第46話:非平和的な洗礼

1.



「うぅ……地面が揺れてます……波打ってます……」

「気を確かに持て綾乃。母なる大地だ。如何なる時も大地は揺らがん」


 飛行機酔い、というものがあるらしい。

 約10時間のフライトを終え、綾乃は顔を真っ白にしてフラフラしていた。

 精霊組はともかく、俺や知佳は平気だったのだが。

 

「地震は?」

「余計なことを言うんじゃない」


 知佳のあまりにもあんまりな横槍にツッコミを入れつつ、俺は綾乃に肩を貸しながら歩く。

 いっそ抱っこして歩いた方が手っ取り早そうだが。

 

「でもファーストクラス? とやらで良かったわね。道中快適だったし、一番最初に降りれるなんて」


 とんとん、と地面の感触を確かめるように足で蹴りながらスノウが言う。


「200万くらいするらしいからなあ……」

「うっ……200万……」


 綾乃がよろめく。


「気を確かに持つんだ綾乃。お前は普段もっと桁の巨大な数字を扱っているだろう!」

「なんか数字がリアルで逆に怖いです……」


 正直気持ちは分かる。

 シンプルに数百億とか実感湧かないし。

 200万って聞くとなんか分かりやすい大金だもんな。

 たかだか10時間の移動の為に200万。

 

 うーん。

 俺まで気分悪くなりそうだ。


「うぅ……」


 グロッキーな綾乃がもはや足元が覚束ないレベルになってきたのでいっそ背負ってしまおう。

 よっと。

 軽いなあ。

 背中に当たる柔らかいものはこんなにも重量感に溢れているのに。

 気付けば知佳にジト目で見られていた。

 なんだよ。


「私も気分悪くなってきたかも」

「嘘つけ」

「むう」


 知佳が不満そうな表情を浮かべる。

 いや見かけはいつもと同じ無なのだが。

 ウェンディが心配そうに俺たちを見る。


「マスター、代わりましょうか?」

「いや大丈夫。別に負担にもならないし」


 俺の身体能力が上がっているという事も含め、リュックサックを背負っている程度にも感じない。

 

「その代わり荷物とかは持って貰えると助かるな」

「承知しました」


 しかし、パスポートの提示も必要なしで海外に来れてしまうとは。

 会社立ち上げの時の手続きスキップの時もちょっと思ったが、ほぼ一強とは言え企業としての権力が半端なく強いな。

 どんな力を使ったらパスポート無しでの渡航が出来るのかは分からないが。

 だってこれってつまり日本政府だけじゃなくアメリカ政府ともある程度以上のコネがあるから出来ることだよな、多分。

 少なくともダンジョンがなければ一生出来ない経験だったな。

 他人に自慢出来ない類の経験だが。

 

 綾乃を背負ったままロビーまで来ると、当然と言えば当然だがそこは人でごった返していた。

 気を失っていて良かったな、綾乃。

 起きてたらまたここで気分が悪くなっていたところだ。

 

「で、柳枝やなぎさんが言うには迎えが来てるらしいけど……」


 これだけ人でごった返していると誰が誰だか分からないな。

 とか思っていると、ウェンディが俺に声をかけてきた。


「マスター、あの方では?」


 ウェンディが視線を向けている方を見ると、なるほど確かに妖精迷宮事務所御一行と書いてあるプラカードを持った燕尾服の総白髪の男性がいた。

 大体60歳くらいだろうか。

 多分日本人だな。

 あちらもこちらに気付いたようで、歩み寄ってくる。


「妖精迷宮事務所の皆城みなしろ様御一行でございますか?」

「はい、そうです」


 自然に手を差し出して握手をしようと思ったが、綾乃を背負ったままなので出来なかった。

 それを察したのか男性はふっ、と笑みを浮かべる。


「そのままで結構でございます。私は石橋いしばし 尚久なおひさと申します。滞在中の雑事は私めにお任せください」


 そう名乗って石橋さんは深く腰を折る。

 おお……

 執事だ。

 リアル執事だ。


「マスター、この方、出来ます」


 ウェンディが俺の耳元で囁く。


「え?」


 鋭い目つきをしている。

 出来るって……この人もしかして戦えるタイプの執事なの?

 

「相当な奉仕力です」

「…………」


 多分その奉仕力とやらはお前にしか計れないよ。



2.



