第47話:NINJA参上!

1.



「そのまま消えろ、東洋人。反抗的な態度を見せれば撃つ」

「その物騒なオモチャをしまえよ。男なら拳だろう?」


 これで本当に拳銃を捨てて「野郎ブッ殺してやらあ!」とかかってきてくれるのならとても楽なのだが、そんな訳もなく。


 銃口を突きつけられ俺は両手を挙げる。

 まずい。

 まずすぎる。

 普通の取っ組み合いなら魔力を持たない人間相手には勝てると踏んでいたが、拳銃が出てくることは想定していなかった。

 仕方ないだろう。こちとら銃社会とは無縁な日本人だ。

 しかしここで少女を置いて逃げる訳にもいかない。


 さてどうしようかな。

 土下座したら許してくれるだろうか。

 ジャパニーズ土下座。


 しかしその思案している時間でさえ連中にとっては反抗的と見なされたようだった。

 パスン、とどこか間の抜けた発砲音が鳴る。

 少し遅れてカラン、とが地面に落ちた。

 

「……は?」


 撃った男も驚いているが、俺が一番驚いてる。

 人間、弾丸って受け止められるんだな。

 掌にほんのり熱を感じるのは多分弾丸自体が熱を持っていたからだろう。

 

 さて、しかしこの惚けて貰っている時間を有効活用しない訳にも行かない。


「ちょいと失礼」


 少女の腰を抱えて、思い切りジャンプする。


「えっ――きゃあああああああ!?」


 そしてへ着地。

 先程あの男達を飛び越えた感覚的には行けると思ったが、やはり余裕だったな。

 要は壁となっていた建物の上まで跳んだのだ。

 サングラスの男達がこちらを見上げているので親指を下に向けた後、銃の斜線に入らないように少し後ろへ下がる。


「あ、あっ、あなたっ、何者なの!?」


 思いっきり驚いている様子の少女。

 大体年齢は15、6と言ったところだろうか。

 よく見ればかなり可愛い顔をしている。

 にしても、俺が何者か、か。

 答えにくい質問だな。

 少し考えた末に……


「通りすがりのNINJAさ」

「NINJA!?」


 打って変わって俺を尊敬の眼差しで見つめる少女。

 どことなくアホの子の波動を感じる。


「そう、可憐な君が目に入ってね。少しデートのお誘いでもしようかと思ったんだ。NINJAにも目の保養は必要なのさ」


 すぐに冗談だと言うつもりだったが面白いのでこのままにしておこう。


「なるほど……NINJAなら弾丸を受け止めるのもここまでジャンプするのも納得だわ」


 この子の中でNINJAはどんな超人なのかな?

 本物のNINJAはそんなこと出来ないよ。多分。

 隠密とかが本職だもの。


「That means…つまりあなた日本人?」

「えっ」


 完全に英語の脳になっていたので一瞬困惑したが、この子、今日本語を喋ったのか?


「日本語が分かるのか」

「当然でしょ。わたしは12ヶ国語喋れるの」


 えっへん、と少女は薄い胸を張る。

 イントネーションも完璧だ。

 

「天才じゃん」


 何故毎度毎度神様は俺の平凡さをこう突きつけてくるのだろう。

 俺もいつか3ヶ国語くらいは喋れるようになって見返してやるからな。

 ……いや無理だけど。


「それじゃここからは日本語で頼む。なんで追われてたんだ?」

「……それは言えないわ。あなたが幾らNINJAでも、巻き込む訳にはいかないもの」

「もう巻き込まれてるよ。発砲までされたんだ」

「……確かにそれもそうね」


 少女は頷く。

 君賢い割にチョロくない?

 もうちょっと悩んでも良いと思うんだけど。


って迫られてるのよ。で、わたしはそんなの嫌だから逃げてる」

「ダンジョン……?」

「あ、NINJAは知らないのかしら。人里離れた山奥にいるって聞いたもの、知らなくてもおかしくないわよね」


 いやそんなことはないが。

 そもそも人里離れた山奥にもNINJAはもういない。

 多分。


「ダンジョンは知ってる……けど、君が?」


 いや待てよ。

 この子は魔力を持っている。

 それも普通よりかなり多めに。

 そう考えれば探索者としての適正は十分ということか?

