第49話:風力ロケット

1.



「あいてて……」


 大きめかつ高級素材らしく柔らかいソファで寝ていたとは言え、流石に背中や腰が痛い。

 ベッドで眠るほど開放的ではないからな、どうしても少し窮屈な寝方になってしまう。


「マスター、マッサージしましょうか?」

「あー……お願いしようかな」


 ウェンディの提案を受け入れる。

 この間のは冗談だったが、今回は本当に肩や背中が痛いので仕方ない。


「あー、そこそこ。気持ちいい。あ~」


 この間一瞬やってもらった時も思ったが、マッサージ上手いよなウェンディ。

 マッサージで食っていけるのではないだろうか。

 そんな俺たちの様子を見ていたティナが真剣な表情で何か考えこんでいる。


「ユウマはNINJAマスターなの?」


 そして口を開いたかと思えばこれである。

 なんだNINJAマスターって。

 

「そう、悠真はNINJAマスター。全ての忍術を使いこなし、女を侍らせる」


 知佳が悪ノリする。

 

「全ての忍術ってなんだよ。水の上でも歩けるのか俺」

「やっぱり……」


 ティナは何やら納得しているが、違うからね?

 一応昨日の時点で俺がNINJAだという話の誤解(というか意図的についた嘘ではあるが)は解けたはずなのだが、どうやらまた再燃しているようだ。

 こうなってはもう説明しても無駄だろう。

 ティナの中で俺はNINJAになってしまった。

  

 うーむ。

 完全に自業自得である。



「……あ」


 パソコンを弄っていた知佳が短く声をあげる。

 何か嫌な予感のする「あ」だな。

 

「どうした?」

「唯一の生還者の死亡が確認されたって」

 

 知佳はいつも通り淡々と答えた。

 しかしその言葉の意味する現実は重くのしかかるのだった。



2.



「作戦の決行は明日……ですか」

『ああ。元々は君の予想通り、生還者が目覚めるのを待つ予定だった。だが、先程報道で流れた通り――』

「ダンジョン内の情報を持つ者はいなくなってしまった」

『そういうことだ。待つ必要がなくなれば、集まっている面子も探索者としては上位陣ばかり。いつまでも燻ぶらせている訳にもいかないというの決定だ』


 か……

 管理局も一枚岩ではないようだな。


 知佳が情報をキャッチした後、俺はすぐに柳枝やなぎさんへ連絡し、未菜さんと連絡のつく番号……未菜さんのマネージャーの連絡先を教えて貰った。

 そしてすぐさまそちらに連絡を取り、現在は未菜さんと話している。


「柳枝さんから話は聞いているかもしれませんが、未菜さんが行くのなら俺達はそれより先に突入します。それが約束でもあり、俺が決めたことでもありますから」

『……私としては君を危険な目に遭わせたくないのだがな』

「それは俺だって同じ気持ちです。それに、こういうことはあまり言いたくないですが……未菜さんたちの方がよほど危険ですから」

『悔しいが、否定のしようがないな』

「未菜さん、一つお願いがあるんです」

『なんだ?』

「俺達がダンジョンへ突入している間、未菜さんは姿を隠して貰えませんか」

『どういうことだ』


 電話の向こうで未菜さんの空気が変わるのがわかった。

 どういうことだ、と聞いてはいても何をさせたいのかはすぐに察したのだろう。

 

「俺達の手柄を未菜さんへ――管理局へ譲ります」

『冗談でも笑えないな』

「本気だから笑えないんです」


 俺達がダンジョンへ突入してそのまま攻略したとしよう。

 そうすれば所在不明の誰かがダンジョンを攻略したということになり、手柄の在り処は宙ぶらりんになる。

 しかし管理局所属のINVISIBLE――正体不明の探索者が攻略された時間帯に姿を消していた、ともなれば、誰がやったかは一目瞭然だ。

 多少揉めるかもしれないが最終的に手柄は日本のものになるだろう。

 

 ティナをあんな風に扱うアメリカ政府の一人勝ちというのが単純に気に食わないというのもあるが、ダンジョン管理局には世話になっている。

 そもそも今回ここまで来れたのも彼らのお陰なのだから、筋は通すべきだ。


『その作戦には問題が一つだけある』

「わかっています。未菜さんがバッシングを受けるということですよね」


 幾ら実力者とは言え、単独行動をするのだ。

 結果的に成功したとしても、ある程度のバッシングは受けることになる。



 だが、未菜さんはそれをどうでもいいと切り捨てた。


『君が言っていることを実行すれば、君自身が危険を冒すというのに何の報酬も得られないんだぞ。命を賭けるにも関わらずだ』

「平気ですよ。精霊が二人もついているんです。ウェンディの力は見たでしょう? スノウだってあれくらい強いんですよ」

『しかし……』

「信じてください」

『…………』


 しばらく沈黙が流れる。

 止める言葉を探しているのだろう。


「ちなみに柳枝さんには既にこの話は通してあります」

『勝手なことを……』


 電話の向こうで呆れているのがわかるな。

 実際のところ、柳枝さんにも相当反対はされたのだが。

 最終的には了承してもらえなくても勝手にやる、と言ったらなんとか頷いてくれたという感じだ。

 

