあるのはまだ電気が通じているから、ではなくダンジョン内の不思議エネルギーのお陰だろう。
しかし人影は全くないな。
「……入ってすぐに大量の死体、なんてのも覚悟はしてたんだが……」
「この建物がダンジョンになる際に取り込まれたのでしょう。ティナ様、人の感知はできますか?」
ウェンディが後ろを振り向いて確認する。
ティナはしばらく集中するように目を閉じた後、
「……いる、いるわ! 他のフロアからだけど、何人か生きてるみたい! 多分、全部は範囲に入ってないからもう少し下にいけばまだ生きてる人がいるかも!」
何人か、か。
2000人近くいたはずだが……残りは全滅している。
そう考えて良さそうだ。
……くそ。
「そうですか。では先を急ぎましょう」
淡々と答えたウェンディが先へ進むので俺たちも着いていく。
死者を悼むのはダンジョンが攻略されてからでいい。
「……あれ? でも……」
途中でティナが怪訝な表情を浮かべる。
「どうした?」
「……モンスターの気配がないわ」
「スノウ達が倒してるからじゃないのか?」
と思って後ろにいるスノウを確認したが、そのスノウは首を横に振った。
「あたしも索敵はしてるけど、全くモンスターがいるような感じはしないわ。ただ――魔石はちらほら落ちてるわね」
「……なんだって?」
モンスターがいない。
しかし魔石は落ちている。
それが意味することは、つまり。
「特殊部隊がまだ生きてて、モンスターを倒して回ってる……とかか?」
考えられる可能性の中では最も有り得そうな気はするが。
……しかしここまで来ていたらそのまま出口から脱出すればいいだけの話のような気もするが。
「人間の部隊が戦ったにしては戦闘の痕跡がないのよね」
「……つまりどういうことだ?」
「戦った形跡がないのにモンスターは倒されてるってことは、ほとんど一方的にモンスターを瞬殺してるってことよ」
それは……あり得るのか?
未菜さんくらいの達人が何人もいればあり得ない話ではないのか。
しかしそれ程の実力を持っていながらここまで来ておいて、何故脱出しなかったのだろか。
ボスに遭遇して全滅したか……?
「どうあれ、警戒は怠らないようにしましょう。異様であることには変わりありません」
「……だな」
ウェンディの警告を受けて気を引き締める。
いくらスノウやウェンディが優れているからと言って、結局ダンジョンの中であることには変わりない。
しかしモンスターは倒せているのに、何故特殊部隊は帰ってこれないんだ?
「トラップの類、ってことなのかな」
「ずっとトラップの警戒もしてるけど、全く見つかる様子はないわね。特殊な能力を持ったモンスターがいるのかもしれないわ」
俺のつぶやきにスノウが答える。
「特殊な能力?」
「厄介な魔法攻撃をしてくるやつとか、それくらいならまだいいけど魔法自体を封じてくるやつとか色々いるわよ」
「そういうのは俺だと手も足も出ないんだろうな」
「あんたみたいに素の身体能力が馬鹿げてる奴は大抵どのモンスターにも有利取れるわよ?」
「……そうなのか?」
馬鹿げてるという微妙に褒めてなさそうな言葉はとりあえずスルーするとして。
「ボス級にもなると一捻りないとキツイけど。その辺の雑魚相手ならまず力負けすることはないから、近寄ってぶっ飛ばせば終わりよ」
「簡単に言ってくれるよなあ」
実際スノウにとっては簡単なことなのだろうけど。
「……ユウマはなんで力が強いの?」
俺たちの会話を聞いていたティナが疑問を挟んでくる。
そういえば説明してなかったっけか。
「魔力を持ってる人は身体能力が上がるんだよ。ティナも相当多い方だから、もうちょっと魔力を増やしてコツさえ掴めば結構戦えると思うぞ」
「そんなの知らなかったわ……そもそも魔力なんてものがあるってこと自体も知らなかったし」
「まあ、ほとんど機密扱いっぽいしなあ」
というかこれ言ってしまってよかったのだろうか。
いやまあ誤魔化し続けるのも無理があるか。
目の前で人間離れした動きをしてしまった訳だし、そもそも現状を説明するのに魔力抜きでは無理だ。
「魔力はどうやったら増えるの?」
「……モンスターをたくさん倒すとか」
後は俺とイチャイチャするとか。
流石にこれに関しては言っても仕方のないことなので黙っておくが。
「これからはわたしも戦えばいいのかしら。そうしたら少しは強くなれるのかな」
……これからは、か。
今までもアメリカの命令で何度もダンジョンに入っていたのだろう。
そもそもスキルが役に立つかどうかを知らなければ白羽の矢が立つこともないわけだし。
実績があるからこそ今回も抜擢されたということだろう。
そしてそれはこれからも続く。
……今回は俺たちが保護したから事なきを得たが、この先も同じようなことがあるかもしれないと考えるとただ攻略して終わり、というだけでいいのかわからなくなってきたな。
いや、いい訳がないか。
何かしらの対策を練らないといけないな。
……しかし相手はアメリカ政府か。
うーん、どうしよう。
後で考えよう。
きっと明日の俺が何か思いついてくれるさ。
そしてそのままひたすらパソコンが大量に並ぶだけのフロアを歩き続け、20分ほど。
「下の階へ続く階段です。このフロアではボスは出てきませんでしたね」
ダンジョンということで異常な広さになっていることは除くとしても、モンスターが全くいないが、魔石だけは落ちているという状況が丸っと1フロア分続いたわけだ。
明らかにおかしいよな。
「……ダンジョンってボスを倒さないと攻略扱いにならないよな?」
一応ここが最上階……つまり普通のダンジョン換算ならば最下層になるのだろう。
「はい。なのでこのフロアで遭遇しなかったということは、他のフロアにまで探しにいかないといけません」
「だよな。それじゃどんどん行こう」
2.