 

「そうよ。LAにいるならあれも知ってるでしょ。ダンジョンに変異したビルのこと。あそこへ突入しろって」

「それは……」


 危険すぎる。

 どう考えても。

 魔力は多めとは言え、それだけで生き残れる程甘いダンジョンでもないだろう。

 それに多いとは言っても未菜さんや柳枝やなぎさんの方がずっと多いくらいだ。

 

「死にに行くようなものでしょ。だから嫌なの。でもわたしのが役に立つのも事実だから、ずっとは嫌がってもいられない。いずれわたしはあのダンジョンに入って……多分死ぬんだわ」

「スキル所有者ホルダーなのか。どんなスキルなんだ?」


 スキルによっては魔力量が柳枝さんや未菜さんより少なくとも十分以上に戦えるのかもしれない。


「人を感知するスキルよ。……いえ、人だけでなく生きてるものなら大抵なんでも。それでダンジョンに入って、生存者がいないかを探せと命令されてるの」


 ……とても戦闘に使えるとは思えないスキルだな。

 未菜さんのように上手くスキルを活用する可能性もあるが、生存者がいるかどうかを探せと言われている時点で戦闘要員ではないのだろう。

 

「……そのスキルを持つ君が帰れる保証もないのにか?」

「政府は生存者を探しているっていう分かりやすいアピールをしたいのよ」


 ……なるほどなあ。

 分からなくもない話だ。

 ビル丸ごとダンジョンになったとは言え、そこに居た人々が全員既に亡くなっているかどうかは分からない。確認するまでは。

 要するにシュレディンガーの猫状態だ。使い方合ってるか知らんけども。

 ともかく、そういう状況であれば政府としては生存者を救う為に動いていますよのアピールをしなければならない。

 言わば諸外国へ協力を要請したのもその考えが根本にあってのことだろう。

 ただのダンジョンならば放置しておけば良い。

 しかし何千人単位で巻き込まれた上に生きてるかどうか分からないともなれば対応せざるを得ない。

 幾つの部隊が――何人の探索者が帰らぬものとなれば納得行くかは、国民次第ということか。


 で、今の所は特殊部隊が既に帰ってきていない訳で。

 そりゃそんなダンジョンに突入して生存者がいるかどうかを確認しろと言われても嫌だと断るわな。

 

「……どうするのが正解なのかねえ」

 

 倫理観の問題なのか、常識の問題なのか。

 この子にダンジョン入りを命じる上の気持ちも分かるし、俺も一人の人間として、生存者がいるかどうかを確かめられるスキルがあるのならダンジョンに入って欲しいという気持ちがない訳ではない。

 しかし普通のダンジョンと違い、無事に帰ってこれる保証は全くないのだ。

 ならば軽々に突入しろとは言えない。

 というより、辞めろとさえ言いたくなる。

 

「……いえ、あなたにまで迷惑をかける訳には行かないわ。どのみちいつかは連れていかれるんだもの。それが早いか遅いかだけの話よ」


 少女はキッと正面を睨みつける。

 そこには建物の中から屋上へと続く扉がある。

 俺も聴覚を強化している都合上気付いていたが、先程上へ跳んで撒いた男達が階段を登ってきているのだ。

 正直事情を聞いてどうすべきか少し悩んだが――


「よし決めた」


 少女のをそっと握る。


「NINJAは泣いている女の子を見捨てたりしないのさ」


 とかっこよく決めたつもりで英語で言ったのだが、「別に泣いてはいないわ」と日本語で返された。

 うーん、照れ隠し。

 実際泣いてはないけど。


「という事で再び失礼」

「ちょっ――またあ!?」

 

 少女の腰を抱いて、俺は再び跳んだ。

 建物の屋上を跳んで伝っていけば泊まっているホテルの近くまでは行けるだろう。

 後は……スノウとウェンディになんとかして貰おう。



2.



「いつか子猫とか拾ってきそうなお人好しだとは思っていたけど、まさか人間の女の子を拾ってくるなんてね」


 スノウが呆れた目で俺を見ていた。

 確かに子猫が捨てられていたら拾うとは思うけど。

 そもそも俺ねこ好きだし。


「マスター、こちらの方は?」


 俺の後ろに隠れる少女の方を見ながらウェンディが俺に聞くが……そういえば名前も知らないな。

 どういう事情なのかだけは聞いたが。


「悠真が小さい女の子を誑かして帰ってきた……」


 知佳が俺のことを汚物を見る目で見ている。

 違う、違うんだ。

 というか本当にそんな状況だったらこうして皆に紹介する訳がないだろう。

 あとお前の方が小さい女の子だからな。見た目は。


「あー……自己紹介頼む。大丈夫、こいつらは俺の仲間だから」

「……ティナ・ナナ・ノバックよ。ティナでいいわ」


 小さな声で少女……もといティナが名乗る。


「フランスのお方ですかね」


 俺は全然ピンとこなかったが、ウェンディは分かったようだ。

 そう聞くとティナはこくりと頷いた。


「ママはフランス生まれだけど、パパはアメリカ人よ」


 なるほど。

 ハーフって訳か。


「名前はともかく、状況は? 事と次第によっては悠真を警察に突き出す」


 知佳がサラッと酷いことを言う。

 こいつの場合本気なのか冗談なのかよく分からないトーンなのが。

 あとなんか若干苛ついてない? 気のせい?