『……わかった。しかし君はお人好しがすぎるな。君は実質管理局とは何の関わりも持っていないし、今回招集されたメンバーでもない。知らんぷりをして日本で待つだけでも良かったのだぞ』

「知っている人が危険な目に遭うんですからそりゃ無理な相談ですよ」

『君には借りてばかりだな』

「返してるんです。これからも末永くよろしくお願いしますよ」

『必ず生きて戻れ。必ずだ。そうじゃなかったら私は泣いてしまうからな』

「泣いているところを見てみたい気もしますが、死んだら見れないのでちゃんと生きて戻りますよ」


 その後しばらく今後の流れを話して電話を切る。

 当然、死ぬつもりなんてない。

 元々より万難を排する為に生還者から情報が出てくるのを待っていただけだ。

 それがないのならないなりに動くだけである。



3.



「わたしも着いていく」


 武器の簡単な手入れをしたり知佳が他の国の動きを調べたりしてくれている中、ティナがそんなことを言い出した。

 全く想定していなかった言葉にフリーズしてしまう。


「……なんて?」

「わたしも着いていきたいと言ったの」


 断言する。

 強い決意をみなぎらせているのはわかるのだが、あれほどダンジョンに行くのを嫌がっていたというのにどういう風の吹き回しなのだろう。


「ダンジョンへ行くんだぞ?」

「わかってる……でも、何の関係のないあなた達は行くんでしょ? だったらわたしが隠れてるわけにもいかない。生きてる人がいたら、私の力も役に立つでしょ?」

「それは……そうだけど」


 スノウやウェンディも人を感知することはできる。

 俺もその気になれば似たようなことは可能だ。

 しかしスキルとして発現しているものとはやはり有効性は違ってくるだろう。

 実際、ティナの力は有用だ。

 だからこそアメリカ政府は彼女をダンジョンへ突入させたかったのだから。


「もちろん手柄はいらないわ。ただわたしも震えて待っているだけはいやなの。出来ることがあるのに待つだけなのは――嫌よ」

「危険すぎる」


 俺は実質ウェンディとスノウの魔力タンクだ。

 なので着いていくしかないが、それにしたって危険なことには変わりない。

 雑魚を相手する分にはどうってことないがボス相手には手も足も出ないのだ。

 ましてやティナはほとんど一般人である。

 魔法を扱う才能はあるようだが、それにしたって昨日の今日で戦えるレベルには達していないだろう。


「いいと思いますよ」

「え……」


 意外なところからティナへの援護が来た。

 しばらく様子を静観していたウェンディだ。

 

「私かスノウ、どちらかしか同行しないのならともかく、二人ともダンジョンへ入るのなら守るのが一人でも二人でも大差はありません。それでもティナ様に何かあるとしたら、我々も無事では済まない時ですから」

「じゃあ危険なことには変わりないだろ?」

「それだけの覚悟はあるでしょう。ダンジョンの危険度は彼女も理解しているはずですから」


 ティナの方を改めて見ると、こくりと頷いた。

 ……なるほどな。

 柳枝さんや未菜さんが反対する理由がよく分かった。

 こういう気持ちになるのか。

 年少者が危険な地へ自らの意思で赴こうとするのを見ると。


 そもそも俺自身も危険は承知で入るのだから、同じだけの覚悟を持っているのだったらそこで反対する理由はないのだ。

 ウェンディが問題ないと言っているのなら事実問題はないのだろうし。


 一応スノウにも意見を聞いておくか。


「ウェンディはこう言ってるけどどうだ?」

「ウェンディお姉ちゃんの言うことにあたしが反対する訳ないでしょ」


 スノウはあっさりしていた。

 信じるべきものがはっきりしているからだろう。


「まあ実際、雑魚相手ならあんたでもティナのことは守れるでしょうし、ボス相手ならそのあんたも大抵は足手まといなんだから大差はないわよ」

「はっきり言ってくれるなー……」


 まあ事実なのだが。

 万全の状態でのスノウ、そして同等の力を持つウェンディ。

 この二人がいるのなら俺は戦力として見るならばいてもいなくても同じだ。

 多分その辺を飛んでいる蚊と同じくらいの影響力しか持たない。

 