下の階は上の階とほとんど代わり映えのしないオフィスだった。
しかし決定的に違う点があった。
「荒れてるな」
「戦闘の形跡がありますね」
それもかなり激しい戦闘の跡だ。
銃痕や刀傷が至る所に走っている。
「……突入した特殊部隊の戦闘の痕か?」
「それにしては弾痕が多いですね。ほとんど装備品を消耗しないでここまで来たと考えるのは少し無理があるかと」
「じゃあ……どういうことだ? ここまでワープしてきたとか?」
半分冗談で俺はそう言ったのだが、惨状を見るウェンディは難しい顔をして黙りこくっている。
「ま、状況から見ればそうとしか考えられないわね。ワープ系のトラップを踏んでここまで飛ばされた。部隊はバラバラになっていて隊列もぐちゃぐちゃ、モンスターには善戦するもここで全滅してしまった――ってところかしら」
……確かに部隊がバラバラにされるのなら、スノウが多いと言うほどの数のモンスター相手では幾ら訓練を受けたプロでも多勢に無勢だろう。
「……上の階では戦闘の痕跡がなくモンスターが全滅していて、ここではちゃんと戦った痕がある。どういうことなんだ?」
「さあ、これだけじゃまだなんとも言えないわね」
スノウは辺りを警戒するように見回す。
「ティナ、この辺りに生存者はいるか?」
「……いないわ」
ティナに確認するが、どうやらここで戦闘した部隊はここにはいないようだ。
あるいはどこかに屍となって転がっているかのどちらかか。
「ここら一帯に戦闘の痕はありますが、他に続いているような雰囲気はありません。ワープ系のトラップを踏んでここへ転移してきて、モンスターを倒し終えた後に再びここからどこかへワープした……そうとしか考えられないような状況です」
ウェンディが刀傷や弾痕に触れながら分析する。
「……そんな都合よくトラップにかかるってことはないわよね」
スノウとウェンディが考察を始める。
「二度トラップにかかることは絶対にあり得ないとは言いませんが、確率的には相当低いでしょう」
「そもそもトラップがあった感じもしないわ」
「……だとしたら……」
スノウとウェンディで話し合っていることを傍から聞いてなんとか理解すると、ようするにここにいた人たちはここでモンスターの大群をなんとか倒した後にまたワープさせられたということか。
しかしスノウはトラップが見つからないと言っているので、トラップを踏んでそのワープが作動した訳ではない。
「……十中八九、モンスターかボスの特殊能力でしょう。強制的にワープをさせる――」
ウェンディの言葉が途切れる。
それも当然だ。
ウェンディの姿が消えていたのだから。
「あたしから離れないで!!」
スノウが叫ぶ――が。
そのスノウも次の瞬間消えていた。
……馬鹿な。
あの二人が反応もできずにやられた?
いや、違う。
ウェンディが消える直前に言っていた、強制的にワープをさせる能力。
恐らくそれが発動したのだろう。
コツン、コツン、コツン……
革靴で床を歩くような音がする。
その音がした方向を見ると、スーツ姿の男性がこちらへ歩いてきていた。
生き残りか?
違う。
ティナはこの付近に生存者はいないと言っていた。
それに……ここまで近づけば一目でわかるが、あれは人間じゃない。
顔の部分はまるで影に飲み込まれているかのように表情を判別できない。
ボスだ。
ゴーレム、首なし侍、巨大タコで感じたプレッシャーだとすぐにわかる。
……いや。
それよりも遥かに強く感じるぞ……!
「……俺達もワープさせてくれるってことは、なさそうだな……」
ボスと戦うくらいならどこかへワープさせられた方がずっとマシだが、どうやらそういう訳にもいかないようだ。
ただ分断したかっただけなのか、俺達が一番弱いと踏んだのか。
あちらさんは戦う気満々のようだ。
「ゆ、ユウ、マ……」
ボスの放つプレッシャーに当てられてティナがガタガタと震えている。
「……大丈夫だ」
ウェンディとスノウがワープさせられたのに、俺とティナは分断されていない理由を考える。
引き剥がすまでもない程弱いと判断したか?
その可能性もあるだろう。
だが、もっとそれらしい理由に思い当たった。
手を繋いでいるから、引き離すことができないのではないか。
触れ合っていればワープで引き離れる心配はない――と思いたい。
逆に言えば、俺達の手が離れた瞬間にどちらかがワープさせられる可能性がある。
俺はともかく、ティナを一人にするのはまずい。
そしてティナがいようがいまいが、ボスと戦うのはどう考えても悪手だ。
スノウやウェンディはすぐに戻ってくるはず。
ならそれまではひたすら逃げ回って時間を稼ぐしかない。
「あっ……!」
ティナの腰を抱え、一目散に走り出す。
「なるべく早く戻ってきてくれよ……!」
最悪の鬼ごっこが始まる。
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