「怖いこと言うな。別に攫ってきた訳じゃない。むしろ助けたの」

「そ、そうよ。この人はわたしを助けてくれたの。ユウマって言うのね、あなた」

「危険なことに首を突っ込んだんじゃないでしょうね。あたしウェンディお姉ちゃんに怒られるのもう嫌よ」


 ……。

 まあ。


「いや、危険なことは何もナカッタヨ」

「嘘ね」


 バレてるし。


「と、とにかくだな。事情を説明すると――」


 一通りの事情を説明し終わると、スノウはふぅん、と相づちを一度打った。

 ちなみに発砲されたことは黙っておいた。


「まあ、あんたがお人好しなのは変わりないけど、連れてきちゃう気持ちは分かるわ」


 そしてティナの方を見る。


「とりあえずここにいる限りは安心なさい。あたしが守ってあげるわ」


 おお。

 スノウがまともなこと言ってる。

 なんてことを考えているとじろっと俺を睨んでくる。


「あんた失礼なこと考えてるでしょ」

「全然」


 鋭いんだか鈍いんだかよく分からない奴め。

 

「しかし、いつまでもここがバレないとも限りません。少なくともマスターの顔は割れている訳ですから、そこから潜伏先がバレる可能性もあります」


 ウェンディが冷静に意見をする。

 確かに俺が顔を隠さなかったのはまずかったかもしれないな。

 いやまさかここまで大事になるとは思ってなかったのだ。

 サングラス連中を警察に突き出して終わりかな、くらいの感覚でいた。


「一番手っ取り早いのは問題の根本から取り除くことだな。ダンジョンを攻略出来ればそれで終わりだ」

「確かにそれもそうね」

「今は生還者が無事に目を覚ますことを祈るばかりですね」


 そんな俺達を見て、ティナは本気で困惑したような表情を浮かべる。


「あなた達、何を言ってるの? 確かにユウマはNINJAだし強いのかもしれないけど、それくらいじゃダンジョンは攻略出来ないわ。アメリカの精鋭が帰ってこないのよ?」

「NINJA?」

 

 スノウが首をかしげる。

 しまった、適当に吹き込んだ情報を訂正しておくのを忘れていた。

 

「ティナ、信じられないかもしれないがこの二人はとんでもなく強いんだ。俺の500倍くらいは強いと思ってくれて良い」

「……嘘でしょう?」

「残念、本当だ。つい最近日本で大きなダンジョンが攻略されたのを知ってるか? 」

「当然知ってるわ。確か2つあったわよね。1つは新宿のダンジョンでしょ? あともう1つはなんか複雑な名前だったからよく覚えてないけど」


 九十九里浜な。

 複雑と言うか、日本人でもちょっとだけ発音に馴染みがないので一発で読めない人も多分若い人にはちらほらいると思う。

 

「……あれ、ちょっと待って。もしかしてあなた妖精迷宮事務所の……」


 ……お?

 

「動画で見た顔だわ!」


 スノウを驚いたように見ながら叫ぶティナ。

 おお。

 まさかこんなところに動画の成果が出てくるとは。


「そういうことだ。つまりダンジョンを攻略した実績があるんだよ」

「何かのプロモーションだと思っていたわ。どこかの企業のパフォーマンスとか。まさか本当に攻略した本人なの!?」


 なるほど、世間ではそういう認識になっているのか。

 一応ダンジョン管理局のお墨付きはあったわけだが、それでもにわかには信じられない内容だからな。

 

「全部事実だ。本当に俺達はダンジョンを攻略してる」

「簡単には信じられないわ……けどNINJAの仲間なら有り得るのかも……」


 まあ、こればっかりは実際に見て貰わないとな。

 俺だってこんな話を聞いたらそいつの頭を疑う。


「……なんか動画を見たって人が目の前にいると恥ずかしいわね」


 スノウはよく分からないところで恥ずかしがっていた。

 俺は動画に出る予定がないので一生分からない恥ずかしさだろうけど。


「そうだティナ、魔力は感じられないのか?」

「魔力?」


 ティナは首をかしげる。


 ……おや?

 知らないのか。

 これだけの魔力を持っていながら。

 いや、そもそもスキルホルダーだろう?


「ティナ、お前もしかして探索者じゃないのか?」

「違うわ。わたしはたまたま遊びに行った、既に攻略されたダンジョンでスキルブックを見つけただけ」


 探索者ですらないのか……?

 そんな子にあんな危険度の高いダンジョンへ行くように強要していたのか。

 ……こりゃ益々ティナを匿っておく理由が増えたな。

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