「むしろ生きてる人を見つけられる分、ティナの方が有用だったりするかもしれないわね」

「流石に泣くぞ」

「冗談よ」


 うーん。

 二人がいいと言うなら俺としてもこれ以上反対する理由がない。


「ただし、ティナ様。これだけは肝に銘じておいてください」


 ウェンディがティナと目線を合わせて言い聞かせる。


「なに?」

「もしマスターとティナ様、両方に同時に危険が降りかかれば私はマスターを優先します」


 ……まあウェンディならこう言うだろう。

 それにティナは全く物怖じしないで頷く。


「うん、わかってる」

「ではもう何も言うことはありません」


 どうやら本当にそれ以上言うことはないようで、それだけであっさりと決まってしまった。

 なので俺はスノウに近寄っていって小声で耳打ちする。


「ウェンディはああ言ってるけど、お前はティナを優先してくれよ」

「……あたしもあんたの精霊なんだけど?」

「でも頼む」

「善処はするわ」


 そう言いつつも、スノウはティナのことを気に入っているようだし多分もし何かあればちゃんとそうしてくれるだろう。

 もちろんベストは何事もなくダンジョンを攻略できてしまうことなのだが、やはり特殊部隊が壊滅ということがどうにも引っかかる。

 何かあるように思えて仕方ないのだ。


 ただの杞憂ならいいんだけどな。



4.



「ね、ねえ、これって冗談よね?」


 ティナが俺の腕にしがみついてがたがたと震えている。

 正直俺も冗談だと思いたいが、一番簡単かつ確実な方法を取るのだから仕方がない。

 

 俺たちは今、ホテルビルの屋上に建っている。

 最初から高いところの方が比較的ラクだから、という理由らしい。


「しっかりマスターに掴まっていてくださいね。もし落ちたら助けられないかもしれませんから」


 ウェンディの言葉にこくこくこくこくと高速で頷くティナ。

 ダンジョンへ突入すると言っていた時よりも怖がっているように見える。

 当たり前の話かもしれないが。


 なにせ、数キロは離れたビル型のダンジョンの屋上までここから飛んでいくと言っているのだから。

 しかも生身で。


「別にそんな怖がる必要もないわよ? 意外と快適だから」


 スノウはのほほんとしているが、俺達にとっては初めての経験なのだから察してほしい。

 正直俺もめっちゃ怖いけどティナが俺より怖そうにしているので逆に落ち着いているだけだ。


「では行きます」


 ウェンディが宣言すると、俺達の周りに風が吹いた。

 かと思うと一気に身体が浮かび上がる。


「お、お、おっ!?」

「わっ、わっ、わっ!?」


 俺とティナが初めての浮遊感に慌てふためいている間にもぐんぐんと高度は上がっていく。


「スノウ、認識阻害の魔法を」

「わかったわ」


 そしてその直後に――

 ぐん、と景色が物凄い勢いで流れる。

 しかし風圧などは感じない。

 どういう原理なのかは知らないが、恐らくウェンディの能力で風圧は弾いているのだろう。

 

「は、速い、速いわっ!」

「お、おう」

 

 ティナは先程の怖がりようはどこへやら、なんだかはしゃいでいた。

 俺は正直まだ怖い。

 だって速すぎるだろこれ。

 新幹線くらいスピード出てないか?


 体感的には1分程度。


 俺がびびり倒している間に、ぐん、と今度は減速して着地する。

 ダンジョンと化したビルの屋上。

 明らかに情報で聞いていたよりも広く見えるのはダンジョン化した影響なのだろう。

 新宿のもそうだったが、明らかに外見のサイズ感とあわない広さを持つのもダンジョンとしての特徴の一つだ。


 しかし少なくとも屋上はどうみてもただの屋上だ。

 モンスターがいるという様子もない。

 

「中に入ってからが本番ってことね」


 言いながら、スノウは小さな氷の塊を掌に2つ作り出した。

 それを俺とティナに一つずつ渡す。


「万が一はぐれてもあたしとウェンディお姉ちゃんはそれの魔力を辿って合流できるわ。特にティナはもしもはぐれてもそこから動かずに待っていること」

「う、うん」


 ティナは素直に頷く。


「……よし。じゃあ行こうか。速攻で攻略してしまうのがベスト。最悪でも何か情報を持ち帰るか、生存者を外へ連れ出そう」


 パン、と掌を合わせて気合いを入れる。


「あんたは何もしなくていいわよ。ウェンディお姉ちゃんが先頭、あんたとティナは真ん中で手を繋いでて。あたしが殿を務めるから」

「……はい……」


 ぐうの音も出ない完璧な布陣だった。

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