第48話:忍術≠魔法

1.



「……段々分かってきたような気がするわ。これが魔力なのね」

「そう、その体を流れている力が魔力。なかなか筋がいいじゃない、ティナ」


 スノウがティナに魔力の扱い方を教えてやっていた。

 ツインテールに気の強い性格。

 見た目も性格もどことなく似ている二人だからか、波長も合うようだ。

 姉妹のようにさえ見える。

 ウェンディも微笑ましげに見守っているし。


「この調子ならすぐに魔法も使えるようになるわね」

「……魔法?」


 ティナが魔力と聞いた時と同じように首を傾げる。

 そりゃ魔力を知らなければ魔法も知らないか。

 というか、魔法に関しては未菜さんも知らなかったので仕方のないことだが。

 

 恐らくまだ俺たちの間にしかない情報だ。


「こういうやつよ」


 俺たちも教わった指先に火を灯す簡単な魔法を実演してみせるスノウ。

 

「……これって忍術?」

「魔法よ。火遁の術じゃないわ」


 くすりと笑うスノウ。


 未だに俺をNINJAだと思っているティナと、アニメや漫画の為に日本に留まっていたくらいなので恐らくNINJAについてもある程度は知っているスノウ。

 なんだか面白い組み合わせになっているが、魔力や魔法なんかは俺が口を出してどうにかなるものでもないので口を出さずに眺める。


「スノウは末っ子だったので、姉のように振る舞えるティナ様がいるのは嬉しいのかもしれません」


 とウェンディが小声でやたら上機嫌なスノウの様子を解説する。


「……末っ子だったのか。四人姉妹なんだっけ」


 確かに末っ子っぽいと言われれば末っ子っぽいかもしれない。


「残りは雷を使う一番上の姉と、スノウの双子の姉で、炎を使う子がいます」


 雷に炎か。

 スノウやウェンディのに比べて攻撃的なイメージがあるな。


 風は攻撃的というよりは便利そうに感じるし、氷はどちらかと言えば防御寄りっぽいイメージがある。

 まあ実際はどちらも攻撃力という観点で見て全く不足を感じさせない程の力があるのだが。


 全員がスノウやウェンディクラスだと仮定すると、どう考えてもあり得ないくらい強いパーティが出来上がるな。

 いずれその二人も召喚するつもりだが、もし全員が揃ったらどんなダンジョンでも攻略できてしまうのではないだろうか。

 今でもだいぶオーバースペックだし。


「ところでマスター、少しこちらへ来ていただいてもよろしいでしょうか」

「うん?」

 

 言われるがままティナとスノウから離れるような位置に移動すると、ウェンディは俺の目を真っ直ぐ見た。


「できる限り危険な目に遭うようなことはお控えください」

「……すんません……」


 正直それについてはぐうの音も出ない。

 結果、ティナをあの状況から救い出せたから良いものの、下手をすれば俺の身だって危なかったわけだ。

 実際に銃を向けられるような目に遭っているわけだし。


 けどあそこで助けに行かなかったら行かなかったで俺はずっと後悔していただろう。


「マスターがそのような性格であることは理解しています。なので、少なくともここアメリカにいる間はこのビルから外に出る際、私かスノウが必ず着いていきます」


 そう釘を差される。

 もちろんそれについて文句は言わないが。

 それくらいして貰わないと正直俺はまた何かやってしまいそうだし。

 多分、今また目の前にティナのように困っている人がいたら俺は反射的に動いてしまうだろう。


 偽善的だとわかってはいてもそう動いてしまうのだから仕方がない。

 だがそれで周りに迷惑をかけるのは違うよな……

 俺は俺なりに以後気をつけるようにしよう。



 その後、ティナに魔法を教える係がスノウとウェンディの二人になったりルームサービスで頼んだやたらと大きい(知佳の顔と同じくらいのサイズはある)ハンバーガーを食べたりしていると、俺の隣でノートパソコンを使って情報収集をしていた知佳がくいっ、と袖を引っ張った。