「ひっろ……」


 石橋さんの運転するやたらと高級そうな車に乗せられ、やたらと高いビルに到着した俺達はやたらと広い部屋に案内された。

 高層ビル型のホテルらしい。

 しかも最上階はスウィートになっていて、一階まるまる貸し切りのフロアなのだとか。

 いやこれ幾らするんだよ…… 

 もっと普通の部屋で良かったのに。

 俺と同じような反応をしてくれそうな綾乃は未だに寝ているので結果無反応だし、もちろん知佳はいつもの無表情で特に変わりなし。

 スノウとウェンディはやはりこんなことで驚かないので俺だけが間抜けに反応している。

 この面子はなんというか、色々と世俗離れしているな。

 

 とりあえず綾乃をベッドに寝かせて(何故か一つしかない超でかいベッド。キングサイズよりでかいのなんて言うんだろう)、一息つく。

 後で別のベッドを持ってきて貰うようにしよう。

 

「さて、ここからどうするかね」

「生還者が目を覚ますまでは、特にこちらで出来ることは無いですね」


 それなんだよなあ。

 いつでも動けるようにこちらに来たまでは良いが、そこからこちらですることはないのだ。

 未菜さんも既にこちらに来ているはずだからどんな状況か聞こうと思ったが、そういえばあの人機械音痴だから何もデバイス持っていないんだ。


 ……え、不便すぎない?

 聞いた時はなんとなくサラッと流してしまったけれど。

 柳枝さんは日本にいるからまじで未菜さんと連絡を取る手段がない。

 いや流石にそんなことはないよな?

 多分未菜さんの正体を知るおつきの人みたいなのがいるだろうから、その人の連絡先を後で柳枝さんに聞こう。

 というか柳枝さんの負担大きいな。

 あの人、苦労人っぽいしなあ。


「ねえ悠真。あたし観光したいわ。アメリカ来たの初めてだし。基本日本にいたのよねー」

「そうなのか?」

「だって日本にしかアニメや漫画はないでしょ?」

「日本にしかってことはないが……」


 日本のサブカル文化と言えばアニメ・漫画と言われるようなイメージは確かにあるな。


「俺もちょっと観光には興味あるしその辺ぷらぷら歩いてみようかな。行こうぜ、スノウ」

「え、今から行くの?」


 ソファにだらーんともたれかかっていたスノウが目をぱちくりさせる。


「違うのか?」

「10時間も飛行機に乗った直後よ。疲れてるから一眠りしたいわ」

「自由かお前は」


 観光に行きたいと言い出したのはお前だろうに。

 というかお前疲れるとかの概念あるの?

 本人の自己申告で疲れたと言っているのなら疲れたことには違いないとは思うのだが。


「私がお供いたします」


 だらけたスノウに代わってウェンディが名乗り出るが……


「んー……いや、ウェンディいなくなったら綾乃を見る人がいなくなるし、悪いけど残ってくれないか。その辺を適当にプラつくだけだからさ、別に危険もないだろ。なんか菓子でも買ってくるから」


 ダンジョンに特攻する訳でもないのだ。

 ロサンゼルスと一口に言ってもそもそも結構な広さがある訳で。

 WSRの関係でアメリカでは警戒しないといけないかもしれないが、それもまだ俺が1位だとは十中八九バレていないしな。

 狙いに来るならこのホテルだろう。

 そして返り討ちにされるのが関の山だ。


 ウェンディも少し思案するような間を置いたが、とりあえずは問題ないと判断したのだろう。


「承知しました。では綾乃様はお任せください」

「ん、ごめんな」

「いえ。マスターのお力になれれば、どのような形でも」


 先程石橋さんを見たからだろうか。

 奉仕力がいつもより強い気がする。

 いやなんだよ奉仕力って。


「知佳はどうする?」

「んー……」


 話を振られた知佳はそれなりに悩む素振りを見せた後、


「結構疲れてる。行くなら明日」


 とのことだった。

 まあ知佳に関しては普通の人間だしな。

 それも仕方ないか。

 

 まあ一人でブラつくのも悪くない。

 英語も全く分からない訳じゃないし。

 最悪ジェスチャーを交えればなんとでもなるだろう。



3.



 ホテルから道路に一歩出ると、そこは日本とは全く異なる様相を呈していた。

 というのも、まず歩いている人々の人種のなんたる多様さよ。

 そもそも多民族国家なので当然とも言えるが、それ以上に多分観光に来ている人や海外から仕事で来ている人が多いのだろう。

 それに服装も人それぞれだ。

 ラフな格好の人が多いような印象は受けるが。

 それ部屋着そのままで出てきてない? という感じ。

 あまりファッションには気を使わないのだろうか。

 もちろん全員が全員そうという訳ではないのだが、当然の話ではあるが文化からして大きく異なるようだ。

 全体を評して、一言で纏めれば、

 

「アメリカに来たって感じだなあ」


 想像するアメリカそのままと言った感じだ。

 道は広いし道行く人々はサイズ感がもうでかい。

 女性でも俺と同じくらいの身長の人をちらほら見かける程だ。

 一応これでも175くらいはあるので小さい方ではないはずなのだが。

 

 適当な店に入ってみれば、そこで売っているものもやはりでかい。

 というかでかすぎる。

 こんなの使い切れるのか?

 

 全体的に日本の商品の二倍くらいの大きさに感じる。

 それと量から考えるとやたらと安い。

 安かろう悪かろうの精神の日本人からすればちょっと不安になる安さだな。

 多分大丈夫なんだろうけど。


 なんか面白いな。

 店の中の商品を見て回っているだけでも色々な発見がある。

 こういう文化の違いを学ぶ機会は中々ないので貴重な体験かもしれない。

 

 もうちょっと色々な店を見て回ってみるか。

 ホテルのあるビルはやたら大きいので遠くからでも見えるし、迷うということはないだろう。

 最悪、知佳にでも位置情報を送ってもらえばいいし。


 

 それから大体1時間はあちこち歩き回っただろうか。

 一応ビルは視界から外れないように歩いていたのでここらをぐるりと回ったことになるだろう。

 そろそろ何か買って帰らないと心配させてしまうかもしれない。

 

 ちなみに知佳から俺の英語はキザったらしいと聞いたので先程から意識的に聴覚を強化して道行く人々の英語を聞き取り、少しでも慣らそうとしている。

 しかし流石に会話を聞き取れる程の精度はないな。

 そもそも普段自分の使っている言語じゃないということもあってあまり頭に入ってこない。

 意味はそんなになさそうだ……と聴覚強化をやめようとしたそのタイミングで。

 

「ん……?」

 

 雑多な音の中で明らかに異質なものが混ざる。

 全力疾走した直後かのような、不安定な小走りの足音。

 それを追いかける複数の足音。

 音の聞こえる方を思わず振り向くと、金髪ツインテールの少女がちょうど裏路地のようなところへ走って入っていくのが見えた。

 その後を明らかに物々しい雰囲気のサングラスをかけた男達が追う。

 

 ……映画の撮影か何かか?

 じゃないよな。

 カメラ無いし。

 

「おいおい……」


 こんな事あるか?

 ロスでは日常茶飯事だぜってか?

 周りの人たちも敢えて追いかけようとは思わないのだろう。

 

 明らかに危険そうなことに首を突っ込むのは避けたいが……

 見捨てる訳にもいかないよな。

 気付いてしまった以上は。

 それに、さっきの少女。

 俺の勘違いでなければ、魔力がある。

 それもそれなりに多い。

 未菜さんや柳枝さん程でもないが、少なくとも知佳や綾乃と言った一般人のレベルは逸脱しているように感じる。

 どうも普通の事情ではなさそうだな。

 

 ……追いかけるか。


 

 少女と男達が入っていった路地裏。

 聴覚を強化すると、どこにいるのかはすぐに分かった。

 言い争うような声が聞こえる。

 明らかに揉め事だな。

 

 ……相手は普通の人間ぽいし、よほどのことがなければ大丈夫だろう。


 少女が壁に追い込まれ、男たちが追い詰めているという一触即発の状態になっているところに、後ろからジャンプして男達を飛び越し、少女の前に立ち塞がる。

 

「な……っ」

「こいつ、どこから現れた!」

「邪魔をするな! 失せろ!」


 急に現れた俺に驚いたサングラスの男達はなんとか聞き取れる範囲で聞くと大体こんな感じのことを言っている。

 

「大勢でレディ一人を追いかけるのは褒められたことじゃないな」


 ちら、と少女の方を振り向く。


「間違えてたら悪いが、誘拐か何かかい? お嬢ちゃん」


 急に現れた俺に少女も少女で碧眼を丸くしていたが、こくこくと肯定するように頷く。

 どうやら俺の英語は通じているようだ。

 にしても、やっぱり誘拐現場かよ。

 全く、本当にこんなのがロスで日常茶飯事だって言うんなら二度と来ないからな。

 

「さっさと失せな」


 改めて男達の方を向いて言う。

 流石にこいつらも騒ぎになるのは望んでいないだろう。

 サングラスかけてちゃっかり身元を隠してる訳だし。

 と思っていたら、一番近い位置にいる男が胸元から拳銃を取り出した。


 ……そっか。

 ここってアメリカじゃん。

 そりゃ出てくるよな、拳銃それも。


「失せるのはお前だ、東洋人」


 俺は両手を挙げた。

 いや、だって流石に銃はずるいって。

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