「新しいニュース」

「……嬉しい系か? それとも嬉しくない系か?」

「その二択で言うなら、どちらかと言えば嬉しくない方かも」


 と言うのも、知佳が仕入れたニュースというのはアメリカが日本以外にも幾つかの国に対して応援要請を行ったというものだった。


「カナダ、ドイツ、イギリス、オーストラリア、フランス。今わかってるだけでもこれだけの国に要請を出してる。多分カナダやイギリスはすぐに動くと思う」


 ……日本だけでは心許ないと判断したか、あるいは最初から他の国にも応援要請をするつもりだったのかはわからないが。


「……これだけ増えてくると、ある種競争みたいになりそうで嫌だな……」

「問題はそこ。アメリカは早期解決をしたいから競争になっても止める理由もない」


 どうやらウェンディも離れたところで話を聞いていたらしく、こちらへ寄ってくる。


「できることなら、次のが出る前に動きたいものですが」

「……だな」


 各国の精鋭が集まるのだから、もちろん攻略できてしまう可能性は無いでもない。

 だがそれが期待できるだけの数字かと言うと、それは間違いなく否だろう。

 アメリカへほとんど一方的な恩を売ることができるともなればどこの国も積極的に動きたがるだろう。

 そしてそれは日本とて例外ではない。


 未菜さんを始めとした探索者達は冷静な判断を下してくれるだろうが、それはあくまで現場での話だ。

 柳枝さんも言っていたがどのような命令をするかは未知数である。


 ……どうするにしても、時間はあまり無さそうだな。



2.



 薄暗い天井をぼんやり眺める。

 ベッドは何故か一つしかないので女性組に譲って俺はソファで寝ようとしているのだが、如何せんソファで寝ることなんてないのでなかなか寝付けない。

 寝心地だけで言えば恐らく引っ越す前のベッドよりも上なのだろうけど。


 ちなみにルームサービスにベッドのことを言うのは寝る直前まですっかり忘れていた。

 先程電話してみたら、明日の朝には届くとのことだったので少なくとも今日はソファで我慢だ。


 にしても、時差ボケなのかなんなのか全然眠くならんな……

 しかし夜の散歩に行く訳にもいかない。

 そのためにウェンディかスノウ起こすのは申し訳なさすぎるし。


 ホットミルクでも飲もうかな。

 一応このフロアぶち抜きのやたら広い部屋にはキッチンスペース的な場所もある。そこには冷蔵庫もあり、ミルクが入っていたはずだ。

 電子レンジもあった……と思う。

 ルームサービスは24時間対応していると言っていたし最悪頼めばいいか。


 薄暗いので足元には気をつけつつ立ち上がろうとすると、少し離れたところから「きゃっ!」と聞き覚えのある声が聞こえた。

 ついでばしーん、と転んだような音も。

 

 ……そういえばずっと寝てたからあいつも寝付けないのか。


「いたた……」

「大丈夫か、綾乃」


 転んでいる綾乃に手を貸しながら聞く。


「え? あ、悠真くん。ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」

「いや、寝付けなかっただけだ」

「あ、そうだったんですね。実は私もなんです」


 薄暗い中でえへへ、と綾乃が照れくさそうに笑う。

 他の四人は寝ている中、小声で喋っているのでなんか悪いことをしているような気分だ。


「ずっと寝込んでたもんな。もう平気なのか?」

「まさか飛行機があんなに酔うものだとは思ってませんでした……今はもう平気です」


 俺も飛行機であんなに酔う人がいるとは思っていなかった。

 多分あそこまでグロッキーになる人はなかなかいないだろう。


「……ふふ」


 何故か綾乃が笑う。

 俺が首をかしげると、


「すみません、なんか小声でこそこそ喋ってるといけないことしてるみたいだなって」

「ああ、わかるわかる」

 

 なんか独特の感覚だよな、こうやって隠れてこそこそ何かしてる時って。

 一番近い感覚で言うと焦りだろうか。

 周りにバレてはいけないような感覚。


「修学旅行の夜に恋バナしてるみたいな」

「そんなイベントもあったなあ」


 中高生の時は色々余裕がない時期だったので俺はそういうのとは無縁だったが。

 

「修学旅行の時はカップルがそこかしこで生まれてたっていうのを後で聞いたな」

「悠真くんはそれにあやからなかったんですか?」

「あやかれてたら良かったけどな」

  

 残念ながら俺は誰かと付き合ったという経験はない。


「実は私もなんです。男性恐怖症みたいなもので」

「……そうだったのか?」


 小声で喋っていた関係上距離感が近かったので、俺は少しだけ離れる。


「あ、その、悠真くんは大丈夫なんです。平気ですから」


 そう言って綾乃はむしろ近づいてきた。

 いや、近い。近くない?

 ほんの少し手を伸ばせば触れられてしまうような距離感だ。


 薄暗い中、何故か綾乃はじっと俺を見つめてきて、徐々に顔を近づけて――


 と。

 皆が寝ている方から、誰かが動いたような物音が聞こえた。

 そこで綾乃がハッとしたように目を見開いて、しゅばっと音がしそうな勢いで俺から離れる。


「す、すみません! なんか変な雰囲気にあてられて、というか、その……!」


 あわあわと顔の前で手をばたつかせる綾乃。

 人って本当に慌てるとあんなテンプレみたいな慌ててる人って感じの動きするんだな。


「忘れてください! おやすみなさい!」


 そう言って俺の返事を待つ間もなくベッドの方へ行ってしまった。

 

「……いや無理でしょ」


 もちろんその後寝付けるはずもなかった。

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